天然石を連結加工して作り上げられた厳かな門をくぐり、校舎を目指して足を進める。高円寺と並んで歩く予定だったが、誰よりも早くバスを降りた彼は既に視界の遥か前方にいる。せっかく知り合えたのだから、もう少し雑談に興じたかったが……まあ、同じ学年である以上はいつでも接触の機会はあるだろう。高円寺は私にとって初めての友人だ。クラスが遠かろうが遥々会いに行ってやるとも。
そう覚悟を決めていたのだが、
「いや隣の席かよ」
「また会ったねデビルガール」
在籍することになるクラスへ足を運んだ私を高円寺はきらりと白い歯を零して迎え入れた。掲示板でクラスを確認した際に、自分の名前の下に高円寺の三文字を見つけたときは内心嬉しかったが、席まで隣となると作為的な何かを感じざるを得ない。
高円寺の席はど真ん中。そして私は右隣。教卓もほど近く、四方を囲まれたなかなかにハズレ枠の席だった。椅子を引いてどっかりと腰掛けた私は頬杖をつきながら窓際後方の当たり枠に座っている生徒を見やる。そこに座っていた生徒はよく言えば人畜無害、悪く言えばやる気が感じられない男子だった。何を考えているのかは知らないが、多分あれは何も考えてないんだろう。
興味をなくした私は彼から視線を外し、やや声のボリュームを落として隣人に問いかける。
「なあ、お前気づいてるか?」
「無論だとも――――アレのことだろう?」
高円寺の視線の先には、天井からこちらを見下ろす一台の監視カメラ。
「たかだか1台や2台は問題じゃねえ。ココは特殊だからな。存在自体に不思議はない。けどよ、ちっとばかし数が多いよなあ」
門をくぐり抜け、校舎へ入り、教室に着くまでの過程でカメラが設置されていなかったのは立ち寄ったトイレだけ。卒業までの間、退学などの特殊な事情を除けば外部との接触が禁じられているこの高校において、生徒の安全を見守るべくカメラを設置しているのは当然だ。
しかし、モノには限度がある。
どこもかしこも監視カメラが目を光らせているとあれば、何か別の目的があると勘ぐるのが自然だ。
「高円寺。お前はどう見る? 私としちゃあどうにもキナ臭い思惑があると踏んでるが」
「ふむ、それに関しては私も同意見だよ。『この学校には何かがある』と私のシックスセンスが囁いている。存外、文字通りに“監視”でもしているのではないかな?」
「監視ねえ……」
呟きながら、私は忌々しいカメラを睨む。鬱陶しいことこの上ないが、学校側の意図が掴めない以上は大人しくしているのが懸命か。話を終えるやいなや、机に足を乗せ鼻歌交じりに爪の手入れを始めた隣人を横目に、私は周囲の喧騒を聞き流しながら一人の生徒の動向を窺うことにした。――――アイツもここに進学してたとはな。
ホームルームが始まるまでの間、私はそいつから目を離すことはなかった。
◆
「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった
茶柱佐枝と名乗った若い教師はそう言って前の席の生徒に資料を配り始める。回されてきた資料に目を通すと、茶柱の言った通り入学案内の際に配布された資料と一言一句違わなかった。
高度育成高等学校。
この学校には幾つかの特殊なルールが存在している。
まず、在学する生徒は例外なく敷地内の寮での生活が義務付けられており、同時に在学中はごく一部の特例を除き外部との連絡の一切を禁止しているという点だ。無論、肉親であったとしても余程の事情がなければ突っぱねられるだろう。
そして当然だが学校の敷地外に出ることも禁じられている。ここまで徹底されているとほとんど軟禁に近いが、反面、60万平米を超える敷地内にはショッピングモールやカラオケ、映画館にカフェからブティックまで数多くの施設が存在し、もはや小さな街といっても過言ではない。
加えて、これが一番の肝となるルールであろう“Sシステム”の存在。
「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。謂わばクレジットカードのようなものだな。ただし、当然だがポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校内の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」
紙幣の代わりとして、学生証はすなわちこの学校における現金の意味合いを持つ。学生に紙幣を持たせないことで金銭のトラブルを未然に防ぐ狙いもあるだろうが、取引をデジタル化することでポイントの消耗具合や浪費癖に目を光らせていることも考えられる。とはいえ、いちいち財布を持ち歩かないで済むのはありがたい話だ。レジで小銭を出すのも手間だしな。
それよりも、私としては茶柱の発言に引っ掛かりを覚えた。露骨に含んだ物言いは、暗に気づいてくれよと言っているようなものだ。言葉をそのまま呑み込むなら、或いは本当に“何でも購入可能”ということか?
頭の片隅で思考を回しながら、茶柱の言葉に耳を傾ける。この教師の性格はおおよそ理解した。一言一句に留意しておかなければヒントを与えられていたとしても聞き逃しかねない。
「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」
茶柱の説明を受けて、教室が俄かに騒がしくなる。それもそのはず。ただの学生に10万円分の小遣いがポンと渡されると言っているようなものだからな。だから仕方ない。
理由は分からないが毎月10万も貰えるんだから、使わなきゃ損だよな――――馬鹿はこう考えるだろうが、そんな美味い話がどこにある? なんの苦労もなしに大金が貰えるわけがない。こんなのは少し考えればサルでもわかる。
各クラスに40人在籍していると考えて、AからDクラスまでで160人。全校生徒およそ480人あまりと仮定しても、その全員に卒業までの3年間に毎月10万円分の小遣いを支給していれば学校側は莫大な損失を被るのは明白。こんなのは裏があってしかるべきだ。ポイントが減額されるようななにか――例えば、赤点や停学の対象になった生徒はそれに見合うマイナス要素があってもおかしくはない。或いは学校生活における授業や生活態度を減点方式で――いやそもそも、どうやってそれを把握する? 生徒ひとりひとりの行動を把握できるようなものは――――あるじゃねえか。ピッタリなのが。
すとん、と腑に落ちた私は天井で駆動する監視カメラを一瞥した。カメラの異様な数はつまり、そういうことだ。
「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後に全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無いぞ。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。だが、無理矢理カツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」
困惑し、やや浮き足立つ教室を茶柱は見渡す。――ふと、目が合った。
「……質問は無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」
茶柱はそう告げて仕事は終えたとばかりに教室を後にする。担任が去るや否や大金を手にしたクラスメイトどもが散財の計画を立て始めた。どいつもこいつも揃いも揃って馬鹿ばかり。
「やはり、君はティーチャーの真意にたどり着いたようだねえ」
「まあな。これ見よがしにヒントもばら蒔かれてたし、当然だろ」
「それにしても嘆かわしい。君の言う通り、ヒントは与えられていたというのに……そう思わないかい? デビルガール」
やれやれと肩をすくめる高円寺に、私も「ほんとにな」と相槌を打つ。正直言って、このクラスは期待はずれもいいところだ。高円寺のような優れた人物がクラスにもう一人は欲しかったが、叶わぬ願いらしい。
ともあれホームルームは終わったが、入学式までは少し時間があった。暇つぶしに校舎を見て回るのもいいが、それよりは高円寺と雑談に興じていたほうが有意義だろう。とはいえ友人との会話は圧倒的に経験が不足している。はてさて何を話したものかと話題を探っていると、クラスメイトの一人がやおら手を挙げた。
「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」
口を開いたのは整った顔立ちの好青年だった。それ以上でもそれ以下でもない。強いて言うなら優等生っぽい感じの優男という印象だ。
「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」
彼はそう提案して軽く微笑むと、意見に賛同した生徒から声が上がる。
「賛成ー! 私たち、まだみんなの名前とか、全然分からないし」
一人が口火を切れば、ほかの生徒たちも後に続いて賛同を表明していく。その様子を冷ややかな目で見ながら、私はいつ抜け出そうかタイミングを計り始める。雑魚どもと仲良しごっこをしてやる趣味はないからな。
「僕の名前は
慣れた様子でお手本のような自己紹介をしてみせた平田に、既に何人かの女子は好意を抱き始めている。顔も良ければ性格も良い典型的なイケメンに見えるが、こう言うヤツに限って女癖が悪かったり素の性格が最悪だったりするもんだ。中学時代もこの手の人間は何人も見てきたから分かる。
「もし良ければ、端から自己紹介を始めて貰いたいんだけど――」
平田が言い切る前に、私は席を立った。
「えっと、君は……」
「馴れ合うつもりはねえ。仲良しごっこがしてえなら私の居ないとこで勝手にやれ」
目もくれずに吐き捨てて、そのまま廊下に出る。女子が数人喚いていたが知ったことか。私が好き好んで接するのは同じ強者だけであり、そこに有象無象の弱者が入り込む余地はない。弱者は弱者同士で傷を舐め合い、健気に徒党を組んでいるのがお似合いだ。
人もまばらな廊下をぷらぷらと歩きながら、私は予鈴が鳴るまで適当に時間を潰すことにした。