パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第十一話:腕試し

 

 入学から早3週間。軽井沢による演説の甲斐もあって、我らがDクラスの授業態度は格段に是正されていた。授業中の私語は無く、誰ひとりとして携帯を触る生徒も居ない。毎回のように居眠りをしていた須藤でさえ、時折眠たそうに舟を漕ぐことはあっても(すんで)で堪えなんとか凌いでいる。彼にどういった心境の変化があったのかは知らないが、軽井沢の言葉に何か思うところでもあったのだろう。

 

 とはいえ、如何にクラスが一丸となって真面目に授業に取り組もうとも、それは本来当たり前のことであり、Dクラスに貼られた『不良品』のレッテルが消えるわけではない。Dクラスが、Dクラスである限り。

 

「さて、今日はお前たちに小テストを受けてもらう。月末だからな。後ろに配ってくれ」

 

 チャイムと同時に教室にやってきた茶柱はそう言って、前の席の生徒にプリントを配っていく。回されてきたテスト用紙を見てみると、主要5教科から出題された一科目4問の全20問が連なっていた。配当は各5点の100点満点。ぱっと見ではそこまで難しい問題は無い――どころか明らかに難易度が低い。簡単過ぎてタチの悪い引っ掛け問題かと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。

 

「今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されることはない。ノーリスクだから安心しろ。ただしカンニングは当然厳禁だぞ」

 

 含みのある言い方に違和感を覚えた生徒は決して少なくないだろう。軽井沢から情報をもたらされたDクラスの生徒たちは、茶柱の一言一句に裏があると踏んでいるのだから。当然怪訝そうな表情を浮かべるクラスメイトだったが、それを口に出すものはいなかった。

 しかし、平田や幸村といった頭の回る生徒は遅かれ早かれ感づく。

 茶柱は『成績表には反映されない』と言ったが“個人の実力”には反映されるのではないかと。

 

 誰も彼もが訝しむ中で、小テストが始まる。

 やはり設問はどれもあからさまにレベルが低く、詰まることもなくすらすらと答えを記入していく。警戒しながら問題用紙を解き進めていくと、最後の3問になって難易度が跳ね上がった。とても高校1年生の学力で答えが導き出せる問題ではない上、数学最後の設問に至っては複雑な数式を組み立てなければならない難解なもの。出題ミスすら疑えるほどの高難易度の問題に、私は終了のチャイムが鳴るまで格闘を続けた。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、今日の小テストどれくらいできた?」

 

 その日の夜、いつも通り私の自室へやってきた軽井沢は開口一番そう訊ねる。風呂上りらしく頬はやや蒸気していて、珍しく髪も下ろしていた。いつの間にか持ち込んでいたクッションを敷いて彼女が対面に座ると、ふわりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

 

「……まあまあだ」

「まあまあってどんくらいよ。全部解ったの?」

「…………ラスト2問以外はな」

 

 素っ気なく答えて、私は手元のトランプをシャッフルし始める。ここ3週間で手捌きも様になって来ていた。

 

 私の態度が普段より冷たいのは、単に自分の不甲斐なさを痛感しているだけだ。そこに深い意味はない。ただ、強いて言えば『これから先、久我緋乃という人間の浅い底を目の当たりにさせられる機会があるんだな』と漠然とした考えがちらついていた。――思った以上に、茶柱に一杯食わされたのが効いているらしい。

 

 らしくなく気落ちしていると、軽井沢は私の返答を受けて素直に感嘆の声を上げた。

 

「えっ、1問は解いたの? 凄いじゃん。あたし最後の方ぜんっぜん解んなかったんだけど」

 

 ――動揺のあまり、手元が狂ってトランプをばらまく。

 

「…………別に、凄くはないだろ」

 

 不自然に間が空いて視線が泳ぎまくる。テーブルに散らばったトランプをぎこちなくかき集め、平静を保とうと澄まし顔を作ってみせた。

 

「……なんでそんな驚いてんの?」

「驚いてねえ」

 

 ぶっきらぼうにそう言ってシャッフルを再開。横目で様子を窺うと、軽井沢はジト目で疑わしいとばかりにじっとこちらを見ていた。慌てて視線を逸らす。

 

「いや露骨過ぎなんだけど」

「お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中ではな」

「棒読みで煽られてもねえ……」

「抑揚がないと言え」

「意味同じじゃん」

 

 溜め息を零した軽井沢は「まあいいけど」と話題を置いて、トートバッグから勉強道具を取り出して机に並べた。追求を免れた私はほっと安堵に胸を撫で下ろす。結局のところ、どうして自分がここまで取り乱したのかは検討もつかない。だが不思議と、悪い気はしなかった。

 

 調子を取り戻した私は、軽井沢が勉強を始める前にひとつ提案する。

 

「なあ、ポーカーやらねえか?」

 

 私の一言に、軽井沢はきょとんと呆けた顔をした。

 

「やだ」

 

 何か感づいたのかハッとした表情に戻って即効で拒否られる。それもそうだ、イカサマを練習し始めた相手に諸手を挙げて挑むバカはいない。

 

「そう言うなって。ただの腕試しだ。お前に見切られるようだったら練習量を増やす必要があるからな」

「なら最初からそう言ってよ。あたしも断らないから」

 

 筆箱から取り出したシャープペンを一度中に戻し、軽井沢は承諾した。ノートもトートバッグにしまい、テーブルの上には何もない。

 

「トランプのルールは知ってるか?」

「大体はね」

「オーケー。じゃあ軽井沢は私のイカサマに気づいた瞬間に指摘しろ。正解したら報酬をやる」

「わかった」

 

 短く頷いた軽井沢からは『絶対見破ってやる』という強い意志が感じられた。私もそう易々とポイントをくれてやるつもりはないので、やるからには全力だ。賭博に備えて入念に練習を重ね、おかげで指先は所々切り傷ができたし睡眠時間も削ったからやや寝不足だった。無論、それを言い訳に使うつもりはない。

 

 カードを軽く混ぜ、軽井沢にもカットさせた上でテーブルの中央に置く。

 

「今回は私のイカサマの腕を試すから、ディーラーは私がやる」

 

 宣言してカードの束を持つと、軽井沢は真剣な眼差しで私の手元に注目する。意地でもイカサマを見破るらしいが、こっちもプライドが賭かっている以上一切手は抜かない。

 

 私へ、軽井沢へ、交互に一枚ずつカードを配る。

 

 緊張感が高まる中、最後の五枚目のカードが軽井沢へ配られた。

 

「さて、沈黙はイカサマを見抜けなかったと判断するぜ?」

「……わかんなかった」

 

 悔しそうに歯噛みする軽井沢。目の前でイカサマが行われているというのに気づけなかった事実が歯がゆいのだろう。

 

 ともあれ、ゲームは続行する。

 

「交換するか?」

「……じゃあ、3枚」

 

 渡されたカードを山に戻し、シャッフル。改めてカードを配り直す。軽井沢も私の手元を見ているが……、

 

 ――気づいてないか。

 

「軽井沢、私は今イカサマをしたんだがな」

「は? え、ホント?」

「ブラフじゃねえよ。マジだ」

「うっそ……」

 

 愕然とする彼女だったが、配られたカードを見て僅かに眉が上がった。口元も少し緩んでいる。大方強い役が出来たのだろうが、イカサマされておいて本当に自分が勝てると思っているのか? ……そのうちポーカーフェイスの練習でもさせておく必要がありそうだな。

 

「久我は?」

「私は交換しねえよ。これで行く。……別に勝っても何もやんねえぞ、賭けてねえし」

「いーの。あんたに勝てれば嬉しいから」

「そうかよ。でも――――お前の手札じゃ無理だな」

 

 私が不敵な笑みを浮かべながら忠告してやると、軽井沢は『何を言ってるのかわからない』と言いたげに眉をひそめた。

 

「なによそれ、そんなのわかんないでしょ。それともなに? あたしの手札わかるわけ?」

「ああ分かるとも。なんなら当ててやろうか? 左から順にハートのA、クラブのA、スペードのA、クラブの5、ダイヤの8――だろ?」

「はあ!?」

 

 驚愕のあまり腰を浮かせた軽井沢が身を乗り出す。

 続けざまに私は自分の手札を一度も見ずに伏せたまま(・・・・・・・・・・・)淡々と解答していく。

 

「逆に私の手札はダイヤのK、ハートのK、クラブの7、ハートの7、スペードの7だ。確認してみるか?」

 

 テーブルに伏せてある私のカードを軽井沢の手元まで滑らせると、恐る恐ると言った感じで彼女はカードをめくり思わず息を呑む。――公開されたカードは、私が言った通りの順番で並んでいたのだから。

 

 彼女のスリーカードでは、私のフルハウスには勝てない。

 

「な、なんで……? どんな手を使ったら手札なんてわかるのよ……っ」

 

 末恐ろしいものを見た、とばかりに(おのの)く軽井沢。やはり最後までイカサマを見抜けなかったようだ。恐らくはその一端も掴んではいないだろう。

 

「タネ明かしが必要か?」

「当たり前でしょ!」

 

 テーブルを叩いて憤る彼女に、私はやれやれと深い溜め息を吐く。手のひらで踊らされたのがよっぽど気に食わなかったらしい。とはいえ、イカサマをすると事前に通告した上で見抜かせなかったのは私の磨いた技量あってこそだろう。まだ猶予はある。じっくりと技量を高めていくとしよう。

 

 私は互いのカードを回収して山札に戻すと、包み隠さずトリックの秘密を語り始める。

 

「初めに、私は“セカンドディール”と“マークドデック”の2種類のイカサマを併用していた」

「セカンドディール……? マークドデック……? なにそれ」

「どっちもトランプなどで使用されるイカサマだな。まずセカンドディールだが、これは1番上にあるカードを配ると見せかけて実際には2番目のカードを配るものだ。“カードは1番上から配られる”という心理を突いて相手を騙すというわけだな。このイカサマを使って自分には強いカード、相手には弱いカードをそれぞれ配っていく」

「ちょっと待って。そのイカサマってあらかじめカードの順番が分かってないと不可能じゃない? 前もって仕込んでてもゲームが始まる前に相手が必ずカードを切るわけだから、どこにどのカードがあるのかなんて分かりっこないと思うんだけど」

「それを可能にするのがマークドデックだ」

 

 疑問に思う軽井沢の手元にカードを1枚裏側で滑らせると、私はポケットから新たに新品のトランプを取り出した。セキュリティシールを切り、中に入っていたトランプの束を出して1枚裏向きのまま同様に軽井沢の前へ。

 

「背面をよく見比べてみろ」

「え? ……同じじゃない?」

「いや、全くの別物だぜ。目を凝らさないと判別がつかないくらい巧妙に細工されてるから、ぱっと見ただけじゃ見分けが付かねえ代物さ」

「へえ……あ、ホントだ。こことか若干模様が違う!」

 

 カードを見比べて睨めっこしていた軽井沢がイカサマカードの背面描かれた箇所を指差す。ありゃスペードの3だな。

 

「マークドデックってのは本来手品師が使うもんだが、ポーカーなんかのイカサマにももってこいだ。誰にも気づかれないほどの繊細なマークを施し、カードが裏側だろうとランクを見分ける。相手の手札なんざ筒抜けだぜ」

「ってことは、あたしがシャッフルしても意味なかったってわけね。あんたはカードが混ざろうとそのマークドデックってので強弱を確認して、更にセカンドディールで自分が勝てるよう強いカードを回してあたしには弱いカードを押し付けた――そういうことでしょ?」

「ご名答。とはいえ苦労したんだぜ? なにせジョーカー含めた53枚の紙切れについた模様を全部記憶しなきゃならんかったからな。それを活かすためのセカンドディールも、バレねえよう指捌きをひたすら練習して速度と精度を向上させる必要があった。ま、おかげで無事に実戦投入できそうだ」

「……ふと思ったんだけどさ、もしかして久我って結構努力家? ジョギングも毎日してるんでしょ?」

「おいおい、なにか勘違いしてるみてえだが、私は別に天才でもなんでもねえぞ。ただの一般人だ。努力しねえと結果が伴わねえんだよ」

「ふーん……なんか、ちょっと意外。あんたってなんでも出来そうだったから」

「…………買い被りすぎだ。言ったろ、私はただの一般人。それ以上でもそれ以下でもねえ」

 

 悲しいかな、天賦の才には恵まれなかった。

 その溝を努力で補えるというのなら、私は喜んで鍛錬に励もう。幸いにも、それに耐えうる根性なら持ち合わせている。

 

「――少し時間食い過ぎたな。ほら、とっとと勉強するぞ」

「はいはい」

 

 どこかすっきりとした表情でバッグからノート類を取り出す軽井沢。その傍ら、カードをケースにしまっていると不意に携帯が震えた。確認してみると、見慣れないアドレスからメールが届いている。内容はとてもシンプルで簡潔にまとめられていた。

 

「メール?」

「ああ――――大事な大事な“共犯者”からの、な」

 

 端末の液晶を見せて、私は不敵に笑む。





完全にストックが切れたので次回から投稿が遅れるかもしれませぬ……
すまぬ……すまぬ……
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