放課後、授業から解放された生徒たちが一斉に活気づく。今日はどの授業もガイダンスばかりで特に疲れるようなことはないはずだが、彼ら彼女らにとっては授業である時点で気が滅入るのだろう。
教室に残っている理由もないので手早く教科書類を鞄にしまい席を立つ。
「じゃあな高円寺」
「ああ、また会おうデビルガール」
授業が終わるや否や櫛で髪を整え始めた隣人に一言声をかけてから教室を出る。
「――久我さん!」
廊下に出た途端、慌てた様子でひとりの女子が飛び出してくる。初日の自己紹介をボイコットしたので彼女の名前は知らないが、その顔には見覚えがあった。バスの中で私と高円寺に社会貢献だなんだと意見してきた奴だ。
「あん? なんだお前」
「あ、そっか、自己紹介まだだったよね。私は
「そんなこともあったかもしれねえな。それで? 今更嫌味でも言いに来たのか?」
「ううん、そうじゃなくて……私ね、久我さんとお友達になりたいんだ!」
櫛田と名乗ったその女子生徒は、わざとらしく上目遣いをしてこう
「私はクラスの皆と仲良くなりたいから、入学式の日にちょっと揉めちゃったけど久我さんとも仲良くなれたらなって! だから、どうかな……?」
男子受けしそうな立ち振る舞いを見せ、櫛田は臆すことなく健気にそう口にする。
だからこそ違和感が有った。
何故、櫛田は一度揉めた相手にも関わらず尤もらしい口実を用意してまで再度接触してきた? 言葉通りにただ友達が欲しいというわけでもあるまい。友達が欲しいだけならわざわざ私のようなクラスのはみ出し者を巻き込む必要はないはずだ。
櫛田は言う。クラスの皆と仲良くなりたい、と。果たしてそれは本心だろうか?
同じ空間で過ごしていれば、自ずと櫛田桔梗がどのような行動を取っているかは嫌でも目に入ってくる。暇さえあれば男女問わず連絡先を聞いて周り、他クラスにも積極的に赴いているようだった。
一体何が要因で彼女はここまで駆り立てられているのか。
それを思慮したとき、自然な形で腑に落ちたのは“承認欲求を満たすため”だ。
あざとい仕草は男子を労せず惹きつけられるから。そして膨れ上がった友達の数に比例して櫛田の承認欲求は満たされていく。友達が増えれば増えるほど、乾いた心は潤う。
――やり方は違えど、櫛田桔梗という少女が昔の自分に重なって見えた。
「言ったはずだ。仲良しごっこがしてえなら勝手にやれってな」
無意識に、声色に怒気が宿る。怯えたように櫛田が一歩後ずさった。それが演技かどうかはこの際どうだっていい。今はとにかく、無性に腹が立っている。
「私に関わるな」
短くそう釘を刺して、私は振り返ることなくこの場を後にする。櫛田が追ってくることはなかった。
◆
――午後10時過ぎ。夜の帳が降りた空には星々が煌めいていた。
そんな星空の下で、私はいつにも増して機嫌を損ねたまま寮の近くにある公園でベンチに腰を下ろしていた。あれからストレス発散にゲーセンへ繰り出したが、鬱憤が晴れることなく余計にボルテージの嵩を増している有様だ。これなら軽井沢の勉強を見ていたほうがマシ――いや、彼女が不正解する度に殴っていたであろうことを考えれば、ストレス発散にはなるだろうが軽井沢からの信頼が地に落ちる。元から無いようなものだが、長い目で見れば不必要な暴力は控えるべきだろう。
ミネラルウォーターをがぶがぶと飲み干して、空になったプラスチックのボトルを公園のゴミ箱にダンクする。「もう少し静かに捨てろ」と監視カメラが見咎めているような気になり、行き場のない苛立ちを舌打ちに込めて鳴らす。
どかっ、と荒々しくベンチに座り直し公園の外を眺める。
公園といっても面積は狭く、ベンチや水飲み場、公衆トイレ程度しかない。当然ながら幼児向けの遊具は無く、公園というよりもどちらかというと広場が適切だ。
そんな公園もとい広場は寮の通り道にあり、敢えて遠回りしない限りは学校や商業区域から帰宅する生徒の大多数はここを通る事になる。しかし10時を回り殆どの生徒は帰宅し既に就寝している生徒もいるだろう。
したがって、今この広場を通過する生徒は夜遅くまで出歩く素行不良の輩である可能性が高い。こうして待ち構えていれば向こうから直にノコノコと現れるはずだ。
沸き立つイライラを堪えながら、辛抱強く待機しているとやがて2人組の男子生徒が騒ぎながら歩いてくる。ブレザーを着崩し、髪を染め、耳にピアスをつけた典型的な不良の出で立ちに私は込み上げてくる笑いに喉を鳴らす。私には彼らが正しくネギを背負ってきたカモに見えた。
私はすっとベンチから立ち上がり、近所迷惑も考えずげらげらと騒ぎ立てる彼らにも聞こえる音量で文句をつける。
「おい、ぎゃーぎゃーうるせーぞ。猿かてめえらは」
心底馬鹿にした表情でそう挑発してやると、彼らはみるみるうちに顔を真っ赤にして大股でこちらに詰め寄ってくる。
「今なんつった? ああ?」
「なんだ聞こえなかったのか? それとも日本語が理解できなかったか? だとしたら小学生からやり直したほうがいいな」
「舐めやがって……!」
揃いも揃って低い沸点が限界に達したのか、安い挑発にも関わらず激昂。片方が私を羽交い締めにすると、もう片方の男子が拳を振りかぶると体重を乗せて躊躇いなく私の頬を殴りつけた。もはや相手が女だろうと関係がないらしい。
「よーし、そのまま押さえてろ。もう一発かますから――よっ!」
続けてもう一度右頬に拳が見舞われ、衝撃でよろけそうになった私だが倒れることなくもう片方の男子に拘束され続ける。今の一撃で口内のどこかが切れたのか、鉄の味が口に広がった。
「なあ次変われよ。俺もこいつぶん殴りてえからさ」
「いいぜ、思いっきりぶっ飛ばしてやれ」
彼らはそう言って交代しようとした隙に、私はわざとらしく逃げ出そうとする。当たり前だが彼らがそれを見逃すわけもなく、最初に殴ってきた方の男子が素早く腕を掴み流れるように羽交い締めで拘束してきた。慣れた様子から察するにこれまでも数の有利で相手を打ち負かしてきたのだろう。
「おいおい逃げんなって。元はといえばお前が悪いんだからな」
「だな。ま、これも授業料だと思って割り切ってくれや」
下卑た笑みを浮かべ、選手交代。今度は少し助走をつけた膝蹴りが飛んでくる。流石にえずいて顔を歪める私を見てさぞ楽しそうに彼らは暴行を続けた。
殴られ、蹴られ、およそ女子1人に対して行われるレベルの暴力が繰り返される。私が苦悶の表情を見せる度、彼らは不愉快な嘲笑と共に代わる代わる暴力を振るう。
――その様子を、カメラはしっかりと記録しているというのに。
「あー、すっきりした。女殴んのも久々だわ」
「ここに入ってからロクに喧嘩もできなかったしな。良いストレス発散になったし帰るか」
数十分ほど暴行を加えられ、ようやく解放された。地面に投げ出された私は節々の痛みを堪え、口内に溜まった血を吐き出す。
2人組は無抵抗な女をボコって気を良くし、そのまま踵を返した。寮に帰った彼らは今晩の出来事を武勇伝として仲間内に語り継いでいくのだろう。そんな彼らの背中に、私は待ったをかけた。彼らは満足したのかもしれないが――、
私の要件はまだ済んでない。
「く、くく――つれないこと言うなよ。もっと遊んでいけや」
「は……? お前、何言ってんだ?」
ゆらり、と立ち上がった私に半身振り返った彼らは訝しむ。
「こいつボコられすぎて頭イカレたか?」
「ほざけ三下。あんなんマッサージにもなりゃしねえ」
「……もういっぺん痛い目みねえとわからねえらしいな」
「来いよ。遊ぼうぜ雑魚」
彼らの瞳に再び怒りが滲む。じりじりと詰め寄ってくるのを見て、私はふらつきながら逃げ出す。
「逃げてんじゃねえぞ!」
吠える2人組に背を向け足を震わせながら走ったが、上手く走れず近くにあった街灯に手をつき体を支えた。もはや万事休す。
啖呵を切っておいてこのザマか、と彼らは内心ほくそ笑んでいることだろう。今、彼らの頭の中ではどうやって生意気な女を痛めつけるかをシミュレートしているに違いない。
――そんな機会は永遠に訪れないけどな。
街灯にもたれ掛かる私に向け、片方の男子がニヤケた面構えで手を伸ばす。緩慢に伸びたその腕を私は難なく掴み返し、街灯の裏へ引きずり込む。
「は? ――がはっ!?」
呆けたツラに早変わりした男の胸ぐらを掴み、思い切り街灯にその体を叩きつける。矢継ぎ早に土手っ腹へ膝蹴りを見舞う。
「て、てめえ!」
もう片方が怒りに身を任せ拳を振るうが、一直線で単調すぎる攻撃は見切ってくれと言わんばかり。軸を少しずらすことでそれを躱し、足を払う。拳が空を切った男は何が起きたのかもわからぬまま顔面を打ち付けた。その背中に容赦なく踵を落とし、街灯へ押し付けた男が暴れ始めたので頭突きをかまして黙らせる。
こうして2人組は呆気なく敗北した。
「な、なんなん、だよ……てめえ……っ!」
「馬鹿どもを罠に嵌めた張本人、ってとこだ。いやはや驚いたぜ、こんな安い挑発に乗ってくれるなんてな」
頭突きをモロに食らい鼻血をだらだら流しながら尚も睨みつけてくる男に、私は親切に教えてやる。
「お前らが面白がってここまでボコってきたのは少々予定外だったが、まあ嬉しい誤算ってやつだ」
喉を鳴らす私を前に、男たちの目には明らかな動揺が走っている。
「さて、こっからは取引の時間だぜ」
「と、取引だと……? ふざけんな! 誰がてめえなんかと――」
喚き散らし、足蹴にされながらもがく男の背中に更に体重を乗せて踏みつけるとすぐに大人しくなった。胸ぐらを掴んで街灯に押し付けている方も、渋々話を聞く姿勢に入る。こっちの方が交渉は楽そうだ。
「どうやら自分らの立場が分かってねえらしいな。いいか? お前らクズどもは善良な女子生徒に注意されて逆ギレした挙句、女ひとり相手に寄って集って暴行を加えた犯罪者なんだよ」
「何言ってやがる! 元はといえばお前が先に煽ってきたんだろ!?」
「はっ、どこにそんな証拠がある? 録音でもしてたなら話は別だがな」
「そ、それは……っ!」
私の問いかけに言葉を詰まらせる男。証拠が存在しない以上、彼らは私が煽ったことの証明ができない。だが同時に、私もまた彼らが騒いでいた事実の証明もできない。これは悪魔の証明であり、当事者の私たちが確たる証拠を持っていない限り水掛け論は終わらない。
「だ、だが、それならお前だって俺たちにこうして反撃してるじゃねえか! 現に俺たちも負傷してんだからよ! 言い逃れはできねえぞ!」
「ああそうだな。私は確かにてめえらをこうやって叩きのめした。けどよ、一体どこにそんな証拠があるってんだ?」
「バカを言うな! お前も気づいてんだろ? そこにある監視カメラがそれを証明して――」
男が、してやったりと言わんばかりに口を三日月に歪めて上を見やる。
そこには彼の言う通り監視カメラが――、
「……あ?」
呆けた顔で、男は見上げたまま動けない。
あるべきはずのカメラは、そこには無かった。
「――まさか」
男たちは気づく。
――――自分らが反撃を受けたのは、街灯に設置された監視カメラの真後ろだった。この位置をカバーできるカメラは周辺には一台も存在しない。
全ては最初から仕組まれていたことを、彼らは理解した。
「私が理不尽な暴力を振るわれた記録はあっても、お前らに暴力を振るった記録はどこにもねえ――なあ、この件を学校側に報告したらどうなると思う?」
先程まであれほど顔を真っ赤にして怒っていたというのに、私が訊ねた途端、2人揃って面白いように青ざめていく。今更になって事の重大さに気づいたようだが、もはや覆すことはできない。学校に報告された時点で彼らには良くて数週間の停学、最悪の場合は退学の措置が下されることになるだろう。
監視カメラの前で暴力を振るった時点で、彼らの負けは確定していた。
「わ、悪かった! なんでもする! だから学校には黙っててくれ!」
「お……俺も! ポイントなら出す! 出すからこの件は無かったことにしてくれよ!」
掴んでいた胸ぐらを離し、足も退けてやると2人は血相を変えて地面に膝をついて懇願し始める。代わり映えの速さにいっそ哀れみすら覚えた私は、深くため息を吐く。そのため息をどう捉えたのか、益々恐怖に身を固める彼らの目線に合わせてしゃがむと、2人の肩にぽんと手を置いた。
「安心しろよ、私だって今回の件を公にしたいわけじゃねえ。自分の利益のためとは言えなんの罪もない他人を罠に嵌めてちっとは罪悪感もある。それにな、陥れた相手が2人揃って退学ってのは私も寝覚めが悪いってもんだ。だから、そうだな……なんというか、ありきたりなセリフを言うようだがよお――――」
にっこりと、美少女らしい明るい笑顔を浮かべて、私はせめてもの要求する。
「――
彼らは冷や汗を垂らしながら首を縦に振った。
久我ちゃんマジチンピラ
ここでアンケートについてお知らせをひとつまみ。
結果は『(46)有り(93)無し(100)軽井沢恵』
ということで……
第三の選択肢である軽井沢恵に決まりました!拍手!!
どうしてこうなった……みんな軽井沢好きすぎでは……?
まさか軽井沢が逆転するとは思ってませんでした。はい。
ひとまず今後はオリキャラは出さない方針で行きます。
軽井沢に関してはそのうちIFルートのお話でも書こうかと思ってますので、どうか気長にお待ちください。
それではまた次回