Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~【最新話からイマドキのサバサバ冒険者に統合】   作:埴輪庭

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馬車の一幕

 ◆

 

 地脈の集中地点までは馬車で一昼夜を駆ける必要があり、到着した段階では夜が望ましい。

 なぜなら魔王が開いた転移雲を逆用するのはいいが、お膳立てというものは必要で、その前に魔族に見つかってしまっては意味がない。故に身を隠せるように夜に到着することが望ましかった。

 

 

 

 

 

 クロウは抱えていたコーリングの鞘を撫でながら遠ざかる王都を見ていた。“情けないな”とどこか自嘲めいた想いを抱く。

 

 王都は黒い靄…繭の様なモノに包まれ、何者かの襲撃を受けている事は明らかだ。それなのに勇者という立場でありながら、むざむざと王都の危機を見過ごす様なことがあって良いのだろうか?

 

 クロウの良識は大声で否と叫ぶ。

 

「…勇気とは」

 

 横から囁く様な声がクロウの耳朶を打つ。

 クロウは僅かに顔を傾け、ファビオラを視界に捉えた。

 

 クロウの瞳の奥では闇が渦を巻き、人々を苦しめんとする魔族への憎悪が煮え滾っている。その眼を直視したファビオラは内心たじろいだ。なぜ勇者はここまで憎しみを滾らせる事が出来るのだろう?と。勇者に与えられた役目を思えば、彼が魔族に対して敵対的である事はさほど不思議ではない。だがこのクロウという青年はまるで…

 

 そこまで考えた所でファビオラは思考を中断した。

 勇者が何を考えているか推測しても意味がない事に気付いたからだ。彼女はクロウとの僅かな会話を通して、この青年がやや特殊な思考をしている事を察している。

 だから伝えるべき事を伝えるべく、彼女はその薄桜色の唇を開いた。

 

「勇気とは恐ろしい敵に立ち向かう事ばかりを言うわけではありません。他者を信頼し、任せる…これもまた勇気なのです。わたくしも辛いです、王都には家族や友人もいます。婚約者も…。叶うならば今すぐ馬車を飛び出して、彼らを護りに行きたい。でも…」

 

 ファビオラの声がかすれ、一毫程の湿り気を帯びる。

 

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 ・

 ・

 

 何てことだ!!! …とクロウは思った。

 余りにも自分が恥ずかしかったからだ。

 クロウは王都に友人は居るが、家族や恋人はいない。

 なのにここまで取り乱している。

 それに比べてファビオラはどうだ?

 家族も友人も恋人も…大切な者たちが山ほどいるというのに、自身に与えられた役割を全うしようとしている。

 その心のタフさにクロウは自身の至らなさを痛感させられていた。

 

 同時に感得する。

 勇者とは何と辛い仕事なのだろうと。

 

 クロウはファンタジーには疎いが、それでも勇者というやたらめったら強い正義の味方が魔王というやたらめったら強い悪党をやっつける…という“お約束”は知っている。

 

 物語の中で勇者と魔王には確かな生物的な格差が存在していたにも関わらず、それでも両者は死闘を繰り広げ、最後は勇者が勝っていた。

 

 それはなぜか?

 神に選ばれたからだろう。

 そして、神はその者がたえられない試練は与えないと言う。

 

 クロウの悲観的頭脳がギャリギャリと回転速度を上昇させていく。

 

 ──勇者の強さ

 ──神に選ばれると言う事

 ──神はたえられない試練は与えないと言う事

 

 これらから導き出される答えは一つ…

 

(勇者は人々の悲しみを力へと変える。その力で魔王と戦う。だから勇者は悲しみ、苦しまなければいけない。そうしないと力を得られないからだ。勇者は幸せになってはいけない。永遠に苦しみ、悲しみ、しかし人々を幸せに導く。そういう仕事なんだ)

 

 ◆

 

 ファビオラのみならず、魔軍の犠牲となっているであろう全ての人々の悲しみ、苦しみ、憎しみ…こういったものを勝手に想像し、勝手に自己投影し、心をぐちゃぐちゃにさせて。

 

 この悲しみを、苦しみを、憎しみを無くしたいと心から願って。

 

 そういった渇望がクロウの魔力をかつてないほど高めていく。

 

 ・

 ・

 ・

 

 かつてクロウがシロウであった頃、午前7時前には会社に着き、午前1時前後に帰宅をするという生活をしていた頃、彼が浸っていた悪癖がある。それは自己憐憫だ。

 

 ──自分はこんなに頑張っている、なのにこんなに辛い、嗚呼なんて自分は可哀そうなのだろうか

 

 そんな甘い毒を脳で生産して背徳的な暗い悦びで心を慰めていた。

 自分で自分を憐れむ事ほど情けなく、そして気持ちの良い事というのはそうはない。

 

 現実世界でまともに時間を取れない彼にとって、それが唯一の娯楽であったという点を鑑みても余り褒められた事ではなかった。

 もっともその悪癖も脳がある程度まともに働いていればこそだが。

 末期の頃には精神的なストレスと疲労により、自己憐憫の源泉すらも枯れ果てた。とはいえ、それからすぐに死んだので問題はない。

 

 だがこの世界に転生したシロウは自己憐憫に浸れるほど哀れな境遇ではいられなかった。

 元の肉体の持ち主である“銀等級冒険者クロウ”はそれなりに才のある冒険者であり、彼の肉体…というか、死体に入り込んだシロウは転生直後から優れた肉体を与えられた形となる。

 

 “銀等級冒険者クロウ”が死んだ場所は街からは離れており、彼が死んだ事を知る者はいない。更に“銀等級冒険者クロウ”には身寄りがなく、その狷介な性格から親しい友人などもいなかったというのもシロウにとっては都合が良かっただろう。

 

 クロウは哀れな境遇どころか、他者から羨まれるような境遇だったのだ。しかしクロウの、いや、シロウの魂は自己憐憫の甘い蜜の味を忘れてはいなかった。

 

 彼は前世の経験を活かし、他者の不幸を自身に投影し、自己憐憫を味わい始めるようになる。それだけであるなら彼が唾棄すべき悪趣味な性格で終わるのだが、クロウはそれだけに留まらない。世界が変わっても彼の精神にこびりついた希死念慮ゆえに、命を懸けて難敵に挑んでしまうのだ。

 

 ◆

 

 ・生来の希死念慮

 

 ・前世で粗雑な扱いをされて死んでいった経験が原因で魂にこびりついた“認められたい”という承認欲求

 

 ・自己憐憫の甘毒中毒者

 

 この三種の疾患神器が合わさる事で、クロウは自称勇者として完成に至った。

 

 他者の心情を拡大解釈し、それを自身の精神へ投影して勝手に傷つく。そして揺れる精神は大出力の魔力を産み出す。

 

 ・

 ・

 ・

 

「俺も悲しい…そして、この悲しみを力へと変えろ…そう神様は仰っているんですね」

 

 ぽろりぽろりと涙を零し、クロウが辛そうに呟いた。

 ファビオラは当惑し、ザザは“まずいな”と顔を顰めた。

 

 ファビオラとザザは、やにわに空気が粘着質を帯びたように感じる。まるで空気が吸着性を帯び、触れた部分の温度を奪う有害なものへと変じたようであった。

 

「落ち着けクロウ。力を無駄遣いするな。力を溜めて、それを全て魔王にぶつけるんだ。それが勇者の義務だぞ」

 

 ザザは落ち着いた様子でクロウを諭す。

 クロウはザザの言葉を受けて感情の爆発を意識的に抑え込んだ。

 

 それは多大なストレスを要するものであったが、今のクロウにとってはストレスを感じる事それ自体が快感となっている。

 なぜならそれは少なくとも彼の中では勇者の義務の一つだからだ。

 自身が苦しみ、悲しむ事でそのストレスを力へと変換する。

 変換された力は魔王討伐という崇高な大業を為す助けとなるだろう…そうクロウは思っている。

 

 ◆

 

 ──こいつと一緒にいると頭がおかしくなってくるな

 

 ザザはそんな事を思いながら大きくため息をついた。

 ふとファビオラと視線が合い、その瞳に込められた疑問に答えるように一つ頷く。

 

 言葉こそ交わさなかったが。ザザには彼女の言いたい事が分かったのだ。

 

 いつもこんな感じなんですか?、と。

 

 別にいつもという訳ではない、とザザは思った。

 確かに頭はおかしいが、ザザの見る所、クロウという青年はむしろ善良な方だと思う。

 

 ザザはクロウが好んで奉仕依頼を受けていた事を知っている。

 奉仕依頼とは一種の罰ゲームだ。

 害虫害獣の駆除、引っ越しの手伝い、街の掃除…小遣い銭程度にしかならないような依頼を金等級が受けるというのは異例だが、周囲の者達は“まぁアイツだしな”とある意味で納得をしていた。

 

 それに、とザザの内心はクロウを擁護する。

 冒険者というのは基本的に粗暴で独善的なものだが、クロウは決して力無き人々を虐げるという事は無かった。

 基本的には丁寧で、腰も低く、何か頼まれた時にはできるかぎり力になろうとしていた。

 

(不思議だ。クロウは勇者にふさわしいように思える。だが同時に、勇者とは真逆の人間の様にも思える。めちゃくちゃな奴だ…頭が痛くなるぜ。俺もあっちの馬車が良かったな、ランサックの奴は煩いがクロウとよりはまともな会話になる。…いや、駄目だ。あの気持ち悪い奴らと同じ空間にいたくない)

 

 ・

 ・

 ・

 

「え~っほんとぉ!?」

 

 野太く黄色い声が馬車内に響いた。

 続いて破裂音。

 

「ぐあァッ!て、てめぇ!鎧を徹すんじゃねえよ!骨が折れる!」

 

 §§§

 

「………………」

 

「おい、なんか話せよ。アンタあれだろ?“王家の影”だろ?まあアンタみたいなのも必要だよな。戦闘は極力さけたいからな、必要なのは魔王の首だからよ、斥候みたいなのは必要だよな。…おい、無視するなって、なぁ。…………あの?聞いてるかい?…ああそう…」

 

 §§§

 

 ランサックは既にくじけそうだった。

 馬車に同乗しているのは女言葉を使う筋肉男と何もしゃべらない男だったからだ。

 

 本当だったらこんな馬車に乗りたくないと思ってはいたものの、戦力の配分からこのような仕儀となった。

 

 アリクス王国側の派遣メンバーはこうだ。

 

 筋肉男   金等級冒険者

 ランサック ルイゼの犬

 無口男   アリクス王家肝いりの斥候

 クロウ   金等級冒険者

 ファビオラ 公爵家令嬢

 ザザ    金等級冒険者

 

 世界の命運を左右するメンバーに自身の息が掛かっている者を三人も送るあたり、ルイゼの影響力の大きさの程が窺われるが、他の三人も実力で劣るものではない。

 

 特に筋肉男…タイランは異色だ。

 中域出身のこの武闘家は武器を持たない。

 なぜならその五体そのものが武器だからだ。

 多くの戦闘者が格闘の心得を持つが、格闘を主武器とする者は余りいない。やはり得物を振るった方が効率が良い為だ。

 

 ただ、中域では逆に格闘が隆盛を誇っている。

 これは魔力とはまた違う“気”とよばれる別種の力を扱う者が多い事が理由だろう。

 魔力が意思や願望を叶える力であるなら気は命の力だ。

 自身の生命力を源とし、そこから力を引き出す。

 だが命の力を無機物に宿らせる事は非常に困難である。

 それが中域で自身の五体を武器とする者が多い理由である。

 

「アタシも色々旅してきたけどぉ~、西でもちょっと冒険者として働いてたけどぉ~…やっぱりこっちが好きね!だって国王陛下ったら素敵なんだもの~!あ、でもアシャラは良い国だったわよ、自然がいっぱいで!ほら、アタシって見てわかるとおもうけれど、草花が好きそうな感じじゃない?だからあの国とは相性がいいとおもうのよね~」

 

 ウフフオホホとタイランは笑顔でしゃべくる。

 中域から東域へ渡るには、まずアシャラ大森林を抜けて西域に渡り、そこからあらためて東域へ向かう必要がある。

 東域へ直接行こうとすると大雪山を越える必要があるからだ。

 危険な魔獣も多数生息しているが、何より危険なのはやはり自然そのものだろう。

 

 大雪山に比べればアシャラ大森林の方がまだマシで、中域から渡ってくる者はほとんどがそちらのルートを選んでいる。

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