パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第十三話:ワンサイド・ポーカー(1)

 

 Cクラスへ昇格したその日の放課後、私は一人廊下を歩いていた。

 

 今頃、クラスメイトたちは軽井沢主催の打ち上げでさぞ盛り上がっていることだろう。確かケヤキモールにある焼肉店を貸し切ったとかなんとかで、参加する生徒たちは大いに沸き立っていた。私はもちろん不参加だ。私みたいな不良が混じったところで場が白けるだけだし、なにより今日は計画を実行に移さなければならない。生徒にポイントが支給された今日こそが稼ぎ時なのだ。

 

 それにしても、当日にも関わらずよく店側も貸切を承諾したな、と思ったが軽井沢によると予め集めた参加費で店を貸し切る権利を購入したらしい。彼女も結構奮発したらしく『後で領収書渡すからポイント振り込んどいて。これもクラスの忠誠心を高めるための必要経費だから』などと強かなチャットが飛んできた。忠誠心を高めるため、などと理由がくっつけられては私としても突っぱねるわけにいかない。……仕方ない、これも部下のためだ。頑張って稼ぐとしよう。

 

 やってきたとある部室の前に立ち、控えめにノックして足を踏み入れる。

 

「失礼します」

 

 中に入ると、中央に置かれた長机で遊戯をしていた生徒たちが不思議そうに視線を向けた。この時期に入部希望の生徒など、普通は居ないので彼らの反応は妥当だろう。

 

「1年Cクラスの久我と申します。こちらで賭け事をされていると聞いて来たのですが……」

「ああ、なるほど。そういうことか。参加者は大歓迎だよ。ちょうど、僕らも暇を持て余していてね。刺激が欲しかったところさ」

 

 メガネをかけた好青年の男子が席を立ち、私の前に出た。

 

「僕は山崎、一応、こう見えても遊戯部の部長をしている。よろしく」

「こちらこそ。山崎先輩」

「じゃあ早速だけど、何を……っと、その前にひとつ聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「久我さんって、もしかして“あの”激辛女王だったり?」

「…………はい?」

 

 目を丸くして、私は素っ頓狂な声色を返す。“あの”と言われても激辛女王などという二つ名には全く心当たりが――無いこともない。

 

「あー……多分、そうですね」

「やっぱり! あの超激辛灼熱ラーメンを涼しい顔をして食べられるのは君しかいないからね。いつも食べているでしょ? あれ辛くないの?」

「辛いことは辛いですが、食べられないほどじゃないですね。意外といけますよ」

「へえ。なら僕も今度食べてみようかな」

「いえそれはやめておいたほうがいいと思います。あれデスソース入ってるんで。耐性がない人は問答無用で病院送りかと」

「は、はは、冗談だよ……冗談……」

 

 顔を強ばらせて否定する山崎。額にはうっすらと冷や汗をかいているようにも見えた。これが演技なら大したものだが、恐らくはマジにビビってる。私の忠告がなければ明日にでも注文していただろう。

 

「そ、それより本題に入ろうか。久我さんは何か希望あるかな? うちの部室には色々取り揃えてるよ。チェスに将棋に、囲碁。オセロやトランプはもちろん、人生ゲームから流行りのカードゲームまで。部費で購入したり部員が持ち込んだりで次第に種類が増えているから、希望のものがあるはずだよ」

 

 言われて部室を見渡すと、長机には見知らぬカードの束やチェス盤が置かれており、棚には部長が挙げた以上の多種多様な代物が並んでいる。これなら確かに望む遊戯が見つかるだろう。しかし、私が希望するのはどこにでもあるポピュラーなゲームだ。

 

「じゃあ……ポーカーとかどうです?」

 

 如何にも今思いつきました、というような調子で申し出ると、山崎は二つ返事で承諾した。

 

「オーケー。ちょっと待ってて。ええっと、カードどこだったっけ――」

「あ、それならここだよ」

 

 棚を探し始めた部長に、部員のひとりが声をかける。どうやら遊んでいたらしく、机に散らばっていたカードを集めてそれを山崎に渡した。

 

「ありがとう。少し借りるよ。さ、久我さんも座って座って」

 

 促されるままパイプ椅子に腰を下ろす。対面には山崎が座り、私たちの周りには自然と部員たちが野次馬すべく集まってきた。少しやりづらいがこればかりは自分の実力を信じるしかない。

 

 シャッフルを済ませた山崎が机にカードを置く。私はそれを手に取って軽くカットする。まずは、ここで気づかれるかどうか――。

 

「よし、それじゃディーラーを決めよう」

 

 カードの束を半分に分け、互いに見せ合う。

 

「僕は……クラブの5だね」

「ハートの10。私がディーラーですね」

 

 不自然さはない。山崎も取り巻く部員たちも感づいた様子は見受けられず、まずは第一関門突破。これで私の圧倒的有利は確立された。

 

 束を受け取り、シャッフルしているとやおら山崎が訊ねてくる。

 

「そういえば久我さんはCクラスって言ってたね。賭け金は十分なのかな?」

「心配要りませんよ。入学当初から節制生活を心がけてきたので」

「はは、倹約家なんだね」

「そうでもありませんよ。優秀なリーダーのおかげです」

「というと?」

「うちのリーダーは入学からたった一週間でポイントの秘密に気づきまして、クラス全員に模範的な生活を送るよう指示していたんです。同時に、今後何があるか分からないからなるべく節約するようにとも。おかげでCクラスに上がれましたから、リーダーには頭が上がりません」

 

 私が声の調子を上げてそう言うと、山崎を含めた部員たちはぎょっと目を剥いた。

 

「えっ!? Dクラスから繰り上がったのかい!?」

「はい。今日から私たちはCクラスです。……その様子だと、もしかしてDクラスが繰り上がるって珍しいことなんですか?」

「少なくとも、僕ら3年生が在校中にひと月目の時点で入れ替わったって話は一度も聞かなかったよ。この時期のDクラスは最序盤のアドバンテージをほとんど失っていることが多くてね、他クラスとの差を詰められずに苦戦を強いられているみたいだ。そう踏まえると、久我さんのクラスが成し遂げたのはこの学校における快挙で間違いない」

「そうでしたか。Cクラスの一生徒として、足元を掬われないよう留意しないといけませんね」

 

 くつくつと笑って、私は十分にシャッフルを済ませたことを確認する。もっとも、この時点でシャッフルをしようがしまいが然して関係がない。山崎にシャッフルが甘いと文句をつけられても腹が立つのでしっかりと混ぜておいたが。

 

「参加料は1000ポイントで構いませんか?」

「うん。異論はないよ。そうだ、チップを忘れていたね。用意しよう」

「ありがとうございます」

 

 山崎は席を立ち、棚からチップの入ったコインケースを持ち出す。これで準備は整った。後は、イカサマがバレないよう細心の注意を払って毟り取るだけだ。

 

「チップは1枚で1000ポイントの価値としましょう。賭け金が多い場合は1枚で10000ポイントということで」

 

 山崎もそれに合意し、互いに参加料としてチップを1枚自分の前に置く。

 

「では配りますね」

 

 部員が見守る中、私は早速セカンドディール(・・・・・・・・)を使いカードを配る。1枚、2枚とカードを滑らせ5枚全てのカードを配り切る。誰からも指摘もない。不審に思った人間も居ないようだ。

 

 私たちは同時に手札を見る。ちら、と山崎の顔を窺うが流石は遊戯部の部長というべきか、感情の機微を一切表に出さない完璧なポーカーフェイスでその心情を暴くことはできそうにない。彼という人間を少し侮っていたかもしれないな。とはいえ――手札は誤魔化せない。

 

「2枚チェンジで」

 

 山崎がチップを1枚払い、手札から2枚カードを捨てる。その表情はまるで鉄面皮。彼の表情から手札の強弱とパーツが揃っているか否かを見極めるのは至難の業だ。ブラフを見破るなど不可能に近い。

 

 山札から新たなカードを交換し、山崎の手に渡る。

 

「では、私も2枚チェンジします」

 

 チップを払いカードを交換する。誰も咎めることはない。まさか、新入生が開始早々イカサマを堂々と行っているとは思ってもいないだろう。加えて、私はこの日のために技術の研鑽に時間を費やしてきた。余程の観察眼でもない限り、私の指捌きで行われるセカンドディールを看破することは万に一つもない。

 

 そも、これは賭博ではない。賭博とは運否天賦に身を任せた賭けを差す。

 

 これは、勝負である。私は勝つべくしてここにやってきた。技術を磨き、策謀も仕掛けた上で勝利を確信したからこそ仕掛けた勝負。

 

 ――この勝負において、私が敗北することは絶対にない。

 

「思ったよりガードが硬そうだね……ここは様子見かな。コール」

「案外何も考えてないかもしれませんよ? ――レイズ。チップを3枚賭けます」

 

 宣言してチップを投げる。それを見て山崎の視線が鋭くなった。

 

「自信がある、ということかな? いいよ、僕もコールしよう」

「そちらも手札に自信がお有りのようで。何か役でも揃いましたか?」

「それはこれから分かることだよ」

「ですね。では、答え合わせといきましょう」

 

 同時に手札を晒す。勝てば、11000ポイントを総取り。学生である我々からすれば決して少ない額ではない。部員らも初戦の結末を固唾を飲んで凝視していた。実績を積んだ部長か、未知数の挑戦者か。果たして勝利の女神が微笑みかけたのは――。

 

「悪いね、フラッシュだ」

 

 意地の悪そうな笑みを浮かべて、山崎は口端を吊り上げた。手元に広げた手札はダイヤの2、ダイヤの3、ダイヤの8、ダイヤの10、ダイヤのK。なるほどなるほど、確かに強い役が揃えられている。部員たちも『おお』と感嘆の声を上げ、山崎の勝利を確信していた。

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「あら残念――――フォーカードです」

 

 公開された手札を目の当たりにし、誰もが息を呑む。

 

 クラブの7、ダイヤの7、ハートの7、クローバーの7、そしてハートのA。

 

 私が勝利の女神様に、前もって私にしか微笑まないよう口利きしておいたなどと誰が予想できよう。彼らはこの結果を偶然勝ち取ったと思うだろうが、実際はそうじゃない。この勝利は確定している。どれだけ山崎が強い手札を揃えようと私はその上を往く。それだけの話だ。

 

 からからと笑い、机に積まれたチップを回収する。

 

「ではこのチップは私が頂きます。11000ポイント、きっちり払って貰いますからね」

「……しょうがない。むしろこの額で済んでよかった」

 

 山崎の言う通り、賭け金が少ないからか大したダメージにはなっていない。彼は苦笑いを見せながら端末を操作し、私の口座に11000ポイントが送金されてくる。

 

「でも、賭け事というのは賭け金が多くなればなるほど熱くなれるもの。そういうわけで、次からはレートを引き上げましょうか。その方が、お互いに勝った時の旨みも増しますから」

「僕は構わないけど、あんまりレートが高いと久我さんが困るんじゃないかな?」

「いえ、実を言うとクラスメイトに片っ端から賭け事を吹っかけてまして、それなりに蓄えがあるんですよ。でもそのせいでみーんな警戒してしまって……誰も勝負に乗ってくれず困っていたところでした」

「はは、久我さんはツキに恵まれてるんだね。そういうことなら、僕も遠慮なく賭けさせてもらうとするよ」

 

 そう言うと山崎は居住まいを直して目を細める。眼鏡の奥で光る双眸は獣のようにぎらついていた。気弱そうな風貌とは裏腹に、とんだ勝負師の目つきをしているではないか。

 

「参加料として、まずはチップを。今回から1枚につき10000ポイントの価値です」

「いいよ、その方が賭け甲斐がある」

 

 価値を増したチップを互いに支払う。ディーラーは継続して私だ。私をこの役割から下ろさない限り、山崎は負け続ける。内心ほくそ笑みながらカードを配布していく。

 

 トップのカードが強ければそのまま自分に配り、逆に弱ければ山崎へ配る。2番目のカードも同様だ。セカンドディールを駆使して手札を調整する。もし役のパーツが揃わなかったり、揃っても数字が低ければ下りてしまえばいい。ブラフを使う必要はない。要は、負けなければいいのだから。無駄に勝負を仕掛ける必要性は皆無だ。

 

 手札を見る。私は調整した通りクラブのQ、クローバーのQ、ハートのQ、ダイヤの10、クラブの10――フルハウスだ。

 

 対する山崎の手札は露骨に弱い。なにせ5のワンペアだ。まともに戦える手札ではない。交換した上で、それでも役が揃わなければ無難に下りてくるだろう。こちらの手札は万全なのだし、少し忖度してやるか。

 

「私はこのままで。そちらは?」

 

 チップを払い、表情を動かさず尋ねる。山崎もまた表情筋を一切動かすことなく返答した。チップが払われる。この時点で40000ポイントが賭けられていることになる。

 

「3枚交換してもらおうかな」

「わかりました」

 

 交換を終えて新たに加わったのは5がもう1枚と7が1枚、そしてキング。これでスリーカードが揃ったわけだが、果たして乗ってくるかどうか。

 

「――レイズ。チップを5枚」

 

 山崎は無機質な表情で宣言し、賭け金を上乗せする。50000ポイントの賭けは一見すると大きいように見えるが、上級生にとっては端金のはず。恐らくはまだ様子見の範囲内だろう。それに向こうからしてみれば私はフォーカードを出したばかり。私がこのゲームで手札を交換しなかったと言えど、幾分か役の強さが下がったと考えたか。もしくは、ハッタリでレイズを宣言すれば私がビビって下りるとでも思っているのか? なら、その甘えた考えを改めさせてやるまでだ。

 

「コール。受けて立ちます」

 

 私は挑発的な笑みを浮かべ、チップを投げる。山崎の瞳が僅かに揺れた、がもう遅い。私がレイズの宣言をしないということはゲームのフェイズが移るということ。山崎に下りる権限は失われた。ルールに従い、両者はこれから手札を公開しなければならないのだから。

 

「……5のスリーカード」

「フルハウス。私の勝ちですね」

 

 賭けられたチップを回収し、賞金が支払われる。山崎の目には動揺と疑念の色が混ざっていた。だが確信には至っていないようだ。あくまで疑惑が向けられているに過ぎない。取り巻く部員らも流石に違和感を感じ始めているようだった。

 

「――ネクストゲーム。さ、どうします?」

「…………ああ、受けよう」

 

 息をついて、山崎は参加を表明する。どうやらこのラウンドで真偽を見極めるつもりらしい。遊戯部の部長としてのプライドもあったのだろう。新参者にここまでコケにされて、引き下がるわけにも行かなくなったか。

 

「じゃあやりましょうか」

 

 隠すことなく、私は不敵に笑んでカードを切る。もはや皆一様に私の手元から目を離そうとしなかった。

 

 だが、それでも見破るものは現れない。

 

 そして――――その勝敗は、山崎の出したフォーカードを私がストレートフラッシュで叩きのめしたことで決した。

 

 彼らの疑惑が、確信へと変わる。

 

 一人の共犯者を除いて――。




 なんとか書き上がったので投稿。なんとか毎日投稿をキープしてます。
 やればできんじゃん!
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