Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~【最新話からイマドキのサバサバ冒険者に統合】   作:埴輪庭

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閑話:白獅子とエルフの姫君⑤

 ■

 

 英雄タリオンの妹、討伐隊の一員であるシエラは自身がもう助からない事を理解していた。

 

 なぜならば風壁の気流を維持しようとすればするほどに、体の内部に致命的な腐敗の魔力が流入してくるからだ。

 彼女は自身の体内がどろりと腐れ果てていく事を、その激痛を以て察知していた。

 

 天に翳す自身の腕を見る。

 白磁の様に白かった腕の各所には、赤紫色の斑点が浮かんでいる。そしてどことなく甘ったるい匂い。

 それはシエラの身体から漂ってきていた。

 生きながらにして腐敗しつつあるのだ。

 その苦痛は一体どれ程のものか。

 

 だが魔法を解くわけにはいかなかった。

 彼女の兄であるタリオンが全身を崩壊させながら、恐らくは生涯最期の一撃となるであろう大魔法の準備をしていたからである。

 無理をせず時間を稼ぐという手は取れなかった。

 なぜなら時間を稼げば稼ぐほど腐敗領域が広がっていくだろうというのは容易く予想出来たからだ。

 逃げ道が塞がれる。

 そうなれば王宮へ危機を知らせる事もできなくなる。

 

「シエラが死んだら壁は崩れる。だがその瞬間に私がもう一度奴を撃つ。それで斃れてくれればいいが、中々そうも行かないだろう。しかし隙を作る事くらいは出来るはずだ。私とシエラ以外、散開して王都へ逃げ延びよ。そして増援を派遣させよ。あの黒獅子は脅威だ。陛下の喉元へ届く刃はここで圧し折っておかねばならない」

 

 手遅れになる前に痛打を加えて怯ませて、あとは死神から逃げ切れる事を期待した運任せの逃走というのが討伐隊の取れる最善手であった。

 

 タリオンは目を瞑り、精神を集中していく。

 紡ぐ言葉の一語一語に力を籠め、魔力を注いでいく。

 そしてゆっくりと両の腕を左右に広げる。

 

 べちゃりという音がした。

 頬を撫でる風が弱まっていく。

 シエラが死んだのだ。

 恐らくは無残な姿で。

 タリオンは心中で妹に詫びる。

 

 目を見開いたタリオンは漆黒の獅子を視界に収め、音を置き去りにして地上を奔る一筋の流れ星と化し、腐敗領域を突き抜けてマルドゥークを貫かんとしたが…空中で完全に分解されてこの世から消えた。

 

 今のマルドゥークは拒絶と腐敗、そして死の複合体のような存在だ。近づけば近づくほどにその権能を強く浴びる事になる。

 少なくとも物理的な飛び道具などは、例えその飛翔速度が音の5.8倍だろうと関係ない。飛翔中に完全に分解されてしまうだろう。

 

 マルドゥークが天に向けて吠える。

 

 ──腐れよ、天

 ──枯れよ、大地

 ──忌まわしき耳長共よ、苦痛の果てに狂い滅びよ

 

 黒色の閃光が弾け、光に呑まれた討伐隊の面々はもはや原型を留めていなかった。討伐隊の誰一人として逃げる事は叶わなかった。

 

 ■

 

 討伐隊は王宮に危機を伝える事ができなかった。

 しかし、王宮はすぐに異変を察知する事になる。

 なぜならば大森林が凄まじい勢いで変貌していっているからだ。

 マルドゥークの領域は日に日に拡大しており、その様子は討伐隊の全滅から一週間目になって王都からでも確認ができるようになった。異臭は既に王都にまで届いている。

 

 何かが腐ったような匂い

 甘酸っぱいような匂い

 死を強く想起させる匂い

 

 その匂いは日々強まり、国民の中には精神に変調を来たすものまで現れ始めた。匂いだけが原因ではなく、空気に含まれている何か…

 

 国王はこれを重く見てただちに軍を編成した。

 討伐隊の安否は王宮もまだ分かってはいないが、既に全滅したものとして判断しての事だ。

 

 しかしその推測が正しければ、一つの重い事実を直視しなければならない。

 

「タリオンが敗北したというのか…?あのタリオンがか?」

 

 国王は玉座のひじ掛けに肩ひじを突きながら、物憂げな表情を浮かべた。確定したわけではないが、森の変容と討伐隊の沈黙という計算式は、大英雄タリオン率いる討伐隊の敗北という解を明確に出している。あるいは負傷して動けないというような事もあるのかもしれないが、と国王は思うが、すぐにその考えを打ち消した。

 

 彼の知る討伐隊の面々は例え片脚がもぎ取られようとも、生きているなら意地でも任務を遂行しようとする者達ばかりだからだ。

 その覚悟は大切な者たちの喪失という昏い源泉から湧き出てくるものであり、そんな彼等が動けなくなるほどの負傷を負ったのならば、自身の命を以て最後の逆撃に出る事は火を見るより明らかであった。

 

 ──これは判断を誤ったかな?

 

 国王は思うが、魔獣の存在を察知していながらその討伐任務を下さないという選択肢は取れなかったように思う。

 この国は魔獣により家族や恋人などを殺された者が多い。

 これはエルフェンという種族が"餌"として極上だから魔獣が付け狙うという背景がある。彼等エルフェンは皆が皆生粋の魔法使いといってもいい存在だが、その振る舞いが奥ゆかしすぎて闘争に向かないのだ。

 

 エルフェンは一定の年になると、自分達の種族が抱える宿業ともいうべき加護、あるいは呪いを知らされるが、それが為に自身の力を振るう事を恐れる者も少なくない。

 

 討伐隊というのはこの戦闘技術に長けるばかりではなく、この奥ゆかしさという一種のリミッターを復讐心により解除した者達の集団であるので、魔獣討伐に際しては長年に渡って大きな貢献をしてきた。だが、そんな彼等だからこそ強大な魔獣がいるとわかって、その討伐を制止すれば非常に強い不満を抱く事は明々白々であったし、それは後世の内憂となりかねない。

 

 内憂を抱えるよりは外敵を滅ぼすべし、と考えた国王の判断は誤ってはいなかったが、今回は相手が悪かった。

 色々な意味で当代の国王は運が悪い。

 

 僅かに鼻をつく甘ったるい腐敗臭に顔を顰め、国王は娘であるイシルが保護されている牢へと向かった。

 

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