反応頂けたら幸いです!!!!
一人かそれ以上分の間隔をあけて、私と例の彼女は同じソファーに腰をかけた。
気まずい空気が二人を拘束し、お互い目の前にあるマグカップに手を出せないでいる一方で、七海さんの一人コーヒーをすする音だけが聞こえてくる。
しばらくすると、七海さんはマグカップをテーブルにコトっと音を立てて置き、一つ咳払いを小さくして、口を開いた。
「……自己紹介しましょうか」
そう言うと、口火が切られたように隣の彼女が「そうですね! 自己紹介まだでした」と続け、さっきまで硬かった表情が解けたように和らいだようだった。
「じゃあ、私からね」
七海さんがそう言い、淡々と自己紹介を始める。
「改めて、私は七海やちよよ。ここの家主兼モデルをやらせて貰ってるわ」
モデル……ああ、モデル。なるほど合点が行った。道理で既視感があると思った。
「やちよさんって凄いんですよ! 色んな雑誌の表紙にもなってるし、テレビにも沢山出てて、私、本当に尊敬しちゃいます!」
横から意気揚々と語る彼女に、やちよさんが「やめてよ」と小さく零すと、さっき置いたマグカップをまた持ち上げ、コーヒーを啜った。
「あと」
マグカップから口を外すと思い出したように続ける。
「私、点と点を上手く結ぶのが得意なのよ」
「えっと、それはどういう……」
申し訳ないが、反応に困る得意分野だ。
「比喩よ。まさか実際に紙に点と線を書いて喜ぶなんてことしないわよ」
良かった。そういうニッチなゲームでもあるのだろうかと思ってしまった。全然楽しそうには思えないが実は意外と奥が深くて、頭の体操にもなるだとか、そういう話でもされるのだろうと勝手に期待してしまったところだった。
しかし、そうではないにしても、『点と点を結ぶのが得意』って一体なんのことだろうか。これが比喩と分かったところで、余計ニッチさが増すような気もしてしまう。
七海さんが続ける。
「人ってね、情報と情報をすぐ結びつけて考えてしまう癖があるのよ」
「と、言いますと……?」
「例えば、そこのカウンターにBL本が置いてあったとするじゃない。それも内容が」
「内容が?」
「ものすんごい」
「ああ……」
隣の彼女はマグカップを持ったままむせていた。
「そして、あなたの隣に座っている子はね、いつもは朝早いんだけど、ある日に限って寝坊しちゃったのよ。ちなみにその前日の夜、例のBL本は消えていた」
隣の彼女は、むせてしまっているのを必死に抑えようと胸を叩いていた。
……なるほど、そういう事か。
「まあ、私には人の趣味にとやかく言う権利は無いので……」
そうだ。人殺しを生業にしている自分と比べたら、ものすんごいBL本を読もうが、どんな特殊性癖を持とうが、全然マシだ。いや、マシどころか、全く悪いことではない。
「っていうのが、情報と情報を結びつけて考えるということよ」
「……え?」
「ほら、私は二つ情報を与えただけなのに、あなたはすぐ結論に至ったでしょ? これが『点と点を結ぶ』ということ。でも、真相は全く違うけどね」
「はあ……」
きょとんとしていると、隣の彼女はようやくむせかえりが収まったようで、マグカップを置き身を乗り出しながらこう言った。
「ちょっとやちよさん! 勘違いさせるようなこと言わないでくださいよ!」
「……え?」
「私はただ事実を並べただけよ」
「もう……! あのですね! ちゃんと説明させて下さい! そのBL本っていうのは職場で誰かが忘れてったものを回収したやつで、寝坊したっていうのはただ単に目覚ましをセットしてなかっただけなんです! 本が消えたって言うのはまた職場に持ってくのを忘れないようにカバンに入れといただけなんです!」
「つまりは別にその子が腐ってたってわけじゃないってことね」
職場にBL本を忘れてあるという状況にいまいち釈然としないが、まあ色々あるのだろう。
「あの……なんかすみませんでした」
「いいのよ。普通の人なら誰でもそう結論付けるだろうからね。でも私は、さっき彼女が言ってたことを一発で当てた」
いやそもそも、二人は同居してるんだし、持ってる情報量が違うんじゃないかと思ったが、口に出すのは止めといた。
「それで、私は誰よりも点と点を結ぶことが得意なんだと自負してるわけ」
「なるほど……」
「だからね、私つい考えてしまうのよ」
七海さんは、少し間を置いて私の目をじっと見つめてくる。表情はずっと穏やかなまま変わらないのに、吸い込まれるようにして何故か目を逸らすことができず、私の中でピリっとした緊張感が走った。
「ずっと誰も来なかった部屋を目当てに突然問い合わせが来たと思ったら、その人は内覧も無しに契約した。でもその人は、あまり人馴れしてなさそうだし、いかにもシェアハウス向きでは無かった……さて、一体あなたは何をしにここへ来たのかしら?」
七海さんは笑顔のままだ。しかし、私はピクリとも身動きが取れない。もし動いてしまったら、自分の身に何か起きてしまうんじゃないかと思ってしまったからだ。
すると隣から、「はあ」と大きな溜め息が聞こえてきた。その声に体の自由が取り戻される。
「はいはい。やちよさん、これ以上困らせないでください」
「少しからかっただけよ」
彼女はやれやれと肩を竦めた。
「からかいすぎです。第一、『点と点を結ぶ』だとか、それらしいことを言ってましたけど、要するに勘ぐる癖があるってだけですよね?」
「そうとも言うわね」
見た目からして、おそらく七海さんより隣の彼女の方が若いのだろうが、これじゃあどっちが年上か分からない。
「それじゃあ、次は私の番ですね」
顔に可愛らしく笑顔を浮かべ、私の方へと向き直った。
「私は環いろはです。今は近くでカフェバーを経営しています」
「経営、凄いですね!」
先程、七海さんに『人馴れしてない』と指摘されてしまったので、変な疑いを晴らすべく、そうではないと見せつけるように大袈裟にリアクションを取ってしまったが、これはこれで不自然だし、人とコミュニケーションをとるのが下手だというレッテルはやはり払拭できないのだろうと悟った。いや、実際に一般人相手の会話は慣れていないというのは事実だが。
「そんな大したことは無いですよ! ……それであの、さっきの事なんですけど……本当にごめんなさい」
「いえいえとんでもない。私が謝るべきです。ごめんなさい」
今度はトーンを抑えた。そもそも手を振り払ってしまったのは私だし、非があるのはこっちだろう。それを伝えるならば大袈裟なリアクションは寧ろ良くないのは流石に分かる。
「それで、カフェバーというのは?」
またばつが悪くなる前にと、何とか話を切り出した。
「昼はカフェで夜はバーになります。大して大きな店ではないんですけど、常連さんも何人かいるし、バイトの子はみんな可愛いくて頼りにもなるし、楽しくやらせて貰ってます!」
「へえ!」
「あ、あとBL本っていうのはお客さんが忘れてったものですからね! 別に変な店とかでは無いです!」
「良かった」
何が良かったのかよく分からないが、取り敢えずそう言うのが正解なのだろう。というか、普通そういう本を外で読むのか?
「今度遊びに来てくださいね!」
「ええ、いつか行ってみます」
社交辞令としても最も適切な言葉選びだろうが、暴露してしまえば、これは本心である。別に、彼女の手を振り払ってしまったことへの贖罪という訳でも無いだろうが、何故かこの時の私は、好奇心なのか、それとも警戒心なのか、どっちが由来なのかは分からないけど、環さんという存在を知りたいと心のどこかで欲していたのだった。今後、彼女は私の人生に、良いか悪いかは置いといて、大きな影響を及ぼすのでは無いかと、そんな予感もしていたのだった。
そして、自己紹介は私の番にまわり、無事適当に済ませることができた。まさか殺し屋をやってるなんてことは言えないので、職業はフリーランスとだけ言っておいたが、別に嘘ではないだろう。マギウスは仕事の仲介をしているというだけで、ほとんどの依頼は多種多様な人から来るものだ。フリーランスと言って差支えはない。ただし、『桃』の抹殺の件以外は。「改めて、よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね! 黒江さん!」
♢
「運命ね」
「何がですか?」
「誰とも話したくない夜鷹ちゃんがわざわざシェアハウスに引っ越した理由」
「それはさっき、すぐ移れるのがそこしか無かったからって言ったじゃないですか」
「それだけじゃないって私は思うのよねぇ」
銃を新調しようと調整屋に来たのだが、部屋に入るや否や、みたまさんが「探偵に家が割れたんでしょ?」と唐突に言われたもんだから、どこでその情報を手に入れたのか聞くのに、私がシェアハウスに引っ越したこととその経緯を流れで言ってしまう形になってしまった。そうしたら例の如く、みたまさんは変な詮索を入れ来て、今に至る。
ちなみに情報は、探偵が調整屋に来て無神経にもべらべらと喋っていったらしい。
「それで、夜鷹ちゃんは知ってるかしら」
みたまさんは人差し指を立て、ゆっくりと同じところを行ったり来たりしながら得意げに話を続ける。たぶん、何かの映画の真似だろう。
「人間っていくつかの出来事を目の前に並べられたら、どれもお互いに関係してるんじゃないかって思っちゃう生き物なのよ」
似たような話を前にも聞いたな。
「でもね、必ずしもそれらが関係してるって訳じゃない。寧ろ関係してる方が珍しい」
「はい」
「でもそれで納得する人はそうそういないでしょ? だから人は『運命』っていうものを発見したの」
七海さんなら、おそらく運命という言葉で物事の因果を片付けることはなないだろうなと思った。
「なかなか人が来ない部屋に突然来た夜鷹ちゃん。そして当の夜鷹ちゃんは極度の人見知りなのに諸々の理由でシェアハウスを選ばざるを得なかった。こんなことって、運命と呼ばずしてなんと言うのかしらぁ?」
「偶然と言います」
「つれないわねぇ」
「しかも、私は別に人見知りという訳ではありませんので」
「じゃあ何なのぉ?」
「事情があっての事です」
「事情ねぇ」
一通り話したところで、私がまだ扉の付近に立ち止まったままだということを思い出し、テーブルの方へと移動した。
「でも、夜鷹ちゃんが少し変わったのってシェアハウスに引っ越したからかもねぇ」
「変わった? 私がですか?」
「そう。夜鷹ちゃん、なんだか雰囲気明るくなったわよ?」
「気のせいですよ」
とは言いつつ、確かにあのみかづき荘へと引っ越してから二週間ほど経ち、人と関わることが多くなって愛想良くする機会が増えたというのもあるのだろうが、本音を言ってしまえば、想像していたよりもあの家での生活は辛くは無かったし、楽しいと思えることも度々あって、自然とそれが私を変えつつあるというのは自覚していた。
だけどそれは同時に、危険な事でもある。私が危惧していることが現実になってしまう可能性があるからだ。私がこの裏世界にいる限り、誰かを裏切り、そして私は卑怯にも、その現実から目を逸らし逃げてしまうのだろう。
そう考えると、相手が一般人とはいえ、やはり距離は保っておいた方がいい。私は誰かを信頼してはいけないし、信頼されてもいけないんだ。
ただ、あの家の人たちにどこか希望を見出しているというのも事実である。もしかしたら、この暗闇から抜け出せる良い機会なのでは無いか、あの家の人達なら私を私の幼さから救い出してくれるのではないかと、漠然としていて、何も根拠も無い期待を寄せていたのだ。ひょっとしたら、心のどこかで『運命』じみているものを感じているのかもしれない。特に環さんの前では、胸の高鳴りを抑えることが出来ずにいて、それがれっきとした現れだった。
「ところで、同居人はどんな人がいるの?」
「教えなきゃダメですか?」
「もちろんよぉ」
どうしたものか。教えなかったら教えなかったで恒例のだる絡みが拍車をかけてしまうだろうし、ここはまあ、人柄くらいなら教えてもいいだろう。
「そうですね。自動ドアにも気付かれないくらいに存在感が薄い人と、誰かに話しかけるとその人がしようとしてたことを忘れさせる特技がある人と、自称最強ですごく運がいい人と、勘ぐる癖があって思い込みが激しい人と、懐の深いメシアです」
「なかなか曲者ぞろいね」
自分で説明してても確かにそうだと思った。改めて住人一人一人を思い返すと、私はとんでもないところに足を踏み入れてしまったのかもしれないと思う程だ。
「でも、どこかでそれを聞いた事あるような気もするのよねぇ」
みたまさんは顎を手で抑え、脳内に散らばった記憶を漁るようにして、視線を上に向け左右に振っていた。若干表情に曇りが見えたような気がするが、多分気のせいだろう。
「何かの映画でそういうのあったんじゃないですか?」
「うーん。多分そうなのかも」
少し考えたところで、まあいいやとみたまさんはいつもの能天気な表情に戻り、「あ、そうそう」と続けた。
「夜鷹ちゃん、何しに来たんだっけ?」
いけない、私も忘れていたところだった。こんな無駄話をするためにわざわざここに来た訳では無い。ただ、この目的を口に出すのは少し憚りたい気持ちもあった。何故なら。
「銃の新調です……装填数が、多いものに」
「やっぱりわんさか来ちゃったぁ?」
「いえ、まだそれほどでもな……」
「ほぉらぁ、私の言った通りよね?」
こうなるからだ。
もしこの作品が同人誌化したら買いたいと思いますか?
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買いたい
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今後の展開による
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買いたくない