Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~【最新話からイマドキのサバサバ冒険者に統合】   作:埴輪庭

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夜の訪れ⑤

 ◆

 

 コイフ家の筆頭侍従であるバルバリは、その日の夜、サウザール直筆の文を懐に吞んでロナリア家を訪った。

 

 バルバリは銀等級程度には“使える”し、貴族のマナーだの仕来りだのにも詳しい。

 更にロナリア伯もバルバリの顔は知っている為話が早い。

 

 文を出さずにバルバリに直接持たせたのは、何者かに握り潰される事を恐れてだ。

 

 コイフ家とロナリア家を相争わせようとする不逞に輩が暗躍している事は明らかで、その注意喚起、協力要請…それがバルバリの役目だが、文を飛ばす場合、途中で文自体が握り潰される恐れがある。

 

 何せ事は深刻だ。

 

 何者かが凶猛な野盗団を手引きし、街道の行商などを襲わせていた。

 

 ここで問題なのはその凶猛な野盗団というのがコイフ家の子飼いであると流布されていた点である。

 

 調べによればそれはロナリア家の御用商人であったと分かった。

 そしてそのロナリア家の御用商人自身が野盗団を手引きしていた…とあってはこれはロナリア家によるコイフ家への策謀だと多くの者が思うだろう。

 

 敵の策謀の最終的な狙いがどういうものであれ、このまま踊らされ続け、仮にロナリア伯爵家とコイフ伯爵家が王都で衝突する事にでもなろうものならば、アリクス王家は決してこれを傍観しないだろう。

 

 最悪の話、二家は降爵が良い所で、悪くすれば爵位の剥奪…奪爵もありうる。

 

 従ってバルバリに託されたお役目は重にして大であった。

 

 ◆

 

「ふむ、ではロナリア伯はお加減が優れぬと?」

 

 門番に対するバルバリの口調にやや苛立ちが混じる。と言うのも、ロナリア伯との面会をすげなく断わられたからである。

 

 ――お館様の…サウザール様の名を出してもこの対応か。いや、だがまて。この者の様子は何かおかしい

 

「ところで…体調でも優れないのですか?妙に顔色が悪い様ですが…」

 

 門番の男に話かけると、男はぶるりと震えた。

 それを見たバルバリは自身の背筋を冷たい水滴が伝うような感を覚える。

 

 男の震えは体調不良がどうこうだとか夜気が冷えるだとか、そういうものが原因ではなくもっと別の…そう、直接的なものが原因であるように見えたからだ。

 

 直接的な原因…それは、例えばだが体内に、いや、皮膚の下に無数の虫が這っていたとして、それらが蠕動したかの様な…

 

「イエ、問題あリませン…」

 

 答える男の声色もなにか妙だ。

 

 ――変事ありと見做してよさそうですな。問題はこれからです。今少し探るか、引くか。…引きます。杞憂ならば私がお館様に叱責を受ければ良いだけの事

 

 バルバリは現況に対し即断を下した。

 サウザールには見たままを報告し、感じたままに伝える。

 それからサウザールが何をどうするかはバルバリの考えの及ぶ所ではない。

 

 門番の言葉にバルバリは小さく頷き、そして去っていこうとすると後ろから声がかけられた。

 門番の声だ。

 

「…ご、当主様よリ、下知がございましテ、バルバり様を、お迎えしロと。どうぞ、こちラ、へ」

 

 バルバリは振り向き、鋭い視線を門番へ向けた。

 屋敷の外に居る門番が、恐らくは屋敷の中にいるであろうロナリア伯と、この僅かな時間で意思を疎通する事などは考えられないからだ。

 

「伝信、術、式でございイまス…」

 

 門番の言葉にバルバリは頷く。

 

 ――それならば説明はつきます。しかし

 

 バルバリは門の奥、夜の薄暗闇に佇むロナリア伯の屋敷へ目を向けた。

 彼の目には屋敷がなにやら得体の知れない化物と化しており、自身はその口の中にまんまと飛び込む獲物…そんな連想をしてしまう。

 

 バルバリは腰の得物に我知らず手を当て、硬質なその感触に僅かな安堵を得ると、門番の案内に従って歩を進めていった。

 

 ◆

 

 シルファはややうかない表情でグランツ、アニーに話しかけた。

 

「結局クロウ様に相談できませんでした…。今朝のお父様の様子、そして屋敷の気配。私は余り良くないものだと感じているのは事実で、ですけれど、お父様に限って万が一はない、とも思うのです。感じた魔力もお父様そのものでしたし。恐らくは本当に体調が悪かったのでしょう」

 

 そんなシルファを見ながら、嬢ちゃんらしくないな、とグランツは思う。

 情が理を塗りつぶしているのだろう。

 冒険者として磨かれてきた危機察知の本能というのは馬鹿にはならない。

 

 死線をいくつか越えてきたシルファならそんな事は分かっているはずで、それでいて自身の本能が告げる不穏の警鐘を後付けの理で誤魔化そうというのは、グランツにとってはいかにも危うそうに思えた。

 

 アニーを見れば彼女も同じ気持ちのようだ。

 

「ともあれ、屋敷へ急ぎましょう。お父様は夜には帰って来いと仰っておりましたわ。もう日が暮れてしまいました…叱られないといいのですけれど」

 

 シルファの言葉にグランツとアニーが頷いた。

 

 ◆

 

 修練場

 

「クロウ、今日はこの辺で切り上げようか」

 

 セイ・クーの言葉にクロウは頷く。

 

「結構動いたねえ、汗も大分かいたし。どうだい?浴場でもいくかい?」

 

 王都はインフラも大分整っており、公衆浴場みたいなものも存在する。

 技術自体は西域…レグナム西域帝国から輸入したものだ。アリクス王国と帝国は比較的友好を保っているため技術交流も度々あるのだ。

 

 クロウは少し考えて、宿で湯をもらって体を拭くと断わった。

 付き合いが悪いというより、セイ・クーと一緒に行く事に抵抗があったのだ。

 

 交流が出来た今でさえ、クロウにはたまにセイ・クーが男か女かよくわからなくなる事がある。

 というより、男でも女でもない、中性の存在に見えるのだ。

 

 以前1度浴場に行った際にはその背の余りの…

 

 ――いやいや、何を考えているんだ

 

 クロウは首を振った。

 

「そうかい?残念だね。僕は君の体が結構好きなんだけれど。細い様にみえて、脱げばまるで筋肉の糸が何百何千何万と合わさったかのような凄まじいものじゃないか。以前浴場へ行ったときは…」

 

 こいつさてはその気でもあるのか、とクロウは訝しげな目をセイ・クーへ向けていたが、ふいに視線を修練場の出口へ向けた。

 

 セイ・クーもそちらを凝視している。

 

 ややあって、修練場に入ってきたのは黒髪長髪、細かい刺繍の入ったローブを纏った妙齢の美女…ルイゼであった。

 

「ここにいましたか。クロウ。仕事です。ロナリア伯爵家へ向かいなさい。斬るべき者が居ます。人の人生を奪い、我が物とし、何食わぬ顔で邪を為す悪。勇者としての勤めを果たしなさい」

 

 ルイゼは結構適当にクロウを煽った。

 しかし、その煽りは覿面であった。

 

 クロウはルイゼから1通の手紙を受取り、修練場の出口へ向かう。

 手紙はルイゼの名において、ロナリア伯への取次ぎを要請する内容が書いてある。

 

 ――貴族絡み。ギルドマスター絡みか。僕がでしゃばる場面じゃないね

 

 セイ・クーはクロウを黙って見送った。

 心で無事を祈りながら。

 

「分を弁えていて結構ですね、セイ・クー。ですが次はあなたにも力を借りる事になるでしょう。中域への口ぞえを求めるならばその時働いてください。黄老師からも貴方の事は頼まれていますしね」

 

 ルイゼはそれだけ言うと去っていった。

 

 クロウとルイゼが去った修練場で、セイ・クーは迎えのシャル・アを待ちながら物思いに耽る。

 

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