ゆゆゆゆ式   作:yskk

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この話を書くにあたり、主人公君の苗字を考えていなかったことに今更気付く。
ちなみに宇佐美優太君といいます、学級委員長やってます。
改めてよろしくお願いします。


視線の先

 今日は月に一度の定例会が開かれていた。

 全学年の各クラスの学級委員長が集まって、その月にあったことの報告であったり、次月の目標なんかを話し合うそんな会議。

 当然ながら学級委員長である私も、もう一人の委員長である宇佐美君と参加をしていた。

 

 しかし、それも既に大詰めを迎えている。

 ちょっと前までの凛とした雰囲気とは違い、どこか浮き足立ったような感じの中、進行役の上級生がまとめの言葉を口にしていた。

 

「それではこれで終わりたいと思います。来月もよろしくお願いします」

 

 その一言をきっかけに、堰を切ったように教室内には話し声が広がった。そして周りの生徒たちは、互いにお疲れ様だとか労をねぎらいながら、足早に去っていく。

 一人また一人と教室から出て行ってしまう中、私は未だ自分の席に座り続けていた。

 

 

 ゆっくりと視線を右の方へと向けると、そこには両腕を挙げ、倒れてしまうんではないだろうかという位に椅子を傾けながら伸びをしている一人の男子生徒がいた。

 

「お疲れ様です、宇佐美君」

「ん~~、お疲れー」

 

 声を掛けられた彼は姿勢を変えることもなく、こちらを見るでもなく言葉だけを返してくる。

 そんな対応をされたからといって、不快感みたいなものは全く湧かなかった。

 何しろ会議の後には決まって見かける光景で。彼にとっては、一種のルーティンワークみたいなものなのだろう。

 それどころか、むしろ不思議と安堵している私が居るぐらいだった。

 

「……よしっ! んじゃ、帰ろうか、相川さん」

 

 暫しの間ストレッチをする宇佐美君を待っていると、彼は掛け声と共に勢い良く立ち上がる。

 そしてこちらを見下ろす形で、ニッコリと笑いながらそう言った。

 

 そんな彼の笑顔を見て、そこで初めて委員会活動が終わったような、そんな気がした。

 

 

 

 

「いやぁ、流石に疲れたなー、今日は」

「ふふっ。いつもよりだいぶ長かったですね」

 

 生徒会室を後にした私たちは、とりとめもない会話を交わしながら昇降口へ向けて二人並んで歩いていた。

 

 このまま校門を出て別れる時もあれば、校内で別れて宇佐美君は櫟井さんたちと、私はおかちーやふみおちゃんと合流することもあった。

 その辺の違いはあれど、必ずふたり一緒に生徒会室を出て、しばらくこうして廊下を肩を並べて歩く。

 これは私たちが初めて委員会に参加した時から、ほぼ毎回続いていること。

 

 まあ、肩を並べて歩くとはいっても、正確には半歩から一歩ぐらい後ろを私は歩いているわけだけれど。

 それも三歩下がってついていく、みたいに相手を立てているなんて奥ゆかしい理由じゃなくて、単純に恥ずかしいってだけ。

 

 ただ、これでも私からしたら随分と進歩した方で。今でこそ、こうして自然に振舞えているけれど、昔の私からしたら到底考えられないこと。

 

 何しろ、元々男の子とふたりで話すなんていう経験に乏しかった私。

 その上、委員会の仕事が終わる時間はいつも下校時刻に近い時間。即ち、校舎に残っているのは部活をギリギリまでやっている生徒や教師だけ。となれば、普段の休み時間なんかとは違い、周りに人もほとんど居なくなって、文字通りふたりきりになってしまうこともあった。

 

 最初の頃なんて、それはもう緊張しきりだった。

 委員会で意見を言わされている時の方がよっぽどマシなぐらいに。

 

 しかし、気が付いたら打ち解けていたのだ。特別何があったってわけでもないのに。

 

 それはきっと昔から櫟井さんや野々原さん、日向さんが居たからなのだろう。それ故、女性に対する対応も心得ているんではないだろうか。

 そんなことを考えていたら、以前から抱いていた疑問が自然と口をついていた。

 

「あの……櫟井さんたちとはいつ頃からの知り合いなんですか?」

「え!?」

「あっ! ご、ごご、ごめんなさい、私っ」

 

 しまった、と思った瞬間には時すでに遅し。宇佐美君は脈絡のない私の質問に驚きの声を上げる。

 そんな彼を見て、私は慌てて頭を下げた。

 

「……ぷっ」

 

 何度も頭を下げる私を見て、宇佐美君は再び目を見開いて驚いた後、クスリと笑った。

 

「唯と縁は小学校に入った時からかな」

「……」

「んで、ゆずことは親同士が知り合いだったこともあって、その前から何度か会ってたかな。正直あんまり覚えてないけどね」

 

 気にしなくて良いよなんて優しい言葉を掛けるわけでも、当然私を咎めるなんて事もせず、ただただ私の問いに対する答えを淡々と口にした。

 それが逆になんだか嬉しかった。

 

「……昔からみんなは、あんな感じだったんですか?」

「今のまんま小さくした感じだよ、あいつらは。……あえて言うなら、唯が一番変わったのかなぁ」

「櫟井さんが?」

 

 宇佐美君の口から出た唯、という単語に思わず勢い良く反応してしまう私。

 彼はそれにまた少したじろいだ様子だったけれど、気にせず話を続けた。

 

「うん。一番最初にあったころの唯ってもっと自分本位な感じでさ。あ、いや別に悪い意味じゃなくて、歳相応の感じでね。だけどさ」

「……」

 

 そこで宇佐美君の言葉は止まる。

 どうしたのだろうと思い彼の方へと目をやると、クククッと堪えるようにして笑みを浮かべていた。

 宇佐美君の視線は、どこか遠いところを見ているようで。そこには、幼い日の光景が浮かんでいるのかもしれない。

 

「それである時、唯と縁が少し仲良くなったんだけど、縁のヤツこれがまた世間知らずなお嬢様でさ。もちろん俺も小学生だったから大概だったんだけど、そんな当時の俺から見てもそう思うくらいでね」

「……」

「危なっかしくて見てらんないのなんのって。そっからだね、唯がやたらと気を回すようになったの。今でもあからさまには表に出さないけど、すっごい気使ってるよねアイツ」

 

 宇佐美君は懐かしそうに、そしてどこか嬉しそうに語る。視線はやはり遠くを見たままで。

 それに釣られるように、引き寄せられるかのように私も同じ方向へと視線を向けていた。

 しかし、当然ながらそこには何もない。あるのは廊下の天井、壁、窓、そういった無機質なものばかり。

 

 

 ……うらやましいなぁ。

 

 私の知らない櫟井さんを宇佐美君は知っている。

 男の子に嫉妬するというのも変な話ではあるが、それが私の正直な気持ちだった。

 

 

 私が最初に櫟井さんに興味を抱いたのは入学式の時。

 同じ中学校の子も、知り合い子もおらず不安で押しつぶされそうだった私に、優しくアドバイスしてくれたのが隣に座っていた櫟井さん。

 その時からずっと、もっと彼女と話がしてみたい、もっと仲良くなりたいと思っていた。

 

 そして同時に彼の存在を認識したのも、その時が初めてだった。

 出席番号順。即ち名前の五十音順であいかわの隣にいたのがいちいさんで、そのまた隣にはうさみ君。入学式の段階で既に親しげに話すふたりが、ある程度長い付き合いだというのは容易に見て取れた。

 

 その後も、櫟井さんに面と向かって声を掛ける勇気のなかった私は、遠くから彼女のことを見ているだけだった。そしてそんな時、必ずといっていい程、やはり隣には彼の姿があった。

 

「あっ」

「えっ?」

 

 宇佐美君の声に反応して、私は一度彼の方へと視線を戻す。そして直ぐに彼の視線を追いかけるようにして、再び前方へと目を向ける。

 

 そうして初めて、前方から三人の少女たちが歩いてくるのが分かった。

 

「ぅお~い。ゆーくーん。あーいちゃーん」

 

 手を振りながら駆けて来る野々原さんを先頭に、いつもの三人が近付いてくる。

 

 宇佐美君と同じように前を向いて歩いていたはずなのに、何故いつも彼の方が先に彼女らを見つけることが出来るのだろう。

 視力の違い? それとも身長の差?

 私の見えない何かが彼には見えているのだろうか。

 考えたところで答えは出ない。

 

「委員会終わったのか?」

「おう。つーか、そっちもこんな時間まで部活やってたのか」

「まぁ、だらだらと色々やってたからな」

 

 櫟井さんと言葉を交わす宇佐美君。

 ふとそんな彼の表情を見ると、今まで私と話していたときとはまるで別物に見えた。

 いや、表情だけじゃない。雰囲気から何から全てが違っていて。

 

 宇佐美君にとって彼女らは特別な存在なんだ。

 その事実に気付かされる。

 いや、そんなことはとうに分かっていたこと。むしろ再確認させられた、と言った方が近い。

 

 

 ……羨ましいなぁ、櫟井さん。

 

 

「……えっ!?」

 

 自分で自分の思考に驚いて、誰にも聞えない位の小さな声で、私はそう呟いた。いや、零れてしまったといった方が正しいだろうか。

 そして自問する。今私は何を考えていただろうかと。

 

 考えるうちに、頭の中で警鐘が鳴り響く。これ以上進んではいけない、これ以上気付いてはいけないんだと。

 しかし、まるで裁判で証拠を提示する弁護士のように、何の遠慮もなく私の記憶は現実を突きつける。

 

 

 最初は櫟井さんに憧れて、彼女を目で追っていた私。

 同時に視界に映りこんでいた宇佐美君。

 そして、いつからかその焦点がスライドしていっていたこと。

 別に仕事が楽しいというわけでもないのに、委員会があるのを心待ちにしている自分。

 私と彼が話しているところをみて、意味深に笑うふみおちゃんの顔。

 

 そんないくつもの過去の出来事が、私にただ一つの事実を認めさせようと押し寄せる。

 それはもう、止めどなく、物凄い勢いで。

 

「どったの、あいちゃん? 顔赤いけど」

「ふぇ!? な、ななな、何でもないです!」

 

 顔の前で手を高速に振りながら、別に変わったことはない、そうアピールする。

 しかし、私の姿に説得力の一欠けらもないことぐらい、自分自身でも痛いほど分かった。それぐらいに動揺していた。けれど、今の私にはそれをどうこうできるほどの余裕は一切なくて。

 

「ほら、もう遅いんだからさっさと帰るぞー」

 

 地獄に仏。櫟井さんのその一言で、私に集まっていたほかの人の視線が離れていく。彼女は助け舟を出したつもりはないのだろうけれど、結果的に私は窮地を救われる形となった。

 

 

 全員が昇降口へと向けて、再び歩き始める。

 仲良し三人が会話を再会しながら先頭を歩き、その後ろに宇佐美君。そして少しはなれて最後尾に私。

 

 彼女らに付いていく内に、頭の中でぐわんぐわんと音を立てながら回っていた色々なことも、次第に落ち着きを見せ始めていた。

 

「……」

 

 彼の後姿をジッと見つめてみた。

 その瞬間、自分自身を誤魔化しきれないことを悟る。

 

 ああ、もう認めてしまおう、その事実を。

 

 半ば自棄になったような感じではあったけれど、一度受け入れてしまうとどこかスッキリとしている自分も居て。

 

 その勢いのまま、何かに後押しされたかのように、私は更に一歩踏み出した。

 そして、さりげなく、誰にも気づかれないように宇佐美君の隣に並ぶ。

 

 次の瞬間、世界が変わった。

 

 

 元々、宇佐美君は私が見つめていた櫟井さんのその周りにいた人で。

 視線の先にたまたまいた人が、いつの間にか視界の中心にいるようになっていて。そして最終的に、私の視界から消えた。

 

 今、私の視線の先に彼は居ない。気になって、見たいと思って目で追っていた人物が視線の先にいないのだ。

 しかしなぜだろう、彼の姿を追いかけていた時よりも遥かに満足感があるのは。

 

「……ふふっ」

 

 何故だか急に可笑しくなって、私はひとり小さく笑う。

 それに気が付いたのか、隣に居た宇佐美君が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

 そんな彼に私は無意識のうちに笑顔を返していた。

 何か意図があったわけではなく、本当に自然と笑顔を向けていた。

 

「……っ!?」

 

 宇佐美君は言葉を詰まらせながら、慌てて視線を反らす。

 初めて見る反応だった。いつもどこか余裕のあるように見えていた彼が、私にようやく見せてくれた素の表情。

 

 自惚れかもしれないけれど、それはどこか照れているように見えた。

 

 それがなんだかすごく嬉しくて、私の頬は再び緩むのだった。




ちょっといつもと違う感じで相川さんのお話。
最初は普通の話の予定だったのに、いつの間にかラブ寄りに。あいちゃん一番好みのタイプなんでシカタナイネ。

今の今まで主人公のフルネームを考えてなかったってのも恥ずかしい話なのですが、この話を書くのには逆に都合が良かったかなと。

まあ名前考えるの苦手なんで、結局今はまってるアニメから拝借したんですがね……。

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