「ジョン!!」
「ジョンさん!?」
防弾シールドを貫通した銃弾がコートに突き刺さり、ジョンの体が仰向けに倒れる。布団のように被さるシールドの下で、彼は動かない。
「くっ……この──」
カッと顔が熱くなる感覚。千束は自身が激怒している自覚もないまま扉からAR-15を伸ばすが、壁をなぞるようにドドドドドドッと放たれた銃弾に狙撃を阻害され、一拍遅れて引っ込めようとしたAR-15の銃身を破壊された。
「──そ、れで、いいっ」
──直後、足元に落としたグロック34を指だけで手繰り寄せていたジョンが起き上がり、曲がり角を削るように連射し9mmを叩き込む。
非殺傷弾ゆえに威力と弾速は落ちているが、それでも傭兵もまたプロゆえに『撃たれた』という状況に反応して顔を引っ込める。
穴の空いた防弾シールドを退けるジョンは、起き上がろうとして激痛に顔をしかめる。追撃が来ないことを確認した傭兵が再度M60を向けるのと、真横の扉のロックが外れるのは同時だった。
『──ジョン! 扉を盾にしろ!』
「ぐ、く、おぉっ!」
痛みを我慢して体をよじり、扉の縁に指を引っ掻けて開け放ち、背中を預けて弾除けにする。その扉に断続的に7.62mmが突き刺さり、表面を少しずつ削って行く。
「ジョン、大丈夫!?」
「なわけあるか……腕をやられた、動かないが痛みはあるから、神経には当たってないな。衝撃で骨が折れたみたいだ」
「そんなこといいからっ、早くこっちに」
「無茶言うなよ……」
額に汗を滲ませるジョンが扉から顔を覗かせれば、目ざとくその位置に銃弾が撃ち込まれる。
ズキズキとした痛みに頭を締め付けられるような感覚があり、視界が収縮を繰り返す。そんなジョンの耳に入れられているインカムの向こうから、ナッツの声が届いた。
『その階の扉は防弾加工でかなり堅い。時間稼ぎにはなるが……まずいな、あいつのM60は壁の中から取り出されたベルト給弾式──このまま扉を壊すか銃身が焼けるまで撃つつもりだ』
「そうか」
『すまないジョン、監視カメラを巻き戻してようやく気づいたんだ。こいつ……さっきの社長室にあったセーフルームに隠れてた』
「セーフルーム……なるほど青写真と比べて狭く見えると思ったらそういうことか」
銃撃で小さくなった声の代わりに近い距離で端末同士での通信を繋げて、その事を聖に問いかける。すると彼女は慌てた様子で返した。
「セーフルーム……!? そんな、私は何も……言われてない……!」
「聖さん、疑ってる訳じゃないよ。たぶん……あの社長は秘書にすらそういう情報を伏せる人間だった、ってだけだと思う」
「ああ、しかもヤツも冷静だ。社長室で不意打ちするんじゃなく、エレベーターを前に油断したところを狙ってきやがったんだからな」
庇うように言った千束と、意識を繋ぎ止めるように捲し立てるジョンにそう言われ、暗い表情をうつ向かせながらも頷く。
「さて……」
「……ジョン?」
「千束、わかってるだろ」
呼吸を荒くして、ジョンは横目で銃弾が飛ぶ視界の向こうで流れ弾に気を付けていた千束に視線を向ける。千束もまた、間を置いて言われた言葉の裏を察して声を荒らげた。
「──なに言ってるの! ジョンは!?」
「だから、無茶言うなって、俺は動けない」
「なら引きずってでも「──千束」
ぴしゃりと黙らせるように言葉を被せ、それからため息混じりにジョンは続ける。
「俺たちの最優先はなんだ」
「っ」
「なんだ、千束」
「……依頼者を、逃がす、こと」
「わかってるじゃないか」
ふっ、と笑い、ジョンの口角が緩む。──絆されたな。と言いながら、インカムの向こうに言葉を投げ掛けてから端末を床を滑らせるようにスライドさせてエレベーターの中に放った。
「俺の渡した
「…………」
「そこに、安っぽいワゴン車がある筈だ。運転手にも合言葉を言えば、味方だとわかる」
「……ジョン、ねえ、ジョンっ」
「そんな顔するなよ」
千束の瞳が潤む。けれども、状況は呑気な会話など許してくれない。
「──ナッツ、エレベーターを下ろせ」
『ああ』
「ナッツくん、待って!!」
『悪いな、僕に命令できるのはこいつだけだ』
無慈悲な否定をされ、それでも千束はジョンの顔を見る。ジョンはまるで、子供を安心させるように、表情を柔らかくさせていた。
「……ドレスの似合う女になれ」
銃弾の雨霰のなか、不思議とその言葉が耳に届く。エレベーターの扉が閉まる直前、千束が見たのは──そう言って笑う男の顔だった。
──バキン、ビキッ、と扉が砕けて行く音。絶え間なく続く銃声をよそに、ジョンは静かにナッツと会話を交わしている。
「覚悟を決めるときが来たな」
『お前、マジでやるのか?』
「ああ、そのために仕込んだんだ、ただ死ぬよりはマシだろうさ」
『そりゃ成功すれば助かるかもしれないけど……
呆れた声色で、アホを見るような顔を向けるナッツ。表情は見えないが、馬鹿にされていることはわかっているジョンが淡々と続けた。
「石灰を混ぜたやつだ、元から誰も死なないようにした……言ってしまえばハデさ重視の特大クラッカーってところか」
『想定外なのは、それを負傷して動けない状態で使わないといけないって部分か』
「そうだ。まあ……これで失敗しても死ぬのは俺だけ、どちらにせよ……『かも』で悩むのはバカらしい、ってやつさ」
『パクりか』
「リスペクトだ」
は、は、は。と、笑うジョンは、口調とは裏腹に、痛みで今にも意識が飛びそうな状態なのは変わらない。懐から起爆スイッチを取り出しながら、ふとナッツに言う。
「どうあがいても、今回で最後。逃がし屋としてはここらが辞め時。……もう会うことはないだろうが、お前はどうするんだ」
『さあな。名前でも変えてハッカー継続だな。ナッツ……ナッ……ト? ウォールナットとかいいかもな。ウィザード級ハッカーを名乗ろう』
「結局クルミじゃねえか」
『あっはっは、違いない』
わざと体を痛ませて意識を繋ぎながら、ジョンはふうと一息ついて、頭上の扉の一部が割れて吹き飛ぶ光景を見ると、スイッチに指をかける。
「……じゃあな、聖さん、千束、ナッツ」
『……せめて生き延びてくれよ、いつか、目の前で笑い話のネタにしてやる』
「言ってろ」
──カチリ。
千束と聖がビルから出て、離れた場所の駐車場で、遅れて聞こえてきた爆発音とガラスの割れる音を耳にする。けれども振り返ることはなく、待ち合わせの場所にあった車に乗り込んで、その場をあとにした。
それから一週間後、
──喫茶リコリコの個人席に座る千束の話を聞いていたたきなは、神妙な面持ちで呟く。
「……2年前のあの事件の裏でそんなことが」
「あのあと、私の携帯に、逃がし屋に渡したジョンの携帯の写真が送られてきてた。それがこのツーショットのやつ。ナッツくんの仕業かな」
慈しむように、画面の奥にある見切れた男の顔を指で撫でる千束は続ける。
「なーにがドレスの似合う女になれだよ、ったく。見せる相手が居ないっつーの」
「千束……」
「あーあー男相手に感傷的になっちゃってらあ。これじゃあミズキのこと笑えないねっ」
痛ましいほどに、にこやかな笑みを浮かべて、千束は口角を痙攣させるように笑う。
「……でも、死人が出たという情報は無かったんですよね。もしかしたら、ジョン・ドゥは上手いこと逃げ延びたのでは?」
「確かに死体は無かった。だけど、もしかしたらDAが隠蔽したのかもしれないし、ジョンの方でもクリーナーを雇っていたのかもしれない」
携帯の画面を落として懐に仕舞い、千束は天井を見上げてため息をつく。
「生きてるなら2年も連絡を寄越さないのはなんで? 私は所詮は仕事仲間以上に見られてなかった? 結局信頼されていなかった?」
「それは」
「──もう確かめる術は無いのに、この2年であいつの顔が頭から消えなかった。死んでるならいっそもう死んでると断言してほしい、生きているなら、一目でいいから顔を見たい」
「……千束」
ぎゅうっと胸元を握り締め、千束は絞り出すように言葉尻を小さくさせながら言う。
返す言葉も無いまま、たきなは仕事に備えて制服から和服に着替えに裏へ向かう。
「……ジョン、聖さんは外国に逃がせたよ。ジョンに代わって仕事やりきったよ」
すんと鼻を啜って、千束は呟く。
「ジョン……」
未練がましく、消した画面を点け直して、当時の写真を見返す。ポタリと雫が画面に落ちたあと、不意打ち気味に玄関が開けられた。
びくりと肩を跳ねさせて、千束は目元を袖で擦ってから意識を切り替えて対応する。
「いらっしゃいませー! すみません開店まであともうちょっとなんですよーっ、よかったらテキトーに座って待ってて、もらえ……ます……」
振り返りつつ、にこやかに。いつものように対応しようとして、千束は客に向けた営業スマイルを崩し、口角をひくつかせる。
「────は、あ、えっ、なん……」
コロコロと表情が切り替わり、困惑から疑問、混乱、硬直して、驚き──怒りと悲しみと喜びが混ざったような、複雑な顔をする。
ぐっとまぶたを閉じて、うつ向いて反射的に振り上げた拳を震わせながら下ろす。
深いため息をついてから、千束は下ろす途中の拳の親指と人差し指だけを立てて、銃に見立てながら、顔を上げてニヤリと笑う。
2年越しに、もう一度。彼女は男に向けて、
「──真上に撃った銃弾は?」
【完】
(この辺で陽気なエンディングテーマが流れてスタッフロールに移行するイメージ)
千束
・歳上の兄ちゃんとの濃密な数時間もあり、吊り橋効果的に惚れ込んでいた。実は捨てろと言われた
最近はなんか妙に馴れ馴れしいロリハッカーが仲間に加わった。
ジョン
・名無しの権兵衛。金で雇われて依頼主を外国に逃亡させる『逃がし屋』をしていた。仕事先でしょっちゅう襲われるせいでリコリスが嫌いだが、千束は嫌いではない。
『逃がし屋ジョン・ドゥ』はあのビルで死んだと思われているので、あらすじ詐欺ではない。
村雨聖
・依頼者。幸薄そう。実際薄い。水溜まりに転んだり買ったばかりの食べ物を鳥に持ってかれるのは日常茶飯事だが慣れた。
現在は秘書時代に稼いだ金を密造銃の被害を受けた土地に寄付したり、国を転々としながら先々で子供に言葉や計算を教えたりしているらしい。