Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~【最新話からイマドキのサバサバ冒険者に統合】   作:埴輪庭

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勇者一行

 ■

 

「あれ?お母さん、黒いのなぁに?」

 

 少年が空を指さし、隣を歩く母親に尋ねた。

 母親はその日の昼食を何にしようか考えていたが、少年の質問を聞くと何とは無しに空を見上げた。

 

 まるで透き通った水に黒いインクを垂らす様に。

 一点の“闇”がアリクス王国の上空に滲むと、爆発的な速度で広がっていく。

 

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「行くな。こうなる事…そして、そうなったらどうするか…説明は受けていただろう」

 

 クロウが馬車から身を乗りだそうとすると、隣に座る男…ザザがざらついた声でそれを引き留めた。

 魔王暗殺を担っている勇士達を乗せた二台の馬車が全力で王都から遠ざかっている。クロウとザザ…そして今一人はその内の一台に同乗していた。

 

 二台の馬車は遥か前方、地脈が二重三重にも重なっている特異点へ向かっていた。目的地の周辺では既に本来なら政務を担うはずの高級貴族たちが月割りの魔剣、『ディバイド・ルーナム』を携えて向かっており、その命を賭して西域との転移門を開こうとしているはずだ。そして転移してきたレグナム西域帝国の勇士達と合流し、魔軍の転移雲を利用して最果ての大陸へ転移する。

 

 アリクス王国の高官達と共にルイゼ・シャルトル・フル・エボンも同行しているはずで、魔軍の転移雲を利用した転移は彼女が行う手筈となっている。必要とされる魔力は魔軍の用意したものを掠め取るという、まさに勇者パーティにふさわしい段取りとなっていた。

 

 ■

 

 クロウはザザを見つめるがしかし、言葉を発する事はなかった。

 ザザはクロウの瞳の奥底に激情が圧縮されているのを感じ取る。

 

「…良い目じゃないか。だがそんな目で見るな。腕が疼いて斬りたくなる」

 

 ザザがそう言うと、クロウの傍らに立てかけておいたコーリングから鬼気が湯気の様に立ち上った。

 色々なモノを斬り、ここ最近は調子をあげている彼の魔剣は非常に喧嘩っ早い。

 

 剣呑な空気が馬車内を満たしていくが、クロウが鞘を一撫ですると夢から覚め現実に戻るかのように鬼気は雲散し、霧消した。

 

 はあ、とため息交じりの声が馬車に響く。

 済まないなとザザが苦笑しながら詫びた。

 クロウにではない。

 

 ザザが詫びた相手は、彼の隣に座っているファビオラ・トゥルーナ・フラガラッハ公爵令嬢※1であった。

 

 ■

 

「わたくし…魔王に挑み、そして殺される事はある意味仕方がない事だと受け入れておりますわ。勇者様の剣となり、その露払いを務める…それがフラガラッハ公爵家の責務ですもの。でも、魔王討伐の同志の殺し合いに巻き込まれて殺されるのは御免被りますわよ」

 

 パタパタと手扇で首元を仰ぎながらファビオラが言った。

 口調に似合わず、彼女の恰好は一端の剣士のものだった。

 軽鎧は使い込まれ、お世辞にも綺麗なものとは言えない。

 しかし鎧に刻まれた細かい傷の数々は、彼女がか弱き乙女ではない事をありありと証明してくれている。

 

 魔王暗殺に赴く勇士たちは、数がいればいいというわけではない。

 多ければ多いほど発覚しやすくなるし、なにより転移そのものに支障がでる。故に暗殺隊のメンバーには精鋭が選ばれ、そこには彼女も選出された。

 

 若干20歳という若年、デビュタントを迎えたばかりの小娘でありながらも、その天稟は既に当代のフラガラッハ公爵を凌いでいる。

 

 クロウの視線が彼女の手に注がれた。

 白魚のように嫋やかな繊手は、美の女神の寵愛を一身に受けた芸術品のようでもある。剣士のそれではない。

 見れば彼女は剣士の恰好をしていても、肝心の剣を持っていない。

 

【挿絵表示】

 

「あら?勇者様…わたくしの手に見惚れてしまいましたか?」

 

 ファビオラが揶揄うように微笑むが、クロウは彼女の手を恐ろしいと感じていた。握れば折れるようなその手の何が恐ろしいのか、クロウ自身にも分からない。

 しかし彼の希死本能はこの手を掴めと叫び、生存本能はこの手から離れろと叫んでいた。

 

 クロウの本能は正しい。

 ファビオラの手には種もあるし、仕掛けもある。

 

 ──己が手刀を不治の神剣と見立てる血統魔術“フラガラッハ”

 

 ファビオラは、いや、フラガラッハ公爵家はこの剣呑な魔術の使い手であった。この魔術により傷を付けられたならば、その傷は決して癒える事はない。暗殺にはうってつけの能力と言ってもいいだろう。彼女の剣は自身の両の手であり、血筋に意味付けられた手刀の魔術の切れ味は尋常なものではない。

 

「怖いお貴族様だな」

 

 ザザの言葉にファビオラは貴族令嬢らしからぬ満面の笑顔を浮かべ、何よりの褒め言葉ですわね、とのたまった。

 

 そしてファビオラはやや表情を引き締め、クロウの瞳をまっすぐ見つめて言った。

 

「勇者様…王国の民の安否について、それ程までに想ってくださって感謝いたしますわ。ですが、わたくし達にわたくし達の役割が与えられているように、王都に残る皆様にもそれぞれの役割が与えられておりますの。このような危急の有事に命を張ってこそアリクス貴族。きっと今頃、多くの貴族が…そして他の戦う力を持つ勇士達が異変に立ち向かっているに違いありませんわ。わたくし達にはわたくし達の使命があります。そちらに集中なさいませ」

 

 それに、とファビオラは続けた。

 

「国王陛下…ルピス・フィリウス・ディレク・トゥ・アリクスこそが王国の至高にして最強。魔軍が如何に群れ成そうとも、冷たき月光が穢れた命の悉くを滅却せしめるでしょう」

 




※1
シリーズから。アリクス王国・婚約破棄参照。
ファビオラはファラの子孫。
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