Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~【最新話からイマドキのサバサバ冒険者に統合】   作:埴輪庭

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勇者クロウ②

 ◆

 

 玉座の間に1人の貴族の青年が駆け込んでくる。

 

 王の、そして六大卿の視線は物理的な圧力が伴うかのように青年へ纏わりつき、青年は堪らずに膝を突いた。

 

 まるで見えない大きな手が、彼の背中を天より押したかのように唐突な態勢の急滑であった。

 

 しかし、青年の口はそんな圧力下にあっても使命感ゆえに閉ざされる事は無かった。

 

「陛下!御宸襟(ごしんきん)を騒がせ奉り、まことに恐縮にございます。されど、魔女殿が……」

 

 ――後の説明は私がします

 

 声がした。

 女性の声だ。

 

 不思議な事に、その声は王たちの耳元で囁くように響いていた。

 

 ――勇者を連れてきました。彼を魔王討滅の刃と為さしめます

 

 ――そして冒険者ギルドとしては腕利きの殺しの達人を2名出しましょう

 

 ――ルピス陛下、私と貴方は餌。そして囮

 

 その声は妖艶にして甘美であり、聞く者の魂までも魅了するような響きを持っていた。

 それはまるで麻薬のように、脳髄の奥深くにまで染み渡っていくような感覚だった。

 

 ルピスの眉が顰められる。

 自身の神経への明らかな干渉が認められたからだ。

 

 そして破術の為に指を鳴らそうとした所、一人の中年貴族が立ち上がった。

 

「しゃらくさいわ!」

 

 財務大卿ペローが裂帛の気勢と共に魔力を拡散した。

 

 するとたちまちの内に甘美で甘い、麻薬のような感覚が一同の中から消え去る。

 

 あら、と鈴の鳴るような声と共に、いつの間にやらその場には2人の男女が立っていた。

 

 1人はアリクス王国冒険者ギルドマスター、ルイゼ・シャルトル・フル・エボン。

 

 もう1人は勇者クロウである。

 

 ◆

 

 財務大卿ペローは今年50となる中年貴族である。

 若い頃から才覚に優れ、30代前半には既に財政界の中枢へと上り詰めていた傑物中の傑物だ。

 

 とはいえ完璧な人物などではない。

 

 彼は美食を好む。

 ゆえにその腹は横から見れば実に金満貴族的なラインを描いてはいた。

 

 この通り彼の肉体は堕落していないとは言いがたいが、それが高位アリクス貴族として堕落しているかといえば答えは否である。

 

 戯れとはいえルイゼの幻惑を打ち破れる者はアリクス貴族にもそうは多くいない。

 

 ルイゼは僅かに驚いた表情を浮かべた後、嬉しそうに笑った。

 

「ペロー坊やも随分と使えるようになりましたね」

 

 財務大卿ペローはムスっとした表情を浮かべた。

 50にもなって坊や扱いされる事が甚だ不服だったのだ。

 

 ――確かに魔女に術を教わった事もあったが

 

「機嫌が悪くなると僅かに頬を膨らませて黙り込む癖、少年の頃と変わりませんねぇ」

 

 続くルイゼの言葉に眉間に刻まれた皺が一層深くなるペローであった。

 

 ◆

 

「ルイゼ、戯れはよせ。それで…その者が勇者、か?」

 

 ルピスの目に僅かに困惑の色が揺らめいた。

 

 ルピスの透徹した視線を以ってして、ルイゼがつれてきた青年からは神聖性の欠片も見当たらないからだ。

 

 よほどの実力者なのかと思ったがそれも違う、とルピスは視た。なぜならクロウの内も外も、特筆すべきモノ…例えば強大な魔力などは見当たらなかったからである。

 

 これはルピスが節穴というわけではなく、平時のクロウであるならそのようなものなのだ。

 事実、平時のクロウは伯爵位であったオドネイに殺されかけた。

 

「これは失礼しました、陛下。はい。この者こそが私が勇者と見定めし者。名をクロウ」

 

 ルイゼは跪き、クロウの事をルピスに告げた。

 ルピスは絶対零度の冷色を瞳に宿してクロウを見遣る。

 

「見定めた、か。つまり正当なる勇者ではない…と言う事か」

 

 興が醒めた、とでもいうような声色がそこにはこめられている。だが次の瞬間、その口端にはややなる微笑が浮かんだ。

 

 ――勇者です

 

 勇者を僭称する青年…クロウが静かに呟いたからだ。

 

 多少は肝があるようだ、とルピスはクロウの評価を僅かに上方修正する。

 

「そうか、だがそちには勇者たるに相応しい力量が無いようだが」

 

 ルピスの言葉にクロウは返す言葉を持たなかった。クロウは自身の力を過信していない。というより、自分がどの程度の力があるのかなんて彼には分からない。

 なんだったらどういう性格かも何も分からないのだ。自分を客観視する事が徹底的に出来ないのである。

 

 そんなクロウを横目で眺めていたルイゼは何かを考え、そして首をかしげ、やがて2度3度と頷いた。

 

 ルピスや六大卿といったルイゼと関わりがある者達の背筋に嫌なものが走る。

 

「クロウ、どうするのです?貴方が弱いばかりにあなたは勇者として認められず、結果として多くの人々が死にます。魔王に殺されます。人々は貴方を恨むでしょうね。なぜ弱いくせに勇者を名乗った、と。なぜできもしない魔王討伐なんて吠えて偽りの希望を与えた、と。貴方は檄した人々の怒りの火に焼かれ…そうですね…死刑!死刑になるでしょう。多分。貴方の名は嘘つきの象徴として後世まで伝わる事間違い無しです。…え?なんですって?嘘つきはここで死刑!?…クロウ、残念ですが貴方は弱いくせに勇者を名乗ったからこの場で処刑されてしまうそうです。処刑人は私がやってあげましょう」

 

 ルイゼが立ち上がり、その美しい白魚のような手を刀剣の形に構える。

 するとそよ風が渦を巻きその手に纏われていく。

 

 同時に混じりっ気なしの濃密な殺気が波紋のように広がり…次瞬、手刀が閃き、そしてルイゼの手首から先が宙を舞った。

 

 クロウが電撃的な速度で切り上げ、彼女の手首を斬り飛ばしたのだ。

 

 殺意を伴う攻撃にクロウの肉体が反応した。

 これは防衛反応ではなく、慈愛、慈悲の類の反応である。

 

 ◆

 

 クロウのルイゼへのカウンターは害意を伴うものではない。いわば慈愛。

 殺傷、殺害を伴う慈愛の反撃であった。

 

 自分を殺そうとしてくれるのだから、自分もまた相手を殺してしまわねば礼儀を失する…

 

 クロウは本気でそう思っている。

 なぜクロウがこんな酷い体質になってしまったのか。

 

 それは彼の歩んできた道が彼をそんな風に醸成したからだ。

 

 クロウがまだこの地に完全に馴染んでいなかった頃、クロウは希死念慮を抱いて受動的な死を待っていた。

 

 しかし理由なく人を殺す者はこの世界でも中々居ない。勿論、クロウがどこかの誰かを襲ったりすれば、襲われたものは自身の身をまもるためクロウの殺害をすら辞さないであろう。

 

 だがクロウの中のシロウは最低限の常識を持っているため、そんな通り魔的な事はできない。

 

 ならばと肉体の記憶の導きに従って冒険者稼業を始めたクロウ。理由は危険な依頼をこなしていれば、その内に名誉ある死をその手に出来るかもしれないからだ。

 

 だがクロウは死線を越えていくうちに馬鹿みたいに強くなっていった。

 さらに人間関係を構築し、その過程で友人を得て、身近なものへ情を抱くようになっていった。

 

 クロウの友人…シルファなども、なにかと彼の世話を焼き、クロウは友人の心遣いに感謝している。

 

 それはまあよい。

 その過程で、クロウ自身も周囲の者に何かしてあげたいという殊勝な気持ちが湧いた事も良い。

 真っ当な人間への第一歩である。

 

 だが何のバグか、それが殺意を向けてくる者にも適用されてしまった。

 

 自身を殺そうとする者に対しては、自身もまた相手を殺してあげるのが礼儀である…という慈愛の心だ。

 

 ◆

 

 宙を舞う血飛沫、ルイゼの手首はまるで時を逆巻きにしたように切断面に戻っていく。

 

 クロウは意に介さず、二の太刀を繰り出そうとするが腕が動かない。

 いや、身体全体が動かなかった。

 

 両手足、その四箇所を炎の鎖、氷の鎖、岩の鎖、そして風を収束させた鎖がクロウを束縛していたからだ。

 

 ルイゼからの殺気が鋭さを増し、そして呼応するかのようにクロウの筋肉が蠕動した。

 

「もうよい」

 

 ルピスの声が響き、ルイゼが殺気を解く。

 クロウもまた殺気を解いた。

 

【挿絵表示】

 

「驚いた。津波のように魔力が湧き、その動きときたらまるで稲妻のようではないか。なるほど、ルイゼが勇者として見定めたというのもあながち酔狂の類ではないようだ」

 

 ルピスは満足そうに言った。

 しかし、と続ける。

 

「平時のそちはまるっきり印象が違うな。普段、この王都でどのように暮らしているのだ?例えば依頼を受けない日などはどうしている?鍛錬か?」

 

 ルピスの何気ない質問に、クロウはやや考え答えた。

 

「最近は鍛錬が多かったのですが、以前は草むしりなどをしていました。ギルドの奉仕依頼です。窓を拭いたり、掃除をしたり…」

 

 ルピスはぱちぱちと眼を瞬かせ、草むしり…、と呟いた。

 

 ――草むしり?

 

 ――引き抜くと死痛を伴う断末魔を響かせる草とかですかな?

 

 ――窓を拭いたり、ともいっておりました

 

 ――仮にも勇者がそのような雑務をしなければ生活できないというのはどうなのですか

 

 そんな会話がヒソヒソ交わされる。

 

 




彼こんな頭おかしかったかな
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