パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第四話:接触

 

 午後9時を回った頃、私は自室のドアに背中を預けながらとある人物を待ち伏せていた。しかし、かれこれ二時間は待ちぼうけを食らっている。待てど暮らせど一向に姿を見せず、私は苛立ちを隠しきれずにいた。口の中で遊ばせていたブルーベリー風味のキャンディーをがりがりと噛み砕く。これで7個目。もう手持ちがない。

 

「あの女どこほっつき歩いてやがんだ」

 

 小さく舌打ちを鳴らし、廊下を睨むが影はない。幾ら寮の規則の中に門限が設定されていないとは言え、入学初日から夜遅くまで遊び歩くのには恐れ入る。おかげで待たされる身の私にとって良い迷惑だ。

 制服のポケットに仕込んだ菓子も底を尽き、俄かに喉の渇きを覚える。この様子だともうしばらくは帰ってこない可能性が高い。一度部屋に戻るのもあり、か。それにどうせ部屋は隣なので入れ違いになっても直接部屋に出向けば済む話だ。律儀に待ってやったのがアホらしい。

 そう結論を出したとき、エレベーターから4人組の女子が出てくる。

 

「――じゃあまた明日ね~」

「おつかれー」

 

 その場で解散した女子のうち、一人がこちらにやって来る。ようやっとお出ましだ。

 長い金髪をポニーテールにまとめているその女子は、ロゴの入った大きめの袋を左手に下げていた。大方、節約も考えずに散財したに違いない。

 彼女はドアへ寄りかかる私に気づくが、すぐさま露骨に目を反らす。関わり合いになりたくないらしいが、隣人であると同時にクラスメイトである以上は無理な話だ。

 

「――――よお」

 

 足早に私の眼前を通過し、懐からそそくさとカードキーを取り出した彼女に向けて声をかけた。彼女は一瞬、手を止めて私の方を一瞥したが構わずにそのまま部屋へ入ろうとする。

 

「おいおい、人様のこと散々待たせておいて無視ってのはねえだろ?」

「…………なに?」

 

 少し迷ったような素振りを見せたが、それでもすみれ色の双眸をキツく吊り上げて不機嫌さを顕にしながらこちらを睨む。瞳には明らかな敵意と警戒心が色濃く滲んでいた。その中に、隠しきれなかった不安の色があることは、私にはお見通しだった。

 

「そう警戒すんなよ。私はただ、この学校の恐るべき事実を解き明かしちまったもんだから誰かに話したくて仕方ねえんだ。喜べ。隣人の(よしみ)で特別に教えといてやる」

「は? 意味わかんないんだけど。興味ないし他所でやってくんない? あたし暇じゃないんだけど」

「あーそうかい。そりゃ残念だ。ま、私としちゃあてめえが貧乏ライフを送ろうが知ったこっちゃねえけどな」

「……なにそれ、ウザ。ってか使い切ってもまた来月に10万入るから別にいいし」

 

 これ以上話をする気はないのか、彼女は忌々しげにそう吐き捨ててカードキーを差し込みロックを解除した。素早くドアを開けて自室に逃げ込もうとするがそうはいかない。彼女の腕を掴み、力ずくでその場に留まらせる。

 

「ち、ちょっと! 離しなさいよ!」

「てめえは随分とおめでたい頭してんだな――本当に10万も貰えると思ってんのか?」

「は、はぁ? 何言ってんのよ『毎月1日に振り込まれる』って先生が言ってたでしょ! いいから早く離してってば!」

「確かにポイントは毎月1日に振込まれるだろうな。けどよ、茶柱は一言も『必ず10万ポイント振り込む』とは言ってねえだろ? んなことより――」

 

 抵抗する彼女を容易く引き寄せ、耳元で囁く。

 

「バラされたくなかったら大人しく私の部屋に来い。いじめられっ子の軽井沢ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 ――あたしがいじめられるようになったのは、中学1年生の頃だった。

 

 最初は無視されたり物を隠されたりするくらいで、笑ってしまえるくらい可愛いレベルだった。今にして思えばこの程度で済むならどんなに良かったか。

 あたしが誰にも打ち明けられずに我慢している間に、いじめはどんどんエスカレートしていった。歩いているだけで足を引っ掛けられて転ばされるし、机には毎朝落書きが増えていき、教科書やノートはくしゃくしゃにされた上で破かれる。お手洗いに行こうとしたら羽交い締めにされてその場で漏らしたことだって少なくない。

 トイレに入れば汚水がかけられ、落ちてるものはなんだろうと口に突っ込まれた。机の中に動物の死骸が入っていることもあって、それが猫の死体だったときはショッキングすぎて吐いたっけ。

 

 そんな地獄が中学を卒業するまで続いた。

 

 これまで思いつく限りのいじめは一通り受けてきたけど、一番キツかったのはナイフで脇腹を切られたこと。あらゆるいじめの中で最も死を覚悟したのはそれ。燃えるような激痛と、止まってくれない出血。思い出したくもない凄惨な過去は、傷跡となって残り続けている。

 

 もう、こんな惨めな軽井沢恵には戻らない。戻りたくない。

 

 そう決心したあたしは、地元から遠く離れた高校を受験した。まさか、高度育成高等学校なんて名門中の名門に受かるなんて思いもしなかったから、あたしは思わず飛んで喜んだ。

 

 環境は手に入れた。後はあたし次第。

 そして無事に入学したあたしは、いわゆる高校デビューを果たした。

 人一倍オシャレして、言動や立ち振る舞いはギャルっぽく。とにかく『あたしはスクールカーストのトップなんだ』ってアピールに徹した。おかげで友達になれそうな子には何人か出会えたし、寄生先の彼氏候補にぴったりな男子も見つけた。告白するのは彼――平田君がちゃんとあたしを守ってくれるかどうかしっかり見極めてからでも遅くはないと思う。

 

 全てが順調だった。友達も出来そうだし、寄生先も見つかった。お小遣いだって毎月10万円分も支給されるから使い放題。寮には自分だけの部屋もある。学生生活をやり直すには最高の環境だった。

 

 あたしはもう誰にもいじめられない――――そう、思っていた。

 

 あいつに会うまでは。

 

「――バラされたくなかったら大人しく私の部屋に来い。いじめられっ子の軽井沢ちゃん?」

 

 耳元で悪魔が囁く。全身からサッと血の気が失せて、頭の中が真っ白になる。何も考えられない。考えたくない。体が震える。怖くて怖くて仕方ない。虚勢も何もかも吹き飛んで、必死に取り繕った仮初のあたしはどこにもいない。

 

 あたしはまた、いじめられっ子の軽井沢に逆戻り。

 

「ぁ――」

 

 腕を引かれ、部屋に連れ込まれる。振りほどく気も起きなかった。あたしはそいつのことを何も知らなかったから、下手に抵抗してどんなことをされるかわかったもんじゃない。

 

 あたしは無遠慮に放り投げられ、床を這いつくばる。固まった指に下げていた袋が飛んで新品の服が顔をのぞかせた。ぼーっとそれを見つめながら、背後で鍵が閉まる音を聞く。

 もう、逃げられない。

 

「起きろ。これから有意義な情報を提供してやるってんだ。姿勢くらい正してもらおうか」

 

 言われるままによろよろとその場に座り込む。これから何をされるのか気が気じゃなかった。ただで帰されるなんて露ほども思っていない。あたしに出来るのは大人しく指示に従うことだけ。死刑宣告を告げられる囚人になった気分で、あたしは次の指示を待った。

 

 そいつは品定めするみたいな気持ち悪い目をあたしに向けながら、椅子を引いて軽く腰を下ろす。それからおもむろに女王気取りで足を組み、ニヤついた表情であたしを見下した。

 

 あたしは、こいつの名前も知らなかった。

 クラスメイトだけど、自己紹介の時に平田くんに楯突いてさっさと教室を出て行ったから、知りたくもない。なにより言動が粗暴で不良っぽいからあたし的にも近寄りたくなかった。

 

 でも、見た目だけで言えばこいつは美少女だ。

 

 整った顔立ちの眉は細く、その下には蒼く澄んだ瞳がはめ込まれている。刃物じみた鋭利な吊り目が特徴的で、どちらかというと女子ウケしそうな良さがある。鼻も高い上に、薄い桜色の唇はきっと男子からすれば堪らないだろう。暗めの金髪を腰まで伸ばしていて、サイドテールにまとめているからか落ち着いた色合いでもどこか活発な印象を受ける。極めつけに身長も高く、すらりとした体格から胸もそこそこありそうだ。

 

 なのに口調はどこまでも荒っぽく、そしてどうしようもないくらい性格が悪い。

 あたしは今、それをこの身で思い知らされていた。

 

「さて、軽井沢。今から話す内容は他言無用だぜ? もしうっかり喋っちまったら――わかるよな?」

 

 低い声色の脅しに、あたしはこくこくと頷くしかない。するしかなかった。

 従順な態度のあたしを見てこいつ――仮に性悪女って呼ぶ――性悪女は気を良くしたらしく、愉快そうに喉を鳴らす。まるで小悪党もいいところ、とは口が裂けても言えない。

 

「そうビビんなよ。私だって鬼じゃねえ。意味もなく暴力を振るったりはしない。……もっとも、てめえの態度次第だがな」

 

 暗に『反抗的な態度を示せば暴力を振るう』と忠告され、あたしは恐怖して息を呑んだ。

 

「じゃあ本題に入るが……軽井沢、お前から見てこの学校はどう映る?」

 

 性悪女の問いかけはあまりにも漠然としていて、言葉の意図がわからない。それにどんなヤバい話かと身構えていたのもあって少し、いやかなり拍子抜けした。それでも沈黙するのは反抗的な態度と取られかねないのでどうにか言葉を振り絞る。抽象的すぎて思うように言葉が出てこず、必死に空っぽの脳みそにエンジンをかけてたどたどしくも言葉を繋げた。

 

「え、っと……その、なんていうか……ちょっと過保護過ぎるかな、って……」

「過保護、か。なるほどな。お前にはそう見えたか。……まあいい、及第点にしてやる。学校側としても表面上はそう見えるように誘導してやがるからな」

「……どういうこと?」

「はっ、そのままの意味だ。表があるなら、裏がある。表向きは生徒に対し手厚く尽力し楽園のような環境を提供しちゃあいるが――こんなものはまやかしだ。思い出してみろ、茶柱は言ったはずだぜ? 『この学校は実力で生徒を測る』とな」

 

 性悪女の言う通り、確かに茶柱先生はそう明言していたのを覚えている。ちょっと含んだ言い方だったけど、あの時は大して気にも留めてなかった。舞い込んできた大金と至れり尽くせりな環境に目が眩んでいたから、違和感の理由もわからないまま放置してた。

 けどもし、もしも性悪女の言葉通りこんな夢みたいな環境が『まやかし』だったとしたら? 茶柱先生が言ってた『この学校は実力で生徒を測る』って言葉の裏に何かしらの思惑があったとしたら?

 疑念は散りばめられたヒントに照らされ、一つの仮説を導き出す。

 

「――――学校は、あたしたちを試してる……?」

 

 あたしがそう口にすると、性悪女は少し驚いたように目を剥く。

 

「くくっ、いいぜいいぜ! 存外頭が回るじゃねえか。ちったあ見直したぜ軽井沢。ああその通り、私たちは試されてんのさ」

「で、でもなんでよ? どうして学校はあたしたちを試すようなことをするのよ? それに実力を測るって言ってもどうやって……?」

「まあ落ち着けよ、時間はたっぷりある。一つずつ説明してやる。……が、その前に」

 

 足を組み直した性悪女は、そう言って不遜な態度を崩さずに言葉を重ねた。

 

「何故私たちを試す必要があるのか、それは今日支給された10万ポイントに秘密がある。さっきも聞いたよな? 『本当に10万も貰えると思ってんのか』ってよ」

「う、うん。でも、茶柱先生は確実に10万ポイントを振り込むって明言はしてなかった……」

「それこそがヒントだ。茶柱は何故明言を避けたと思う? 答えは至極単純で『まだ確定していないから』。だから明言しなかったのさ」

「確定していないから……? じ、じゃあもしかして実力を測るって――」

「なかなか察しがいいじゃねえか。そうとも。毎月1日に振込まれるのは“私たちの実力を算出した額そのもの”だろうよ。実力なんて目に見えない代物を数値化しようなんざ、この学校は余程の実力至上主義らしい」

 

 不敵な笑みを浮かべる性悪女を前にして、あたしは自分自身が途端にちっぽけな存在に思えた。あたしが仲良くなったクラスメイトたちとなんにも考えずに遊び歩いていた最中、眼前のこいつは学校の思惑を見破っていてあまつさえその全貌を暴こうとしている。なのに、あたしは与えられていたヒントにも気づけないどころか、まんまと思惑通りに散財した。この学校が実力至上主義だというのなら、あたしは下から数えたほうが早い底辺の筆頭に違いない。

 

 ――格が違う。

 認めたくないことだけど、こいつは実力者だ。

 

「それより、さっきから実力実力っつってるけどよ、ココにおける実力ってのは一体何を指してるんだろうな?」

「え? そ、そりゃあ学力じゃないの?」

「なら最初から“学力”っつっときゃいいだけの話だ。だが、茶柱も言った通りここは実力とやらで測られる。どうにも含んだ物言いだよな? となれば学力以外の判断要素があると見て然るべきだ」

「学力以外……運動とか?」

「ああ、運動もそのうちのひとつだ。とはいえ単純にテストの点や体力測定だけで判断はしねえだろうさ。おそらく、私たちが考えている以上に定義が広い。……こっからは推測だが、中間や期末テストの点数に加えて授業及び生活態度。交友関係の幅、それに伴うコミュニケーション能力。生徒会や部活動に入っているか否か。大会や学校行事で成績は残しているのか――キリがねえ話だ。ともあれあながち一蹴もできねえ。実力の定義が曖昧な以上、ありとあらゆる要素で私たちの能力はデータ化されていると頭に入れておくんだな」

 

 ……もしかしたら、あたしはとんでもない高校に入学したのかもしれない。

 合格すると思っていなかったとは言え、安易に入学を決めたことを今更後悔し始めたあたしを余処にして「喉渇いた」と呟いて立ち上がった性悪女は冷蔵庫を漁り始めた。丸まったその背中にあたしはふと疑問を投げかける。

 

「でも……そうなると学校はどうやってその情報を集めるわけ? 学校の職員だけじゃ全校生徒がいつどこで何をやってるかなんて把握できるわけないじゃん」

「そりゃそうだ。けどよ、世の中には便利なモンがあんだろ? 設置するだけで勝手に映像を記録してくれる文明の利器がよ」

「え? まさか、監視カメラ?」

「……その様子だと気づいてねえか」

 

 性悪女はカフェオレの入ったボトルを手にして椅子に戻る。

 

「全箇所把握したわけじゃねえが、敷地内の全域に仕掛けられてるぜ。教室にもあったぞ。流石にトイレや寮の部屋までは仕掛けられないみてえだが」

「そ、そんなに?」

「ああびっしりだ。感心しちまうくらいの徹底ぶりだぜ」

 

 背筋に薄ら寒いものを覚えたあたしは思わず身震いする。トイレや自室以外でプライバシーが尊重されないと言っているようなものだったからだ。生徒を外部から隔離する以上、安全面も考慮してカメラの台数を増やしているのは仕方ない。でも、彼女の言うことが本当ならいくらなんでも敷地内全域に仕掛けるのはやりすぎだと思う。なんというかストーカーじみていてちょっと気持ち悪い。もしかしなくても、あたしがモールで散財してたのもバレバレなのかも。

 

 けど、同時に違和感を覚える。生徒の安全面を考慮するっていう理由はもちろんあるだろうけど、でも、それじゃ理由としては今ひとつ薄いような気がした。

 

「……大量のカメラを設置しなきゃならない理由がある……?」

 

 あたしは、自分が脅されて部屋に連れ込まれたことも忘れて考え込む。足りない頭を捻って捻って考える。たぶん、ヒントはもう出てる。後はそれに気づいて繋ぐだけ。

 

「あ……」

 

 そして気づく。大量のカメラの謎に。

 

「いいぜ、言ってみな」

 

 楽しげに、彼女は促した。

 

「……監視カメラが数多く仕掛けられてるのは、多分だけど理由としては2つ。1つは生徒の安全を考慮していること。尤もらしい理由だけど……学校の狙いはそうじゃない。これは学校側の意図を悟らせないためのカモフラージュ、かな? ……それで、2つ目が本命――――生徒を監視して、実力を測ってる。先生たちやお店の従業員の人たちじゃ全校生徒の動向は把握できないけど、監視カメラなら人手さえあればカバーできる、から……これが一番しっくりくる」

 

 言い切って息を吐く。……どうしよう、そこそこ自信はあったけどこれで間違ってたらあたしヤバくない? な、殴られたりしない? 今までの雰囲気的に手は出してこなさそうだったから完璧油断してた!

 心臓が飛び出そうなくらいの鼓動を打って、あたしはちらちらと様子を伺いながら下される判決を待つ。

 

「――――合格だ」

 

 その一言で、あたしの緊張は一気に溶けた。

 

「やるよ」

「へ? あ、ちょっ……!」

 

 息つく間もなく、カフェオレのボトルが飛んでくる。危うく落としそうになったけど辛うじてキャッチに成功。

 

「茶の一つでも出そうかと思ったが、生憎とそれぐらいしかなくてな。……カフェオレは嫌いだったか?」

「あ、いや……大丈夫」

「そうかよ。まあ、話はまだある。喉も乾いてるだろうから飲んどけ」

「…………ありがと」

 

 仮にも脅してきた相手だからお礼なんて言いたくなかったけど、確かにちょっと喉も乾いていたしカフェオレも嫌いじゃない。

 アプローチは最悪だったけど、もしかしたら意外と良いヤツなのかもしれない。そんな風に評価を改めながら、あたしはキャップを外して冷えたカフェオレをごくごくと飲んだ。

 

「ねえ、一個だけ聞きたいんだけど」

「あん?」

「なんであたしが、その、いじめられてたって知ってたわけ?」

「むしろこっちが聞きてえんだが、あの学年で“軽井沢”の名を知らねえヤツが居なかったとでも? お前は有名人だぜ。あれだけ派手にやられといて存在が周知されてねえはずがねえ」

「……まあ、そりゃあそうよね」

「自覚はあったんだな。それと先に教えといてやるがてめえのいじめには加担してねえよ。クラスも違ったしな」

 

 こう言われて素直に喜べるほどあたしが受けた傷は浅くない。加害者も傍観者もあたしにとっては等しく同罪なんだから。

 とはいえ、クラスメイトですらなかったこいつにそれを押し付けるのは傲慢な気もする。向こうも助ける義理なんてないだろうし、正義感なんて欠片も持ち合わせていないのは火を見るより明らかだ。

 

 ……もし、こいつも同じクラスだったら、あたしをいじめてたのかな。

 

 ふと、そんな考えが頭を過ぎる。

 細く息を吐いて、あたしは思考を中断した。たらればを幾ら考えても仕方ない。とにかく、今は穏便にこの場を凌げればそれでいい。

 もうひと口だけカフェオレを飲み、喉を潤してからキャップを閉める。視線を上げると性悪女は何故だか酷くつまらなさそうな顔であたしを見下ろしていた。それは、昏く冷たい眼差しだった。

 

「気づいてねえのか無自覚なのかは知らんが……なあ、軽井沢お前――」

 

 淡々と、抑揚を失った声色で彼女は問う。

 

「――――散々いじめられといてよくもまあ他人の触ったもん飲めるな」

「……え?」

 

 ぐらり、と視界が揺れ、歪み、世界は黒く染まる。

 

 意識が途切れる直前、あたしは誰かが喉を鳴らす音を聞いた。

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