その首置いてけザフト共 作:みども
ユーラシア連邦と東アジア共和国の大陸支援ルートを分断するハバロフスク地方に対し、ユーラシア連邦第5方面軍主力部隊が攻勢を開始したことにより勃発した、第一次ハバロフスク攻防戦。
その攻防戦が起きた3日後、第5方面軍参謀オスマンド・ユベールからの命令に従い、シベリア・蒙古戦線のザフト主力部隊の陽動を行うためにウランバートルに集められた第13師団から、圧倒的な戦力差を覆し奇跡とも称えられるイルクーツク攻略を成し遂げた第27機甲連隊がウランバートルのザフト軍に対し攻撃を開始した。
この日、シベリア・蒙古戦線に目を向ける各陣営の注目は本命であるハバロフスク攻防戦に集中している。
陽動が目的のウランバートルでは戦闘すら起こらないという見方が大半を占めていた中で、イルクーツクの比では無い戦線の主力が守備するウランバートルのザフトに対し第13師団が攻勢をかけるとは思われていなかった。
戦力比で言えば、ウランバートルにハバロフスク防衛線を除くシベリア・蒙古戦線のすべてのMSをかき集めてきたザフトがはるかに大きい。
バクゥ2機、ディン9機、ザウート7機、ジン12機に加え、プラントにてバクゥを発展・改良された新型地上専用4足歩行MSの実戦用先行試作機が配備されており、MS兵器は10個小隊計31機という戦力が展開されていた。
対して、27機甲連隊の戦力はイルクーツク攻略により獲得した鹵獲MSが配備されたことで戦力は拡充されていたものの、陣容はアルトリアのジン1機とバクゥ2機、ディン3機、ザウート2機、そして水中戦を主体として製造されたMSであるグーンが2機となっている。
MS戦力はジン1機だけだったイルクーツク攻略戦の頃に比べ大幅に上がっているが、相対するザフトの戦力はさらに大きくなっているうえにイルクーツクの時のような奇策の準備をする時間も圧倒的に足りていなかった。
加えてイルクーツクで獲得したMSはいくらコーディネイターといえども、今まで彼らにとって触れたことの無い未知の面が大きい地上戦闘用MSばかりであり、慣らし運転ができたのも10日という短い期間だったため乗り慣れたザフトのパイロットとの技量の差は歴然としていた。
戦力差は圧倒的なうえに、イルクーツクの時と違いザフト側は万全の体制で防御を整えており27機甲連隊に最大限の警戒をしている。
モンゴル高原の大地は、連隊の面々にとっても初めての戦場となる。イルクーツクの時のような、彼らの得意とする慣れ親しんだ雪の戦場を味方につけて戦うこともできない。
戦力差を言えば無謀だが、イルクーツクの時と同様にアルトリアは連隊の勝利を疑っておらず、その彼女の自信に満ち溢れた姿に奮起を促され27機甲連隊の面々にも戦力差を悲観するような者はいなくなっていた。
しかし、兵士の士気だけで覆せる戦力差では無い。
ウランバートルを彼女がどう攻略するのか、イルクーツクの時のように自分たちの予想を上回る奇策を持って華麗に勝利するのか、ならばどのようにして攻略するというのか。
連隊の兵士たちが期待を膨らませる中、アルトリアはユベールからの命令が届けられたその日の夕方、日没まで間も無くという時に連隊に攻撃命令を出した。
「これよりウランバートルに対して攻撃を開始する! 前衛はバクゥ2機と私のジンが担う! 中衛は戦車隊とザウート、及びトラック部隊! 対空砲火で敵航空部隊を牽制しろ!」
「「「了解!」」」
「突撃だ!」
どのような策で挑むのかと連隊の面々の期待に対してアルトリアが示した攻撃は、ウランバートルに対する正面からの突撃だった。
夕方という夜戦に突入するかどうかの瀬戸際のタイミングで、バクゥ2機と自身の操縦するキャットゥスを装備したジンという機動性に優れるMSを前衛に、中衛にはザウートと戦車部隊及びククリなどで武装した歩兵を乗せたトラック部隊を展開。
前衛のMSがその機動力で敵の攻撃を引きつけ、中衛は支援砲撃と対空攻撃で迎撃に出てくるMSやヘリ、可能であればミサイルや砲弾を撃ち落として援護するという陣容での突撃である。
ディンを展開せず制空権を敵に渡した状態で地上部隊のみでの正面からの突撃。
正気の沙汰とは思えない攻撃だが、しかしイルクーツクの戦いで少数の部隊で敵を誘引し都市の外に敷いた包囲網にてミサイルの砲火によりゲルガー隊を殲滅したという情報を得ていたウランバートルのザフトは27機甲連隊を強く警戒していた。
「釣りだしたところを有利な戦場で迎え撃つ算段か! 各部隊、むやみに都市から出るな! 夜の戦場で孤立すれば各個撃破の的にされるぞ! 防備を固め敵の撃退に注力しろ!」
日没前の攻勢ということもあり、アルトリアの策を平坦なモンゴル高原の大地だが特別な地形などの代わりに夜の闇を利用し迎撃に出たザフトの部隊を孤立化させイルクーツクのような都市外の包囲網を展開、孤立した部隊を各個撃破する算段とみたウランバートルの防衛を担当するザフトの守備隊長は、守備隊に対してウランバートルからの出撃を禁止し弾幕を張り敵軍を撃退することを選択。
守備隊には勝手な出撃を固く禁止し、数で圧倒的に劣りながら突撃を敢行するという狂気の行動に出てきた27機甲連隊に対して警戒するあまり殲滅ではなく撃退するという消極的な対応を取る。
中衛まで届く砲火が飛び交う戦場。
イルクーツクの時のように身を隠す森やキツネの巣穴なども用意できていない中、27機甲連隊はとにかく回避に集中して戦場を駆け回った。
「ダメだ近づけない!」
「くそ、ザフトの奴ら篭りっぱなしかよ!」
籠城を決め込むザフトから飛んでくる砲火は、地形を変えるのではというほどの勢いである。
迎撃部隊を出して乱戦となった場合は味方への誤射を控えるためにこんな濃密な弾幕を張る必要は無いが、今回は籠城を決め込んでいるためそれらのリスクを考慮する必要は無い。
敵が出てきていないので27機甲連隊の方も回避に集中できるが、その過密な砲火によって次々に被弾する友軍が出てきた。
ザウートは装甲が守ってくれるが、クマネズミやトラックは一撃でスクラップにされる。
その砲火がまさに雨あられのごとく、回避する場所もないほどに降り注ぎ、連隊の被害は増大する一方だった。
「……撤退しろ!」
日が沈むまで攻勢を仕掛けたアルトリアだが、籠城を決め込み弾薬を惜しまないザフトの砲火に耐えきれず、ただいたずらに味方の被害を出すばかりで撤退することとなり、その日の攻勢は多くの死傷者を出した地球連合側の敗北で終わった。
イルクーツクにおける圧倒的な戦力差を覆したあの勝利はなんだったのか?
一方的な展開。警戒していた27機甲連隊は、想定をはるかに下回る弱さだった。ただ突撃して撃退されただけで終わった。被害も相当なものが出ている。
その日の戦闘を見ていたザフトと地球連合双方の兵士たちは、27機甲連隊の初日の無様な攻勢を見てイルクーツクがただの偶然だったと決めつけるようになり、27機甲連隊に対する評価が大きく変わることとなった。
「無様もいいところだなコーディネイター。互いに潰し合い消えるがいい」
第27機甲連隊の監視任務を受けている第13師団は、ユベールの指示によりウランバートルに攻勢を仕掛けさせ27機甲連隊を潰せという命令を受けている。
夜戦に持ち込むのではないかという夕方の攻勢に何か策があるのではないか、イルクーツクのような奇跡を巻き起こすのではないかと警戒していたが、手の打ちようがなく悩んだ末にこんな時間に無策の総突撃に出たと思い初日の敗退を嘲笑った。
「はっ! 裏切り者どもには相応しい逃げ様だな!」
「やはり奴らは大したことはない。イルクーツクは偶然だった!」
「ゲルガー隊の捕虜を虐殺した報いを必ず受けさせるぞ!」
「明日はこちらから仕掛け、奴らを血祭りにあげてくれる!」
一方でウランバートルを守るザフトの方も、1日目の戦闘における27機甲連隊の完敗に士気が上がり、そして27機甲連隊に対する警戒心が薄れイルクーツクの捕虜虐殺の実行犯である彼らに対する憎悪の方が勝り始めていた。
それは1日目の戦闘により明らかに27機甲連隊を侮る風潮が蔓延し始めたことの表れであり、籠城策から一転して攻勢に出るべきという意見が守備隊長でも抑えられないほどに広がってしまっていた。
「落ち着け! 奴らがイルクーツクを攻略したのは偶然ではない! 此方から仕掛けるのは危険だ! ウランバートルからの出撃は禁止だ!」
「黙れ臆病者が! 貴様の方針になど従えるか!」
「降伏した捕虜を虐殺する奴らの所業は我慢ならない!」
「お前の指揮下で籠城しては士気も下がる! 明日の戦闘、俺たちは勝手にやらせてもらう!」
「まずい……! まさか、これが狙いだったのか……!?」
高揚した士気の暴走。
兵士の士気を高く保つことは戦いの鉄則の1つだが、しかし上がり過ぎた士気は時として暴発を起こす。
イルクーツクにてゲルガー隊がアルトリアの誘引策にはまり壊滅させられたことを知っているウランバートルの守備隊長はあの敗北が偶然ではないことを理解し強く警戒していたが、消極的な籠城策は27機甲連隊に対して強い憎悪を持つザフト各隊の意思に合わず、この1日目の戦闘における完全な勝利が彼らの目を狂わせていた。
イルクーツクの勝利は所詮奴らの奇跡。
実態は地球連合らしく、俺たちザフトに質の面で遠く及ばない側だけの弱者に過ぎない、と。
ザフトの中では27機甲連隊はコーディネイターでありながら、交ざり物の劣等人種であるハーフコーディネイターを仲間に迎え、憎きナチュラルに媚を売り、同胞であるプラントのコーディネイターに刃を向ける身の程知らずの裏切り者である、という認識がある。
そもそもプラント出身ではない彼らにとっては、プラントに尻尾を振る理由こそ存在しないのだが、ブルーコスモスに対する反発や南アメリカ合衆国の併合などから地球出身のコーディネイターはプラントを支持する者が多いというプロパガンダを本気で信じ込んでいるザフトは、プラントに刃向かうコーディネイターに対して裏切り者呼ばわりする風潮が強いのだ。
乗り慣れていないバクゥやザウートが被弾する様を見て、ザフトは27機甲連隊が地球戦闘用MSを乗りこなせていないことを見抜いており、MSすらも脅威にならないと見ていた。
「いい加減にしろ! これは敵の罠だ、のこのこ出撃すれば──」
「煩い臆病者は黙っていろ!」
「愚かな……!」
ウランバートル守備隊のザフトは、大軍だがハバロフスク以外の戦線の戦力をかき集めて作った寄せ集めの面の強い。
義勇軍であり役職による別はあっても階級はないというザフトの組織の欠陥面も相成り、士気が暴走する大部隊をまとめ上げることは困難だった。
ウランバートル守備隊の多くは27機甲連隊に対し積極的攻勢に出るという意見が主流を占め、アルトリアを強く警戒し打って出る事を危険だとする守備隊長には抑えられなくなっていた。
結局、多くの部隊が守備隊長の命令を拒否し、翌日より27機甲連隊に対する攻勢に転じる意思を表明。
方針をめぐる対立は、統率の崩壊につながってしまっていた。
──そして、これが守備隊長の懸念する通り、アルトリアが多くの被害が出ることを承知の上で仕掛けた1日目の攻勢の狙いだった。
ザフトは地球連合を侮り、そして強く憎悪している。
なおかつ階級制を採用していないため、統率面において大きな欠陥を抱えている。
士気の暴発を招けば、ウランバートルの守備隊の大軍は内部より意見の対立により崩壊し、1つの軍として機能させることができなくなり、反転攻勢に出てくる──すなわち、彼女の得意とする敵軍の釣りだしから有利な戦場におびき寄せての各個撃破という戦略につながってくるだろう。
ザフトの性質を理解していたアルトリアが巧妙に仕掛けた心理戦は、イルクーツクの前例があるにもかかわらず見事にザフト側の統率の崩壊を招いた。
ウランバートルの攻略というイルクーツクの攻略戦を上回る無謀な戦い。
それに対し、アルトリアは本気で勝利を掴み連隊の存続の道を守り抜くつもりだった。
この無謀なウランバートルの攻略を成し遂げれば、確実にユーラシア連邦や東アジア共和国におけるコーディネイター差別の風潮に変化が生まれるはず。
負けられない戦いに、ヴァルハラへの片道切符旅行ではなく本気で勝利を目指す。
理想郷を取り戻し、祖国に同じユーラシアの同胞として認めてもらう。
自分たちにとっての真の意味の勝利を得るため、そのか細い道の先にある勝利をたぐり寄せるため、アルトリアはその冷血な指揮で戦力差を覆し勝利を重ねることから“凍土の魔女”と恐れられることとなる知略を駆使し、策を重ねていく。
ウランバートル守備隊のザフトの統率を崩すとともに、翌日の戦いに備えてアルトリアはさらなる準備を夜の闇に紛れて進めた。
27機甲連隊が大きな損害を受けていることは、ウランバートルも13師団も確認している。
27機甲連隊は夜には動けないだろうと思いこんでいる中で、アルトリアはその両軍の目が離れている隙に夜の闇に紛れてウランバートルの外に偵察兵を配置。
同時にそれら偵察部隊同士と連隊駐屯地、前線部隊が迅速かつ綿密な連絡を取れるように、有線通信による連絡網を構築した。
さらに夕方の戦闘でザフトの撒き散らした砲火から、ウランバートルからの支援砲撃の有効射程を計測。
遮蔽物のないモンゴル高原では釣りだした敵をウランバートルからの支援砲撃が届かない場所まで引っ張り出し孤立化させることが、各個撃破する上で重要となる。
そして支援砲撃の届かない場所を確認し、そこを戦場と定めて、狐の巣穴をモンゴル高原の大地に急いで掘らせて歩兵が身を隠す場所を確保した。
また、敵の目をくらませるためにさらなる仕掛けも用意する。
こうしてザフトが油断している夜を使い、ウランバートルのザフトに勝利するための下準備を徹底的に行った。
連隊長は決して負けるつもりはない。
夕方の戦闘でザフトに一矢報いることもできず大損害を被り負けたことからアルトリアに不信感を抱く連隊の兵士もいたが、この夜の下準備でそんな心配が杞憂であり本気でアルトリアが勝利するつもりであることを再認識したことで、敗北に低迷しつつあった士気も持ち直した。
──こうして、勝利により結束が崩れたザフトと、敗北により結束がさらに固まった27機甲連隊が、本命となるウランバートル攻防戦の2日目を迎えることとなる。