Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~ 作:埴輪庭
【死にたがり】という不名誉な二つ名まであるクロウという冒険者は、実際の所つねにめちゃくちゃな討伐依頼ばかりをしているわけではない。王都の冒険者ギルドとはいえ、生きるか死ぬかの修羅めいた依頼がしょっちゅうあるわけではないのだ。適当な、いい感じで死ねそうな依頼がなければ、他の依頼を受注することだってよくある。
手持ち無沙汰な時、クロウはギルドからすすめられた依頼を受けることが多かった。
王都ギルドにはそれこそ種々雑多、玉石混交といった依頼が集まってくるが、全ての依頼が速やかに処理されるわけではない。中には条件の悪さ、依頼の困難さなどから塩漬けになってしまうものだって少なくない。そういう塩漬け依頼を、ギルドとしては手の空いている冒険者へ勧めることもままあるのだ。
こういった依頼は陰で【奉仕依頼】と呼ばれ、半ば罰ゲームのような扱いになってしまっている。ギルド側もそういった現状は踏まえているため、報酬とは別に些細なおまけめいた特別報酬なるものを付与するものの、焼け石に水といったところだろう。
二ヶ月前に失踪した飼い猫の捜索やら、民家の家の前の清掃やら、いつのまにか、しかもどこで落としたかもわからない指輪の捜索やら、誰がやりたいとおもうのか。失敗したところで罰則はないが、時間の浪費でしかない。だが【死にたがり】のクロウという男は、そういった依頼も基本的には断らないのだ。
◆
「クロウ様、ええ、そうなんです。急を要するような討伐依頼も今は入っていなくて……」
アシュリーが申し訳なさそうに告げた。クロウはそういう事もあるだろうと軽く首肯する。
「ああ、そうだ、もし特に予定などがなければ雑用系の依頼を受けませんか? ……まあ、その……奉仕依頼なのですが……」
そこでちらっとクロウをみると、その表情には特に嫌がっている様子もなかった。アシュリーが思うに、彼はこれまで一度も奉仕依頼を断わったことがない。
「はい」
クロウは短く答えた。依頼を振れば、それがどんなものでも即座にハイと答え、確実に達成し、報酬についてもゴネたりしたことは一度もない。ギルドとしてはとても使い易い冒険者であった。もちろん、その取扱が良く分からなかった頃は【色々と】あったが。
「依頼内容なのですが、そろそろ夏、ですよね。だから、ええ、恒例のパルミア邸の草むしりとなります。報酬は銀貨二枚、期限は三日となりますが……」
いつも申し訳ないな、との思いでアシュリーは告げる。
パルミア邸はパルミア男爵という下級貴族の別宅である。男爵は王都には余り来訪せず、基本的には地元に引きこもっている。王都の別宅は何かの用事でこちらへきたとき、宿泊用につかっているそうだ。
ただ、貴族の別宅といえば聞こえはいいのだが、パルミア男爵はひどく吝嗇、ズボラで使用人すらも本来適切とされるだけの数をそろえようとはしない。必要最低限、【生活するのに必要な役割】の使用人をしぶしぶ雇うといった有様であった。要するに料理人とかそういう人々である。そこには庭師は含まれていない。
だからパルミア邸の庭はずっと放置されている。邸宅の管理人ももう大分高齢で、草むしりはあれはあれで重労働であるため、毎日手入れをするのも難しい。土の滋養が豊富なのか、少し手入れをしても草木が生い茂り、夏場ともなるとそのせいで虫が大量に発生する有様だ。その事で近隣の貴族から文句を言われたこともある。
だがパルミア男爵はそれでも頑なに庭師を雇おうとはしなかった。もし雇えば継続的に人件費が発生するからであろう。ましてや普段過ごすわけでもない別宅の管理にお金を使うのは無駄だとすら考えているようだ。そんなわけで、毎年夏前になると冒険者ギルドへ依頼を投げている、というのが現状である。
報酬の銀貨二枚といえば日本円にして大体二万円程度だ。それだけきくと悪くはないように思えるが、パルミア邸は男爵の邸宅にしては広く、雑草木などもその分広範囲にひろがっているためとても一日ではおわらない。一日八時間を作業に費やしたとしても三、四日はかかる。そうなると報酬面ではうまみなど一切なかった。
さらに、下級とはいえ貴族相手の依頼だ。ギルドとしてもそれなりに信用がおけるものでなければいけない。日銭に困る者はいくらでもいるとはいえ、そのへんのチンピラめいた冒険者では駄目なのだ。問題は、日銭に困ってる冒険者の多くがチンピラめいていることである。
だから実質、毎年のこの依頼はクロウの専属依頼といってもよかった。
◆
否も応もなくクロウは依頼を受注した。元よりその中に依頼拒否などという言葉は存在しない。振られた仕事に対しては全てYES。出来る仕事は当然YESだし、出来ない仕事もYESだ。頑張れば出来ないことでも出来るようになるかもしれない。仕事に対しては全てYES。これ以外の回答は存在しない。伊達に前世で死ぬまで労働していたわけではないのだ。
そういった社畜めいたメンタルは、二度目の人生でもなおクロウに根付いている。だがそれ以前に、草むしりという作業が好きというのがノータイムの依頼受諾の理由の一つであろう。
草むしりは気付けば心が無心となっている。草をむしるというのは単純ではあるが、地味で大変なものだ。だがそれ故に達成したときの爽快感もある。仕事をこなしたときの爽快感や達成感、こういうものは前世ではなかった。前世では仕事をこなせばより多くの仕事が振られ、成果は減点方式で常に批判をされていた。
草むしりは綺麗にむしれば感謝され、何をどこまでやればゴールなのかが明確だ。終わりが決まっていて、やれば感謝される。なんと素晴らしい仕事なのだろうか。
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「では、明日の早朝からお願いしますね」
アシュリーが笑顔で言い、クロウは穏やかに首肯した。
◆
パルミア邸の草むしり当日。朝早くに起床し、朝食をとり、クロウは門の前に立っていた。パルミア邸は男爵邸としてはそれなりに大きい方である。屋敷自体は古いものだが、庭には噴水や池もあり、庭園としては立派だ。色とりどりの花々が咲き乱れている。
その花壇に生えている草を抜き、枯れ葉などを拾い集めていく。一息つくと、額の汗を拭う。初夏の陽気。
「……」
黙々と草をむしっていく。だがやはり暑い。クロウはシャツの袖をまくり上げ、無心で草を引き抜いていった。草は根っこから引き抜かねばならない。地上部にわずかな草しかはやさず、それでいて根が長い雑草はかなりの難敵だ。時折、土中に隠れているミミズなどが驚いて飛び出してくるが、これは丁寧に別の場所へ移動してやる。
──数時間後。
途中、休憩を挟みながらではあったが、かなりの広さの庭の草むしりを終えた。草は籠一杯に詰まっている。今日はこれだけやれば十分であろう。何も一気にやる必要はないのだ。少しずつやればいい。期限はあと二日ある。
無心という快楽がクロウを慰撫する。自分自身でも物事を深刻に捉えがちだということは理解していた。何も考えずに過ごせれば楽なのだろうが、心の働きを意識して停滞させることなどはできない。だから草むしりに専念することで、無心となれる事を喜んでいた。
(無心ということは心が無いということだ。心がなければ存在しないことと同義であり、誰も傷つけず、痛みも伴わず、極めて平和的にこの世界から消える事が出来る。命のやり取りをしなくとも、寝ず食わずに草むしりを続けることが、あるいは己の目的を達成する一つの方策なのではないか)
草むしりが一段落したら即座に益体もないことで考え込むあたり、クロウは筋金入りだった。