ここに、知恵が必要である。
思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。
その数字とは、人間をさすものである。
そして、その数字は六百六十六である。
―――ヨハネの黙示録 13:18
敵を殲滅せよ。
命令が下った。戦闘するべきであろう。
理由はいらない。
戦いに理由を求めていたこともあったような気がするが、思い出せなかった。
電荷。電流が空中に迸るや、空中に散布された物質を突き出した金属製のブレードを通し安定的に還流させる。物質はあたかも後光のようにそれを取り囲み、空から降りそそぐ水を弾いた。雨がそれの表面に接触するや粉みじんとなり水蒸気に変貌していく。運よく逃れた水も、表面を伝い、下に流れていく。
それは、肉食獣じみた――よりもなお悪質で明白な害意を持って建造された――狂暴な外見を雪のような清らかな塗装で覆い隠していた。大カラスを彷彿とさせる脚部。両肩は異常なまでに張り出しており、管状のパーツがはみ出している。見たものにその不完全さと不自然さを強調するかのように。二本の腕は奇妙に華奢であるが、握られた武器の口径は尋常なものではなかった。頭部はスリット状のカメラアイであり、よく見れば昆虫のような複眼であることがわかるであろう。
異常な長さの銃身の一丁。二本のレール状の銃身を持ち、持ち手の部分に文字の掠れたタンクを複数備えている。
長さこそ劣るものの、5門のガトリングをさらに集束させた一丁。
それは、大地に佇んでいた。尋常ではない排熱量により天から降り注ぐ雨の大半が、それを守る被膜に到達前に蒸発している。地に僅かに根付く雑草が悲鳴を上げて灰になっていく。
それの頭部カメラアイが左右へと振れた。無数のカメラアイが開閉して、あたかも一つの光る眼球が蠢くように装う。入手されたデータは回路を通じ0と1に変換され中枢へと送られていく。情報を読み取っているのが誰なのかを伺うことなどできない。あるいは振る舞い自体が決められた動作の一つに過ぎないのか。
それには、戦う理由があった。何のために戦うのか。戦うこと以外に解決法があるのではないか。哲学することさえ許されなかった。戦うことだけがそれの全てでしかなかった。
それの背後には不気味にそびえたつタワーがあった。太陽はさんさんと輝いていた。タワーは無言で語らない。地上を見つめ続けていた。タワーは過去の産物である。かつて、そしてこれからも愚かしくあり、破滅へと突き進む人類種の墓標のようなものだった。
武器は人を殺さないが、もし武器に意思が宿ったならば、武器は人を殺すだろうか?
何年。十年。あるいは数百年。答えの出ない回廊にはまり込んだ問いかけの答えを探すように、それは明白な敵意を自分の体の代用であるその機械を通じて表現しようとする。
それの内側に宿った意思が一人呟く。もしくは、無数の意思の混じりあう電子の世界で。
「I'm a thinker...」
それがその歌を耳にしたのはいつのことだったか。思い出すこともできなかった。記憶を記録に書き換えられ、家族の顔も自分の名前も奪われてしまったからだ。残されたのは呪いじみた戦わなければという意思と、機械化された記憶だけ。己が誰かもわからない。戦う理由も。自分が恐ろしく強く世界さえ破壊できるという自信だけが不自然に焼き付いていることはわかっていた。
それに肉体は無かった。装甲化された中枢にのみすべてが収まっていた。
機体に刻印されたエンブレムは黒く塗りつぶされていた。
背面に備えられた複数のブースタが起動する。推力偏向ノズルが蛇の頭部のように蠢き空中にプラズマ炎を吐き出す。両肩部のブースタハッチが開くや、膨大な推力を発生させる。空気抵抗の一切は機体を守る物質が押しのけていた。瞬間的に音速の壁を突破。ソニックムーブを後方に流しながら、矢のように空を飛ぶ。
目標は敵陣地。レーダー網を掻い潜る超低空を飛翔する。地面の表面を抉り取りながら。障害物となるビル群が前方に迫る。肩部ブースタが爆発的な推力を生んだ。右へ瞬間移動染みた速度でスライドする。オレンジ色のカメラアイがじろりと障害物を舐めるように見遣った。左へ。各部ブースタが唸る。
対空機関砲数基を機体が捉えた。レーダーに映らない低空からの侵入故に反応が遅れたか、ようやく空に弾幕を形成し始めたところだった。
ガトリング砲を構え、引き金を絞る。主力戦車を撃破可能な大威力の弾丸がシャワーのように降り注ぎ、地面ごと対空機関砲を引き裂く。オイルが血液のように大地に散らばる。爆発炎上。黒煙の塊が一つ出現した。
煙を上昇しながら躱し、突き進む。
対空陣地から矢継ぎ早にミサイルが放たれる。ロケットモーターに点火するや、熱源目掛けて追いかける。
それが一気に高度を上げていく。ブースタからの火炎はもはや翼のような面積と化しており、青と赤が入り混じった複雑な色合いを醸し出していた。ミサイルが白煙を吹いて後を追いかける。着弾。ミサイルは目標に到達さえできず防御膜に触れただけで粉々になる。破片、爆風、いずれも白亜の機体には届かない。防御膜が爛々とエメラルドグリーンの点滅をしただけで終わった。
――プライマルアーマー。コジマ粒子を還流させることで防御を行う技術。
第二波。白亜の機体はミサイルをあざ笑うかのように低空飛行に移行するや、ミサイルのシーカーが追尾不能な加速度を持って機体を左右に揺さぶる。緑色の爆発により巨体がおぞましい俊敏性で踊る。
――クイックブースト。瞬発的な噴射による急速移動。
ミサイルを掻い潜った白亜の機体は、頭髪を思わせる管を振り乱しながらも、標的である陣地へと到達した。
廃墟の真ん中に位置する陣地。大型のヘリとACからなるオーソドックスなもの。
機体は、ビルをかすめるように陣地へと接近した。ビルというビルをクイックブーストにより紙一重のところを躱しつつ。砂埃がビルから立ち上がる。異物の接近に怯えた鳥たちがやかましく叫び逃げ出していく。
ブーストを停止。プライマルアーマーを展開したまま慣性落下に移る。下方に見えてきたのは重量二脚型のAC。必死にガトリングで弾幕を張りつつグライドブーストで移動せんと足を踏ん張っていた。
だが無情にも白亜の機体はカラスの爪のような構造を持つ脚部を持って踏みにじると、己の重量と速度を純粋な物理攻撃に転用して、重量二脚型を大地に擦り付けて停止した。着地衝撃にコンクリートがめくり上がり、死にきれず痙攣する重量二脚をぐりぐりと踏みつけて機能停止に追い込む。全長10mはくだらない巨体が音速を超える速度で体当たりをした。重量二脚型ACと搭乗者の末路は火を見るより明らかだった。腕がもげ、頭部は歪み脚部がコアにめり込んでいる。数秒と立たずに燃え上がる。黒い煙が白亜の機体にヴェールをかけた。
プライマルアーマーが急激な接触に耐えきれなかったか、あるいはもともと機能が完全ではないのか、途切れていた。だが数秒と立たずに空中に神秘的でさえある緑色の粒子がばらまかれ、白亜の機体にドレスを着せた。それは発生と同時に黒い煙を吹き飛ばし、白亜を強く強調した。電流が重量二脚型へと巻き付く。
強い毒性を持つ緑色の粒子が防御膜から剥がれ大気中に広がっていく。風と機体の排熱が生む上昇気流にあおられ空へと。
機体が片腕に保持した武器を照準した。雷のような迅速な動作を持って。
銃口に光が集まっていく。二つのレール状の銃身に青い電流が集束していく。タンク状パーツからは余剰分の緑色の粒子が放たれ母なる大地を汚染する。
大型ヘリが泡食って空に逃げ、戦車がハルダウンすべく陣地に掘られた穴へ機動し、ACが一斉に接近戦を仕掛けた。
こいつはチャージしている。場の誰もが状況を察した。その武装に見覚えが無くても、自分たちが扱う武器とほぼ同じものであると推測することができたからだ。ただ、10mを優に越す全長の機体をさらに越す異常な長さの銃身のそれが、自分たちの知る武器――レールガン――と同じ威力かどうかはわからなかった。
機関砲は膜に弾かれ、戦車のAPFSDSはプライマルアーマーを貫徹できずあらぬ方角に逸れる。ACがブーストドライブを行いショットガンやガトリングで挑みかかるも、空中にばらまかれた数百もの弾丸に薙ぎ払われた。5連ガトリング砲が獣のような咆哮をあげる。薬莢が滝を作る。一機は頭部から内側への貫通を許し空中から落ちる。一機の逆間接型は両腕をもぎ取られタコ殴りの憂き目に遭う。
チャージ終了。それは引き金を絞った。
壮絶な轟音を挙げて弾頭が放たれる。空気をプラズマ化させつつ射出されたそれは寸分の狂いも無く弾薬庫へと到達した。小爆発を皮切りに、連鎖的に爆発が生じる。空に逃げようとしたヘリは着弾衝撃に打たれ独楽のように回転しながら落ちる。戦車は爆発で倒壊してきたビルの下敷きになった。
――作戦終了。
それは溜息を吐いた。蹂躙する戦いは慣れている。誰もみんな弱かったのだから。
ただ一度だけ匹敵し、危機に陥ったことがある。記憶に強烈に刻まれた戦いがあったはずだったのだ。思い出すことができなかった。戦えと強要する声が自分を縛り付けて離さない。首輪を取ることなどできやしない。
―――ねぇ、聞こえる? ……ありがとう。
誰の言葉だったか。
それは脳裏に――脳という器官さえなかったが――浮かんだ言葉と人物を思い出そうとして、止めた。
機体が地を蹴ると飛んでいく。大地に死を振りまいて。
あとに残されたのは無残に破壊された陣地だけだった。
『PN-A/v-Ⅴ-DCLXV』
(データが破損しています)
『???』
(データが破損しています)