パラサイト・ルーム   作:涼宮田之介

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第九話:指導室の舌戦

 

 その日の放課後、私はHRの直後に担任の茶柱から呼び出されていた。

 呼び出しの理由に見当がつかないほど私は馬鹿じゃない。十中八九、昨晩のあれが原因だろう。映像だけ見れば女子生徒が不良二人組に寄って集ってリンチされているのだから、学校としても黙って見過ごすわけにいかなかったのだろう。

 

 先導する茶柱の後ろをぴったりとついて歩き、連れられた場所は生徒指導室。中学時代は常連だったが、高校でもお世話になりそうだ。

 

「まあ座れ」

「失礼します」

 

 促され、折り目正しく一礼してパイプ椅子に腰をかける。ほう、と茶柱は少し驚いたように感嘆してみせた。

 

「随分と礼儀正しいじゃないか、久我。クラスでの粗暴さはどこへ行った?」

「僭越ながら、私も多少なりと礼節は弁えているつもりです」

「なるほど。教師相手にはあくまでネコをかぶる、と。そういうわけだな?」

「そう受け取っていただいて構いません。ご不快でしょうか?」

「いいや。むしろお前という生徒に興味が湧いたぞ」

「それはなによりです」

 

 私がとびきりの営業スマイルを披露してやると、茶柱は不敵な笑みを浮かべ本題に入る。

 

「さて、こうして呼び出された理由はわかっているな?」

「もちろん。昨晩、私が男子生徒二名から暴行を受けた件ですよね。ですが先生、この件に関しては既にお互いが合意した上で決着がついています。終わったことを後になって蒸し返されては彼らも不服でしょう」

「そうはいかん。監視カメラの映像には、お前が数十分に及んで暴行を加えられている記録が残っている。幾ら生徒間で遺恨なくケリがついていようと、学校側としては介入せざるを得ない」

「理由を教えてもらっても?」

「ふっ、シラを切るつもりか? 理由などお前が一番よくわかっているだろう? ――ポイントの譲渡履歴だ」

 

 茶柱は目を細める。さながら猛禽類を彷彿とさせる鋭さだ。

 

「お前が彼らから多額のポイントを巻き上げたことは把握している。今朝のうちに調書で吐かせたからな。言い逃れはできないぞ」

「巻き上げただなんて人聞きの悪い。私はただコトを公にしたくありませんでしたので、彼らから“慰謝料”という形でポイントを譲渡してもらい、互いにこの件に関して学校へ報告はしないと約束をした上で話を終わらせたに過ぎません」

「では聞くが、何故彼らにポイントの一部を譲渡し返した? 久我、お前は彼らと何か取引でもしたんじゃないか?」

 

 指導室の空気は重い。薄々、こうなるだろうと予想はしていたが完全に腹の探り合いだ。恐らくあのバカどもの調書を行ったのも茶柱に違いない。あいつらには釘を刺しておいたはずだが、学校が動いたと知って少しでも心証を良くしようと保身に走ったか……。茶柱が洗いざらい吐かせたなら私がポイントを払って“答え合わせ”をしたのも奴らの口から知れ渡っているわけだ。

 

 だがどう話が転ぼうとも私の勝ちは揺るがない。

 私が恫喝しポイントを巻き上げた証拠はなく、私が暴行を受けた確たる証拠だけがある。茶柱の詰問は全て憶測に過ぎず、こちらのダメージには成りえない。

 

「そのような事実はありません。ですが……そうですね、私はこう見えて少々機械の扱いに疎く、操作ミスでポイントを返還してしまったかもしれませんね。誤解を招いてしまい申し訳ありません」

「謝ることはない。だが……そうか、誤解だったか」

「はい、誤解です。誰にでもミスはありますよね」

「ああそうだな。疑って悪かった」

 

 薄い笑みを浮かべ、茶柱は目を伏せる。

 

「ところで久我」

「なんでしょう」

「――お前はどこまで知っている?」

 

 開かれた双眸は鋭利に細められ、こちらを試すような突き刺す視線が向けられた。

 

「質問の意味がわかりかねます。一体何を指しているのでしょうか?」

「とぼけるなよ久我。お前が知り得た情報は本来であればこの時期はまだ秘匿されている代物だ。上級生には箝口令が敷かれているほどのな。こちらとしては、そんな重要機密を手にした生徒を野放しにするわけにはいかんのでな。今この場で、洗いざらい吐いてもらおう」

「吐くもなにも、心当たりがありません」

「いや、お前は吐かざるを得ない。何故なら私がそうさせるからだ」

 

 自信たっぷりに茶柱は啖呵を切る。しかし妙な点が一つ。茶柱は執拗に私から自供を引き出そうとしている。当事者である上級生二人組から調書の時点であらかた喋らせているのであれば、私が話そうが話すまいが然して関係がない。ポイントが動いている以上彼らの証言には多少なりとも信ぴょう性があるのだから。故にここまでの執着めいた問いは奇妙だと言える。

 

 冷めた表情を見せる茶柱の裏にある思惑を探る。

 

 彼女が私からの自供にこだわる理由はなんだ? 上級生から聞き出した事項とのすり合わせか? いや、違う。理由としては些か弱い。だとするともう少し根本的な何かか? 例えば、そう――録音だ。

 

 言質を取って騒動に発展させる腹か――。

 

 茶柱の意図に感づいたものの、とっくに雲行きは怪しくなってきていた。

 

「全てを吐け。でなければ――お前は退学だ。久我緋乃」

 

 それは、教育者にあるまじき発言だった。

 

「――――教師風情が図に乗るなよ」

 

 机に身を乗り出し、胸ぐらを掴み上げる。茶柱はふてぶてしく鼻で笑うと何もかもを見透かしたような視線をぶつけた。

 

「優等生ごっこは終わりか? 薄っぺらい仮面だな」

「ぬかせ。たかだか一介の教育者如きが越権行為とはふざけた真似してくれるじゃねえか」

「お前の常識で物を語るな、久我。ここをどこだと思っている? ここは何もかもが実力至上主義の箱庭だ。お前の常識は通用しない。生徒一人退学させるくらい訳無いぞ? ――さあ、どうする?」

 

 茶柱は哂う。完全に形勢が逆転していた。

 

 『退学などできるわけがない』

 

 そう一蹴するのは簡単だった。しかし、否定出来るだけの判断材料が圧倒的に不足している。この学校は普通ではない。彼女が適当に理由をでっち上げてしまえば、それで本当に私が退学させられる可能性だって十二分にある。実際に出来る出来ないの問題ではなく、出来る可能性がある(・・・・・・・・・)と私に突きつけるだけでその脅し文句は強すぎる効力を発揮していた。

 

 今、私はあろうことか脅され、退学という鎌を首にあてがわれている。拒めば茶柱はいとも容易く刑を執行するだろう。そうなれば実力至上主義の学校から永久に追放され、二度と足を踏み入れることはできない。序盤だというのに、これからだというのに、悪辣な恫喝によって何も成し得ることなく未来が閉ざされる。それはあまりに屈辱的だ。到底看過することはできない。

 

 私は胸ぐらを離し、椅子に座り直す。パイプ椅子の軋む音がやけに耳に響いた。

 

「…………後悔すんなよ」

「今更だな。私の人生はいつだって後悔だらけだ」

 

 ぎり、と歯噛みする。ここまで辛酸を舐めさせられたのはいつ以来だろうか。

 

 腸が煮えくり返る思いで、私は得た情報を余すことなく自白した。

 

 毎月のポイントは各クラスの実力に伴って変動すること。

 クラス間には優劣が存在し、クラスポイントの総量で上下すること。

 そして――プライベートポイントを2000万支払うことでクラスの移動が可能ということも。

 

 全てを話し終えたとき、茶柱の瞳には僅かに動揺が見られた。

 

「……いつ気づいた?」

「初日には大方。あれだけ露骨にヒントがばら蒔かれてりゃ誰だって気づく。もっとも、高待遇に目が眩んだバカどもは今も呑気に暮らしてるがな」

「そうとも限らないぞ。少なくとも、こんな短期間で真実にたどり着いた生徒はお前が初めてだ。喜べ、頭の回るお前には学校から報酬が授与される」

「報酬だあ?」

「ああ。額にしておよそ20万ポイントが口座に振り込まれる。この書類にサインすれば、20万はお前のものだ」

 

 そう言って茶柱はクリップボードから一枚のA4サイズの用紙を机に置き、私物のボールペンを添える。

 

「おいおい、何かと思えば契約書じゃねえか」

「当然だ。秘密を知った生徒には通例として箝口令が敷かれることになっていてな、口外を禁ずる代わりの20万というわけだ。サインしないのであればもちろん退学してもらうが、契約内容に違反しても退学だ」

「色々と文句はあるが……まあいい、今は従ってやるさ」

 

 入念に一言一句見落としがないかチェックし、書類にサインを済ませる。茶柱がそれを確認し、問題がないと判断すると契約書をクリップボードに留めた。

 

「要件は以上だ。帰っていいぞ――ああ待て、一つ言い忘れていた」

「あ?」

「今回の揉め事は映像を見る限りではお前に非は一切ない。双方どちらかが訴え出ない以上は問題にもならん。しかし、お前の中学時代における極度の素行不良を鑑みて疑念を抱く教師は多い」

「……何が言いてえ」

その稼ぎ方は限りなくグレーだ(・・・・・・・・・・・・・・)。次からは容赦無く恫喝行為と見なし審議の場が設けられるだろう。それを留意しておくことだな」

「はっ、てめえに言われなくても無論承知の上だ」

 

 席を立ち、私は振り返ることなく指導室を去る。

 

 ――嵌められたか。

 

 茶柱の目的は二つあった。一つは私から直接自白を引き出し暴力事件として双方を公の場で裁くこと。そして二つ目は、“知り過ぎた”私への口止めというわけだ。前者はともかく、後者は茶柱の意思よりも学校側の規定に沿っただけに過ぎないのだろう。茶柱の口ぶりから入学からネタばらしの5月1日までに真相にたどり着いた生徒は少なからず存在し、彼ら或いは彼女らはこうして箝口令の対象として抑えられていたと考えるのが妥当か。

 

 しかし、今回ばかりは少し派手に動きすぎた。情報を確定させるためとはいえ些か性急な判断だったか。開校以来、秘匿されたルールを最速で看破してしまったようだし、教師陣からも目をつけられたに違いない。しばらくは大人しくしていたほうが賢明だな。少なくとも、5月1日までは不良ライフを謳歌させてもらうとしよう。

 

 この件はまんまとしてやられたが、これは私の傲慢が招いたミスだ。同じ轍は踏まない。次はもっと上手くやるさ。

 

「……いつか、その寝首を掻っ切ってやる」

 

 夕焼け色に染まる廊下で、私は復讐を胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

「――で、あんたはまんまと契約書にサインさせられて帰ってきたと」

 

 自室に呼びつけた軽井沢に事の顛末を説明してやると、呆れた様子でジト目を向けながらそう言い放つ。

 

「うっせえ。あの状況じゃそうするのが最善だっただけだ」

「でも負けは負けじゃん」

「……言うようになったな軽井沢。よし、今日は日付が変わるまで教科書がお友達だ」

「えー」

「えーじゃねえよちったあ勉強しろ」

「ちゃんとやってるってば。……まだ授業にはあんまし着いてけないけどさ」

「当たり前だ。お前はまだ基礎ができてないからな。私が十分だと判断するまでみっちりやるぞ。ったく……」

 

 話を切り上げ、本日も勉強会が始まる。

 軽井沢には書店で買い揃えた中学生用の教科書や問題集を渡しておいた。答えに詰まった箇所は適宜ヒントを与え、自主的に解かせる。軽井沢は『勉強ができないから苦手なタイプ』のようで、徐々に問題が解けるようになってくると目に見えてモチベーションが上がっていく。環境が悪かっただけで、こうして勉強できる環境を整えてやれば自然と伸びるタイプの人間だ。この個人授業も然程期間を要せずに終えられるだろう。

 

「ねえ、それ久我の趣味なの?」

「あ?」

 

 順調に問題集を解いていた軽井沢を横目に、つい先ほど買ってきた本に目を通していると彼女は頬杖をつきながら訊ねてくる。今私が読んでいたのは『よく分かるイカサマ大全』というやや分厚い本だった。来る賭博稼ぎに備えて一から技術を学ぼうと思い、こうして熟読している次第だ。

 

「趣味でもなんでもねえよ。イカサマなんざしたこともねえしな」

「そうなの? なんか意外」

「……お前は私がどう見えてんだよ」

「え、そりゃあ……チンピラ?」

「どつきまわすぞ」

 

 握りこぶしを見せてやると軽井沢はわたわたと慌て出す。

 

「だ、だって実際そうじゃん!」

「まあな」

「そこは否定しないんだ……でも、じゃあなんでそんなの読んでるわけ?」

「必要だからに決まってるだろ。次はこれを使って稼ぐからな」

「…………やるならバレないでよ。先生から目つけられてるんでしょ」

 

 軽井沢はどこか不安げに逡巡してそう釘を刺す。私が退学になれば彼女は助力を失い入学式の日に逆戻りする。それが頭を過ぎったのだろう。

 

「言われなくてもヘマはしねえ。それに付け焼刃の技術でどうこうできるほど甘くもないだろうしよ」

「ならいいけど……」

「んなことよりさっさと問題解いてけ」

「わかってるわよ。ちょっと息抜きしただけだし」

 

 そう言って軽井沢は再び問題集にペンを走らせていく。私も本に視線を戻し、時折、問題の解答を導いてやったり答え合わせをしてやりながら落ち着いた時間を過ごすのだった。

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