パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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これからも《パラサイト・ルーム》をどうぞよろしくお願いします。


第十四話:ワンサイド・ポーカー(2)

「――ちょっといいかな」

 

 ストレートフラッシュを叩き出し、何食わぬ顔でゲームを続行しようとした私に顔を強ばらせた山崎が待ったをかけた。

 

「はい、なんですか?」

「とぼけないで欲しいな。久我さん、君はイカサマをしているだろ?」

 

 剣呑さを滲ませる語気でそう咎められたが、私は知らぬ存ぜぬを押し通す。

 

「一体何のことです? 私はただ普通にポーカーをやっているだけですよ」

「本当にそうかな? にしては、君の手札は毎回都合が良すぎるくらい強い。何らかのイカサマが行われていると考える方が自然だとは思わないかい?」

「考えすぎですよ。山崎先輩だって手札自体は悪くないじゃないですか。たまたま、私の方が役としての強さが上だっただけの単なる偶然に過ぎません。それに私がイカサマをした証拠もありませんよね? 在らぬ疑いを掛けられるのは私としても少し不服です」

「まったくもってその通り。僕の勘違いなら素直に謝るよ。けれど、これはあまりに露骨だ。正直言ってトリックも分からないし証拠もないけど、指摘するに足る確証ならある」

「確証、ですか?」

「遊戯部部長としての“カン”ってやつだよ」

「くく、それはまたなんとも根拠に乏しいですね」

 

 野生の勘ならぬ遊戯部部長の勘に、思わず喉を鳴らす。こういう時、実力者の勘というのは存外馬鹿にできないものだ。巧妙に隠し通したつもりでも違和感や不信感を欠片でも抱けば、現にこうやって食らいついてくる。まるで血の匂いを嗅ぎつけたサメのようにどこまでも食いついて離さない。

 

 とはいえ、いつまでも水掛け論をしていては益体もない。

 

 私は落としどころとして妥協案を一つ提案する。

 

「ですが、まあそこまで言われるのであればこうしましょう。私でも先輩でもない、第三者にカードのカットや配布を委ねるというのはどうです? これならイカサマでの物理的な介入は不可能だと思いますが」

「……うん、そうしようか。イカサマを見破れなかったのは部長として悔しさは残るけど、僕も負けたままってのは嫌だからね」

 

 決定的な証拠がない以上、山崎に打つ手はない。内心で折り合いをつけた彼は私の提案を受け入れる。そして周囲の部員たちに目を向け、信頼できる人間を選定し始めた。

 

「じゃあ誰か――」

「私がやろっか? 一応持ち主だし」

 

 真っ先に名乗り出たのは持ち主を自称するショートヘアーの女子。最初に部室へ入った際、トランプで遊んでいた部員だ。

 

「ならお願いするよ」

「おーけー、任された」

 

 山崎も特に拒否することなくディーラーを委ねる。私としても異論は無いので大人しくカードの束を彼女へ渡す。

 

「これで公平性は保たれますね。では再開しましょうか」

 

 ――嘘だ。公平性など微塵も保たれていない。この勝負自体、初めから公平も均衡もクソもない真っ赤な嘘偽りで塗り固められた出来レースだ。それはディーラーが私から彼女へ移ろうと変化することはない。

 

 山崎には、真実にたどり着けぬまま搾取されてもらう。精々足掻けよ――。

 

「じゃあ配るねー」

 

 10000ポイント分の価値が有るチップを互いに参加料として支払い、流れるような手つきでカードが配られ始める。そんな最中、私は「あ、そうだ」とおもむろに口を開く。

 

「これで負けても疑わないでくださいよ? この状況でイカサマなんて不可能なんですから」

「分かっているさ。結果が全てだ、文句は言わないよ」

 

 山崎はそう語るが、それでも私が勝ち続けた時、彼は果たして文句を一切口にせず受け入れるのだろうか? 不正が不可能な状況で薄い確率の勝利を拾い続ける私に何の文句もないと? だが垣間見える彼の性格からして、息を巻いて突っかかってくるとは考え難い。

 となれば、ここは彼の矜持をズタボロに追いやって完膚なきまでに打ちのめしてしまおう。起こりうるはずのないイカサマを前に、彼がどう狼狽えるのか見ものだ。

 

 そんなこと思いながら、配られた手札を確認する。なかなか悪くない手札だ。

 

「私は2枚チェンジで。先輩はどうします?」

「同じく2枚変えさせてもらおうかな」

 

 チップを払い、カードを交換。やってきた2枚のカードを見て私は内心でほくそ笑む。ここまで露骨だと、私は神様の寵愛を授かった幸運少女という設定を作っておいたほうが良かったかもしれない。

 

「この手札ならレイズしておこうかな。チップを5枚賭けよう」

「強気ですね。良い感じの役でも揃いました? でもまあ、そうですね私も乗るとしましょうか――レイズ。チップは8枚」

 

 山崎の目の色が変わる。鉄面皮が僅かに歪むほど、警戒心を剥き出しにする。向こうは私がイカサマをしたのだと考えたいだろうが、既にディーラーの権利を委任しており誰ひとりカードに触れることはできない。

 

 彼は思考を巡らす。ブラフか、はたまた役が揃っているのか。それを読み解こうと私の機微を探っているが、私としては別段彼が下りようが構わないのだ。下りれば当然、賭けた分のチップはこちらに回ってくる。向こうが安直にレイズしたおかげでお釣りが来るわけだからな。もちろん、このまま勝負に出てくれれば嬉しいが、それよりは打ち負かした上で賭け金を回収する方が旨みがある。

 

「……コール」

 

 結局、山崎は勝負を仕掛ける選択をした。

 よほど手札に自信があるらしいが――生憎と、お前の手札は透けている。

 

「ストレートだ。これなら――」

「“フラッシュ”。あらら、惜しかったですね」

 

 これなら勝てる――とでも思ったのだろう、手札を公開してやれば「やっぱりかあ」と声を漏らして落胆する。見守る部員たちもそれは同様。薄々、こうなることを予期していたからこその反応だ。

 

「どうやら私はまだツキに見放されていないみたいですよ」

「やれやれ……この調子だと、イカサマの有無より天運の差で負けたと思ったほうが僕の精神衛生上的に良さそうだ。まあ、さっきも言ったけど男に二言はない。もう文句は無いさ。小言は間々あるかもだけどね」

 

 肩を落としつつも山崎は送金を済ませる。思ったよりも反応が薄く、私としてはちょっとばかし興ざめだ。とはいえ、流石に勝てる見込みが無いのか山崎は席を立とうと腰を上げる。彼が下りてしまえばほかの部員も二の足を踏んで仕掛けてくるものはいなくなるだろう。

 それは困る。どうせならもう少し稼いでおきたい――そう思った私は、勝負を下りようとする山崎を呼び止めた。

 

「最後にもうひと勝負しませんか? 先輩にも有利な条件付きで」

「うーん……乗りかかった船だし、僕も少しは取り返したいんだけど……とりあえずその条件を聞いてからかな」

「簡単な制約ですよ。私のこの勝負で“手札公開時、ストレート以下の役は敗北”“負けた場合はこれまで得た賭け金を全て返金”――この2つの制約を課します」

 

 淡々と明示した重過ぎるハンデに、場は騒然となった。山崎も一瞬鳩が豆鉄砲を食らったかのように呆けた面をしたが、即座に冷静さを取り戻し問うてくる。

 

「それは……僕としてはこれ以上ない好条件だ。君が如何に幸運でもこれなら僕にも十分勝機はある。でも、本当に良いのかい? 久我さんが負ければ今日の取り分を全て失う事になるよ」

「構いませんよ。負けるつもりは微塵もありません。とはいえ……これでは少々私が勝った場合の旨みが少ないですね。どうです? 良ければチップ1枚のレートを5万に引き上げませんか?」

「5万、か……うん、いいよ。賭け金は多い方が盛り上がるしね」

 

 圧倒的なハンデという餌に釣られ、山崎はあからさまな罠にも関わらずこれを了承。勝負好きの(さが)かは知らないが、ここまで来ると筋金入りだ。勝ちの目が増えればあっさり乗ってくる。勝負事が好き、というよりかは単に勝つのが好きなんだろう。

 私はネギを背負ってきたカモを連想して、込み上げる笑いを押し殺すのに苦労した。

 

「ではラストゲームを始めましょうか」

 

 正真正銘、最後の戦いの火蓋が切って落とされる。

 この場の誰もが固唾を飲んで見守っていた。私が勝てば大金が転がり込み、負ければ今までの賞金が水の泡。加えて私に課せられた不利過ぎる二つの制約。勝てる見込みは途方も無く薄い。部員らは山崎の勝利をこれっぽっちも疑っていないだろう。幾ら負けが嵩んでいるとはいえ、これだけの好条件が揃えば負けはない――そんなものはイカサマが行われていない前提の話だがな。

 

 1枚50000ポイントもの価値に跳ね上がったチップをそれぞれ参加料として払い、カードが配られる。

 

 ――――はっ、面白くなってきやがった。

 

 自分の手札を確認し、勝利を確信する。

 

「1枚交換しよう。……久我さんは?」

「このままで」

 

 視線が交錯する。何故? とでも言いたげな顔だ。

 

「本気かい? “手札公開時、ストレート以下の役は敗北”これは君自身が課した制約だ。つまり、ここで交換しないということは手札を公開した際に条件を満たしていなければ君の敗北ということ」

「ええ、わかっています。なので先輩には公開前に下りてもらおうかと」

 

 にっこりと、美少女らしく微笑む。それをどう受け取ったのか山崎の頬が引きつる。堂々とブラフを宣言されればそんな顔にもなるだろう。

 

 しかし、ブラフを看破したとしても彼は愚直に下りることはできない。

 

 圧倒的な好条件の下で自身の負け分を取り返す最後のチャンスなのだから。それに加えて――彼の握る手札は強い。あの手札で下りることはないはずだ。必ず、真っ向から迎え撃ってくる。

 

「残念だけど、僕は下りないよ。――レイズ」

 

 宣戦布告し、チップが払われる。その数は5枚。この時点で合計45万の賭け金となる。一学生からすれば目も眩むような大金がチップとなって鎮座していた。金の重みはすなわち内包する自信の表れ。脆弱なブラフなど簡単に捻り潰してしまうだけの力が、そこにある。手札と賭け金、二重の包囲網が私を圧殺しにかかる。屈すれば、舞い込んだ金の山は水泡に帰す。

 

 無論、それは杞憂だ。

 

「レイズ。チップは8」

 

 薄く笑みチップを放る。この行動に山崎の表情は急速に凍てつく。彼はまるで、何か末恐ろしいものでも見たような目つきでこちらを睨めつけている。彼の中で私がブラフを張っている説が音を立てて崩れ始めたはずだ。そして、当然浮かび上がるのは“ストレート以上の役が揃っている”という信じがたい事実。負ければ――山崎は決して少なくないポイントを失う。

 

「ああ、安心してください。これは賞金とは別で私の自腹ですから。負けてもちゃんとお返ししますよ」

 

 世間話でもするようにへらへらとした笑いを張り付け、あくまでも自腹であることを主張しておく。それすらも耳に入っているのかいないのか、山崎は僅かに手を震わせていた。

 

 たっぷり数十秒、彼は逡巡する。

 

「――――コールだ」

 

 それでも、山崎は引かなかった。折れることなく己の手札を信じ、勝負師として戦うことを選んだ。その敬意は評す。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

 視線を交え、互いに手札を公開する。

 

 山崎の手札を見た部員たちは確信した勝利に頷き――その表情を強ばらせた。

 

「おいおい――」

 

 見せつけるように、私は手札を白日の元に晒す。部員の誰かが驚愕に声を漏らした。

 

 全ての視線が一ヶ所に集まる。そして、あますことなく全員が一様に言葉を失う。くく、と堪らず喉を鳴らし口角を三日月に歪める。

 

 

 

 ――――“ロイヤルストレートフラッシュ”。

 

 65万分の1の奇跡が私の手元に降臨した。

 

 

 

 

 

 

 学校を出る頃には、すっかり陽も落ちきっていた。

 街灯が設置されているとは言えど辺りは薄暗く、私以外に歩いている生徒も見当たらない。部活動に励む生徒たちもとっくに下校を済ませている時間帯だ。

 

 寮へと続く並木道を歩きながら、私は本日の功労者へ一本の電話を掛ける。

 

「お疲れ様です。今日はありがとうございました。……いえ、先輩には及びませんよ。少し難しい注文をしてしまったかと内心気を揉んでいましたが、どうやら杞憂でしたね。見事な手捌きでした。……そう言っていただけると、私も練習した甲斐があったというものです。それと報酬の件ですが、先ほど先輩の口座に振り込んでおきました。今回は先輩の助力あっての稼ぎでしたし、多少上乗せさせてもらいましたよ。……ええ、再戦の兆候があればまたご連絡ください。その時は再度お力添えをお願いするかもしれません。……はい、よろしくお願いします。では、また後ほど――」

 

 通話を終了し、端末をポケットにしまう。

 はあ、と溜め込んだ息を吐く。どうも敬語というのは性に合わない。中学の頃から要所要所で使うようにはしてきたが、慣れない言葉遣いはやはりストレスが溜まる。なにより優等生ってのも私のキャラじゃない。

 懐から飴玉をひとつ取り出して口へ放り込む。控えめな甘さが体に染み渡っていく。ころころと口の中で転がしながら、今回の顛末を思い起こす。

 

 私が彼女と接触したのは3週間ほど前。

 

 賭け事に打ってつけな遊戯部の存在を知った私は、その日の放課後に部室から出てきた彼女へ協力を持ちかけた。稼ぎの3割を譲渡する代わりに、彼女にはマークドデックを施したイカサマトランプを当日に持ち込ませ、ディーラーが交代した際に彼女が自然な形で交代するよう要求。その上でセカンドディールなどを使用し、私が勝てるようイカサマをさせた。

 

 嬉しい誤算だったのは彼女が多少イカサマの知識があったらしく、セカンドディールやボトムディール、更にはフォールスカットなどの多様なイカサマが可能な腕前も有していたこと。しかし実践で使用した経験は一度や二度と乏しく、少しでも懸念事項を減らすべく分け前を4割に増やすと約束した上でみっちりと練習させておいた。

 加えて万が一にもバレないよう私が予めイカサマで不信感を募っておくことで、ディーラーを彼女に移した後でも、周囲の人間は私が何か不審な動きをしないか常に見張っている状況となり、そもそも部員の彼女はまったく疑われることなくイカサマを遂行。とはいえ、方法は知る由もないがロイヤルストレートフラッシュは些かやり過ぎ感が否めない。おかげで他の部員が戦意喪失して誰も勝負に乗ってこなかった。

 

 何はともあれ、一度の敗北もなく多額のポイントを手に入れることに成功したわけだ。一人とは言え上級生とのコネも手に入れた。何かあれば今度は彼女を頼る事になるかも知れない。

 

 小さくなってきた飴玉を噛み砕いていると、携帯が通知音を鳴らす。確認してみるとロック画面には『二次会行ってくる』と短い旨が表示されていた。……そういえばあいつ焼肉食いに行ってたな。

 

「帰って飯にするか……」

 

 空きっ腹を押さえ、私は駄菓子で飢えを凌ぎながら寮へと戻った。

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