パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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いつも感想や誤字脱字の報告を下さり感謝感激雨あられでございます。頂いた感想には出来るだけ目を通し返信させてもらっています。
誤字脱字は投稿前にさらっと確認はしているのですが割と見落としがあったりするので、皆様の報告に助けられてます。

拙い文章ではありますがこれからもどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


第二十一話:赤点組を救え

 

「軽井沢、メシ行くぞ」

「おっけー」

 

 午前の授業を終え、教科書類を片した私は軽井沢を昼食へ誘った。

 

「待って待って私たちも行くー」

 

 毎度のことながら佐藤と松下のコンビもくっついてくる。最近はこの4人で昼食を摂るのが恒例になりつつあった。ひとり寂しくぼっち飯を済ませていた頃の私はもう居ない。

 

「よっしゃ昼飯だ!」

「早く行こうぜ!」

「おう!」

 

 佐藤たちを連れ立って教室を出るよりも、先んじて廊下へ飛んでいくのは池、山内、須藤の3人。

 

 あれから2週間が経ち、三馬鹿が堀北のグループに戻ったかと思えば人が変わったように熱心に試験勉強に励んでいた。授業中は一切ノートを取らない代わりに教師の説明や黒板に書かれた文字を頭にねじ込む。理解できなかった部分は休み時間の10分を利用して堀北と綾小路、そして櫛田が解説する。昼休みになれば須藤たちは45分という時間を最大限活用し、速攻で昼食を胃に収めた後、図書館へ集い勉強に打ち込む――これが堀北の作戦だった。

 

 あの三馬鹿を説得してここまで従順に動かしているのは堀北だけの力じゃない。

 気に食わないが櫛田の助力あってのことだそうだ。綾小路もさり気なくフォローしていたと堀北から聞いた。その際、櫛田とデート云々と言っていたが、性根の腐った女が素直にデートに応じるとは思えない。どうせ理由をつけて反故にする気だ。

 

「須藤くんたちも頑張ってるみたいね」

「ああ。動機はどうあれ、奴らのモチベーションも高い。何事もなければ赤点は回避できるはずだ」

 

 一時はどうなることかと思ったが、堀北の歩み寄りによって軋轢は修繕された。勉強会も軌道に乗り始めたようで、今のところ他のグループでもこれと言ったトラブルは発生していない。順調に試験対策は進んでいる。軽井沢もひとつ肩の荷が下りたことだろう。

 

 授業から解放された生徒でごった返すその波に混じり、私たちは食堂へ向かった。

 大抵の女子は昼食を軽く済ませる派で、軽井沢や佐藤たちも例に漏れずそんな彼女らに人気のカフェ『パレット』で食事を取る日もあるが、私は元よりパンケーキの一枚や二枚で腹は膨れないので食堂で昼食を摂ることの方が多い。

 

 なのだが、最近は軽井沢に付き添ってパレットでマカロンやパフェを大量に注文して空きっ腹を満たす日々が続いていた。甘いものは好きだが残念ながらパレットには辛さを重視したメニューは無い。それを不満に思っていたのを軽井沢は察したのか、気を利かせて『たまには食堂で食べよっか』と提案してくれたのだ。サンキュー避暑地。

 

 食堂に到着すると、既に全学年まぜこぜで賑わいを見せておりこうしている間にも空席は埋まりつつあった。それを見た各々が目配せをすると、いつも通り佐藤と松下に席を確保してもらい、交代で注文した料理を取りに行く。

 

「久我はまたそれなの?」

 

 券売機で食券を発行すると、隣から軽井沢が呆れた視線を向けてくる。

 

「なんだよまた文句か? 言っとくがもう受け付けないからな。これでも譲歩してやってるんだ」

「はいはいわかってるってば。ほんっと偏食なんだから……体壊しても知らないからね」

「ほっとけ」

 

 カウンターで待っているとほどなくして注文した昼食が顔を出す。こちとらお前が食いたくて仕方なかったんだ。

 

 注文したのは今私の中で流行りの『激辛本格スパイシーカレー』なるメニュー。

 

 本場インドを再現した香ばしい匂いと痺れるような辛さが魅力の逸品だ。これの存在に気づいたのは二週間ほど前。ちょうど軽井沢とランチタイムを過ごすようになってからのこと。私は飽きることなく超激辛灼熱ラーメンを食べようとしたのだが、同席した軽井沢や佐藤たちが『目が痛い』だの『涙が止まらない』だのと散々文句を垂れてきたので、止むなく別のメニューを探していたところこれに出会ったわけである。

 

 なお、私がかの有名な(?)激辛女王だということもバレた。訊けば私以外そのラーメンは食べられないらしく、チャレンジした生徒が尽く病院へ搬送されたのだとか。化学兵器と揶揄されるのも納得だ。まあ私はそれを平然と食べているわけだが……もしかして私がおかしいのか? あまり釈然としない話だ。

 

 とにもかくにも、そういう事情が有って人と食事をする際は件のラーメンは注文しないよう軽井沢の厳命が下ったのだった。

 

「おまたせー」

 

 佐藤たちと交代ししばらく待っているとトレイを手にした二人が戻ってくる。

 

「じゃあ食べよっか」

 

 軽井沢が言うと、私たちは一斉に食事を始めた。午前の授業を経て皆腹を空かせていたのだ。

 

「そう言えば、久我さんっていつも甘いものか辛いもの食べてるよね。飽きたりしない?」

「あ、それ私も気になってた」

 

 黙々とカレーを口に運んでいると箸を置いて松下が訊ねてくる。佐藤も思うところがあったのかこれに同意してみせた。

 

「中学ん時から甘党兼辛党だったが、今のところ飽きる予兆はねえな」

 

 この調子だと死ぬまでこんな食生活を続けてそうだ。

 

「あんたが良いなら良いんだけどさ。それで倒れたりしないでよね」

「心配すんな。至って健康体だ」

 

 ちゅるちゅるとうどんを啜りながら念入りに釘を刺す軽井沢に、私はあしらいつつカレーを食べ進めた。何故軽井沢がここまで心配するのかは理解できなかったが、私としても食生活が原因で病気に罹るのはごめんだ。栄養バランスが偏っている自覚もある。彼女が今後も口うるさく忠告するのであれば改善も検討しよう。……尤も、私は料理ができないので結局コンビニ弁当か外食なのだが。

 

 どうしたものかと思案しながらも、軽井沢たちとのランチタイムを和気藹々と過ごした。とは言っても、彼女らのように服や化粧品に興味があるわけではないので、基本的に相槌を打ったり時たま会話に混ざるくらいなものだ。それでも、佐藤と松下は嫌な顔ひとつ見せず接してくれている。これも軽井沢があれこれフォローを入れているおかげか。

 

 昼食を済ませ、私たちはトレイを返却し食堂を後にする。少々お喋りが過ぎたせいで昼休みは残り10分程度。ここまでゆっくりするつもりはなかったのだが、佐藤たちと集まるといつもこうだ。

 

 短い時間ではあるが、午後の授業が始まるまでに教室への道すがら軽井沢たちに断って自販機で飲み物を買おうとしたとき、不意に端末が震え着信を知らせた。もう昼休みも終わるというのに一体どこの誰だろうか。確認してみれば画面には『綾小路』と表示されている。なんともまあ珍しいこともあるものだ。昼休みも残り僅かなので昼飯を奢ってくれとかそういう話じゃなさそうだが。

 

「綾小路か。お前から掛けてくるのは初めてだな。なんか用か?」

『悪い、今平気か? 緊急事態だ』

 

 スピーカーから聞こえてくる音声は、やはり焦っているようには思えない。なのだが綾小路は意味の無い冗談を言う人間じゃないのはこちらも把握している。彼の言う通り、この昼休みで何かトラブルが起きたと考えるのが妥当だ。

 

「軽井沢たちを待たせてる。手短に頼むぜ」

『わかった。なら結論から言うぞ、テスト範囲が変更されていた。それも先週の金曜日に』

「……なんだと?」

 

 齎された情報は正しく寝耳に水だった。

 聞き返した私の語気が無意識に強まるほど。

 

『今しがた堀北たちと茶柱先生に確認を取った。テスト範囲は間違いなく先週の金曜日に変更されている』

「ならどうして私たちには何の連絡もなかった? 茶柱は担任だ。説明義務があるだろ」

『本人が言うには失念していたらしい。実際はどうだかな』

「……あんのクソ教師が。ふざけやがって」

 

 端末を握る手に力がこもる。ミシ、と歪む音が耳元で鳴った。

 生徒の進退がかかっている重要な試験を前に範囲の変更を伝え忘れるなど前代未聞である。進路指導室での件といい、茶柱は教師失格だ。仮にもここは教育施設だというのに生徒を教え導く聖職者がその職務を怠ってどうする。到底許される所業ではない。私は今までの勉強会が徒労に終わったことを痛感し、募る苛立ちに舌を打つ。

 

 本来であれば三馬鹿が退学になろうと『軽井沢の求心力が落ちるな』くらいにしか思わないが、今回ばかりは話が違う。あの堀北が歩み寄り彼らを救済しようと動いているのだ。それが踏みにじられようとしている。その事実に、私はどうしようもなく怒りに打ち震え、腸がぐつぐつと煮えくり返っている。

 

『新しいテスト範囲は紙にまとめて堀北が持ってる。オレたちはこれから戻るが、久我はこの件を軽井沢に伝えておいてくれ』

「ああ。わかった。伝えておく」

『それじゃあな』

 

 綾小路との通話を追え、廊下の端で佐藤たちと雑談して待っていた軽井沢の元へ駆け寄る。

 

「あ、やっと戻ってきた。電話してたみたいだけど……なんかあった?」

 

 雰囲気を察した軽井沢が訊ねてくる。肩の荷が降りたばかりのところ悪いが、彼女にまたもや面倒事の報せだ。

 

「綾小路から連絡があった。先週の金曜日時点でテスト範囲が変更されてたらしい」

「はぁ!?」

 

 驚愕に声を荒らげる軽井沢に廊下を往来する生徒らは何事かと注目した。佐藤も松下も唖然として事態を飲み込めずにいる。特に小テストの点数が赤点に近かった佐藤は目に見えて動揺していた。これまでの努力が全て台無しになったのだから当然の反応と言える。

 

「ちょ、ちょっと待って。茶柱先生からそんな話一言も聞いてないわよ!?」

「ああそうさ。伝えてないからな。あのクソ教師は言うに事欠いて『失念してた』だのほざいてやがる始末だ」

「忘れてたじゃ済まないでしょ! どうすんのよテストまであと一週間しかないのよ!? このままだと須藤くんたちは――」

「間に合わない。赤点だ」

 

 首を横に振ってみせると、軽井沢は言葉を失い立ち尽くす。楽勝ムードすら漂いつつあった現状は急変し、打って変わって危機的状況まで追い込まれていた。

 これまでの試験勉強は全て水の泡。新たなテスト範囲から更に出題範囲を絞り込んだ上で一から取り組まなければならない。猶予は一週間。著しく学力の低い須藤たちでは堀北が付きっきりで勉強を見ても間に合う保証はどこにもない。クラスポイントを代償に授業を休んで丸々一週間猛勉強してギリギリ回避できるかどうかだ。

 

「……なんとかしなきゃ。久我、手伝って」

 

 持ち直した軽井沢がこのクソったれな現状を打破すべく奮起する。リーダー役も板についてきたようだ。当然、右腕の私も協力は惜しまない。ゆっくりと頷いて了承の意志を示す。このまま堀北の努力を踏みにじられるのは看過できないからな。

 

「私たちにもできることがあったら言って? 協力するよ。クラスメイトの退学を黙って見過ごす訳にもいかないしさ」

「わ、私も手伝う! 赤点なんて嫌だし!」

 

 松下と佐藤も協力を申し出る。二人の気持ちはありがたいが、松下はともかくとして佐藤は学力的に不安が残るので大人しく勉強していてもらいたいものだ。

 

「二人ともありがと。その時は遠慮なく頼らせてもらうから」

「任せてよ。ね、佐藤さん」

「もちろん!」

 

 不測の事態を受けてもなお団結し乗り越えようと結束力を強める私たち。そんな最中、廊下の向こうから堀北が須藤たちを引き連れてやって来る。その一団には綾小路と櫛田の姿もあった。

 

「堀北さん!」

 

 真っ先に軽井沢が駆け寄り、私も彼女の後に続く。こちらに気づいた堀北の表情にはどこか焦りの色が滲んでいた。狼狽し周囲に不安を与えないよう平静を装っているのだろうが、彼女も事態の深刻さに余裕が無くなっているのかもしれない。

 

「軽井沢さん。綾小路くんから概要は伝わっている?」

「うん。大体は」

「なら話が早いわ。教室に戻ったらこの事をクラスの皆に知らせてちょうだい」

 

 堀北はやや早口でそう言って一枚の紙切れを軽井沢に手渡す。綾小路が電話で言っていた新たな範囲が書かれた紙だろう。

 

「わかった。堀北さんはどうするの?」

「私は明日以降に備えて、もう一度テスト範囲を絞り込むわ」

 

 苦々しげに答える堀北。ひと悶着あって一度は瓦解したグループを立て直し、二週間を経てようやく軌道に乗ったかと思えば、須藤たちが必死になって勉強した範囲は無駄となり振り出しに戻された。テストまでの猶予は僅か一週間。正攻法ではもうどうにもならない地点まで来てしまっている。堀北とてそれは重々理解しているはずだ。

 

「堀北。お前には迷惑かけるけどよ、頼むわ」

 

 沈痛な面持ちを浮かべる堀北に思うところがあったのか、須藤は頭を下げてこう言った。

 

「俺……明日から一週間、部活休む。それで何とかなるか?」

「それは……」

 

 部活一筋な須藤からは考えられないような提案に、堀北は瞠目する。しかし、一週間という僅かな猶予を鑑みれば部活を休むというのは絶対条件だ。須藤もそれが分かっているからこそ、冷静に判断したのだろう。

 

「本当に構わないの? 凄く、苦労することになるわ」

「勉強は苦労するもの、だろ?」

 

 不敵な笑みを浮かべた須藤は堀北の肩を叩く。とても勉強を忌避していた赤点組の発言とは思えないセリフに、私と軽井沢は驚きを隠せなかった。これも堀北が歩み寄った賜物か。

 

「須藤、本気かよ?」

「ああ。今すげぇムカついてんだ。担任にもDクラスの連中にも」

 

 彼らの詳しい概要は知らされていないが、どうやら他クラスの生徒ともトラブルがあったらしい。だがそれが要因の一つとなって須藤の闘志に火をつけたようだ。やる気を見せる須藤に池と山内の二人も触発され、顔を見合わせると互いに頷いた。

 

「仕方ない、俺たちもやるぜ」

「分かったわ。あなたたちにその覚悟があるなら、協力するわ。だけど須藤くん――」

 

 肩に置かれた須藤の手を、堀北は一切躊躇うことなく振り払う。

 

「私の身体に触らないで。次に同じことをしたら、容赦しないから」

「……可愛くねー女……」

 

 口ではそう言う須藤もどこか晴れやかな顔をしていた。

 

「絶対に見返してやろうぜ!」

「私もやるよ!」

 

 決意を新たにする赤点組に、櫛田も握りこぶしを掲げてやる気をアピールする。だが実際は腹の底で悪態をついているに違いない。

 

「心配要らなかったみたいだな」

 

 試験を前にした一大事に、三馬鹿のモチベーションが失われたのではないかと危惧していたがこれくらいでへこたれるほどヤワな精神じゃなかったようだ。まずは一安心、と軽井沢も頷く。

 

「そうみたいね。でも状況が好転したわけじゃないでしょ。……このままじゃ退学者が出る」

 

 軽井沢の言葉は尤もだ。短すぎる猶予では正攻法とて限界がある。彼女が危惧するように、彼らのうち誰かが学校を去る結末は現実味を帯びていた。或いは、三人まとめて退学か。

 

「誰も赤点を取らなくて済むような、そんな裏技があればいいんだけど」

 

 ちょっと都合良すぎるわよね、と空笑いする軽井沢。彼女なりに打開策を探っているのかもしれないが、私は一足先に見当をつけていた。

 

「――あるには、あるかもな」

 

 団結し試験に立ち向かう志を固めた堀北グループを眺めながら、軽井沢にだけ聞こえる声量で呟く。驚いた軽井沢が真偽を問うべく半身振り返った。

 

 ふと、綾小路と視線が交わる。

 こちらの考えが丸ごと見透かされているような、気味の悪くなる眼差しを前に、私はやはり警戒せざるを得なかった。

 

 ――――いつか、お前の正体を暴いてやる。

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