その首置いてけザフト共 作:みども
アンドリュー・バルトフェルド。
──またの名を“砂漠の虎”。
ユーラシア連邦にとって、このザフトの名将は有名である。
アフリカ大陸を二分する勢力。
ユーラシア連邦の同盟国であり、ハビリスが建つビクトリア湖を含むアフリカ大陸南方に国土を有する、地球連合加盟国の一角である国家“南アフリカ統一機構”。
親プラント国家の一角であり、地球におけるザフトの二大拠点の片翼を担うジブラルタルから地中海の出口であるスエズに至る、リビアを含める北アフリカに広がる無数の勢力の統合体である“アフリカ共同体”。
この2つの勢力は、アフリカ大陸の覇権をかけ連合・プラント大戦の開戦以前から武力衝突を繰り返してきた。
そのアフリカ共同体が領土内に進駐を認め、アフリカ戦線にて連合とぶつかり合っているザフトの前線部隊を率いているのが、バルトフェルドである。
スエズ攻防戦を始め、地中海、北アフリカ、中央アフリカ、東アフリカ、シリア、サハラ砂漠などなど、ユーラシア連邦はジブラルタルとこのバルトフェルドの率いるザフト部隊、通称“バルトフェルド隊”に何度も敗北を繰り返してきた。
敗退を重ねたユーラシア連邦と南アフリカ統一機構は、地中海南方とエジプト方面の制海権と中央アフリカを完全に失い、その最前線をハビリスのあるビクトリア湖まで後退させられるに至っている。
その強さから、アンドリュー・バルトフェルドはリビアやナイジェリアなどのサハラ砂漠を舞台に戦場を縦横無尽にかける姿から“砂漠の虎”の異名で畏れられていた。
リビアに降りたナスカ級を追撃し、G兵器奪還に向けあと一歩のところまで至った時に、ユウの操縦する長距離偵察型ジンを撃破し横槍を入れてきたザフトの陸上戦艦であるレセップス級は、このバルトフェルド隊の旗艦であるネームシップ“レセップス”だった。
クルーゼ隊の方から援軍要請があらかじめ入っていたのか。
レセップスの登場とMS1機の撃破により、ベニグセンと現有戦力による敵勢力圏内でのG兵器の制圧が困難であると判断したアルトリアはすぐに一時撤退を決断。
爆発に巻き込まれる前に脱出に成功したユウをミハエルが回収し機体をベニグセンに戻すと、1度アークエンジェルと合流するべくそのナスカ級と渡り合う武装の代わりに有する速力を持って撤退していった。
「……やはり、レセップスかと」
「砂漠の虎はビクトリア基地の攻防戦に掛かりきりと思っていたのだが、リビアに来ていたとは……」
レセップスの登場は、アルトリアにとっても想定外であった。
年初に行われたユーラシアの援軍もあり失敗に終わったカオシュン宇宙港攻略戦の結果より、ザフトは地球連合の宇宙港を占領し地球と宇宙の補給線の分断を図るオペレーション・ウロボロスの目標としてビクトリアのマスドライバー攻略に注力しているという情報があり、そこからアルトリアはアフリカ戦線のザフト軍司令官であるバルトフェルドもビクトリア方面にいたと考えていた。
しかし、レセップスはリビアにいた。
事前にクルーゼ隊から救援要請を受けていたのか、それとも何らかの別の事情で偶然近くに展開していたのかはわからないが、ナスカ級の不時着からほとんど時間をおかずに救援に来た。
レセップスはG兵器とクルーゼ隊を回収後、不時着したナスカ級の残骸にて何らかの作業に取り掛かっている様子。
本隊はビクトリア方面にいるのか、それとも近くに展開しているのかもわからない。
敵戦力の詳細が明確に判明していない現状、ベニグセン単艦で挑むのはリスクが大きく、偵察部隊を置いてレセップスを監視しつつ地球に降りてきたアークエンジェルと合流し今後の方針を立てることにした。
今後、クルーゼ隊はG兵器の機体を本国に持ち帰るためにレセップスとともにジブラルタルに向かうと予想される。
当然、アークエンジェルとしてはザフト側にフェイズシフト装甲を始めとする多くの新技術が搭載されたMSを渡すわけにはいかないし、クルーゼ隊の壊滅を目指すベニグセンとしてもこのままジブラルタルから宇宙に上がりプラント本国に向かうことを許すつもりはない。
偵察部隊が監視するレセップスの進路に展開し、ジブラルタルにたどり着く前にG兵器を奪還するために、それを守る砂漠の虎を倒すための作戦を立てるべくアルトリアは動き出した。
「まずはアフリカ戦線ビクトリア基地の前線におけるザフトの展開する戦力を確認しろ。バルトフェルド隊が北アフリカに展開している戦力を把握したい。それから、確かアフリカ共同体領土には南アフリカ統一機構が支援する反プラント派のレジスタンスがいると聞く。地理情報を得るためにも彼らと接触を図りたい」
「すぐに調べます!」
「それからフッカー艦長に通信を。G兵器がジブラルタルに到達したときのためにも、あの地中海の大西洋側出入口を塞ぐ拠点を潰しておく必要がある。大西洋連邦にもジブラルタルの攻略の援軍を要請したい」
アークエンジェルと合流したアルトリアは、G兵器奪還のため、そしてユーラシア連邦にとって目下最大の脅威と言える存在の砂漠の虎を打ち倒すための作戦を組み上げていく。
まず、バルトフェルド隊の北アフリカにおける戦力を把握するため、ビクトリア基地の前線に展開しているザフトの情報を集めるように指示。
それとともに、南アフリカ統一機構が支援するアフリカ共同体の反プラント派の武装組織レジスタンスである“明けの砂漠”に接触を図り、共通の敵であるアフリカ共同体の親プラント派と北アフリカに駐屯するザフトを倒すための協力関係の構築を模索した。
サハラ砂漠の地理に明るい明けの砂漠を味方につけることができれば、情報収集や補給などの面でかなり有利となる。
アンドリュー・バルトフェルド本人がレセップスにいるのか、それともビクトリア方面にいるのかはまだ判らないが、ユーラシア連邦本国が幾度も苦杯を舐めさせられてきた砂漠の虎を打倒できれば、それはシベリア特区追放を受けた仲間たちの立場を変えるための大きな一助にもなるだろう。
それから、G兵器を擁するクルーゼ隊の目的地として可能性が高いジブラルタル。
バルトフェルド隊に追撃を振り切られた時この逃げ道をふさぐためにも、アークエンジェルを通じて大西洋連邦にハルバートンから働きかけてもらい、ジブラルタル攻略に連合の戦力を動かしてもらう事とした。
どちらにせよ、大西洋方面の地中海の入り口を塞ぎ、ユーラシア連邦の本領であるヨーロッパに対する橋頭堡としても機能しているジブラルタルはいずれ必ず落とす必要のある拠点だった。
大西洋連邦を動かすことができれば、本国の欧州戦線を担当する第3方面軍も動く可能性が高い。
第3方面軍の総司令官であるフリードリヒ・ハイドリヒ中将は、スカンジナビアやブリテン島を含める欧州全土と地中海のユーラシア連邦による完全統一を果たすという野心を抱いている人物である。ジブラルタルを大西洋連邦が攻略することを阻止するためにも、大西洋連邦が動けばジブラルタルへ大規模な戦力を派遣するはずだ。
ジブラルタルを制圧できれば、ザフトのアフリカ戦線や地中海戦線への宇宙からの補給が滞る事となり、アフリカ戦線の趨勢が地球連合の優勢に一気に傾くとともに、欧州本土やビクトリアの安全を確立できる。
ジブラルタルのマスドライバー施設制圧とビクトリア基地の安全が確立できれば、それはすなわちカオシュン宇宙港の攻略失敗により完遂のめどが立っていないザフトの掲げる地球連合の地球と宇宙の分断であるオペレーション・ウロボロスの完全破綻にもつながり、戦争終結に向けても大きな戦いとなるだろう。
アルトリアはG兵器の奪還だけでなく、その先の戦争の趨勢そのものにも大きな影響を与えるべく、砂漠の虎へ戦いを挑むつもりだった。
「この戦い……場合によっては戦争に大きな影響を与えることになるだろう。敵があの砂漠の虎というならば、挑むには十分な理由だ。勝つぞ、貴様ら! 虎の首をとる!」
「「「了解!!」」」
戦力は万全とは言えないが、そんな状況での名だたるエースの率いるザフトとの戦いは何度も乗り越えてきた。
アルトリアの号令に、ベニグセンに搭乗する兵士たちが敬礼を返す。
その中に、砂漠の虎の名を聞いて怖気付き戦いを拒絶する兵士は1人もいない。
──かつて、凍土の魔女はただの1都市であるイルクーツクの攻略という局地戦から、シベリア鉄道の奪還による補給体制の改善という戦線1つの趨勢を変える影響を与える勝利を挙げた。
そしてそれは最終的にシベリア・蒙古戦線のザフトを敗退に追い込み、ユーラシア連邦と東アジア共和国の冬季もつながる支援ルートを確立しカオシュン宇宙港攻略の阻止にまで繋げた。
魔女の見る戦場の景色は、局地的なものに留まらずその先にも大きな影響を与える戦略を見据えている。
その采配は、さながら魔法。
その魔法を再び振るい、今度はさらに大規模なものへとつなげるため、魔女は砂漠の戦場で虎へと挑む。
「連隊長、アークエンジェルと通信がつながりました」
「モニターに出してくれ。……フッカー艦長、今後の方針についてだが──」
レセップスの救援により、ベニグセンはG兵器の奪還を断念。
地球に降りてきたアークエンジェルと合流に向け、一時撤退した。
そのバルトフェルド隊の救援により生き残ることができたイザークたちは、レセップスに保護された。
レセップスの艦長であるマーチン・ダコスタに無理を言ってヴァレットに残されていたフランツ以下ゲラート隊の兵士たちの遺体を弔った後、イザークたち3名はジブラルタルへ向かうレセップスの艦長室にて、自分たちを助けてくれた人物と対面していた。
「クルーゼ隊所属、イザーク・ジュールです」
「同じく、ディアッカ・エルスマンです」
「同じく、オロール・グーデンブルクです」
「そんなにかしこまらなくていい、堅苦しいのは苦手でね。僕はアンドリュー・バルトフェルド、一応アフリカ戦線のザフトを預かっている者だよ」
「一応も何も事実責任者です」
クルーゼ隊の3人がパイロットスーツのまま対面しているのは、役職的には本来白服を着ているはずだがその異名に似合う黄色の服に身を包んでいる人物。
アフリカ戦線のザフトを率いる、砂漠の虎の異名を持つ名将。
アンドリュー・バルトフェルドである。
本来ビクトリア攻略のために動いているアフリカ戦線の隊長である彼は、彼らの駐屯を認めている親プラント国であるアフリカ共同体の要請により、南アフリカ統一機構の支援を受けアフリカ共同体領土内で暴れる武装組織“明けの砂漠”の対応のためにリビアにて動いていたところ、イージスからの救援要請を偶然拾い、レセップスを動かし救援に駆けつけてくれたのである。
結果、敵のMS1機を撃破しベニグセンを撃退、イザークたちの窮地を救った。
当人は砂漠の虎という異名に似合わない、イザークたち若者相手にも見下したり居丈高に出ることなく接する落ち着いた人物だった。
救われた立場であるイザークたちが無理を言って願い出たヴァレットの乗組員の弔いも、嫌な顔1つせず応じてくれた上に遺品の搬出や遺体の埋葬なども手伝ってもくれた。
レセップス艦長である副官のダコスタとのやりとりも、さながら友人同士の掛け合いのような壁を作らないものであり、彼の人柄が伺える。
「おっと、ちょうどいいタイミングでできた! お互い話すことがたくさんあるだろうけど、まずはこれを飲んでくれ。僕の新作ブレンドだよ、遠慮することはない」
「…………」
堅苦しいのは苦手だと3人を座らせ、ベニグセン相手にダコスタが戦闘指揮を取っていた間呑気に没頭していた新作のコーヒーブレンドをイザークたちと自分の前に並べる。
呆れながら無言の抗議を飛ばしている副官を無視して子供のような期待の眼差しを向けてくるバルトフェルドに促され、イザークたちはカップを手に取った。
「頂きます……美味い」
「熱ッ!」
「(に、苦い)……美味しいです」
バルトフェルドの新作ブレンドを口にして、三者三様の感想を浮かべる。
苦いものに抵抗のないオロールにとっては美味に感じ、猫舌のディアッカにとっては熱く、どちらかというと甘い方が好みである子供舌のイザークにとっては苦すぎた。
そして、ブレンドした張本人は一口飲んで──
「熱ッ……うん、苦みが強すぎるな! これは失敗だ」
その味を苦いと評した。
「「「苦いのかよ!」」」
今度は3人の感想が一致した。
砂漠の虎は異名の通り猫舌で、顔に似合わず甘党だった様である。
そして、反射的にとはいえ他部隊の隊長であり、初対面で、しかも命の恩人であるバルトフェルドに思わずツッコミを飛ばすという無礼を働いたことに、揃って口をふさぐイザークたち。
それを見て、バルトフェルドは怒るどころか大口を開けて笑いをあげた。
「ハハハ! 息ピッタリだね君たち、いやあ素晴らしい!」
「少しは砂漠の虎の威厳を保とうとは思わないのですか?」
「ダコスタ君、僕は味方には畏怖より親しみを持ってもらいたいのさ。特に彼らのような若人にはね」
ダコスタがさすがに黙っていられないと苦言を呈するが、バルトフェルドにはあまり響いていない様子である。
隊長の姿に、いつものことなのかダコスタもため息ひとつで済ます。
そんな2人のやりとりを見て、イザークたちは手の下で開いている口がふさがらない。
「ここは笑うところじゃないのかな?」
「それはパワハラに該当します」
「辛辣だねぇ。イザーク君たちも気をつけたまえよ、彼は僕と違って堅物で融通の利かない面倒な奴だから」
「…………」
どう反応すればいいのかわからないイザークたちは何も返せないが、バルトフェルドは気にしていないらしい。
苦いと評した自分のコーヒーに角砂糖を3つ落とし、再び熱がりながら一口飲む。
「うーん、今度は甘過ぎる」
「下手くそか!」
両サイドの赤服と緑服は我慢したが、イザークは我慢できず反射的にツッコミを入れてしまった。
戦場の只中とは思えない空気となり、イザークたちの緊張が解けた頃。
ベニグセンの撤退によりヴァレットの不時着箇所から離れ北西に向け進み続けた結果、アフリカ共同体の中でも親プラント派の有力者の統治する都市トリポリへつながる大規模な道路が走る場所にレセップスは到達した。
レセップス級も走れるこの道路を北上すればトリポリに、南西に向かえばバルトフェルド隊の拠点とする都市であるバナディーヤにたどり着く、北アフリカを通る重要な陸上交易路である。
お代わりしたコーヒーのカップも空になった頃、明けの砂漠もいない安全圏に到達したところでバルトフェルドはそれまでのコーヒー談義などの雑談を切り上げイザークたちに尋ねた。
「さてと。オロール君の救援要請を受けて君たちを保護したわけだが、僕は救援要請に応えただけで事情をほとんど把握できていない。そこで君たちから話を聞きたいわけだが。例えば、君たちの乗っているあのMSは何なのか? とかね」
「……!」
「けれど、君たちも疲れているだろう。夜も遅い、この話は明日にしようか」
本題が来た。
そう感じたイザークたちは表情を引き締めたが、バルトフェルドはしかし首を横に振るとこの本題と言える話を始めることなく切り上げた。
「いえ、バルトフェルド隊長──ッ!?」
イザークはコーヒー談義よりもよほど話すべきこの件をバルトフェルドに伝えるべきだと立ち上がろうとしたが、その瞬間にめまいが襲い上げかけた腰が椅子に戻される。
「君たちは自分でも気づかないくらい疲れているのさ。話は明日にもできる、今夜はゆっくり休みなさい」
「…………」
G兵器を巡る戦いで、月軌道会戦から休みなく戦い続けてきたイザークたちは、自分たちも気づかないうちに多くの疲労を溜め込んでいた。
高性能だが不慣れなMSの操縦、化物じみた操縦技量を持つ敵MSとの戦闘、大気圏への突入、そして命をかけて自分たちを生かしてくれたゲラート隊の全滅。
肉体と精神にたまった疲労は、戦闘が終わり初対面の砂漠の虎との邂逅も緊張がほぐれたところで、体が休息を訴える形で現れた。
「トリポリに入れば安全だ。話はそこで聞こう」
「……申し訳ありません、バルトフェルド隊長」
無数の星が浮かぶ夜空の下。
バルトフェルド隊の旗艦であるレセップスは、大西洋連邦から奪取した3機のG兵器とそのパイロットであるクルーゼ隊の若者たち3名を伴い、トリポリに入った。