パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第三話:張られた糸

 

 入学式は滞りなく終わった。

 お偉方の挨拶が長ったらしいのは中学も高校も変わらないようで、念のためざっくりと話は聞いていたが特筆して重要そうなワードが発せられることはなく骨折り損だった。『今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます』なんて一昔前の映画みたいな展開もない。

 

 時刻は昼前。一度教室へ戻った後、軽く敷地内の説明を受けてから解散の流れに。

 大多数の生徒が自室の確認を済ませに寮へ入っていき、残りは早くも各施設を堪能すべく出来立ての友人と共に足を向けていた。

 私はというと、能天気に浮かれる彼ら彼女らの群れに混じって最寄りのコンビニへ立ち寄るつもりだった。少しばかり買い貯めしておきたいものがある。

 見慣れた系列のコンビニに入ると、やや広めの店内では既に何人かの生徒が陳列棚を眺めていた。そしてもちろん、天井からは数台の監視カメラが目を光らせている。当然といえば当然だが見られて良い気分はしない。

 

 買い物カゴを腕に引っ掛け、真っ先に向かったのはお菓子コーナー。

 メジャーからマイナーまで取り揃えられた品揃えの中から、目に付いた商品を片っ端からカゴに放り込んでいく。

 濃厚ミルク味キャンディー、ハバネロ風味ポテトチップ、20%増量マシュマロ、激辛タブレット、濃い目のチョコレート、唐辛子フレーバーのスナック――その他諸々を値段も見ずに放り入れる。価格はこの際どうだっていい。大事なのは“甘い”か“辛い”かだけ。

 重度の甘党と辛党である欲張りな私にとって、これらの菓子類がないのは非常にストレスが溜まる要因だ。今日のところは一週間分もあればそれで問題はない。気に入った商品は後日箱買いして自室に切らさないようストックしておく。

 

 一通りカゴに詰め込み終え、コーナーを移動した私は菓子で溢れたカゴに日用品を押し込む。シャンプーやコンディショナー、箱ティッシュなどを無理矢理詰めた。とはいえ値段を気にせず購入するのは菓子だけに留め、日用品はなるべく安価な物をチョイスしている。私はこういったものの品質にこだわる人間じゃないし、数も最低限で、無くなればまた買えばいいというスタンスだった。

 

 流石にこれ以上詰め込めないほどカゴが圧迫してきたので、新たにカゴを取りに戻る。

 次に目をつけたのは飲み物。ミルクコーヒーや強炭酸のジュースを手に取ってカゴに入れる。ついでに炭酸飲料やスポーツドリンクも何本か買っておく。

 

 後は昼飯の弁当買って終わりだな――と、思ったその時、店内の隅に置かれたワゴンが目に止まる。

 

 “無料”と書かれたワゴンの中には、細かな日用品が詰められていた。『1ヶ月3点まで』と但し書きが添えられおり、明らかに異質な存在だ。しかも、少なくない数の人間がワゴンの商品を持っていった痕跡も見受けられる。入学したばかりで大金を手にした1年生がわざわざ無料の品を手に取るとは余程の倹約家でない限り考えにくい。となれば、必然的に2、3年の上級生に絞られる。

 

 何故、彼らはワゴンの商品を手に取った? 或いは、手に取らざるを得なかった……?

 

 毎月10万円分のポイントが支給されるはずのこの学校で、あからさまな救済措置が存在しなければならない理由。それは先ほどの茶柱の説明で浮上した“ポイント減額の可能性”と照らし合わせれば自ずと答えは出る。そして同時に、推察は確信へ至った。

 

「そういうことかよ……くくっ」

 

 学校側の思惑を理解した私は口端を歪め、込み上げる嘲笑に喉を鳴らす。――私を試そうったってそうはいかねえぞ。

 

 適当な弁当をカゴに入れ、レジで機械に学生証をかざして会計を済ませる。

 

「一年だからって舐めてんじゃねえ、ああ!?」

 

 紙幣の代わりを果たす学生書の利便性に感心しながらコンビニの外に出ると、どこかで見覚えのある赤髪が吠えていた。どうやら入学早々絡まれているらしく、ニヤついた顔の3人組相手に啖呵を切っているようだ。人数差をものともしないその姿勢は腕っ節に自信があるのか、それともただの馬鹿なのか。

 

 雑魚どもに然して興味もない私は、そのまま真横を通り過ぎる。

 

「二年の俺たちに対して随分な口のききようだなあオイ。ここに荷物が置いてんだろ?」

「はい俺たちの荷物がここにはありました。だからどけ」

 

 幼稚極まる難癖理由に私は呆れ果ててため息をつく。この程度の連中が進級できるようでは“高度育成”とは一体何だったのかと疑問にすら思えてくる。とてもじゃないがお利口には見えないし、テストもカンニングで突破しているに違いない。

 

「いい度胸じゃねえか、くそが」

「おー怖い。お前クラスはなんだよ。なんてな。当ててやろうか? Dクラスだろ?」

 

 不自然な売り言葉が耳に入り、私はおもむろに足を止めて端に寄ると端末をポケットから取り出して弄るふりをした。

 

「だったらなんだってんだ!」

「聞いたか? Dクラスだってよ。やっぱりな! お里が知れるってもんだよなあ」

「あ? そりゃどういう意味だよオイ」

 

 明らかに“Dクラスであること”を見下した物言いをする2年の男子に、赤髪が食ってかかる。

 

「可哀想なお前ら『不良品』に今日だけはココを譲ってやるよ。行こうぜ」

「逃げんのかオラ!」

「吠えてろ吠えてろ。どうせすぐ、お前らは地獄を見るんだからよ」

 

 そう言い放ってけらけらと笑いながら立ち去る3人組を横目に、私は気にかかった言葉を反芻する。

 

 『Dクラス』『不良品』『地獄を見る』

 

 与えられたヒントは少ないが、仮説を立てるには十分過ぎた。

 まず、この学校ではクラス間において“優劣”が存在するということ。おそらくだがAクラスには優秀な生徒を、そしてB、C、Dと下がるに従って落ちこぼれの生徒が配属されている。まとめて“不良品”扱いされるのは癪だが、思い当たる節がないわけじゃない。むしろ、ありすぎて逆に納得しちまうくらいだ。試験や面接で手を抜かなかったにも関わらず私が不良品のクラスに充てられたということは、中学の成績や内申点も加味されてるんだろう。

 そして奴らが言い残した『地獄を見る』という不穏な言葉の意味は、直に嫌でもわかるはずだ。既に兆候は出ていることだしな。

 

 私は端末をしまうと、その足で寮に向かう。覇気のない顔をした男子が何やら言いたげにこちらをじっと見ていたが、接触してくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 寮へ戻り、管理人からカードキーと寮生活におけるルールが書かれたマニュアルを受け取って、エレベーターに乗り込む。独特の浮遊感に身を任せながら、到着するまでマニュアルに目を通していく。どれもこれも基本的な事柄ばかりで、普通に生活する分には文句は言われまい。気になったのは騒音に関することで、後は問題なさそうだ。

 それよりも目に留まったのは電気やガス、水道代が無料である点だった。これらの捻出を考えずに済む上、ポイント的にもありがたい話だ。とことんこの学校は生徒に尽くしてくれるらしい――表向きは、な。

 

 エレベーターを出て廊下を突き当たりに進む。その最奥に位置するのが今日から我が家となる一室だ。

 カードキーでロックを解除し、中へ入る。

 用意された自室は八畳ほどの1ルームであり、卒業までの3年間は外部との接触を断ってここで寝泊まりしなければならない。私にとってはどうでもいいことだが。

 ともあれ、この部屋は学校の敷地内において唯一のプライベートな空間であることに変わりはない。それになにより、悪巧みするには打ってつけの場所だ。

 

 備え付けの冷蔵庫にコンビニで買ってきた飲み物を入れ、それから弁当を電子レンジで温める。ほどなくして、激辛麻婆豆腐の良い匂いが鼻腔をくすぐった。

 腹が空いていたこともあって、私は手早く包装を破いて真新しいテーブルの上にそれを置くと、間髪入れずに麻婆豆腐をかき込む。ピリッとした辛さの後、遅れて辛味が増してくる。白米との相性も良く、食べれば食べるほど食欲をそそった。やっぱ、麻婆豆腐ってのは辛くねえとな。

 高校生活初日の昼食に舌鼓を打ちながら、私はこの後の予定を立てていく。

 

 というのも、幾つか必要なものが出てきたので日が暮れる前に一度ショッピングモールまで足を運ばなければならなかった。買い物自体には然程時間はかからないだろうが、道中、把握できるだけの監視カメラの位置は確認しておきたい。今後、何かと役に立つはずだ。

 そんなことを考えていると、いつの間にやら完食してしまった。昨今の事情を鑑みれば容量が減らされるのは仕方のないことだが、まあ、味は良いので怒るに怒れない。2つ買っておけばよかったな、と空になった容器にため息を零しても始まらないとはいえ、満腹には足りないのも事実。

 

「……途中でなんか食うか」

 

 休憩もそこそこに、私は独りごちて部屋を後にした。

 

ちょうど昼時ということもあってか、誰とも出くわすことなく寮を出る。この時間帯だとカフェやレストランは生徒でごった返しているだろうな。

 のんびりとした歩調で進みながらも、視線は忙しなく仕事をする。等間隔に並んだ街灯には当然のようにカメラが目を光らせており、ゆっくりと左右に駆動していた。私は目に付いたカメラの位置と大まかな角度を片っ端から記憶して回るが、モールに着いた途端カメラの数が増加しげんなりと肩を落とす。飲食店や娯楽施設が立ち並ぶ以上は覚悟していたが、それでも過剰なくらいだ。

 

「多すぎだろ……ったく、めんどくせえな」

 

 ともかく、泣き言を言ってもカメラは減らない。今日中にモール内のカメラ全てを把握するのは不可能だが、敷地面積的に2、3週間もあれば終わるだろう。校舎内の確認とも並行すれば2ヶ月前後は掛かるにしても、有効に活用できそうな監視カメラだけに絞れば1ヶ月も掛からないはずだ。

 そう考えた私は、見上げすぎて疲れてきた首をさすりながら利用できるカメラか否かを判断して頭に詰め込んでいく。途中、目当ての店を2件ほど回って買い物を済ませる。これで主目的は達成したので、後は遠回りになるが復路から外れて寮へ戻るだけ。同じようにカメラを確認しつつ、たまたま目に付いたクレープ屋でチョコバナナクレープを買い、歩きながらそれをもぐもぐと頬張って小腹を満たす。美味い。気に入った。

 

 ほどなくして寮に戻り、荷物をテーブルの上に置く。ここが我が家という実感はまだ湧かないが、敷地内で唯一監視の目から逃れられるこの空間だけだ。直にどこよりも居心地が良くなる。

 制服のままベッドにダイブした私は端末を取り出して時刻を調べた。デジタルな数字が示すのは午後3時の文字。動くには少々早いだろう。

 なに、焦る必要はない。どうせアイツは逃げられやしねえ。

 

 私は簡単な策を練りながら、時間を潰すべく片手間に動画サイトを開いた。




 え!? 軽井沢がまだ出てないですって!?




 次回から出ます。
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