ゆゆゆゆ式   作:yskk

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未来

「……あははは」

 

 この扉の前に立つと、決って部屋の中からは笑い声が聞こえてくる。

 呆れというよりは、よくもまあそれだけ話題が尽きないものだと、純粋に感心する。

 最初は隔離された彼女らだけの空間のようで、正直入りにくさを感じていたものだが、今はもうなれたもんだ。遠慮なく扉を開けると、その音に反応するように、部屋の中から三つの視線が向けられた。

 

「あ、優ちゃんだ~。いらっしゃい」

「おう、優太」

 

 部屋に入るといつもの三人組に迎えられた。唯はまるで男友達のように軽い一言で、縁は逆に女の子らしくニッコリと笑いながら軽く手を振っている。

 

「はい。優くん」

「お、サンキュー」

 

 ゆずこが部屋の奥にあった椅子を、ゴロゴロと押しながら運んできてくれた。

 

 この情報処理部の部室、お世辞にも広いとは言い難い。パソコンが二台乗った大きな長机が一つに、そのすぐ後ろに背の低いキャビネットが置かれている。

 そんな中で椅子を四つ並べるというのは、中々に窮屈さを感じる。

 

 しかしまあ、元は三つしか備え付けられていなかったのに、俺専用だといって新たに用意してくれたのだ。別に部員でもない俺のために。その気遣いと優しさには素直に感謝をしている。

 

「……そんで、今日は何の話題で盛り上がってたんだ?」

 

 彼女らの邪魔にならないような位置で、椅子に腰を下ろしながら問いかけた。

 

「そうそうっ! 縁ちゃんがね、将来美容師になるって」

「いやいや……」

「へー、いいじゃん」

「えっ!? 乗っかるんだそこ」

 

 今日も今日とて櫟井唯は大忙しで。話の流れは分からないけれど、恐らく何かしらボケたのであろうゆずこと、適当な相槌を打つ俺にと律儀にツッコミを入れる。

 傍から見て疲れるんじゃないかと思うぐらいに。

 

「よく分からんけど、結構人気出そうじゃないか? 縁は髪長いのにいつも綺麗だし。やっぱりそういう人に切ってもらった方が安心するんじゃないか?」

 

 もちろんある程度の腕があるのは大前提だ。でも、初見の客にとっては、いい安心材料になったりするんじゃないだろうか。

 

「でしょでしょっ! やっぱりそう思うよねー」

 

 ゆずこは何故かやたらと食い気味に、俺の話に同意する。どういうことだという意図を込めて唯に視線を投げると、彼女は苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「あー……ちょうど今さっき、そいつが優太とまったく同じ様なこと言ってたんだ」

「……じゃあ、前言撤回で」

「何でよっ!?」

 

 いや、なんかその物凄いしたり顔が妙に気に食わなかったから。

 

「は~、でもそっかー」

「あれっ、縁ちゃん。もしかして本当に興味出ちゃった?」

「んー。興味っていうか、将来のことをそんな感じで決めちゃうのもあるんだなーって」

 

 そんなことは考えたこともなかった。そんな口ぶりで縁は感嘆の声を上げる。

 

「そういえば縁の将来の夢はアレだったもんな」

「えっ!? なになに?」

「おヨメさん」

「わ、カワイイ」

 

 唯の言葉に縁は少し照れながら答えた。

 やっぱり女の子にとって、お嫁さんというのは特別なものだったりするのだろうか。幼い女の子が憧れるものの定番、って感じはするが、男の俺には到底分からない感覚である。

 

「だからね。私、将来何になるとか、あんまり考えたことなくて。だから自分で進路のことを決めてる人を見て、すごいなーって思ってたんだけど」

「うん」

「案外、さっきみたいにその場の勢いで決めちゃうのもアリなのかなーって」

「アリかなぁ……」

 

 縁の話に唯は微妙そうな表情を浮かべながら答えた。

 ほんの些細なきっかけでその人の未来が変わってしまう、なんてのはテレビなんかでよく聞く話だ。それが本当なのだとしたら、人生なんて案外そんなものなのかもしれない。

 

「でも、これで縁ちゃんの未来は広がったわけだねっ」

「お~ぉ。……なんかちょっとこわいね」

「確かになぁ」

 

 縁が怖いと表現したのはなんだか良く分かる気がした。

 もちろん視野が広がり選択肢が増えていけば、その分多くの可能性も生まれるのだろう。しかしそれが未知のものであるが故に、輝かしいものである可能性も、またその逆の可能性も存在しうる。だから、どうしても不安が付き纏う。

 

「お外で仕事するって考えると、一気に選択肢が増えてくるんだねぇ。ん~……でも、やっぱりおヨメさんも捨てがたいかなぁ」

「じゃあ、縁ちゃん。いっそどっちもしちゃえばいいんじゃない」

「えっ!? いいのかなぁ、欲張りさんじゃない?」

 

 欲張りかどうかはさておき、女性が働きながら結婚してはいけない理由もない。昔ならともかく、今となっては共働きも珍しくはないだろう。

 

「そうそう。だから縁ちゃんも、理解のある旦那さん捕まえれば大丈夫だって」

「そっかぁ。……じゃあ私、結婚してもお仕事しててへーき?」

 

 いいんじゃないですかね、別に。それもまた、一つの選択肢ではあると思うし。

 しかし、何故それをこちらを向いて、俺に問いかけるように言ったのか。そんな疑問が湧いたけれど、とりあえずは詮索はしないでおくことにした。 

 

 

 

 

 部室を後にして、四人並んで廊下を歩いていた。

 

「なんか若者らしい会話したね?」

「なっ」

 

 その会話自体が微妙に若者らしくない気がしたが、あえて口にはしなかった。

 

「おっ! あいちゃーん」

「えっ? あ、野々原さん」

 

 そんな俺たちの前方に、一人の少女が歩いているのが目に入ってきた。ゆずこは目ざとくそれを見つけると、一人駆け出して行った。

 

「おっす。あいちゃんは将来何になりたい?」

「えっ!?」

「また、そんな急に……」

 

 唯のツッコミの通り、ゆずこは相川さんに唐突な質問を投げかける。

 

「まだ特に決まってない……かな」

「そっか、そっかー」

 

 多少の困惑を見せつつも、無茶振りに対して律儀に、そしてしっかり笑顔で答える相川さん。やはり彼女は良い子なんだなぁというのを再認識する。

 

「でも一つ言えるのは、あいちゃんの未来が果てしなく広がってるって事だね」

「うわぁ……」

 

 それっぽい事を言っているはずなのに、部室にいるときに聞いたのとほぼ同じ台詞なせいで妙に雑というか、説得力が著しく掛けていた。

 

「もうV字だね。もしくはひらがなのく、ね」

「それ全然、未来の方向違うけどな」

「『ぐ』はー?」

「点々が何か怖いな」

 

 ゆずこと縁、それぞれにご丁寧にもツッコミを欠かさない唯を見ながら、密かに彼女に同意をする。確かに他人の未来を表現するのに、ぐ、はないだろうて。

 

「まあ、でもその濁点もさ、障害物みたいにも見えるけど、見かたを変えれば将来の自分とそのパートナーって捉えかたもできるんじゃないか?」

「おぉ。さすが優くん。確かに点々二つだもんね」

 

 ゆずこは賞賛の声を上げる。別に深く考えて発言したわけでもないし、むしろからかわれるとばかり思っていたので、そう素直に感心されると逆に恥ずかしくなってしまう。

 

「でもそうだよね。私ら進路とか仕事の話ばっかりしてたけど、将来っていったらそういうことまで含まれるわけだよね。縁ちゃんの昔の夢の話じゃないけどさ」

「じゃあ、ゆずちゃんもおヨメさんになるー?」

「ん~。なるのかなー」

 

 縁はともかく、ゆずこのそういう姿はイマイチ想像が付かなかいな。ふたりの会話を聞きながらそんなことを考えていると、突然彼女らはこちらに振り返った。

 

「なっ、何?」

「えへへへっ」

 

 そんなふたりの表情はニタニタと、何かを企んでいるかのような笑い顔を浮かべていた。まるでいつも唯に悪戯をしているときのような表情で、お互いに目配せをしながら。

 

「よろしくおねがいしまーす」

「はぁ!?」

 

 そしてゆずこと縁は声をハモらせながら、ふたり同時にぺこりとお辞儀をした。

 

「……意味が分からないんだけど」

「ほら、もしかしたら将来的にはそういう関係になってるかもしれないから、その時はヨロシク、みたいな?」

 

 いやいや。どう転んでもありえないだろう。そんな関係になっている絵が、全くといっていい程想像できないし。

 

「わっかんないよー。何しろ私らには無限の未来が待ってるんだから。可能性はゼロじゃないわけだし」

 

 そりゃあ、まあ。確かにゆずこの言う通り、ゼロではないかもしれない。ただ、素直にそれを肯定するというのも釈然としないものがあった。

 

「ほら、唯ちゃんとあいちゃんもしっかりお願いしといた方がいいよ」

「ええぇっ!?」

「あ、アタシはいいよ、別に」

「えぇ~。ダメだよ。お願いしとかないと、いざって時に困るよ?」

「困らねーよ! つーか相川さんなんか現在進行形で困ってるわ」

 

 顔を赤くして照れる唯と相川さん。それを弄り倒すゆずこと縁。

 

 中学時代によく見た、三人の和気あいあいとしたやり取り。そのほんの少しの未来である今この時に、輪の中には相川さん加わっていて。

 そう考えてみたら、本当に未来なんて可能性に溢れているんだなと、感じてしまう。

 

 この先がどうなるかなんて分かりはしない。けれど、少なくともこの光景だけはずっと見続けていたい、そう深く願うのだった。

 




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