今時の暑い夏の夏休み

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短編初めて書きました


暑い夏の夏休み

 夏という季節を知っているだろうか。日差しがギラギラと照りつけ、一年の内で最も暑い。今年も例年通り雲一つない青空が広がっている。見るにはいい景色だが、暑さで外に出ようという思考にはならない。

 

 さて、なんでこんな話をしたのか気になっているであろう。理由は至極簡単。こんな暑いのに外に出ようと駄々こねるやつがいるからだ。

 

「起きてよ~」

「夏休みだ、寝る」

「今日は出かける約束だったじゃん」

「予想気温みてみろ。40℃になるかもしれないんだぞ」

 

 ベッドの上で横になったまま、椅子に座って駄々こねる彩にそう言った。出かけるならば家を出てしばらく歩く必要がある。俺は暑いのが嫌いだからそんなことしたくない。この部屋はカーテンを締め切り、外からの日光を完全に遮断している。それに加えて扇風機と冷房機、2つの文明の利器で寒気を感じるぐらいまで気温を下げている。外とこの部屋とではかなりの気温差があることだあろう。ここまでやらなきゃまともに眠れもしない。おかしいのは俺の感覚ではなく、異常気象。だと思いたい。

 

 彩も分かっているはずだ。いくら涼しい格好をして外を歩いたとしても、この暑さには敵わない。涼しい格好をすれば相対的に肌の露出が増え、日焼けする。アイドル活動をしている彩にとって、日焼けは厳禁。なにより俺は部屋から出たくない。廊下ですら熱いのに外になんか出れるわけ無いだろ。

 

「予想は予想だもん。絶対じゃないもん」

「それより、課題はやったのか?やってから行く約束だろ」

「や、やったよ~?」

 

 目をそらし、歯切れの悪そうな返事をする彩。誰がどう見ても嘘をついていると分かる。いつもなら即否定するところだが、今日はすこし騙されてみよう。

 

「彩にしては珍しいじゃん」

「でしょでしょ!頑張ったんだよ!」

 

 先程とは打って変わって、満面の笑みで話している。一瞬で雰囲気を変えられるあたりアイドルらしさが感じられる。別に、いつもの彩がアイドルらしくないって言いたわけじゃない。事務所に入りたての頃に比べたら、ね。相手に見られることを前提とした完璧な笑顔よりも、年相応の自然体な笑顔の方が個人的にアイドルだなって思うだけだから。

 

「今回は誰にも聞かないで一人でやったんだよ!スマホでも調べなかったし、教科書も見なかったんだよ!」

「へぇ~、そりゃすげぇな」

「私だってやればできるんだもん!」

 

 えっへんと誇らしげに胸を張る彩。こいつ、自分の嘘がバレてないって本気で思ってるのか。アホすぎてため息も出てこないぞ。こうやって調子に乗るからって言いたいところだが、俺も調子に乗ることが少なからずあるのでノーコメントで。そろそろ鼻っ柱をへし折ってみようじゃないか。

 

「とりあえず確認のため、やった課題、みせて」

「えっと、ちょっとそれは~……」

「やった証拠、だして」

「……やってないです」

 

 少し声のトーンを下げて問い詰めると、思った通りの答えが返ってきた。ここまでほんの数十秒。カップラーメンすらできやしない。嘘をつくなら本当のことを織り交ぜて、ってどこかの漫画で読んだけどその通りだな。彩が誰にも聞かず、スマホも教科書も見ずに問題を解けるなんて信じられるか。信じてほしければ俺にテストの順位で勝ってからにしやがれ。

 

「帰ってきたらやるから!目の前でやるから!」

「ならまぁ……」

「おねがい!」

「わかったよ。準備するから、下で待ってて」

 

 そういうと彩はるんるんで部屋から出て行った。一人になった部屋で深めのため息をつき、準備に取りかかった。時刻は11時を少し過ぎたぐらい。カーテンから外を見てみると近くの木が揺れていて、ある程度の風はあるみたいだ。彩がどこに行こうとしているのかは知らないが、行くなら今が絶好のチャンスだろう。

 

 半袖に長ズボンをはき、ショルダーバッグをもって部屋の扉を開けた。やっぱり熱い。想像してた数倍熱い。窓が開いていないから風通しが悪いとは言え、部屋と廊下の温度差で眼鏡が曇るのは流石にやばい。こんな状況なのによくも外に出たがるもんだ。行きたくはないが、彩に言った手前、今更断れる気がしない。そうだ、冷蔵庫の棒アイスでも食べながら行こう。

 

 リビングへ行くと彩が扇風機に向かってなにか話しかけていた。扇風機の羽に声が切られ、独特な声が聞こえてくる。小さい頃誰しもがやったであろう宇宙人の声。声を出すのに夢中になって、俺が真後ろに来ても気づいていない。手元には彩の分まで持ってきた棒アイスがある。こうなったらやることは決まっている。

 

「日焼け止め塗ったのか」

「ひゃっ!」

 

 キンキンに冷えた棒アイスを彩の首元に当てる。かわいらしい悲鳴を上げて飛び上がる彩をみて思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「い、いきなりなにするの!」

「ふっ、それより日焼け止め……って無理無理。やっぱ面白すぎ」

「塗ったもん。ていうか、笑わないでよ!」

 

 怒っているのは分かるが、全然怖くない。むしろ大きな音で飛び上がる猫を見ているみたいで面白い。これだから彩をからかうのはやめられないんだ。

 

 家を出た俺はアイスを咥えながら彩の後ろについていった。歩き始めて数分だがもう溶けそうだ。汗が滝のように流れ出て、すぐに喉が渇く。目的地に着くまでに持ってきたペットボトル一本が終わりそうだな。その目的地はと言うと駅前の商店街にあるレストランみたいで、聞いたことのない店名だから調べてみたらつい最近できたばかり。口コミを見る限りなかなかの人気らしい。看板メニューはオムライスとハンバーグ……彩が行きたがる理由が分かった気がする。

 

「なぁ彩、先に聞いておきたいことがあるんだけど」

「ん、なになに」

「体重大丈夫なのか?」

「うぐっ……」

 

 信号待ちの最中に言うことではなかった、周りにいた数人がこちらの方を声に反応していた。いくら変装しているとは言え、特徴的な髪色と無駄に溢れる芸能人のオーラ。彩自身はバレてもいいらしいが、俺と一緒にいるときにバレるのはいろんな意味でまずいと思う。しかも聞いた内容がないようだ。女子に体重のことを聞くのは御法度なのは知っているが、毎日体重が~体重が~って愚痴ってくる。昨日の夜にだって出かけることと一緒に自分の体重に関して話してきたんだし、今更文句を言われてたまるか。

 

「ほら、夏だし、運動するから大丈夫!」

「さっきアイス食べました、これから昼飯食べます、どうせ帰ってから勉強中にお菓子食べます。彩は摂取カロリーを消費できるのでしょうか」

「それってお昼ご飯食べる前にする話じゃないよね!?しかも家を出た後だからね!?」

 

 だって先に言っておかないと何も考えずに食べるし、それで体重増えたら一緒にいた俺までとばっちりで千聖に怒られるし。俺はあの表情で怒られたくないし、彩だって怒られたくないだろ。あと去年の浴衣が着られなくなったのを俺のせいにしてほしくない。

 

 グタグタと話しながら歩いていると目的地に着いた。ちょうどお昼時だから並んで待つものだと勝手に思っていたが、そんなこともなく店内にすんなり入れた。今思ってみればここに来るまでもいつもより人とすれ違うことがなかった気がする。いくら風があるとは言え、外に設置されている電光掲示板には38℃と表示されている。ほとんどの人は夏休みだからといって外に出ず、冷房が効いた部屋でゆったりしているんだろう。そのおかげで並ばずに済んだんだ、素直に礼を言っておこう。

 

 席に座ってメニューを開くと、一番最初に目に入ってきたのはオムライスとハンバーグ。ほかのものを見ても良さそうなのが分からなかったし、オムライスでいいだろう。

 

「俺は決まったけど、彩は決まったか?」

「うん!決まったよ!」

 

 注文を終えて一息ついた。ここでお昼ご飯を食べて、家に帰ったら彩の勉強を見る。早めに終われば花火でもするか。ここ何年かやってなかったし、家にある西瓜でも食べながらすれば完璧だろう。どうせなら彩も誘おうと話しかけようとしたが、スマホに夢中になっていたので話しかけるにも話しかけられなかった。またエゴサでもしてるんだろう。

 

 注文の品が来ると食べる前に写真を撮った。彩のようにSNSに投稿するわけではないが、盛り付けの参考として。せっかく来たんだから、冷めないうちに食べてしまおう。

 

「ねぇねぇ、ソースでなにか書いてあげるよ?」

「別にいい。早く食べないと冷めるぞ」

「つれないな~」

 

 断られてむくれる彩を余所にオムライスを口に運んだ。今時のふわとろオムライスで普通においしい。何も考えることなく手が進む。そういえばと思い彩の方を見ると、下ろしていた髪をまとめているところだった。家から出るときは見てるだけで暑苦しいと思っていたが、ここでまとめられるとドキッとしてしまう。最近アニメとかで今の状況に似たことがよく演出されるようになってるとは感じていたが、何がいいのか分からなかった。でも実際に目の当たりにすると何というかこう、魅入ってしまう、的な。

 

「ふふっ、今ドキってしたでしょ」

「し、してない」

「ふ~ん。ま、いっか。早く食べちゃお!」

 

 甘く見ていたが、思ったより悪知恵が働くらしい。多分だけど、日菜の入れ知恵だろうな。悔しいが負けを認めよう。ドキッとしました。不意打ちは卑怯です。棒アイスを首に当てたのだって不意打ちじゃんと言われればそれまでだ。素直にしたって言った方がややこしく考えずに済んだのかな。

 

 食べ終わった俺たちは店を出て、家の方向へ歩いていた。このままあの涼しい部屋へ直帰、と思っていたがコンビニによって公園にも行きたいらしい。家を出たときからしたら今は比べものにならないほど暑い。頼みの綱だった風も消え、日は完全に昇りきっている。コンビニで冷たい飲み物とアイスを買って、公園の日陰で休もうってことだな。ちょうど飲み物も無くなったし、ちょうどいい。

 

 コンビニに入ると店中が冷たい空気で満たされていて、部屋から廊下へ出たときのように外との気温差で眼鏡が曇った。今年はこれをあと何回繰り返せばいいんだろうか。いっそのことコンタクトレンズにするのもありだな。とか頭の中で自問自答していても暑さはどうにかできるものではない。今は目の前にあるアイスで対処するしかないんだ。

 

「あそこのベンチ空いてるよ」

「子供みたいに走るなよ」

「こ、子供じゃないし!」

 

 人がいない公園で我先にとベンチに向かう彩を見てあきれてため息と一緒に漏れた独り言。それは彩の耳に入ったみたいでまたむつけている。とは言え、そのむつけた顔もアイスを食べればたちまち笑顔に。どこか保護者目線になりながら俺も自分のアイスを口にした。歯磨き粉のようなミント味。昔は苦手だったが今では好物。美味しく感じたときは大人に近づいた気がした。

 

 お互い食べ終わっても何も話さず、その場でスマホを弄っていた。せっかく二人でいるのだからなにか話せばいいと思うが、暑さで話す気にもならない。耳に入るのたまに通る車の音とうるさいぐらいの蝉の声。黙りこくっているのもむずがゆくなってきたので、俺から話しかけた。

 

「いつまでいる気」

「気が向くまで?」

 

 帰りたいオーラを全開にして行ったつもりなんだが、彩は視線をスマホに貼り付けたまま、その場から動こうとしなかった。彩が何を考えているのか分からないまま、俺もスマホに目を落とした。家にいるよりも暑苦しいが、不思議と退屈はしない。やっていることは同じか、むしろ単純。会話もなければ音楽もない。家の中にいるよりも夏を感じている気がする。物理的にも精神的にも。

 

「よし、帰ろっか!」

 

 いきなり立ち上がった彩はそう言って食べ終わったものを近くのゴミ箱に入れに行った。俺もそれに習ってゴミを捨て、帰ることにした。

 

「帰ったらどのテレビ見よっかな」

「約束の課題」

「や、やってから……」

 

 何事もなかったかのように言った言葉を聞き逃すことはなかった。俺がとばっちりを食らわないためにも、彩には課題をやってもらわなければならない。やる気が出ないって言うならやる気を出させる餌もある。言われればいくらでも手伝うさ。家から出ない俺を連れ出して、感じることのなかった夏を感じさせてくれたんだからな。


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