レゾンデートル、醜い翡翠として。   作:白崎ミュウ

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ついに第2章突入です


第二章
#5 醜い翡翠だったとしても、存在している意義はある


「わざわざ貴重なお時間を頂きありがとうございます。紅葉さん」

 

「いいのよぉ。私も今の国政について少しでも多くの人に知ってもらいたいからねぇ。何でも遠慮なく聞いてちょうだい」

 

 紅葉結奈。彼女は、人望も厚く次期党首の有力候補とも言われている有名国会議員の秘書である。彼女の経歴はなかなかで、一流大学を卒業し、米国の有名大学で修士課程を終えると、日本に戻って様々な功績を残し今の職に就いているという、まさに絵に描いたようなエリートだった。

 しかし、それは表向きの話。

 実際の紅葉結奈は、日本で最大の反社会的組織、二木血束會(ふたつぎけっそくかい)の元総長であり、業界では「鬼」という名で知られている。血も涙もない性格で、彼女を少しでもイラつかせれば生きて帰って来られる人は居ないのだそう。命乞いをしようが何をしようが彼女は少しの慈悲もなく殺す。殺害方法も残忍極まりないのは有名で、何人かの殺し屋が彼女を襲撃した後、その殺し屋たちはもれなく返り討ちにあい死んだのだが、その死体はどれも首から上の原型を留めていなかったという話もあるくらいだ。愛武器は金棒らしく、彼女が人の頭目掛けてそれを振り回す姿はまさに鬼そのもので、彼女の通り名はそれが由来なのだそうだ。

 

「では早速、前首相とエミサリー社の不祥事について詳しくお聞きしたいと思います」

 

 当の私はというと、政治系のネタが専門のジャーナリストだ。以前はそこそこ大きい新聞会社の記者だったのだが、そこは利潤追求を具現化したような職場で、せっかく公平な取材をしたとしても必ず上の指示で「面白くない」所をカットされるので、結果的に私は偏向報道の一端を担うようなことになり、それが嫌でそこを退職し、今はフリーランスで仕事をしている。

 そして今日は、公正公平というポリシーに基づいて彼女の正体を暴くために取材をしに来た、という訳では無いが、ある目的を持ってはるばる二木市にまで足を運び、今は喫茶店のテーブル席で彼女と向かい合って座っている。

 

「その不祥事については、由々しき事態だと思っているわぁ。与党議員の秘書として、面目が無いわねぇ」

 

 前首相とエミサリー社との汚職事件は彼女にとってもかなりの打撃となっただろう。間違いなく、彼女が由々しき事態と思っているのは、秘書としてではなく、裏社会の住人としてだ。

 株式会社エミサリーは国内最大手の派遣会社であり、国家事業にも必ずと言っていいほど関わっていて、所謂現代の御用達といったところだった。だからなのか、毎回公表していたものよりも何倍にも膨れ上がる国家事業の予算額は、エミサリー社が中抜きをしている為なのではないかという憶測が飛び交い、すっかり国民の不信感を募らせていた。

 そしてそこへ、前首相とエミサリー社役員によって、総額数億円にも上る違法取引の数々が行われていたことが、内部告発によって明かされる。この汚職事件をきっかけに前首相と役員の何人かが逮捕され、エミサリー社と関係があったその他の議員も事件についてしつこく糾弾されるようになり、予定されていた国家事業計画も全て見直された。もちろん国民からの支持率もエミサリー社の株価もガタ落ち。それが日本経済にも大きく影響し、エミサリーショックとも呼ばれるほどの歴史的な大事件となってしまった。

 そしてそれは二木血束會にも多大な影響を及ぼしている。何故なら、エミサリー社は国と二木血束會の中継ぎとしての役割が一番大きかったからだ。議員が、決して表の世界には出せないような裏仕事を二木血束會に依頼する時は、必ずエミサリー社が斡旋し、報酬も国家事業の経費という体でエミサリー社を経由していたのだ。

 しかし、汚職事件によってエミサリー社との本当の関係が世間に明るみになってしまうことを恐れた議員たちは、エミサリー社との関係を完全に解消したうえ、会社の不正をでっち上げて週刊誌に売り渡し、さらなる追い打ちをかけたのだった。要は「トカゲの尻尾切り」だ。そうして、二木血束會は大きなパイプを失うことになり、今は実質解散状態となってしまったのだ。

 

「あの事件以降、エミサリー社の衰退は目を見張るものでしたね」

 

「そうねぇ。まるでハメられたみたいだわぁ」

 

 目の前の鬼は薄ら笑いを浮かべたが、その内なる形相を隠すために蝋で塗り固めたかのような白い肌と、光の灯らない虚ろな目を持ち合わせているため、マネキンと話しているかのような錯覚に陥ってしまう。

 

「ハメられた……確かにそう見えてもおかしくはないですね」

 

「ええ。事実だからねぇ」

 

「……え?」

 

 耳を疑った。何故なら、あくまで彼女は秘書だからだ。政府の裏事情をこんな見知らぬジャーナリストに漏らすわけがない。みぞおち辺りに妙な圧を感じる。

 

「そうそう。事件の事を話す前に少し雑談に付き合ってくれるかしらぁ」

 

「お構いなく」

 

「あなたは、ヨタカ、という鳥は知っているかしらぁ?」

 

「……え、はい、まあ」

 

 急に話を変えてきたな。

 

「ヨタカは鷹の名前を背負っているというのに、実際は全くの別種なのよぉ。昔は翡翠(かわせみ)の仲間として分類されていたみたいねぇ」

 

「そ、そうなんですね」

 

「でも、残念ながら翡翠のような見た目の美しさは持ち合わせてはいない。それどころか、大きく開いた嘴はグロテスクだし、羽毛も汚らしい色で、はっきり言って醜いわぁ」

 

 何の話だ。

 

「醜いアヒルの子は最終的には美しい白鳥になったのだけれど、ヨタカは生まれてから死ぬまでずっと醜いまま。ただただ虫を殺して生きていくだけ。一体、彼らの存在意義って何なのかしらねぇ」

 

「さあ……」

 

「でもそれは、私にも同じことが言えるのよぉ。醜い私が人を殺め続けてまで存在している理由を、時々見失ってしまうの。今までやってきたことが無に帰してしまった時は、特にねぇ」

 

「え……」

 

 話の掴みどころが分からなかった。それでも私は、今置かれている状況が非常にまずいことだけは分かった。

 ――――彼女の手からは、銃口が覗いていたのだ。

 

「その点、私たちは似た者同士ねぇ」艶やかで人工的な口紅が、ゆっくりと笑みを模る。「そうでしょう? 夜鷹(よだか)さん」

 

 

 数日前。

 

「ミスドが動き出したらしいわよ」

 

「ミスドが? 解散したはずでは?」

 

「それがどうも、重役と残党を集めていろいろと準備を始めてるみたいなの」

 

 調整屋に来て、珍しくみたまさんが真面目な顔をしていると思ったらこんな話をされた。

 ちなみにミスドというのは、二木血束會の英語表記「プロミスト・ブラッド」の略称だ。決して某ドーナツ屋ではない。

 

「でもどうして」

 

「マギウスの翼が原因でしょうねぇ。近頃派手に動いてるから、刺激しちゃったのかもしれないわねぇ」

 

「野良狩りですか」

 

「おそらくね」

 

 最近黒羽根が中心となって、野良と呼ばれている、どこのグループにも属さない殺し屋を殺し回っているらしい。これのせいで対マギウスの翼の徒党が無数に組まれ、私もその連中に何度か襲われたことがあった。

 

「迷惑しちゃいます」

 

「本当ねぇ」

 

「そういえば、私が襲われた時に彼らは共通して『桃』がどうのこうのって言っていたような気がします」

 

「何か関係があるのかしらね」

 

「さあ。でも、最初は気に留めてませんでしたが、状況が動いたとなると調べてみる価値はありそうです」

 

「もしかしてミスドに接近するつもり? 相手はあの『鬼』よ?」

「分かってます」

 

「夜鷹ちゃん……」

 

「いいんです。私の存在意義はこの仕事にしかありませんから」

 

「何だかねぇ」みたまさんはため息を吐きながらゆっくりと首を振り、向き直る。「死ぬなとは言わない。ただ、悔いが無いようにして」

 

「分かってます……」

 

「……やれやれ。私、良い情報屋を知ってるわ。その人ならミスドとコンタクトを取る方法を知ってるかも」

 

「本当ですか?」

 

「ええ。佐鳥かごめという名前よ。これが連絡先」

 

 みたまさんは名刺のような小さい紙を渡してきた。

 

「彼女は断固とした中立の存在。だから、彼女の情報は信頼できると思うわ」

 

「ありがとうございます。わざわざ」

 

「いいのよ。ただ、一つだけ覚えていて欲しいの」

 

「何でしょうか」

 

「たとえ夜鷹(よたか)が醜い翡翠だったとしても、存在している意義はある。でもそれがどんなものかは、彼ら自身が決めるんだってこと」

 

「何の映画のセリフですか」

 

「わ、私が今考えたのよっ」

 

 みたまさんは珍しく顔を赤らめていた。

 

 

 後日、例の佐鳥かごめという情報屋に連絡を取り、ミスドに接近する方法を尋ねたら、案外あっさりと答えてくれた。てっきり、教える代わりに何か条件を突きつけられたり、高額な報酬を要求されたりするんじゃないかと思っていたが、蓋を開けてみればどこかのカスタマーセンターに問い合わせをして「左様でございますか。それならこの方法で会えますよ」と回答をもらったかのような、拍子抜けしてしまうほどのあっさりさだった。

 あまりにも簡単に教えてくれたもんだから逆に不安になってしまったが、彼女曰く、もらった情報には間違いはないらしい。

 流石中立とも言うべきか、いや中立ならもっと口は硬くないとまずくないか、などと考えもしたが、とりあえずは彼女の信頼度はみたまさんのお墨付きということで、もらった情報を頼りにミスドの元総長である「鬼」とコンタクトを取ることにした。

 ただ、一言にコンタクトを取るといっても、まさか殺し屋の夜鷹ですと申し出て接近するわけにもいかないので、何か計画を練る必要がある。

 そこで思いついたのが、しがないフリージャーナリストを装って接近するというものだった。どうやら「鬼」は国会議員の秘書として政界に潜入しているそうで、それなら取材という体で近づけば怪しまれないだろうと思ったのだ。最近は不祥事もあったことだし、それについて適当に話せば、うまく場を繋ぐことができるので丁度いい。

 そうして計画が出来上がったところで、再び佐鳥かごめに連絡をし、アイデンティティの偽装を頼めないかと尋ねたところ、これもまたあっさり快諾してくれた。左様でございますか。出来ますよ。こんな調子だった。

 

 

 と、いう感じで準備をしてきて無事「鬼」と接触できたわけだが、なんと会って数分で正体を見破られるという様だ。

 

「銃を向けているというのに、怖がるそぶりも見せない。隠す気は無いようねぇ」

 

「いえ、怖くて怖くて仕方ありませんよ」

 

「無理はしなくてもいいのよぉ。今更取り繕ったところで遅いからねぇ」

 

「もし違っていたらどうするんですか。秘書が一般人に銃を向けるなんて大問題ですよ」

 

「違うことなんて無いわぁ。あらかじめあなたの情報は入っていたからねぇ」

 

「まさか」

 

「そう、そのまさか。佐鳥かごめよぉ」

 

 おのれ佐鳥かごめ。

 

「ただ、彼女の名誉の為にも言っておくけど、決して私と結託していたわけではないわぁ」

 

「どうゆうことですか」

 

「私のことを調べた人がいたら知らせてくれとお願いしただけよぉ。彼女は絶対的な中立を守っているから、基本的にお願いしたことは忖度なしにやってくれるでしょう?」

 

 なるほど。中立だから情報を誰にも教えないというわけではなく、中立だからこそ、頼まれたら分け隔てなく教えるということか。そしてその中立を逆手に取られ、私はまんまと紅葉結奈の罠にはまったというわけか。恐れ入った。

 

「それで、何のためにここへ来たのかしらぁ?」

 

「『桃』のことについて調べるためです」

 

「それこそ佐鳥かごめに聞けばよかったんじゃないかしらぁ」

 

「もちろん聞きましたが知らないそうです。だからここへ来ました」

「彼女が知らないことを私が知ってるとでもぉ?」

 

「対マギウスの翼の連中が『桃』の名前を口にしていたので」

 

「それでぇ?」

 

「ミスドはマギウスの翼と因縁があるはずです。今出来ている野良同士の徒党もミスドが糸を引いてるんじゃないですか? もしそれなら『桃』の居場所を知っている可能性は大いにあります」

 

 そう。ミスドが解散まで追い詰められたのは、単に国から見放されたからという訳では無い。そもそも、今まで違法行為に依存していた議員たちが裏社会と繋がれる手段を易々と手放すわけが無いし、手放したところでミスドはそう簡単には潰れない。それどころかミスドに恨みを買い、国は相当なリスクを負うことになる。しかし、実際はそうならず、呆気なくミスドは解散した。つまりこの一連の出来事には何か訳があるのだと考えるのが普通なのだ。そしてそれは、言うまでもなく「マギウスの翼」が関わっているということは容易に想像がつくだろう。今や政府の裏仕事の委託先はマギウスの翼が主だ。ある時期から議員や官僚などから仕事の依頼が来ることが増え始め、それが丁度不祥事が発覚した時期と重なっていたということも立派な裏付けとなる。

 

「上出来ねぇ」

 

「認めるんですか」

 

「いいえ。そこまで推理して、わざわざ危険を冒して敵地のところまで来るなんて見上げたものだと思ったのよぉ。しかも白が来るなんてねぇ。ただ、自分の目的を敵にべらべらと話すのは愚行が過ぎるんじゃないかしらぁ?」

 

「全くその通りです。しかしそもそもは、正体を隠して目的を遂行する計画でしたので、自分が夜鷹であることがばれてしまった以上は何もなすすべがありません。お手上げです」

 

「それで、これからあなたはどうするのぉ?」

 

「このまま帰ります。私がこれから何かできるわけでもないし、紅葉さんも無駄な争いは避けたいはずです。今日起きたことは何もなかった、ということにしましょう。いや、実際に何も起きていないのでここは穏便に済ませるのが吉だと思います。ですので、銃を下してください」

 

「穏便ねぇ」彼女はまたにやりと口元を緩めた。その表情はさっきと違い、まるで鬼の邪気を隠しきれてはいなかった。「それって私に似合う言葉かしらぁ?」

 

 またみぞおちに例の圧を感じる。

 

「お似合いですよ……とっても」

 

 目の前の鬼は銃を構えたままタイミングよく出てきた店員に一瞥をくれると、何かを察したかのようにその店員は扉や窓に鍵を閉め、さらにはブラインドまで閉め始めた。

 やがてすべて閉じ終えると、今度は去り際に目の前の鬼へウィンクを送っているようだった。ウェルダンにしてやれ。そんなことを言っているようだった。

 

「あなたのような白羽根がこんなあっさりと退散するはずがないのよぉ」

 

「そんな日もあります」

 

「いいえ。あなたは、本当は違う目的でここへ来た。そうでしょう?」

 

「私の目的はさっき話した通りです」

 

「どうかしらねぇ。でもまあ、シラを切るのは今のうちねぇ」

 

「何をする気ですか?」

 

「本当の目的を話す気になるまで痛めつけるか、殺すかねぇ」

 

 まあそんなとこだろうな。

 

「私は白羽根ですけど」

 

「もちろん知ってるわよぉ。楽しませてくれそうねぇ」

 

 そう言うと、鬼の銃から一発、閃光が走った。

 

 

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