パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第十九話:情報共有

 

「遅くなるなら一言連絡くらいしなさいよね。どこほっつき歩いてたのよ、まったく。全っ然戻ってこないから心配したでしょうが」

 

 下駄箱まで戻ると、案の定、軽井沢は目尻を吊り上げて怒りを顕にした。ちら、と周囲を一瞥しても佐藤と松下の姿は見えない。どうやらとっくに帰っていたようだ。別段、二人とは親友というわけでもないので薄情などとは思わないが。

 

「そう怒るなよ。とびっきりのネタを掴んだんだ。ちったあ大目に見てくれ」

 

 私はへらへらとした笑みを浮かべながら軽く弁明し、人影が無いことを確認すると携帯を取り出して画面を操作する。液晶に先ほどの動画を表示させ、そのまま端末ごと軽井沢に渡す。

 

「なにこれ、動画?」

「百聞は一見に如かずってな。まあとにかく再生してみろ」

 

 訝しみつつも動画を再生する軽井沢。するとスピーカーからは櫛田による一連の暴言が流れ始め、彼女の表情は見る見るうちに驚愕へと変わっていき、同時に困惑の色も浮かんでいた。

 

『――軽井沢もムカつく。あのクソギャル、ちやほやされやがってウザいんだよ。大体、私が一番人気者になるはずだったのに横取りしやがってクソっ、クソっ。なにがリーダーよ調子乗んなボケがっ』

「うわ……」

 

 他者からの明確な悪意の籠った呪詛を受けて、軽井沢は苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。幾ら動画越しの陰口とは言え、悪辣な言霊をぶつけられた本人からすれば当然気分を害する。

 

 ややあって動画を見終えるや否や、速攻で携帯を突き返してくる軽井沢。悪意に晒された彼女は多少なりとも精神的に堪えたのかローテンションで溜め息を吐く。凄惨ないじめを受けていたとは言え暴言への耐性が高いわけではないようだ。暴力もまた然り。

 

「すんごい気分悪いんだけど。なんてもん見せてくれてんのよ」

「だが有益な情報だろ? 見ての通り櫛田はクラスの癌だ。今後、奴が問題を起こさないとも限らない。もしやらかせば……その時は、こいつを使って相応の報いを受けてもらう」

「報いねえ……あんたのことだからロクなことにならなさそう」

「他人に冤罪吹っかけるような人間に慈悲なんざねえよ」

 

 警察沙汰にしなかっただけありがたく思って欲しいもんだ、と付け足して、櫛田がムショにぶち込まれたIFを想像する。独房の内側で怨嗟を叫ぶ姿がありありと目に浮かぶ。なかなかどうして、鉄格子もお似合いに思えた。

 

「ってゆーかさ、この冤罪かけられてる男子って誰? どっかで聞いたような声だけど」

「綾小路」

「え、綾小路くん? なんでまた」

「さあな。偶然見かけたから跡をつけたんだが、櫛田に用でもあったんだろうな。あいつもこんなことに巻き込まれて不運な奴だ」

 

 それにしても、とふと思う。

 あの場で矢面に立ったのは何を思っての行動だったのか。証拠を記録してる私に配慮したというのなら、見かけによらず判断力に優れた人材かも知れない。緊迫した状況下で咄嗟の機転が利く能力を有するのであれば、他のスペック如何では貴重な男子の駒として軽井沢に与えてやっても良い。クラス間闘争が本格化する前に、彼の能力を調べておく必要がありそうだ。

 

「一応、この動画はお前の端末にも送っておく」

「えぇ……要らないんだけどこんなの」

「まあそう言わずに持っておけ。対櫛田の切り札だ。使わないに越したことはないが……あの様子だと、遅かれ早かれ必要になる日が来るだろうさ」

 

 恐らくは、今回目の当たりにした悪態のバーゲンセールも日々の鬱憤が溜まった際にどこかしらで開催されていたのだろう。人気のない場所に屋上前を選ぶくらいなら学校の敷地の端っこでやってろと言いたい。浅はかにも校舎内で吐き出すから私や綾小路に目撃されるのだ。櫛田も暫くは自重するだろうが、またストレスが溜まれば同じことを繰り返すはず。

 

 しかし、何事にも限界は設定されている。

 

 コップに注がれた水が溢れるように、許容量を超えれば決壊するのが道理。そうなった時、果たして櫛田が持て余す負の感情を他人に向けない保証は何処にある? 奴の性格を鑑みれば十中八九、周囲を巻き込んで盛大に自爆するだろう。死なば諸共、と言えば大層立派に聞こえるが巻き添えを食う側としては勘弁して欲しいものだ。

 

 故に、櫛田が暴走すれば余罪をでっち上げるなりなんなりして退学させる。或いは堀北や軽井沢を貶めるためにクラスを裏切ればこの証拠を突きつけて自主退学を迫ってもいい。これは決定事項だ。

 

 お生憎様、わざわざ櫛田を脅迫して駒に据えてやるほど私は穏健な思想はしていない。心底気に入らない人間は徹底して排除する方針だからな。

 

 特に、櫛田桔梗のようなタイプは同族嫌悪で吐き気すら催す(・・・・・・・・・・・・)。正直言ってツラも拝みたくない。

 

「ほら、送ったぞ。大事に扱え」

 

 露骨なしかめっ面で渋る軽井沢の端末に有無を言わさず動画を送りつけると、私たちは自分の下駄箱で靴を履き替えて校舎を出る。すっかり陽も暮れていて、辺りにはしんとした静寂だけがあった。運動部の掛け声も聞こえては来ない。夜風に頬を撫でられながら、私と軽井沢は肩を並べて帰路に着いた。今にして思えば、こうして一緒に下校するのは初めてのことだ。

 

「にしても、あの櫛田さんがねえ……」

 

 ふと、軽井沢は雲も疎らな夜空を見上げて独りごちる。

 

「薄々、そんな気はしてたのよね。誰彼構わずぶりっ子だったし。ちょっと露骨って言うか……私良い子ですよアピール的な? まあ、男子からは随分と好評だったみたいだけど。反対に女子の中には実は性格悪いんじゃないかって疑ってる子も居たわ。まさかここまでとは、流石にあたしも思ってなかったけどさ」

 

 分け隔てなく接する八方美人が本性を勘繰られるのは世の常。絵に描いたような優等生を演じる櫛田が、一体何故Dクラスに割り当てられたのか疑問視する者も居たはずだ。恐らくは、中学時代に抱え込んだストレスを爆発させて事件でも起こしたか……そうでなければ、仮にも成績優秀な彼女が不良品の掃き溜めとも揶揄されるDクラスに所属している説明がつかない。

 

「確かに、ありゃ筋金入りの性悪女だ。何食ったらああなるんだろうな」

「いやあんたが言えた義理じゃないでしょ」

 

 何をおかしなことを、とばかりに否定を突きつける軽井沢。一瞬、どうして反論されているのか理解できずに私は瞠目した。

 

「あん? なんだその言い草は。私は別に、ちょっとばかし他人に厳しいだけで性格まで悪くなった覚えはないぞ」

「え、なに自覚ないわけ? 勘弁してよ。同級生に一服盛った挙句拘束してボコろうとするヤツが性格良いわけないっての」

「……なるほど。一理あるな」

「一理どころか百理まであるんだけど」

「桁を増やすな馬鹿に見えるぞ」

「も、もう馬鹿じゃないわよ! 授業もちゃんとついていけるようになったんだから!」

「あーそうかいそれは良かったな」

「心がこもってない!」

 

 表情豊かにぷんすこと怒る軽井沢を適当に茶化しながら、二人揃って寮へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、たまたま寮のロビーで合流した軽井沢と世間話に興じつつ、生徒の群れに混じって通学路を歩く。昨晩はあれから自室に戻って夕食を済ませた後に、抗いがたい睡魔に襲われてそのままベッドに潜りぐっすりと就寝したおかげで、目覚めも良く快調な朝を迎えられていた。代わりにテスト範囲の絞込みには手をつけられなかったが、休み時間の合間を縫って作業すれば放課後までには終わる見込みだ。

 

「ふと思ったんだけど、こうやって久我と一緒に登校するの何気に初めてよねー」

 

 話題を変えた軽井沢に、私は頷きを返して相槌を打つ。

 

「そうだな。寮を出る時間もバラバラだし、何より今までは関係性を秘匿してたしな」

 

 軽井沢との登校時間は対照的であり、私がやや早めに教室へ入るのに対して、彼女は身だしなみにそれはもう並々ならぬこだわりがあるらしくとにかく身支度に時間を要する。それ故に教室にやって来るのは決まって遅めだ。しかし今日は珍しく一発で上手い具合に髪が決まったのかこうして軽井沢と鉢合わせて登校しているわけだが。

 

 髪を結んで制服着るだけだろ、と内心思わなくもないがやはりそこは女子。髪型が上手く決まらなくてセットに時間を取られるあまり遅刻しかけることもままあるのだとか。軽く梳いてヘアゴムで縛って完了な私とは大違いだ。軽井沢の趣味嗜好を否定する気は毛頭ないが、しょうもない理由で遅刻してクラスポイントが減らされるのだけは勘弁して欲しい。

 

「だがこれからは私が軽井沢の右腕だと広く認知させるためにも、可能な限り行動を共にしたほうが良い。休日はお前も付き合いがあるだろうから私も好きに過ごすが、学校では特に理由がない限りは付いててやるよ」

「四六時中あんたと一緒かあ……まあいいけど」

「文句なら受け付けねーぞ。そこは割り切れ」

「わかってるわよ。それに、コソコソせず大っぴらに話ができるわけでしょ? あたしとしてもその方が気が楽だし、別に今更不満なんてないから」

 

 あけすけな物言いに、私は思わず面を食らった。てっきり嫌な顔の一つでもされるか小言が飛んでくるかと思っていたからだ。しかし、軽井沢はむしろこれを受けて枷が外れたとばかりに晴れやかで同時に安堵したような微笑を浮かべている。どうにも、彼女にとって久我緋乃という人間は出会いこそ最悪だったとは言え、今ではそこそこに信頼され気の置けない友人じみた立ち位置にいるらしい。これは嬉しい誤算だ。お得意の暴力による支配を封印し、良好な関係の構築に務めた甲斐があった。

 

「そういうことで、今後ともヨロシク頼むぜ」

「ん、頼りにしてる」

 

 こつんと拳を突き合わせて互いに決意を新たにする。

 私と軽井沢は一蓮托生。明るい未来に向けて邁進する運命共同体なのだ。

 

 方針を固めた私たちは話題を転換し、学生らしく授業のあれこれを話のタネに雑談に興じる。やれあの教師は時たま酒臭い上に酷い時は二日酔いで現れるだの、授業のレベルが高くて気を抜くと置いてかれそうになるだの――仮にも進学校なのだから当たり前だが軽井沢にとっては死活問題のようだ――と主に軽井沢の愚痴が大半だった。

 

 クラスを纏めさせている彼女は日頃からストレスも抱えているだろうし、私としても軽井沢が心労のあまり性格が歪んで第二の櫛田に変貌されても困るので、話半分に相槌を返しながら愚痴に付き合う。

 

 やがて話の内容が三馬鹿の馬鹿さ加減について飛び火し始め、内心ややうんざりしながら聞き流していると右斜め前方に見慣れた人物が目に入った。軽井沢に断りを入れ、私はそいつの元へ駆け寄る。

 

「よう、綾小路」

「ん? あ、ああ。えっと、久我だったよな?」

 

 振り向く綾小路は、少し驚いたように目を見開いた。よもや私から接触してくるとは思いも寄らなかったようだ。堀北グループのトラブルや櫛田の一件で顔を合わせる機会はあったが、こうして話すのは初めてのこと。

 

「何か用か?」

「昨日の件で礼が言いてえ。お前が矢面に立ってなけりゃ私も仲良く見つかってちっとばかし面倒なことになってただろうからな」

「いや、別に礼を言われるようなことは何もしてないぞ。あの時はオレが真っ先に見つかったからやむを得ずだな――」

「あっ、綾小路くんじゃん。おはよー」

 

 弁明しようとした綾小路は、軽井沢がぱたぱたと駆け寄ってきたことでその先の言葉を飲み込んだ。

 

「おはよう。この時間帯に軽井沢と会うのは珍しいな」

「あはは。今日はたまたま早く出ただけでいっつも遅いからねーあたし」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべる軽井沢に、綾小路はちらりと私にアイコンタクトをとってくる。お前みたいな何考えてるかわからん奴と目と目が合うだけで通じ合えるかよ、と文句を垂れたくなったが、大方、櫛田の件を共有してるのかどうか訊ねているのだろうな。

 

「お前が心配するようなことは何もねーよ。軽井沢とも情報は共有してある」

「へえ、意外だな。そこまでの仲には見えなかったが」

 

 ポーカーフェイスを崩さないまま綾小路は私たちを交互に見やる。意外に思うならもうちょい驚いた顔をして欲しいもんだ。

 

「あたしと久我は中学からの付き合いでね。でもクラスが別だったからほとんど交流はなかったんだけど、まあ、ちょっとした出来事があってさ。それ以来つるむようになったのよ。後は知っての通り、借りを返せるまで期間限定の主従関係で契約してるってわけ」

 

 私の代わりに口を開き、慣れた様子で嘘と真実を混ぜて語る軽井沢。本人が濁して話せば相手も深くは詳細を追及して来れない。それでもしつこく詮索してくるデリカシーの無い輩は、口を一文字に結んで突っぱねてやればいいだけの話だ。

 

「そうだったのか。それで軽井沢にも情報が伝わってるんだな」

「動画見せられたときは流石に堪えたけどね……」

 

 ははは、と軽井沢は空笑いしてみせる。淡いスミレ色の瞳には口汚く罵られたダメージが抜けきっていないのが透けて見えた。

 

「なあ、櫛田のことなんだが……どうするつもりなんだ?」

 

 綾小路は声量を少し落として軽井沢ではなく私に訊ねてきた。まもなく校舎が見えてくる頃合で、通学路は生徒の群れで雑多な賑わいを見せている。あまり外部には漏らしたくない話題だ。私も配慮してボリュームを落としつつ考えを口にした。

 

「なんで私に訊くんだよ。大なり小なり、最終的な判断は軽井沢が下す。私にどうこうできる権利はねーし、発言力も持ち合わせちゃいない」

「そうなのか? 軽井沢」

「まあね。久我に意見を求めたり色々と裏で動いてもらったりはするけど、決定権はあたしにある。櫛田さんがクラスを裏切ったり悪影響を及ぼすようなら、こっちも相応の対処はするつもり」

 

 声を潜めて答えを述べる軽井沢に綾小路は小さく「わかった」と口にする。口でそう言っても鉄面皮から読み取れるものはない。本心から納得したのかしてないのか、真意は不明だ。

 

 にしても、と私は思考に耽る。

 

 綾小路は櫛田の処遇をリーダーである軽井沢ではなく、連れの私に訊ねてきた。

 まるで私が独自に動くのを危惧したような口振り。主従関係は明確になったはずだが、軽井沢では私を御しきれないとでも思っているのか。或いは表向きの関係性を疑っているのかもしれない。今に至るまで不自然な発言はしてこなかったと自負しているが、綾小路という人間が機微に目敏い観察眼に優れた男ならば、私たちの見落とした僅かな綻びを掴んだ可能性がある。

 

 だからこそ、証拠を握った私が躊躇なく櫛田を消す事態を危ぶんで行動を確認した。

 

 あの時、私が立ち去った後、彼が櫛田と何を話したのかは知るところではない。けれど、彼女との会話を介することで櫛田を潰されては不味い理由が綾小路の中で生まれたとしたら、生殺与奪の権を握る私の動向を探ろうとし、軽井沢にも確認を取ったのも腑に落ちる。

 

 ――――いや、考え過ぎか。

 

 行動理念すら見えてこない男の存在に、少し過敏になっていたのかもしれない。これは私の悪癖だ。他人の実力を気にかけるあまり、その人物の思考回路や言葉の裏に隠された意味を読み取ろうとしてしまう。それ自体はなんら問題ではないが実力の不透明な人間と相対すると、そいつが実際には無能であるにも関わらず、巧妙に力を隠蔽しているのだと勝手に錯覚してこうやって無為な詮索をすることがある。

 

 しかし、初めて綾小路と接触したときに感じたあの感覚は果たして勘違いだったのか……?

 

 こびりついたその疑念だけは、脳裏に張り付いたまま拭えそうになかった。

 

「でも綾小路くんも災難だよね。あれ冤罪でしょ? もしまた櫛田さんに脅されたりしたら言ってよ。あたしたちも協力するからさ」

「申し出はありがたいが、わざわざ危害を加えてくることはないと思うぞ。オレは結局、口外しないよう口止めされただけだからな」

「んー。でもさ、そんなの分かんないじゃん。冤罪吹っかけてくるような女子だし、ポイントせびってくるかもよ?」

「それもなさそうだけどな。オレたちは今月5万9千円分のポイントが振り込まれてある。入学当初の10万と比較しても、学生にとっては十分大金じゃないか?」

「確かにね。でも、女子って化粧品や服とかにお金かける生き物だから。特に、あたしや櫛田さんみたいに交友関係が広いと付き合いでポイントの消費が激しいのよ。あたしはまあ、なるべく節約するようにはしてるけどさ」

「……大変だな。女子も」

 

 抱えた違和感に気持ち悪さを感じている間にも、軽井沢と綾小路の会話は進んでいく。私は一度疑念を振り切るべく思考を中断し口火を切った。

 

「ところで綾小路。昨日の礼と言っちゃなんだが、あの動画送ってやろうか? お前も対櫛田の自衛手段は欲しいだろ」

「あー、悪いが遠慮しておく。持ってても扱いきれないだろうし、なによりオレは事なかれ主義なんだよ。火種は持ち歩きたくない。万が一、櫛田にチェックでもされたら一大事だ」

「事なかれ主義ねえ……。平穏無事に過ごしたいってか?」

「そういうことだ。オレはただ、安泰な高校生活を送りたいだけなんだ」

 

 綾小路はこう主張しているが、勉強会での一件や昨日の櫛田とのトラブルに巻き込まれていて彼の望む安泰な高校生活とやらは既に乱されまくっている気がする。特に櫛田の件は心中穏やかではないだろう。そんな綾小路にとっても、不安要素を取り除くために櫛田という目の上のたんこぶな存在は排除したいはずだ。故に、切り札となる証拠映像は喉から手が出るほど欲しいと踏んだのだが……事なかれ主義を掲げる彼のことだ、不必要に表舞台には立たず、自分からも直接手を下したくないと言ったところか。

 

 ほんの僅かだが、綾小路清隆という人間の本質が垣間見えた気がした。

 

「ま、お前が要らねえってんならそうするさ」

「ああ。すまないな」

「けどよ、私は自分で言うのもなんだが結構律儀でな。何か礼はしとかないと気がすまねえ性分なんだ。つーわけで、いつでも良いからメシ奢ってやるよ」

「本当か? それはありがたいが……一口食った途端『早速だけど話を聞いて貰えるかしら』なんて言い出さないよな?」

「はあ? なんだそりゃ。言わねーよ」

「よし、言質取ったぞ。後から何を言われようともオレは動かないからな」

「だから言わねーって。訳分からんヤツだなお前……」

 

 何を憂慮しているのか、ちんぷんかんぷんな事を言い出し始める綾小路に私は困惑するしかなかった。

 

「とにかく、奢られたくなったら連絡しろ。ほら、端末出せ」

 

 仕切り直して、綾小路の連絡先を手に入れる。私の数少ない連絡リストに男子の名前が追加された。現時点で交換を済ませてあるのは軽井沢、佐藤、松下、そして遊戯部の先輩に綾小路の合計五人分。……我ながら狭い交友関係だな。

 

「登録終わった? そろそろ行かないと遅刻するわよ?」

 

 携帯で時刻を確認した軽井沢が画面を見せてくる。割と時間は押していたが、幸いにも走るほどではない。普通に歩いても十分間に合うだろう。

 

「だそうだ。事なかれ主義とやらも遅刻は勘弁だろ? 行こうぜ」

「ああ」

 

 綾小路を連れ立って再び校舎へ歩き出す。軽井沢を主軸に他愛もない世間話に花を咲かせつつ、私たちは三人揃って登校した。

 

 教室に入ったとき、クラスメイトから好奇の目で見られたのは言うまでもない。

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