その首置いてけザフト共 作:みども
プラント本国との連絡が取れ、両陣営の勢力圏に無いデブリベルトにて慰霊団の引き渡しを行うことが決定し、引き渡しはグスタフが担当することなった。
ユウもミハエルと共にグスタフに配属され、引き渡しの際の護衛任務に従事することとなったため、このことを伝えるためにミハエルのもとに向かう。
だが、船内を移動していたその道中、ユウは想定外の人物と鉢合わせをすることとなった。
「──は?」
「ユーさん──って、ぷぷっ! アルトリア隊長に殴られた顔してるじゃないですか!」
「あらあら、どうなされたのですか?」
それは、ユウを見つけるなりこれぞ好機と言わんばかりにアルトリアに殴られた顔をあざ笑うミランダと、こちらを純粋に心配するように見ている少女──まだ事情聴取を受けているはずのラクス・クラインだった。
プラントだけでなく、ミハエルもその1人だと言っていた地球にも多くのファンを持つプラントの歌姫。
儚げで可憐なその姿は、無垢で純粋な印象を受ける優しげなその表情は、戦乱に身を置き血と憎悪にまみれて生きる自分たち軍属の者たちとは住まう世界が違う住人。
そして、シーゲルの娘。エイプリル・フール・クライシスを起こし、理想郷を破壊し、多くの同胞と家族の生存の権利を奪ったクラインの、あの男の血を引く娘。
あの日、人として大切なものが壊れた日の記憶が蘇り、大きく感情を揺さぶられた。
「──ッ!」
憎悪が、クラインを殺せと叫ぶどす黒い感情が湧きあがってきた。
右手が拳銃をしまうホルスターに伸びそうになり、それをとっさに左手で押さえ込んだ。
思わず凶行に走る前に、理性を全力で働かせてユウは踵を返して逃げるように去っていった。
「えっ!? ちょっ、逃げることないじゃないですか! なんですか、ラクスさんのファンなんですか!? きっとそうでしょ! ふひひ、なんですか可愛いところあるじゃないですか! やーい!」
「そうでしょうか……?」
いつもなら「黙れクソガキ」と言い返すだろうミランダの言葉も、この時ばかりは耳にまともに入ってこなかった。
さすがにラクスを1人にするほどの馬鹿でなかったようで、ミランダは追ってくる様子はない。
逃げ切れたことを確認すると、誰もいない廊下で手近な壁を殴りつけた。
「クソッ! ……違う。あの人はシーゲルじゃ、ザフトじゃない……!」
そのまま頭を壁に預け、湧き上がってくる黒い感情を抑える。
違うと言い聞かせる。
民間人には手を出すなと。
たとえクラインの血を引く人物でも、あの人はシーゲルじゃないと。ラクス自身は評議会員ではなく、ザフトでもないと。オペレーション・ウロボロスに何の関与もしていないと。恨みを向けるべき相手ではないと。
相手は戦争に巻き込んではいけない、軍人である自分が銃を向けることは決して許されない相手であると。
ラクスはその憎悪をぶつけていい相手ではないと湧き上がるどす黒い感情に言い聞かせ、クラインを殺せと叫びをあげる憎悪を押さえつけた。
「……弱いな」
シーゲルの娘を見ただけで、アルトリアの教えが揺らぐほどに憎悪の感情のコントロールもままならない己の弱い心を自嘲する。
エイプリル・フール・クライシスの悲劇に見舞われたのは、自分1人じゃない。
軍人として国家に武力を貸し与えられている者が、私情で銃口を向けることは決してあってはならないことだというのに、その一線すら守れなくなりそうだった。
「…………」
何度も顔を合わせれば、この感情を抑えられなくなる。
そう思ったユウは、額に浮かぶ冷たい嫌な汗を拭うと、ラクスと遭遇する可能性が低いだろうと見たMSの格納庫へと向かった。
乗機である脚を修復中の偵察型ジンのコクピットに入り、隔壁を閉じる。
こういう時は作業に没頭し気を紛らわせるのが効果的だと、端末をMSにつなぎデブリベルトの情報に基づく重力干渉による機体及び武装の性能の誤差の修正などを始めた。
「…………」
特区の人々の多くは、あの日壊れた何かを取り戻している。
イルクーツクの大虐殺で暴走した兵士たちは、ヘルモルト中隊長の自決で黒い感情に飲み込まれずに済んだ。
ウランバートルの──で暴発した兵士たちは、────で憎悪を抑え込むことができた。
他にも、様々の場面で誰かの強い意志が仲間の壊れた心を取り戻してくれたことが多々あった。
……だが、ユウはまだそれを取り戻せていない。
壊れたまま、憎悪の呪いに囚われたままにある。
だから、その姿を視界に収めればその瞬間に湧き上がる黒い感情を抑え続けられる自信がなかった。
ラクス・クラインとの邂逅は、避けたかった。
一方、ユウが踵を返し逃げたことで置いて行かれたミランダたちの方は。
いつもならばあれだけ煽れば文句の1つか場合によってはゲンコツが飛んでくるはずなのに、それがなかったことにミランダは首を傾げていた。
最初はラクスのファンだったので本物との対面に思わず逃げたのではとミランダは考えたのだが、それでも逃げる背中にヤジを飛ばしたので「黙れクソガキ」くらいは言い返してきそうなのに、それすらない逃走ぶりにもしかして他に理由があるのではないか、とも思う。
「おかしいですね〜……いつものユーさんならゲンコツくらいしてくるんですけど。お腹でも下したんでしょうか?」
「今の方は、ユーさんとおっしゃるのですか?」
1人で腕を組みながらうんうん悩んだ末、見当外れな予想を立てたミランダに、ラクスは先ほど此方を見つけるなり逃げ出した顔が悲惨なことになっていた連合の士官の名前を尋ねる。
事情聴取を手早くそして適当に切り上げてグスタフを案内してい始めた中で早速ラクスと仲良くなっていたミランダは、とても軍属とは思えない子供のような無垢な満面の笑みで頷いた。
「はい! 私の上司で、ユーって言います! えーと、ファミリーネームはなんかナトーとかナギトゥーとかいう……うん、発音が面倒くさいので、ただのユーでいいですよ!」
「ありがとうございます。では、私もユーさんと呼ばせていただきますわ」
さりげなくファミリーネームを間違えた上、発音が面倒だと最後にはほっぽらかしてしまったミランダ。
正直なところ名前の方も正確には“ユー”ではなく“ユウ”なので若干発音が違うのだが、残念ながら訂正するべき当人は逃げ出したのでラクスの中では“ユー・ナギトゥー”という名前で覚えられてしまった。
「おいおい、歌姫を連れ出して君は何をしてるの?」
自身の上官の紹介を雑に行い勝手にラクスのファン認定するミランダと、その雑な紹介でなされた誤った発音の方の名前を覚えてしまったラクス。
早々に事情聴取も切り上げてグスタフ内を回り、すっかり意気投合していた2人に、その姿を見かけたミハエルが後ろから声をかけてきた。
「あ、ミューさん!」
「その呼び方やめてほしいんだけど……初めましてラクス・クライン。私は第9航宙機動艦隊所属、ミハエル・クズネツォフといいます。プラントの歌姫と会えるとは、1人のファンの身として今日は人生でいちばんの幸運な日と自慢できます」
早速と言わんばかりに出合頭からミハエル自身が若干嫌っている愛称で呼んでくるミランダに辟易としながら、気を取り直して隣のラクスに対し礼をとるミハエル。
ミハエルはプラントの歌姫のファンであり、エイプリル・フール・クライシスを引き起こした男であるあのシーゲルの愛娘といえども、ユウのようにクラインの血筋としてみることはない。
むしろ、その日失ったものから悲嘆に落ちたところをラクスの歌に救われた事もあり、ファンとしての好意を向けることはあっても敵意を向けるようなことは無い。
「ラクス・クラインです。そう言っていただけるとは大変光栄ですわ、ミハエルさん。この子はピンクちゃんです」
対面したファンから向けられる好意に、純粋に嬉しそうな笑みを浮かべるラクス。
シーゲルの娘でありザフトの広告塔ときてプラント各地を渡るラクスは、地球連合側の情報も多く聞いている。
その中にはブルーコスモスのテロリストすらも黙るほどザフトに強い憎悪を抱くユーラシアの部隊として有名な第9航宙機動艦隊の事もあり、表面上は隠しているが最も地球の人類から多くの憎悪を受けているだろう男の娘である自分がどのような歓迎を受けることになるか不安が少なからずあった。
そんな中で純粋無垢という言葉が似合うおよそ軍属らしからぬミランダや、歌姫としての自身のファンであるミハエルとの出会いは喜びを感じるものがあった。
ミランダには話を合わせたが、ラクスは薄々ユウが逃げた理由も察している。
そういった反応が連合側ではむしろ正常である事も理解している。
「無礼を承知の上でお願いしたいのですが……ひとつ、サインを頂けますか?」
「ええ、もちろん。ミランダさん、ピンクちゃんをお願いします」
「あ、はい!」
「テヤンデイ!」
カリオンの決定をまだ知らないラクスは、いずれ自分の身柄が地球連合に利用されるだろうと思っている。
だから、それまでの間。
こうして自分に対し“クラインの娘”ではなく“プラントの歌姫”や“ラクスという1人の人間”として接してくれるミハエルやミランダとの出会いとこの時間は暖かく感じるものがあった。
その時のラクスの笑顔は、まぎれもない喜びの感情を持つものだった。
ザフトが慰霊団の引き渡しに派遣した部隊がナスカ級1隻ということから、カリオンは第9航宙機動艦隊は周辺宙域に待機させ慰霊団の引き渡しに関してはグスタフ1隻と随伴の護衛部隊のみを引渡し予定の場所に派遣することにした。
ユウの駆使する偵察型ジンが先行して進路周辺の宙域を索敵し、その情報をもとに航路を設定し危険なデブリを砲撃で排除しながらグスタフが慰霊団を乗せたシャトルを牽引し進む。
グスタフはザフトが派遣したヴェサリウスを確認すると、引渡し予定の宙域にて停止。
事前にプラント本国より知らされた専用コードの回線を用いてヴェサリウスとのコンタクトを試みた。
グスタフのブリッジのモニターに、ヴェサリウスのブリッジが映し出される。
そこには顔を隠す仮面が特徴の白服に身を包む代表者と思わしき隊長格のザフトと、ナスカ級の艦長と思われる黒服のザフト、そしてザフトのアカデミーでも上位20位以上の成績者にのみ与えられる赤服に身を包むカリオン達からすればまだ子供と言えるような年齢のザフトの姿があった。
クルーゼ隊の隊長であるラウ・ル・クルーゼ、ヴェサリウスの艦長であるアデス、そしてラクスの婚約者であり国防委員長パトリック・ザラの息子であるアスラン・ザラである。
「地球連合宇宙軍ユーラシア連邦第9航宙機動艦隊所属、グスタフ艦長のフェルナンド・マティアスです」
『クルーゼ隊隊長、ラウ・ル・クルーゼです。この度は我が国の民間人保護に尽力いただき、感謝いたします』
通信が繋がり、フェルナンドとクルーゼがお互い代表として挨拶を交わす。
慰霊団はほとんどが既にシャトルの方に搭乗しているが、損傷が激しく通信設備すら復旧していない状態だったため、慰霊団の代表であるラクスとシャトルの機長であるジョン・バートライのみグスタフのブリッジにいる。
ヴェサリウスの方のモニターにはフェルナンドとラクス、バートライの3名が見えている状況であり、慰霊団の無事はこれだけでも確認できるはずである。
『……ッ!』
ラクスの姿を見た瞬間、赤服のザフトの表情が変わった。
ラクスの無事を実際に見て確かめることができた安堵と、その隣にいる地球連合の士官であるフェルナンドに対する激しい敵意。
その外見の通り、まだ子供と言っていい年齢なのだろう。感情を隠すのが下手である。
「シャトルの損傷により通信困難のため慰霊団代表のラクス・クライン氏とシャトル機長のジョン・バートライ氏のみ此方にいますが、その他の慰霊団およびシャトルの乗員の皆さんは既にシャトルの方に搭乗しています。この後お二方にもシャトルに搭乗していただき、其方に引き渡しを行います。シャトルの方は損傷により単機航行が不可能のため、こちらのMSに牽引させて貴艦まで搬送します」
『承知しました。引き受けに際し、護衛としてこちらもMS部隊を展開します。識別コードの確認をしていただきたい。それから、可能ならばこの場でラクス嬢の声を聞かせていただいてもよろしいですか?』
「はい、それはもちろん構いません」
クルーゼからの要望に応え、フェルナンドが少し移動し、そこにラクスが立つ。
「ご苦労様です、クルーゼ隊長。あなた方の迅速な対応に、慰霊団を代表し感謝いたしますわ」
『ザフトに属するものとしての義務を全うしているだけです、お気になさらず』
(……?)
今回ジンには搭乗せずグスタフのオペレーターとしてブリッジにいたミランダの耳には、ラクスの無事を確認したというのにその時のクルーゼの声が少し硬くなったように聞こえた。
本来は敵同士であるはずのグスタフとヴェサリウスの間で繋がる通信の方は、婚約者の無事をその目で確認することができたアスランとラクスの間で言葉が交わされていた。
『ラクス……ご無事でよかった……』
「アスラン……あなたも来てくださったのですね。ありがとうございます」
「オマエモナ!」
ラクスの手の中で、アスランが贈った球形のロボットが声をあげた。
その光景に後ろで穏やかな笑みを浮かべるフェルナンド。
『…………』
一方、クルーゼの方は口元こそ微笑みを浮かべていたが、仮面の下では悪意に満ちた目が光っていた。
(ラクス嬢、アスラン……君たちに罪はないが、この好機を棒に振りたくはないのでね。尊い犠牲になってもらうとしよう)
一部の者達しか知らないはずの、慰霊団の引き渡し。
しかし、そこに悪意が忍び寄る。
デブリベルトの中を進む複数の機影。
ラクス暗殺任務に失敗し、本国から宇宙海賊のレッテルを貼られたことで実質的な追放を受けまともな補給すらできずに宇宙を彷徨っていた多数のメビウスからなる部隊が、今度こそ歌姫の命を奪うべく、部外者は知り得ないはずのこの宙域に向かって接近していた。
もう特務というだけではなく、暗殺を成功させなければ謂れのない宇宙海賊のレッテルを剥がさない、つまり補給を受けられず宇宙で餓死するしかないから、メビウスの編隊は死ぬ気でラクスの命を狙ってきます。