パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第二十四話:スタートライン

 

 始業のチャイムが鳴ると同時に、茶柱が教室にやって来る。

 一歩足を踏み入れた彼女は教室に蔓延するただならぬ雰囲気に気圧され、驚いたように生徒らを見渡す。本日は中間テストの結果が発表される日であり、クラスメイトたちは緊張に顔を強ばらせながら固唾を呑んで茶柱の到着を待っていたのだった。あの池や山内でさえも落ち着かない様子で席に着いている。

 

「茶柱先生。今日はテストの採点結果が発表されると聞いたんですが、それっていつですか?」

「そんなにクラスメイトが心配か? 軽井沢。そう慌てるな。今からだ。それに……放課後じゃ、色々と手続きが間に合わないこともあるからな」

「手続き……?」

 

 その単語は、一部の察しの良い生徒らに嫌な予感をひしひしと感じさせる。特に須藤は激しく貧乏揺すりをするなどして気を紛らわせようとしており、テストの具合が芳しくなかったことを暗に示しているようなものだった。

 

「では、これより中間テストの結果を発表していく」

 

 黒板に張り出されたのは、生徒の名前と点数が並べられた白く大きな紙。小テストの時と同じものだが、決定的に違う点が一つ。それはこの結果如何で、本人の合意無くして退学という重すぎるペナルティが与えられる点。数ある進学校でもここまで問答無用に生徒を学校から追放するのはここぐらいなものだ。多くの生徒が食い入るようにして自分の名前とその横にある数字を確認していく。

 

「正直、感心している。お前たちがこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ。数学と国語、それに社会は同率の1位。つまり満点が10人以上もいた」

 

 茶柱の言葉通り、それぞれの科目で100点の数字が並んでいた。クラスメイトからは高得点を取った歓喜や無事に赤点を取らず乗り切れた安堵の声があちこちから上がっている。

 

 無論、私や軽井沢、そして堀北を含む一部の生徒は意図的に英語の点数を下げてあるので全体的な点数としては少し低め。赤点回避のハードルは確実に下がったはずだ。

 

 しかし油断はできない。

 

 堀北や私も同様に、赤点組で最も退学の危機に瀕している須藤の英語の点数だけが気がかりである。須藤が退学してしまえば、これまでの努力は全て水の泡。軽井沢は求心力を落とし、堀北は救いきれなかったという罪科を背負う。そんなのは真っ平御免だ。

 

 半ば祈るような気分で英語のテスト、その下位に注視する。

 

 ――――点数は、33点。

 

「っしゃ!!」

 

 歓喜の雄叫びを上げ立ち上がった須藤と同時に、池や山内も同じく立ち上がり喜びに震える。彼らの名前の上に赤点を示すラインは引かれていない。

 ほっと安堵の息を吐いて胸をなで下ろす軽井沢と、顔にこそ出していないが張り詰めていた緊張感が霧散した様子の堀北。一方で、櫛田もわざとらしげに喜びをアピールしている。綾小路はわからん。あいつマジで表情変わんねえな。

 

「見ただろ茶柱先生! 俺たちもやるときはやるってことですよ!」

 

 胸を叩き、ビシッとドヤ顔を決める池だが、これぐらいは出来て当然だ。過去問というチートアイテムを使っておきながら敗北(赤点)は許されない。須藤のように寝落ちするなどまったくもって論外だ。

 本来なら、過去問なんて使わずとも自力で高得点は取るべきであり、このような抜け道を堂々と使い誇らしげに出来る要素は皆無である。

 

「ああ、認めている。お前たちが頑張ったことは。だが――――」

 

 言葉を区切った茶柱は、おもむろに“赤いペン”を手にする。

 

 その瞬間、雷にでも打たれたかのような衝撃が私の中を駆け巡った。

 

 私は大きな思い違いをしていたのだと痛感させられるも、気づいたところで時既に遅し。もうどうすることもできない状況まで来てしまっていた。

 

「あ……?」

 

 意味深に区切った茶柱に、須藤は怪訝な声を漏らす。そうこうするうちに須藤の名前の上に赤いラインが横一文字に引かれる。それが何を示すのか理解した生徒たちの表情は、瞬く間に驚愕と困惑の入り混じったものへ変貌する。

 

「な、何だよ。どういうことだよ」

 

 理解が及ばないのか、或いは現実を受け入れたくないのか。須藤は何かを否定するかのように声を張った。

 

「お前は赤点だ須藤」

 

 しかし、茶柱は至極冷淡な声色で端的にそんな須藤を突き放す。

 

「は……? ウソだろ。ふかしてんじゃねえよ、なんで俺が赤なんだよ!」

 

 無慈悲な宣告に黙っている須藤ではない。すぐさま顔を赤くして反論を叫ぶ。

 

「須藤。お前は英語で赤点を取ってしまった。ここまでということだ」

「な――ふざけんなよ赤点は31点だろうが! クリアしてるだろ!?」

「ほう? 一体誰がいつ、赤点は31点だと言ったんだ?」

「い、いやいや、先生は言ってたって! なあみんな!?」

 

 友人をフォローするべく立ち上がった池がクラスメイトに同意を求める。だが、彼の意に反して同意する者は現れない。皆、茶柱がそのような明言はしていなかったと思い出してしまったからだ。

 

 5月1日。あの日、茶柱はこう言った。

 

『今回のテストで言えば、32点未満の生徒は全員対象と言うことになるな』

 

 そのセリフは、小テストの結果を元に算出した平均点によって出た赤点組を指しているものだったのだ。故に、あの時の平均点は32点だとしても、今回の中間テストはまた別の話。

 

 赤点のラインは、32点より上である。

 

 もはや疑いようもない真実がクラスメイト全員に重くのしかかった。

 

「お前らが何を言っても無駄だ。これは紛れもない事実。今回の中間テスト、その赤点のラインは37点未満だ。つまり、須藤は4点足りなかったということにほかならない。軽井沢の呼びかけで皆がお前のために点数を意図的に下げたというのに、この体たらくとはな」

「さ、37!? 聞いてねえよ! 納得できるかよ!」

「そうか。なら、そんなお前にこの学校の赤点の判断基準を教えてやるとしよう」

 

 茶柱はそう言って黒板にさらさらと簡単な数式を書く。

 簡潔に書かれたその式は、73・2÷2=36・6。

 

「前回、そして今回の赤点基準は、各クラス毎に設定されている。そしてその求め方は平均点割る2。その答え以上の点数を取ること」

 

 つまり、赤点回避に必要な点数は37ということになる。須藤の点数ではその基準を満たしていないが故の退学措置だった。

 

「これで、お前が赤点だと言うことは証明された。以上だ」

「ウソだろ……? 俺は……俺が、退学、ってことか?」

「ああ。短い間だったがご苦労だったな。お前には放課後、退学届けを出してもらうことになるが、その際は保護者も同伴する必要があるからな。この後私から連絡しておく」

 

 所詮は他人事だとばかりに淡々と述べる茶柱の姿に、クラスメイトたちもようやっと実感が湧いてきたらしい。

 

「さて。残りの生徒はよくやった。文句なく合格だ。次の期末テストでも赤点を取らないよう精進してくれ。それじゃあ、次だが――」

「せ、先生。本当に須藤くんは退学になるんですか? 救済措置はないんですか?」

 

 軽井沢が抗議の声を上げるよりも先に食い下がったのは平田だった。須藤や池たちからは顔や人当たりの良さから目の敵にされていたはずだが、にも関わらず行動を起こすのは正しくお人好しか。

 

「事実だ。赤点を取ればそれまで。須藤は退学にする」

「……須藤くんの答案用紙を、見せて貰えないでしょうか」

「見たところで、採点ミスはないぞ? ま、抗議が出ることは予想していた」

 

 予めこうなることを踏まえて、須藤の英語の答案用紙だけ持参していたらしい。取り出したそれを平田に手渡す。平田はすぐさま用紙に視線を落とし、一縷の望みに賭け、目を皿のようにして確認を取るが……敢え無く、その丹精な顔を暗い陰が覆う。

 

「採点ミスは……無い」

「納得がいったか? しかし須藤も惜しかったな。解答欄のズレで4点を零してさえ無ければ赤点は避けられたというのに」

「は!? な、なにやってんだよ須藤!」

 

 致命的なケアレスミスが暴露され、誰もが唖然と目を剥く。初歩的過ぎる過失に池が問い詰めるが、当の本人の須藤は力無く項垂れたまま。完全に意気消沈してしまっており弁明する余力も残っていない。

 

「何もないなら、これでホームルームを終わる。須藤は放課後職員室に来るように。以上だ」

「――待ってください」

 

 誰も彼もが諦めかけたその時、凛とした強い声色が教室に響く。折れることのない意志をその声音から感じ取ったのか、失意に顔を伏せていた須藤もおもむろに顔を上げる。

 須藤だけではない。堀北も、平田も、綾小路でさえも。クラスメイト全員の注目を一身に集め、彼女は席を立つ。

 

 決意を瞳に宿し、臆することなく立ち上がったのは、我らがリーダー軽井沢その人だった。

 

「なんだ? 現時点で須藤の退学は覆らんぞ。お前ほどの生徒であれば、それは重々理解しているはずだがな」

「本当にそうですか? 私はまだ(・・)そうは思いませんけど」

 

 今の今まで沈黙を貫いていた軽井沢が確信を持って述べる。まるで、このどうしようもなく絶望的な状況をひっくり返す手段があるような物言い。私も解決策を見いだせなかったそれを、彼女は土壇場で見つけたというのか。

 

「茶柱先生。一つ、確認したいことがあります」

 

 前を見据えて、軽井沢は真剣な眼差しで問う。

 

「言ってみろ。答えられる範囲でなら、答えてやるとも」

「じゃあ――――須藤くんの英語のテスト、それに不足している4点を先生から買うことは可能ですか?」

 

 その言葉に私は度肝を抜かれた。

 しかしすぐに「なるほどな」と腑に落ちる。この学校においてポイントで購入できないものはない。となれば、概念とて例外ではあるまい。突飛な発想に思えるが、生徒が望めば教師も強く拒否はできないだろう。

 

 案の定、茶柱も目を丸くして大層愉快そうに高らかに笑ってみせた。

 

「何を言い出すかと思えば、中々面白い事を言うな。お前はそんな発想を持ち出す生徒には思えなかったが、これは予想外。点数を買いたがる生徒は私の教師人生でも初めて遭遇したぞ」

「そこまで飛躍した考えでもないと思いますけどね。ただ、過去問が買えるのなら、点数だって買えるんじゃないかって思っただけですよ。――それで、買えるんですか? 買えないんですか? 教えてください」

「ふむ。前例が無い以上、私の独断になるが……そうだな…………良いだろう。売ってやる」

 

 暫しの長考の後、茶柱からの承諾が下りる。途端、須藤の目に生気が戻り、クラスメイトらも軽井沢が活路を見出したことに歓喜し面持ちを明るくした。

 

「マジか! おいやったな須藤! これで退学回避だぜ!」

「あ、ああ……!」

「浮かれるのは構わんが、今この場で支払えなければこの話は無かったことにするぞ」

 

 ぴしゃりと茶柱に告げられ、盛り上がっていた池と須藤も浮き上がった腰を椅子に下ろす。

 

「それで茶柱先生。値段はいくらなんですか?」

「そう急くなよ。私だって鬼じゃない。生徒相手に法外な値段を吹っかけたりはせん。だが、ここは仮にも教育施設。安価でテストの点数を売買してしまっては怠け者の生徒が楽して美味しい思いをすることになるだろう? 学校としてもそれは看過できん。ということで、特別価格で一点につき10万ポイントだ。それなら売ってやってもいい。さて、どうする?」

 

 試すような視線を軽井沢へ投げかけ、茶柱は不敵に笑む。締めて40万ポイントの要求に須藤たちは愕然と目を剥く。茶柱の主張は尤もだが、月末のこの時期にそのような大金を集めるのは酷だ。加えてこのクラスには金使いの荒い生徒が多い。募金を募るのも一苦労だろう。

 

「40万ポイントかあ……」

「軽井沢さん。私も出すわ」

 

 ごちる軽井沢の言葉を、手の届かない金額に苦慮していると解釈したのか、堀北が募金に名乗りを上げた。すると堀北に触発されて次々とクラスメイトたちが立ち上がる。

 

「わ、私も! 須藤くんのためだもん!」

「僕のポイントも遠慮なく使って欲しい。須藤くんを退学にさせるわけにはいかないよ」

「俺も出すぜ! ダチが居なくなるのは寂しいかんな!」

「軽井沢さーん。私のポイントも使っていいよー」

「私も。今月使いすぎてあんまり残ってないけど、支給日近いしね」

 

 櫛田、平田、池、佐藤、松下――そして多数のクラスメイトがこれを快諾。

 

「んで、お前はどーするよ。高円寺」

「愚問だねえ。私のポイントは、私のために有る。分け与える理由はどこにもないとも」

「くく、そう言うと思ったぜ」

 

 どこ吹く風とばかりに興味も示さない高円寺を横目に、私も一応名乗りを上げておく。

 

「仕方ねえ。私も多少は援助してやるよ」

 

 形だけの承諾だと察したのか、軽井沢は一瞬呆れたような目つきでこちらを一瞥するだけで何も言わなかった。

 

「皆ありがとう。でも大丈夫だから」

 

 学生証端末を取り出し始めるクラスメイトたちに、軽井沢は手で静止を呼びかけた。

 

「人の好意は素直に受け取っておくものだぞ、軽井沢」

「いいんですよ。支給日前に皆の貴重なポイントを募るわけにもいかませんから」

「ほう? ではどうする。まさか、個人で40万ポイントが払えるとでも?」

「そのまさかですよ」

 

 そう言って、軽井沢は得意気に端末に表示された残高を茶柱に見せつける。

 

 ――残高は、私がこれまでに融資した分も含めて50万を超えるポイントが貯蓄されていた。

 

 堀北会長からのお釣り(・・・)をこんなに早く消費することになるとは思わなんだ。

 

「私が40万払います。問題ないですよね?」

「……ああ、問題ない。しかし驚いた。これだけのポイントをどうやって稼いだ?」

 

 軽井沢から端末を取り上げた茶柱が訊ねる。他の生徒たちもそこは気になる点だろう。普通に過ごしていれば貯まることのないポイントの量だ。密かに徴収していたのならまだしも、軽井沢はクラスメイトにそのような行為は働いていない。

 事情を知らない彼らだが、過去問を生徒会長と取引して手に入れたのは周知の事実。そこからある程度簡単な推測を立てるくらいは可能だろう。

 

 尤も、その真相を知るのはあの場にいた私たちのみ。

 

「後輩思いの生徒会長からちょっぴり『お小遣い』を頂きまして」

「なるほど、なるほどな。そういうことか。お前は随分気に入られたらしいな。まあいい。須藤に4点を売ると言う件は、確かに受理した。軽井沢の端末から合計40万ポイントを徴収させてもらうぞ。それで須藤の退学は白紙だ」

「しっかり頼みましたからね」

「分かっている。40万で売ると約束したからな。仕方がない」

 

 呆れた素振りを見せながら、茶柱はどこか楽しそうに言う。

 

「では、私が今度こそ戻るが――その前に、もう一つだけ聞いておこう」

 

 教壇を降りた茶柱が軽井沢に問いかける。

 

「軽井沢。お前は何故須藤を切り捨てなかった? 奴は最後の最後で詰めを誤った生徒だ。暗記を徹底させておけば、十分にカバーもできたはずだ。今回見捨てる選択肢を取っていれば、お前は40万を失わずに済んだし、何より後々楽かも知れないぞ?」

「確かに、普通はそう考えるかもしれません。でも、あたしはこのクラスのリーダーです。大役を任された以上、支持してくれる仲間を見捨てる真似はできませんってば」

「ふっ。そうか。――或いは、軽井沢であればAクラスも夢じゃないかもな」

 

 楽しみにしているぞ、と言い残して茶柱は廊下へ消えた。

 

 束の間の静寂の中で軽井沢はやりきったように溜め息を吐く。今回ばかりは彼女の大手柄だ。軽井沢の機転が無ければ須藤は為すすべもなく退学していただろう。私にはない柔軟な発想力は素直に感心に値する。入学当初と比較しても、軽井沢の成長具合は著しい。

 

 私も、彼女がどこまで成長するのか楽しみになっていた。

 

「さてっと。無事に須藤くんの退学も取り消せたわけだし、これで一件落着ね。……あ、そうそう。ポイントが支給されたら祝勝会やるから! ってわけで皆参加してねー」

『うおおおおーーーっ!!!』

 

 こうして、クラスメイトによる歓喜の雄叫びと共に、中間テストは一人も退学者を出すことなく終結した。




データベース

久我緋乃
1年D組→1年C組
部活動 無所属
誕生日 12月1日

評価

学力 A
知性 A
判断力 B
身体能力 B+
協調性 D-

面接官のコメント
「小、中学校において高い成績を収め、明るく丁寧な性格からクラスの中心人物だった生徒。学力、運動能力ともに平均以上の優れた素質を持ち、驕ることなく常に高みを目指している。クラスメイトから厚い信頼を得ていた非常に優秀な生徒ではあるが、一方で度重なる暴力行為や恫喝等の問題行動で繰り返し指導を受けており、生徒を無理矢理従えていた可能性が高い。また、他者を見下した自己中心的な思考が散見されることから協調性は低いと思われる。本来であればAクラスに相応しい能力を持っているが、これらの懸念点を考慮しDクラスへ配属とする」

担任メモ
「クラスをまとめる軽井沢恵の補佐として積極的に活動している様子。入学当初の粗暴さも抑えられつつあり、友人と呼べる存在も出来始めたようです。しかし協調性は今一つなので、これからの向上に期待します」
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