パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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 よう実にハマったので二次創作に手を出しました。
 ストックが切れたら不定期更新になるのでご了承くだしあ。


第一話:入学式の朝

 

 ――人は、平等であるか否か。

 

 こんな問いがあったとしよう。

 さて、これに対する解答は当然ながら“否”だ。こんなものが現実社会に存在していいはずがない。もし、誰もが平等な世界があったとして、そこはとてつもなくつまらない世界だろう。優もなければ劣もない。プラスもマイナスも、一も零も、幸か不幸かさえ存在しない退屈過ぎる世界。故に、世界は不平等であるべきだと私は思う。

 

 強者が君臨し、弱者は地を這う。それでいい。それこそが世界の正しい有様だ。平等なんてとんでもない! 世界とは不平等でなくては――――私が甘い蜜を吸えないだろうが。

 

 そも、弱者とはすべからく、私を含めた強者たちに利用されるためだけに存在する都合の良い代替品の集まり。だからこそ、世界が平等であっては困る。餌がなくなってしまっては、私たちは不毛に争い不毛に互いを喰らい合うことになるからな。可能な限り同士とは友好的な関係を築きたいものだ。切磋琢磨こそすれども、共食いは望んでいない。

 

 繰り返すが、人は平等ではない。

 

 人には優劣が存在し、選ばれた強者こそが世界を牛耳り、弱者は社会の歯車として消耗されていく。強き者が甘い果実を手にし、弱き者は辛酸を舐める。――実に素晴らしいことじゃないか。

 いやはや、この世の理を作った神様とやらには頭が上がらない。まったく、よく出来た素晴らしいシステムだ。

 

 しかし、嘆かわしいことにこれに異を唱えるものも少なくない。

 平等を声高々に振りかざし、恵まれぬ者共への譲歩を要求する。なんと傲慢な輩だろう。このような勘違いも甚だしい弱者の戯言に耳を傾ける道理はない。弱者は弱者であることこそが“悪”であり、まごう事なき自業自得だ。

 

 つまるところ――――優先席を譲らなかろうが兎や角言われる筋合いはない、ってことだ。

 

 

 

 

 

 

 季節は春。無事に入学式を迎えた私は、バスのなかで流れゆく車窓からの景色を眺めつつ、ゆったりとした時間を過ごしていた。車内は同じ制服姿の新入生で混雑しており座席はとっくに埋まっている。後から乗り込んできた老婆が右往左往しているが私の知ったことじゃない。優先席だろうとなんだろうと、先に腰を下ろしたのは私だ。わざわざどいてやる気は毛頭ない。隣に陣取る金髪の男子も席を譲る気は微塵も感じられず、我が物顔で足を組むその様子は非常に好感が持てる。何よりも彼の醸し出す“勝者の余裕”とでも呼ぶべき雰囲気が私の好奇心を真っ向から刺激した。

 ここはひとつ、彼という人間を知るためにも挨拶がてら自己紹介を――そう思った矢先、空気を読まずして割り込む声が響く。

 

「君たち、席を譲ってあげようって思わないの?」

 

 あまりにも不躾な物言いに、私は露骨に不快感を顔に出しながら声の主を見やる。老婆の傍ら、リクルートスーツに身を包んだ若いOLが立っていた。――コイツか。

 

「そこの君たち、お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

 エンジンの駆動音と走行音だけが鳴る車内において、女の声はよく通る。居合わせた乗客は皆一様にしてこちらに視線を向け、事の成り行きを見守っていた。好感の持てる隣人への挨拶を邪魔され、虫の居所が悪い私は野次馬へ向け『見世モンじゃねえぞ』とひと睨みを効かす。目があった何人かはバツが悪そうに視線を逸らすが、それでも大多数の連中はちらちらと様子を伺い続けていた。

 

「実にクレイジーな質問だね、レディー」

 

 不愉快な視線を浴びせられ、思わず一喝してやろうとしたがそれは隣人が声を上げたことによって不発に終わる。彼は不敵に笑ってみせると足を組み直して言葉を続けた。

 

「何故この私が、いや私たちが老婆に席を譲らなければならないんだい? どこにも理由はないが」

「君たちが座っている席は優先席よ。お年寄りに譲るのは当然でしょう?」

 

 常識だと言わんばかりに毅然とした態度を崩さない女はさておき、彼の発言に私は深く同意していた。さらっと私も含めた反論を返してくれたことに報いるべく、彼の意を汲み私は口を開く。

 

「当然だあ? おいおい、てめえの尺度でモノを語るんじゃねえよ。一体いつからこの国には年寄りに優先席を譲れっつー法律ができたんだ? ありもしないルールでどかそうったってそうはいくかよ。この席に最初に座ってんのは私たちだ。立つも座るも最終的には私たちが判断することだぜ? 若者だから席を譲れってのは、通らねえよなあ?」

 

 言い切って、女を睨めつけると同時に隣人はぱん、ぱんと感心したように手を鳴らし、その双眸に私を収めた。

 

「ブラボー。君はまさに私の思考を理解し、言葉を代弁してくれたね。実に素晴らしい」

 

 満足げに白い歯を零してみせた彼は、おもむろに視線を戻す。

 

「そう、彼女の言った通り、席を譲るか否かの決定権は私たちの手にある。とはいえ、私も健全な若者だ。確かに、立つことに然程の不自由は感じない。しかし、座っている時よりも体力を消耗することは明らかだ。意味もなく無益なことをするつもりにはなれないねえ。それとも、チップを弾んでくれるとでも言うのかな?」

「そ、それが目上の人に対する態度!?」

「目上? 君や老婆が私たちより長い人生を送っていることは一目瞭然だ。疑問の余地もない。だが、目上とは立場が上の人間を指して言うものだよ。それに君にも問題がある。歳の差があるとしても、生意気極まりない実にふてぶれしい態度ではないか」

「……だそうだが? 次からは自分の立場を弁えて、もっと殊勝な態度を心がけるんだな。じゃなけりゃ無能と一緒に器の小ささも晒しちまうぞ?」

「なっ……!」

 

 彼の言葉に同調し、善意でそう言葉を付け加えてやると女はみるみるうちに顔を真っ赤にして声を張り上げた。

 

「あなたたちは高校生でしょう!? 大人の言うことを素直に聞きなさい!」

「も、もういいですから……」

 

 今にも掴みかからん勢いで喚き散らす女に、老婆は手振りでそれをなだめた。

 

「どうやら君よりも老婆の方が物分りが言いようだ。いやはや、まだまだ日本社会も捨てたものじゃないね。残りの余生も存分に謳歌したまえ」

 

 老婆へ向けて晴れ渡るような爽やかスマイルを決めた彼に、私はすっかり気を良くしていた。名前も知れぬただの隣人ではあるが、彼もまた有象無象の上に立つ強者のひとりであることを私は確信していた。

 

「朝っぱらから災難だな、お互い」

 

 OLが悔し涙を浮かべながら引き下がったのを横目に、私は改めて隣人に声をかけた。

 

「いやいや、そうでもないさ。君という存在に巡り会えたのだからねえ――――私の名は高円寺六助(こうえんじろくすけ)。レディー、君の名を聞こうじゃないか」

久我緋乃(くがあけの)。私もアンタに気に入られて光栄だ、高円寺コンツェルンの御曹司殿?」

 

 どちらともなく手を差し出し、私たちは固く握手を交わす。これから新たな環境に身を置くにあたって、彼とお近づきになれたのは幸先が良い。十五年間生きてきて友人の一人とて出来た試しはなかったが、高円寺ならば記念すべき第一人者の役目を果たしてくれそうだ。

 

「あの……私も、お姉さんの言う通りだと思うな」

 

 タイミングを見計らっていたのか、いつの間にかOLの横に立っていた女生徒が口を挟んでくる。他人がこっ酷く言い負かされた直後だというのに、なかなか度胸のあるヤツだ。

 

「今度はプリティーガールか。どうやら今日の私は思いのほか女性運があるらしい」

「お婆さん、さっきからずっと辛そうにしているみたいなの。席を譲ってあげてもらえないかな? その、余計なお世話かもしれないけれど、社会貢献にもなると思うの」

「はっ、生憎だが無償の善行を積んでやるほど私は暇じゃねえんだよ。なあ高円寺?」

「その通りだよデビルガール」

「……それはもしかして私のことか?」

「とはいえ、社会貢献とは中々に面白い意見だ。確かにお年寄りに席を譲ることは、社会貢献の一環かも知れない。しかし残念ながら私は社会貢献に興味がないんだ」

「なあおい話聞けよ高円寺」

「私はただ自分が満足できればそれでいいと思っている。それともう一つ。このように混雑した車内で、優先席に座っている私たちをやり玉にあげているが、他にも我関せずと居座り続けている者たちは放っておいていいのかい? お年寄りを大切に思う心があるのなら、そこには優先席、優先席でないなど、些細な問題でしかないと思うのだがね。君もそう思うだろう? デビルガール」

「まったくもって同意見だがお前のネーミングセンスには異を唱えるぞ」

 

 何を持ってしてのデビルなのかは分かりかねるが、これも個性と思えば然して気には――なる。滅茶苦茶嫌だ。流石にダサすぎる。人生初のあだ名がこれとか一生の恥だろ。

 なんとなく二度と撤回してくれないだろうな、と心のどこかでそう思いながら私は小さく溜息を吐く。

 

 ともあれ、社会貢献だなんだと出しゃばってきた女生徒もこれで大人しく引き下がるはず。そう思っていたのだが――、

 

「皆さん、少しだけ私の話を聞いて下さい。どなたかお婆さんに席を譲ってあげて貰えないでしょうか? 誰でもいいんです、お願いします」

 

 ただ見ているだけの乗客に向け、真剣な面持ちで訴えかける女生徒。ただの偽善者かと思えば、少しは精神力があるらしい。乗客から鬱陶しそうな視線を向けられても、彼女が折れる気配はなかった。しかし、どれだけ呼びかけても誰ひとりとして動こうとはしない。皆、関わり合いになるのを忌避している。それもそうだ、何故見ず知らずの他人のために確保した席を譲ってやらなければならない? ただのひとり、ただの一度でも誰かが席を譲ればそれでこの件は終息する。だというのに行動を起こすものは一向に現れず、大多数は見て見ぬふりをし、何人かは決断がつかず迷っている素振りを見せていた。

 

「あ、あの、どうぞっ」

 

 結局、ややあって老婆の近くに座っていた女性が立ち上がる。おおよそ、居た堪れなくなったに違いない。私にとってはどうでもいいことだが。

 

「ありがとうございます!」

 

 かの女生徒はさぞ嬉しそうに笑みを浮かべ、律儀に頭を上げた。それから混み合う車内をかき分け、老婆を席へ誘導する。

 まったく、たかだか優先席に座っただけでとんだ災難だ。もっとも多少の暇つぶしくらいにはなったか。

 

「ところで高円寺。そのデビルガールってのは」

「変える気はないねえ」

「……そうかよ」

 

 それから目的地に着くまでの間、高円寺と他愛もない世間話に花を咲かせていたが、どうにもデビルガール呼ばわりだけは慣れそうになかった。

オリキャラは有り? 無し?

  • 有り
  • 無し
  • 軽井沢恵
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