その首置いてけザフト共   作:みども

47 / 95
ウランバートル攻防戦 5

 

 

 ユウら負傷者を出しながらも、釣り出された敵部隊の混乱の隙をつき多くの被害を敵に与え蹴ちらすことに成功したアルトリア達。

 一方、ウランバートルより出撃し二手に分かれたもう一方の部隊の撃破を目指すアルトー・ピサロ率いる27機甲連隊の別働隊は、ユリシーズ隊から奪ったディンを用いて偽駐屯地からの偽装撤退を行い、それにつられてきたザフトに対する包囲網形成に向けて動いていた。

 

 ザフト側から見れば、別働隊は火事の起きた駐屯地から慌てるように出てきて、それをユリシーズ隊に追撃されているように見える。

 ディンは空砲の機銃を撃ちながら別働隊を空から追い立てるように展開しており、それを見たザフトは挟撃を図るために移動する。

 それを確認し、昨夜のうちに調べたウランバートルからの支援砲撃の射程圏外までザフトを誘引したところで、強奪したディンで戦闘の芝居をしていたナガト小隊は空の機銃に実弾を込めたマガジンを取り付け、挟撃を狙って接近してきたザフトに向けて逆にその側面をつくように向きを変えて奇襲を仕掛けた。

 

「何ッ!? 貴様らどういうつもりだ!?」

 

 友軍だと思い込んでいる相手からの突然の攻撃。

 この奇襲は数に勝るザフトを混乱に追い込む。

 これにより乱れたザフト軍に対し、偽装撤退をしていた別働隊も反転、挟撃を仕掛けようとしたザフトは逆に挟撃を食らう事態に発展した。

 

「敵は乱れたぞ! 今だ、合図を出せ! 隠れている各隊を集めろ!」

 

 もともとウランバートルから打って出てきたザフトは、足並みもバラバラで指揮系統もまとまっていない烏合の衆である。

 混乱に包まれるのに時間はかからず、すかさずそれを好機ととらえたアルトー・ピサロは合図となる信号弾を放ち、この誘引ポイントの近くに隠していたミハエルのバクゥらへ集合の号令を出す。

 

「お、いよいよ俺の出番だな。よし、行くぞクズネツォフ中隊!」

 

 砂色のカバーで隠していたバクゥを起動、モンゴル高原の大地を走らせ疾走するミハエルのバクゥ。

 それに続くように、クズネツォフ中隊がトラックで出撃し、敵を包囲するべく退路を塞ぐように展開し、次々とミサイルを混乱するザフトに向けて発射してきた。

 

「後方より奇襲!」

「馬鹿ないつの間に──!?」

 

 後方を塞ぐように出てきたクズネツォフ中隊の奇襲は、ザフトにさらなる混乱をもたらす。

 味方からの攻撃、奇襲、後方からの襲撃と次々に出てくる敵部隊に、数で優勢ながらもバラバラの部隊の寄せ集めてあったザフトは混乱。包囲するように展開し次々と友軍を撃破していく27機甲連隊の数を自分たちよりも多いと誤認し、もはや勝てないと戦線の離脱を試みる部隊が出てきた。

 

「あいつらなんかに降伏したら、イルクーツクのように……! て、撤退!」

「くそ、逃げ道はどこだ!?」

「貴様ら勝手に逃げるな! ナチュラル共如きに背を向ける気か!」

「黙れ! お前の指図を受けるいわれはない!」

「付き合ってられるか! 逃げるぞ!」

「ま、待ってくれ! 俺たち歩兵を置いていくな!」

 

 もはや組織的な戦闘能力は崩壊していた。

 各々包囲網の突破を試みて好き勝手な方向に逃げようとする。

 だが、ザフトを憎む27機甲連隊はその逃走を許さず、部隊を纏めて一点突破するようなこともできなくなっているバラバラのザフトを各個撃破することで脱出を許さず、次々に撃破していった。

 

「1人も逃がすな! ザフト共の首全て落とす!」

「包囲網厚くするぞ! MSから蹴散らせ!」

「歩兵も1人も逃がすな!」

 

「クズネツォフ! 誤射なんかするんじゃねえぞてめえ!」

 

「するわけないって副長!」

 

 包囲する連隊の中でも、モンゴル高原の大地を縦横無尽に駆け回るミハエルのバクゥが発射する多数のミサイル。

 これが機動力に劣るザウートなどのMSの装甲を次々を破壊し戦闘不能に追い込み、MSを破壊され混乱する車両や歩兵部隊を戦車や地上部隊が次々に撃破し駆逐していった。

 とはいえ数はやはりザフトが多い。バラバラに動いているとはいえ、イルクーツクの虐殺に関して事実を曲げ誇張された内容で発表されたプロパガンダを信じ込んでいるザフトは、首置いてけと叫び怪我しても無視して突撃を繰り返すような敵には降伏できず、死ぬ気で包囲網の突破を試みようと必死の抵抗をしてくる。

 

「ピサロ、そのまま包囲を解くな!」

 

「えっ!? 連隊長なんでこっち来たのですか!?」

 

 続々と駆けつける味方により戦力差は少しずつ解消しているが、数の劣勢は否めず包囲網に綻びができそうになって来た頃、そこに別方面のザフトを蹴散らしてきたアルトリア達が飛んできた。

 

「連隊長だ!」

「よし! もう一踏ん張りだ!」

「首置いてけやザフト共!」

 

「し、白いジン……!?」

「凶星……!? いや、魔女だ! 魔女が来た!」

 

 連隊の兵士達が尊敬し、ザフトが強く警戒する、イルクーツクの攻略を成し遂げた立役者である“凍土の魔女”。

 その乗機である雪原において保護色となる白の塗装を施された特徴的なジンの姿の到来に、連隊は士気が上がりザフト側は慄く。

 

「降伏する敵以外は一切容赦するな! 逃げる敵がいれば背中を躊躇なく撃て! ザフト共は血祭りだ!」

 

「「「了解!」」」

 

 統率が崩壊し、士気が崩壊し、組織的な抵抗が不可能になったザフトに、もはや勝算はない。

 MSは全て蹴散らされ、抵抗したり逃げようとしたりする者達はことごとく討ち果たされ、逃げ道のない包囲網に取り残された残兵はもはやこれまでと武器を捨てて投降した。

 

 包囲網に残された生き残りのザフトが全員降伏したのを確認した連隊は、戦闘態勢を解く。

 

 ウランバートルに集ったザフトのほとんどの戦力を動員した2日目の戦い。

 都市より出撃してきた敵戦力はアルトリアの策に見事にはまり、1日目の戦闘とは打って変わり連合側の圧勝となった。

 この日の攻防戦でウランバートルが受けた損害は非常に大きく、残ったウランバートルの守備軍では未だ無傷の第13師団の攻撃を受けた場合都市を守りきれない可能性も出るほどにその戦力を低下させることとなった。

 

「……やりましたな」

 

「ああ」

 

 逃げ散ったザフトは、もはや戦闘に復帰することは困難だろう。

 主戦力となるMSは壊滅し、出撃してきたザフトはことごとく蹴散らされ、あるいは降伏した。

 

 副官のアルトー・ピサロの言葉に、アルトリアも頷く。

 そして、集った連隊の兵士達に向け、白いジンの上に立ち高らかに勝利を宣言する。

 

「今日の戦い、まぎれもない我々の勝利だ!」

 

「「「ウオオオオォォォォォ!!」」」

 

 アルトリアの勝鬨に、連隊の兵士達が拳を掲げて応える。

 彼らに取り囲まれたザフトの捕虜となった者達はほとんどがうつむいており、自分たちの敗北に異を唱えることはできない。

 

 圧倒的な戦力差で開始されたウランバートルの2日目の戦いは、まぎれもない27機甲連隊の勝利であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 とはいえ、圧勝で終わった27機甲連隊も無傷ではない。

 特にピサロ率いる別働隊は包囲網からの脱出を図るべく死に物狂いで抵抗してくるザフトの部隊も多くいたことで、窮鼠猫を噛むともいうべき反撃により少なくない被害を受けている。

 絶対に不可能とみられたウランバートルの攻略が現実的に成功できる段階に持ってきたところで戦果は十分とし、この日の戦闘を切り上げアルトリア達は降伏したザフトの捕虜を連れて駐屯地へと撤退していった。

 

 捕虜となったザフトはいつ虐殺の目に遭うかと怯えていたが、27機甲連隊は彼らの予想に反しコルシカ条約を遵守。

 抵抗する敵、降伏を拒絶する敵には一切容赦しないが、白旗を揚げた者達には女性兵士相手であろうと一切の危害を加えることを固く禁じており、捕虜としての権利を尊重する扱いを徹底した。

 

 イルクーツクの捕虜虐殺を行った敵とは思えない27機甲連隊の姿に、最初は殺されないかと恐怖していたザフトの捕虜は困惑し、次に安堵し、そして本国より聞かされた内容の差に違和感を感じるようになる。

 

 ザフトは条約に連盟していないことを、地球連合はザフトを正規軍ではなくテロリストに定義していることを大義にかざし、両陣営で平気で捕虜や民間人への殺戮行為が繰り返されており、コルシカ条約は全くと言っていいほどこの戦争では守られていない。

 それを地球連合の中でもとりわけザフトに向けて強い敵意を見せてきた27機甲連隊が守っている。

 

 連隊長を魔女と呼び、連隊のコーディネイターを裏切り者と呼び、捕虜を虐殺する残虐非道な集団と呼ぶパトリック・ザラから聞かされた姿との差異。

 

 違和感が強くなったからか、それとも恐れ知らずなのか。

 降伏したザフトの中で唯一赤服に身を包むザフトレッド──仲間達が怯えている中で1人だけ能天気とすら思えるほどに落ち着いている人物が、アルトリアに尋ねた。

 イルクーツクで捕虜を虐殺したくせに、なんで今回はコルシカ条約を守っているんだ? と。

 

「…………」

 

 その言葉を受けた27機甲連隊の面々は、様々な反応を示した。

 苦い思い出なのか目をそらす者、怒りに震えて拳を握り締める者、ザフトの言葉に困惑する様子を見せる者。

 そして疑問を投げかけられたアルトリアは、無言でアルトー・ピサロに処理していた書類を一時的に押し付けるとザフトの捕虜の前に行き、彼らと目線を合わせるように地面に座り込んだ。

 

 アルトリアの行動はザフトの捕虜達を困惑させる。

 地面に座らされている捕虜達と同じ高さの目線まで下りたアルトリアは、戦闘中には狂ったように首を寄越せと叫び突撃してくる者達を率いる魔女には似合わない落ち着いた声で、ザフトの捕虜の疑問に答える。

 

「それは、私たちが軍人だからだ」

 

「条約の順守は、義務と?」

 

 軍人だから。

 コルシカ条約に連盟する国の軍人だから、条約を遵守する義務がある。

 アルトリアがザフトに提示した答えは模範的なもの。

 

 だが、当然イルクーツクで捕虜を殺した前科のある27機甲連隊がそんな模範的な答えをしてもザフトは納得できない。

 仲間達がいつ撃ち殺されるかと冷や汗をかいている中で、疑問を投げかけたザフトの捕虜はイルクーツクの件の件についての話題を切り出す。

 

「なら、イルクーツクの時はなんで無抵抗の捕虜を殺した? 彼らもまたコルシカ条約により守られるべき捕虜としての権利を持つ者。昨日までザフト(我々)をテロリストと定義づける立場を変えたから? それとも、イルクーツクで同胞を殺したことがその信義を確立する要因になったとでも?」

 

 そのザフトの捕虜は、淡々と事実を並べるように言う。

 イルクーツクでの虐殺は許されることではないと考えているが、生真面目な軍人がいる地球連合と違い降伏したナチュラルに関しては問答無用で皆殺しにすることが国防委員長により規定されている──つまり()()()()()()()()()()()()()()()という歪んだ面を持つ組織であるザフトがそういう怒りを向けられることに関して彼は一定の理解があった。

 感情のままに責めるのではなく、伝え聞くイルクーツクの件と今回は捕虜を殺さなかった件、この違いがなぜあるのかを疑問として投げかけていた。

 

 イルクーツクで捕虜が殺されたのは、ヘルモルトの独断である。事実として、自殺した彼以外にザフトの捕虜を殺した者は27機甲連隊にはいなかった。

 だが、あの時建物を封鎖して彼が1人でその責を受けなければ捕虜虐殺に多数の兵士が加担していた。

 そうなれば連隊が組織的に行った事と見做され、本国上層部は嬉々としてその責任を追及しアルトリアたちにも波及することとなり、最悪連隊が解散される可能性も高かった。

 

 だから、その疑問には部下1人の暴走と答えることはできた。ヘルモルト自身も、きっとそれを望んで捕虜虐殺の責任を1人で背負いこんでくれたのだろう。

 アルトリアは投げかけられる疑問の声と同じように、事実だけを淡々とした口調で疑問に対する回答とした。

 

「捕虜虐殺を行ったのは1人の部下の独断と暴走だった。自殺したその部下を除き、連隊に捕虜虐殺に加担した者はいない」

 

「捕虜虐殺は実行犯1人の独断による殺人行為であり、当時の連隊もまた今と同じようにコルシカ条約の遵守を放棄したわけではなかった?」

 

「その通りだ。だが──」

 

 ザフトの捕虜と確認する問いを肯定する。

 肯定した上で、それでも彼女はヘルモルト1人だけを悪にはせず、あの時の連隊の隊員達の心情もまた事実として答えた。

 

「だが、その暴走がなければ私もまたその悪行を止めることはできなかっただろう。軍人としての義務を放棄することになっていた可能性は否定できない」

 

「…………」

 

 1人の部下の暴走による虐殺であり、当時もまた連隊はコルシカ条約を遵守し捕虜の人権を遵守する対応をしていた。

 それならばなんら現状と矛盾はなく、納得のいく回答ではあった。

 それでも自らそれをさらに否定し、あの時1人の部下の暴走がなければ連隊の総意として捕虜の虐殺をしていた可能性が高いとアルトリアは言葉を重ねたことで、疑問を投げかけるザフトの捕虜にはまた新たな疑問が浮かんできた。

 

 当時から、27機甲連隊はコルシカ条約を遵守する者達であった。

 だからこそこうしてウランバートル守備隊の自分たちは生かされている。

 だが、アルトリアは部下1人の暴走の結果で起きた惨劇でありながら、しかし連隊はイルクーツクの捕虜は虐殺をためらわなかったであろうと答えたのだ。

 

 何故イルクーツクの捕虜が虐殺されたのか? 

 その疑問は同じザフトでも、当時のイルクーツク守備隊のザフトと、今の自分たちザフトに何かしらの違いがあるのではないか? 

 捕虜虐殺は1人の暴走が事実であっても、連隊の意思は捕虜の虐殺を起こしていただろうという。

 コルシカ条約を遵守している彼らはそれでも捕虜を殺す選択をしただろうという。それに値する何かがあるとすれば、要因は連隊ではなくイルクーツクのザフトにあったのではないか? と考えた。

 

「……つまり、その暴走を誘引した原因がイルクーツクにはあった?」

 

 アルトリアの答えから、ザフトの捕虜は疑問の答えを推測する。

 彼女は部下1人の暴走によるもので連隊が行ったことではないと否定した。否定した上で、しかしその暴走がなければ連隊が捕虜を虐殺していただろうと、咎を実行犯1人に背負わせなかった。

 パトリック・ザラの発表した内容にはない、プラントで意図的に隠された事実があるかもしれない。

 

「おい、何を言って──」

 

「うるさい黙って下さい。騒いだ瞬間殺されるかも知れない立場を弁えなさい」

 

「……ッ」

 

 ザフトレッドは、冷や汗を流していた仲間達がさすがに怒りを覚えて反論しようとするのを黙らせる。

 彼はただ、仲間達の安全のために、捕虜虐殺をしたと伝え聞く彼らが今回は捕虜となった自分たちを殺さなかった理由を知ることでイルクーツクで殺された同胞の二の舞になる事態を避けようとしているにすぎない。

 そのためにアルトリアからイルクーツクの捕虜が殺された真相を知りたいだけだった。

 

 故に、淡々と知りたいことを尋ねている。

 例えザフト側に非がある事実があったからその虐殺が起きたのだとしても、それもまた事実と淡々と受け止めるつもりで。

 

 そのザフトレッドに、アルトリアは連隊がイルクーツクの捕虜に殺意を抱いた理由である、彼らが知らないイルクーツクで起きたことを動機として答えた。

 

「実行犯がイルクーツクでザフトの捕虜を殺害した動機は、イルクーツクにおける60万人以上の民間人の虐殺を行ったことに怒りを覚えたからだった」

 

「…………」

「「「!?」」」

 

 イルクーツクで60万人を超える民間人が殺され、都市1つの人口が消えた事件である、“イルクーツクの大量虐殺”。

 地球連合加盟国がザフトに対して大々的に非難を行い、厭戦気分の広がっていたシベリア戦線のユーラシア軍の士気を跳ね上がることとなったこの事件は、プラントにおいては秘匿されている事件である。

 初耳のその言葉に、疑問を投げかけたザフトレッドはそれが答えかと無言で納得し、ザフトの捕虜達は驚愕した。

 

 平然と地球連合の捕虜を殺すザフトでも、さすがに民間人への虐殺行為には驚きを隠せない。

 それも60万人以上という犠牲者は、単純な数だけならあの“血のバレンタイン”の2倍以上になる。

 

 血のバレンタインの報復であり、核兵器による悲劇を2度と起こさせないためという大義を掲げた報復行為として行ったニュートロン・ジャマーの大量散布によって発生した、深刻なエネルギー不足によって10億人を超える餓死者を出したエイプリル・フール・クライシス。

 これに関しては、被害拡大の一端にエネルギー不足を承知の上で軍事に不足するそれらをつぎ込み飢える民を顧みなかった地球連合にも非があるし、核兵器根絶の大義があったからこそ、プラントでは支持されていた。

 

 だが、ニュートロン・ジャマーの大量散布という血のバレンタインの惨劇の報復をした後で、戦争になんの関係もない()()()()()()()()()()()()()を行った。

 彼らが忌み嫌いナチュラルを憎む最大の動機となっている血のバレンタインに類似する民間人への大量虐殺行為を行う友軍がいたという事実は、ザフトの捕虜達を驚愕させた。

 

「そ、そんなことあるはずが──」

 

 ザフトがそんなことをするはずがない。

 否定しようとしたザフトの捕虜達の前に、ドサリと。連隊の兵士達が投げつけてきた大量の紙の束が落ちた。

 

「被害者の氏名、死亡原因、死亡推定時刻、状況から推測される殺害方法がまとめられたものだ。被害者数が多すぎでまだ調査が終わっていないが」

 

「!?」

 

 それは、27機甲連隊が彼らの無念を決して忘れないと誓うために持っている、イルクーツクの大量虐殺に関する現状の判明した調査報告をまとめた資料のコピーである。

 被害者の数があまりにも膨大なためその全容把握には至っていないが、それでもイルクーツクの大量虐殺が事実であることを示す証拠だった。

 

「こ、こんなの……」

 

「俺たちは実際に見た。お前達がどれだけ否定しようが、この事件があったのはまぎれもない事実だ」

 

 食い入るように資料を見て、本国が隠した悍ましすぎる事実に混乱する捕虜に、実際に惨状を見たものとして副長のアルトー・ピサロがまぎれもない事実であることを突きつける。

 

「核兵器なんてない。軍人だっていない。武器も持たないまぎれもない民間人だ。民間人()()()だ! やったのはお前らじゃないから八つ当たりみたいになるけどな、ザフト共(お前ら)よくこんなことができたよな!!」

 

「ひっ……!?」

 

「ヘルモルトが詰め寄った時、奴らなんて言ったと思う? まるで当たり前のような平気なツラして、“ナチュラルを殺して何が悪い”ってほざいたんだぞ!」

 

「し、知らない……! こんなことは……!」

 

「目ぇ背けてんじゃねえよ!」

 

 プラント本国はイルクーツクの大量虐殺を前線の兵士達に対して、一般階層の者達に対して隠匿していた。

 だから彼らは本当に知らなかったのだろう。

 それでも目を背けるのは許さない。

 アルトー・ピサロの怒鳴り声に、事実から目を背けようとするザフトの捕虜達は逃げることを許されない。

 

「自分たちの組織が抱える陰から目を背けるな! 知らなかったじゃ済まされねえんだよ!」

 

「……ッ」

 

「義勇軍なんて謳って免罪符にしてんじゃねえ、軍人がなんなのか理解しろよ! 俺たちは本来人殺しを咎める立場にある国家に、武器を貸し与えられて殺人を命令されているんだ!」

 

 アルトー・ピサロの言葉は、アルトリアが常日頃から連隊の兵士達に向けて伝えている教え。

 時としてブルーコスモスのテロリスト以上にザフトへの憎しみをさらけ出す彼らが、コルシカ条約を遵守し降伏したザフトやプラントの民間人に危害を加えることを固く禁じている信念。

 

「命令だから、国のためだから、人殺しをする! だからこそ、武器を握っている兵士の判断じゃなくて、武器を向けていい相手と向けちゃいけない相手を明確に条約で区別しなきゃいけねえ! 条約でキツく縛り付けて、兵士に武器を向ける相手を選ぶ権利を与えちゃいけねえんだ! 一時の正義感で人を殺してしまったら、人殺しの権利を与えられたって考えが染み付いて、平和な世界に戻るための心すら兵士から奪っちまう! 民間人を殺す行為が正当化されちまう!」

 

「…………」

 

「だから国際法が、コルシカ条約があるんだ! 人の生命と尊厳を守る戦時条約なんて矛盾だらけのこの条約は、銃を向けられる人も、銃を向ける人も、白旗あげた人も、無関係な民間人も、いろんな立場の人間の、命と心を戦場なんて地獄から守るためにあるんだよ!」

 

「…………」

 

 相手の人種の存在そのものすら否定する、憎悪をぶつけ合う絶滅戦争。

 形骸化したコルシカ条約を頑なに守る理由は、そんな歪んだ戦争の中で国家に武器と殺人の正当性を与えられた軍人という狂った仕事を遂行する者達を人間に止めるためのブレーキでもある。

 

 歪み暴走した正義感は、どんな極悪非道な犯罪者の凶行も上回る。

 その地獄に落ちないために、兵士の判断ではなく条約というルールで軍人を縛り付けなければいけない。

 

「正義の人殺しなんてあっちゃいけない。だから俺たちはコルシカ条約を守る。軍人が、修羅に落ちないために」

 

「…………」

 

 アルトー・ピサロの言葉を聞いたザフト達は、反論も言い逃れもできず口を噤むしかなかった。

 

「……それでも、イルクーツクの民間人虐殺は許さなかった。それが、凶行に走る者がいなければ連隊が捕虜を殺していただろうという意思に対する答えと?」

 

 周りの仲間達が口を閉ざした中で、ザフトレッドはアルトリア、そしてイルクーツクの捕虜虐殺を連隊で起こしていただろうという意思があったと言った27機甲連隊の兵士達に問う。

 連隊の兵士達は誰1人否定せず、アルトリア自身もそれを肯定した。

 

「そうだ。私たちは、命をかけて修羅に落ちることを止めてくれた1人の犯罪者に救われた」

 

「イルクーツクの捕虜は死に、我々は生き残っている。それがこの矛盾に対する貴方達の答えであり、事実というのか」

 

「そうだ。だから、我々は決して捕虜を殺すことはなく傷つけることもしない。彼の死を汚さぬためにも、お前達に危害を加える者がこの連隊には1人もいないことを、連隊長である私が保証する」

 

「……理解した」

 

 アルトリアの答えを聞いたザフトレッドは理解した。

 彼らがコルシカ条約を遵守していること。

 イルクーツクの捕虜は殺しておきながら、自分たちはこうして生かされている理由を。

 ……そして、ウランバートルの戦いの決着がつけば、捕虜となった自分たちがどうなるかを。

 

 終始淡々として冷静だったそのザフトレッドに興味を持ったアルトリアは、もう訊きたいことに対する答えは得たと会話を終えたそのザフトレッドに名前を尋ねた。

 

「──お前、名前は?」

 

「……ココ。ココ・リーニ」

 

「ココ、か。覚えたぞ、ザフトレッド」

 

 覚えやすい名前ではある。

 アルトリアに名前を覚えられたことにもザフトレッド──ココ・リーニは相変わらず反応は薄い。

 

 そういえばと、MSは全て撃破したにもかかわらず歩兵にザフトレッドが混じっていたことに疑問を抱いたアルトリアが尋ねると、リーニはかすかに眉根を寄せこう答えた。

 

「……味方にディンを盗まれた」

 

「…………」

 

 リーニのこの発言に、アルトリアはウランバートル守備隊のまとまりの無さは自分の予想をさらに上回るものであったことを知り、敵ではなく味方にMSを盗まれるという悲劇に見舞われたそのザフトレッドには流石に同情してしまった。




師団の戦力があれば正面からウランバートル攻略も可能なレベルに敵戦力を削ることに成功して、2日目が終了。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。