Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~ 作:埴輪庭
目指す坑窟はウラルという農村の近くにある。クロウは宿に戻り、手早く旅支度を整えると乗り合い馬車の待合所へ向かった。
(直行便はないけど途中で降りれば大丈夫そうだ)
ギルドでこそやや昂ぶってしまったが、高揚した気持ちはすぐに収まってしまった。これは勿論良い事なのだが、クロウはある意味で脳内薬物中毒者の様なものなので、何とはなしに飽き足らなさを感じている。
だが、そんな飽き足らなさも馬車から眺める長閑な風景を見ていると次第に気にならなくなった。変わり映えしない景色の何が良いのか、クロウ自身にも分からない。ただ何となく眺めているだけだ。
夏が終わり秋に入ったばかりだからか、木々はまだ青々と茂っている。木々の隙間から覗く空は高く澄んでおり、雲ひとつない快晴だった。
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、向かいに座る男と目があった。お互いに軽く会釈をする。どうやらずっと見られていたようだ。
男は中年くらいだろうか。髭を生やしているものの、清潔感があり、身だしなみも整っていた。なにより人の良さそうな雰囲気がある。そんな男が自分を見ていたということは何か用があるのかと思い、内心少し身構えるクロウ。クロウは割りと人並みには話せる様になったが、それでも人見知りの気は拭えない。
「あ、いえね……そのお抱えになっている剣。きっと名剣なのでしょうが……不穏な気配がします。……が、どうやらその顔を見るとご存知だった様ですね」
クロウは頷いた。まあ間違っても聖剣だとかの類じゃないんだろうなとはクロウも思っている。
◆
男の名前はロナウダといった。彼は商人であり、主に武器や防具を扱っているらしい。ウラルの先、商業都市デヴレに向かう途中との事だった。ロナウダは自分の商売について話しはじめた。
なんでも彼の扱う商品の中に魔剣があるのだとか。彼が取り扱う武具や道具類の中には、古代遺跡から発掘されたものや、ダンジョンで発見されるものがあるのだが、そういったものに偶に【曰くつき】のものが含まれることがあるのだという。クロウの持つ剣の雰囲気に気付いたのも彼の商売柄ゆえに、と言う事だ。
そしてロナウダが何かを閃いたかの様な表情を浮かべると、クロウは掌を向けてその先を言わせないようにした。
「もし俺に剣を売り込もうとか、この剣を売ってくれないか、みたいな話をしようとしていたらやめて下さい。機嫌を損ねると宥めるのが大変なんです」
クロウはちらりと抱え込んだ剣に目を向ける。
ロナウダはクロウの視線を追い、目を細め、じっと剣を見つめた。やがて深く頷き、忠告に感謝します、と言った。ロナウダの長年の武具商人としての経験が、これ以上は踏み込むなと警鐘を鳴らしていたからだ。
その時、ぷうん、と虻が入り込んできた。走行中の馬車とはいえ並足なので何かの拍子に入ってきてもおかしくはない。
鬱陶しそうに手を振るロナウダ。
クロウは彼に手を貸してやりたくなったので剣の鞘へ頬をつけ、頼むよ、と呟いた。ロナウダは怪訝そうな目でクロウを見るが、すぐにぎょっとした様な表情を浮かべた。
虻が宙で静止したからだ。羽だけが動かず、胴体はジタバタともがいている。クロウはそんな虻を潰さないように掌で包み、外へ離してやった。
「……優しいのですね」
ロナウダが言うと、クロウは首を振る。
「来世に備えて徳を積んでるんです」
クロウの言葉にロナウダはきょとんとしていた。
◆
それからも特に何事もなく、途中の宿場で休憩を挟み、やがてウラル村の近くまで来るとクロウは下車をした。今度是非デヴレまでいらしてくださいというロナウダの言葉に笑顔で応える。
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村の門番の男に金等級の冒険者証と依頼票を見せると、男は腰を抜かし戦いていた。金等級なんて出張ってくるという事は、ウラル村は壊滅寸前どころか周辺地域まで危険な状態になっているのではないかと恐れた為だ。
クロウもクロウで口下手なものだから、危険な事には変わりはないけどナントカする、などという説得にもならない説得をしてしまい、一時ちょっとした騒ぎになってしまう。
結局村長が出てきて事態は収まったが、金等級としての最初の仕事がこれでは、とさすがのクロウもやや落ち込んでしまった。
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クロウは村長から詳しい話を聞く。何でも討伐対象の熊は元々は穏和な性質だったらしい。だがある日突然凶暴化し村を襲うようになったのだとか。村の金をかき集めてギルドに依頼を出すものの、二度失敗。アリクス王国の王都ギルドは、依頼が二度失敗した位では危急の物と見做さない。
村長はまだ話をしたそうだったが、クロウは剣を握り締め村長の家を出て行った。今日はもう暗いし、明日にしたらどうだという提案には、穏和なクロウとて呆れてしまった。
──明日になればまた犠牲者が出ているかもしれない
──一秒でも早く熊を倒さなければ
──暗いって?
──死んでしまった人達のお先より真っ暗なものなんてない
クロウは歩を進めていく。
◆
──ここか
今は放棄されている坑窟。件の熊はこの中のどこかにいるはず。クロウが鼻をひくつかせると、微かに香るのは獣臭の残滓。
中に入っていくと、地面からは岩肌が露出している部分もあったりと歩きづらい。所々水溜りが出来ており、ぬかるんでいる箇所もある。
かつて使われていたのか、松明やランタンの残骸などが残っている。それらは既に壊れてしまっているため使用出来ないだろう。とはいえ、自前のランタンがあるのでそこは問題ないが。
奥へ進むにつれてどんどん気温が下がっていく。それに伴い空気も重くなっていくように感じる。
最奥と思われる場所へ到着すると、そこには巨大な黒い毛玉があった。いや、よく見るとそれが手足だと分かる。四肢と胴体のバランスが崩れているのだ。
それはこちらに背を向けており、まだクロウに気付いていないようだ。クロウは黒い巨体の後ろから回り込む様にして近付く。クロウが真後ろに立ち、剣を構えるとようやく気付いたのか、それは緩慢な動きで振り向いた。
熊と言われれば熊だと言えよう。しかしよく観察すれば、耳は長く尖っており、鼻が赤い。そして同じように赤い牙を剥き出しにし、低い唸り声を上げていた。そして、その熊らしき生物には目が無かった。
異形。異様。
そんな化け物に対し、クロウは哀しみの余り、ぽろりと涙をこぼしたのだった。