その首置いてけザフト共 作:みども
ザフトの偵察部隊と接敵し交戦に入った27機甲連隊の戦車隊は、斥候からの知らせでMS4機を主体とする部隊が増援に向かってきていることを知ると、すぐに後退を開始した。
雪原を物ともせず走り抜けるバクゥや、地球上でもその巨体を浮かせ自在に空を飛び回るディンを相手に、西暦の時代より地上戦闘の主力を担ってきた兵器である戦車は歯が立たなかった。
MS部隊が接近してくると、距離があるうちに撤退する連合の戦車部隊は多い。
ザフトの哨戒部隊が接敵し、そしてMS部隊の接近とともに早々に後退を開始したその部隊は、通称“クマネズミ”と呼ばれているユーラシア連邦で多く生産されている戦車で構成される部隊だった。
砂漠や雪原、湿原に密林、市街地に山岳など、計算された車体バランスにより小柄で軽い車体と強力なエンジンが地球上のほぼ何処でも走る事ができるという優れた走行性能を持ち、ニュートロン・ジャマーの影響で使えなくなった衛星通信ネットワークをはじめとする多様な最新機能を持たない旧式仕様故に安価で量産しやすいことから、ユーラシア連邦で数合わせとして大量生産されているタイプの戦車である。
どんな悪条件の道でも走れる、そして安価で量産しやすいという利点はあるものの、その何処でも走れるという走行能力の為に計算された重量設計により装甲は頼りなく、主砲も軽量化のために薄くなっているディンをなんとかつらぬける程度でジンやバクゥといったザフトの主力MS兵器の装甲は貫けないという貧弱な威力しか持たない、まさにMS兵器の前にはほぼ無力な戦車であった。
すぐさま後退していくユーラシアの戦車部隊を見て、ザフトの哨戒部隊はMS部隊には歯が立たないという身の程をわきまえているのだろうと嘲り、見失わないように追撃を開始した。
バクゥを誘導し、1人残らず逃さず殲滅する算段である。
この日は風が強く雪を舞い上げていたことで、それらに視界を遮られたため、ザフトの哨戒部隊は撤退する連合の戦車部隊を見失ってしまった。
しかし戦車部隊の姿は見失ったものの、多数の新しい履帯の痕跡が残っていたことから、合流したバクゥとともにその痕跡を追って追撃を再開した。
「ククク、この頃連合のザコどもは最近ここに攻めてこなくなっていたから暇だったんだよ。せっかく来た獲物なんだ、1匹も逃さねえよ」
たかが数両の戦車如きでこのイルクーツクを攻め落とせると思いあがった愚かな連合の連中を皆殺しにしてやる。
敵戦力の全貌も把握しきれていないというのに、今大戦で多大な戦果を上げ続けてきたザフトの主力兵器であるMS兵器の強さに絶対の自信を持っていたザフトの兵士たちは、死者の1人も出ていない軽い撃ち合いをしたのみでまともな交戦もしていない段階からすでに自分達の勝利を疑っていなかった。
『先に行けよ。俺たちに合わせる必要ねえぞ、軽く蹴散らしてこい』
『悪いな。お言葉に甘えて先に行かせてもらうよ。さて、ナチュラル駆除と行きますか』
「こいつらには俺が付いているからいいぜ。帰ったら宴会だな!」
『クマネズミ踏み潰すくらいで宴会かよ。ま、楽しみにしているさ』
走行能力に優れているとは言っても、クマネズミの脚はあくまで戦車の中では速いというだけ。
ディンはもちろん、バクゥの機動力と比較すればあんなものは亀の歩みである。
すぐに追いついて殲滅できるだろうと、戦車の痕跡を頼りに2機のバクゥと1機のディンが他の友軍を置いてその機動力を生かした脚を駆使し速度を上げて追撃していった。
これにより、バクゥと他のザフトの部隊の間に距離ができ、先行したバクゥ隊が突出、分断する形となった。
だが、後続の部隊にはもう1機のディンが付いている。
MS兵器を主力としているザフトと戦うために、地球連合地上軍は幾度か陽動などによりMS部隊を離した上で、その脅威がなくなった一方の部隊を叩くというやり方で何度か局地戦で勝利したことがあった。
MS兵器に頼りきるあまり他の兵科がおろそかになっていたザフト軍は、この苦い経験から部隊を分ける時には常にMS兵器の帯同を双方につけるという方針をするようにしていた。
MS兵器に偏重していたため他の兵科に割けるリソースが少ないという実情もあるが、やはりMS兵器さえあれば連合に負けることはないという驕った考え方がザフトには浸透していたことが大きい。
そして、護衛のためにその最大の利点である飛行形態で発揮される機動力を自ら捨てて地上に降りたディンが1機だけになるというこの部隊の編成は、アルトリアにとって最も望ましい展開だった。
出撃してきたザフトが部隊を二分したという情報は、雪に覆われた大地に溶け込むために白い戦闘服に身を包み各所に点在して隠れている斥候より、アルトリアにその陣容まで正確に伝えられる。
MS兵器さえあれば地球軍に必ず勝てると慢心し敵の戦力の把握も怠っているイルクーツクのザフトに対し、27機甲連隊は隠れながら各地に斥候を展開させ、それらの情報を的確に回せるよう地下に張り巡らせた有線通信による索敵網により、敵戦力の情報を常に全員が正確に把握できるようにしていた。
電波や赤外線を阻害するニュートロンジャマーの影響が色濃く広がる地球では、無線通信やレーダーが阻害されるため使えない環境が多い。
そのため目視による索敵が頼りになるのだが、この日は風が舞い上がる雪がそれすらも遮ってしまう。
「地面を歩き回るディン1機ならば、たとえ赤服が相手であろうと遅れはとらん。MS兵器に頼り切った驕り、貴様の首諸共に叩き切ってくれる! 行くぞ!」
この時を狙っていたアルトリアは、この後続部隊に対して白い塗装を施すことで雪の中にその巨体を隠していたジンを飛ばし、奇襲を仕掛けた。
「な、何ッ!?」
ナチュラルが大半の人口を占める地球連合は、コーディネイターしか扱えないMSを運用することは不可能である。
その認識が深く浸透していたザフトにとって、ジンに攻撃を仕掛けられるというのは想定外であり、ディンのパイロットは突如現れて重斬刀を振りかぶったアルトリアの操るジンに全く対応ができなかった。
『おい、何が──ガガッ……──』
「な、何でナチュラルがモビルスーツを──ぐああぁぁ!?」
飛び上がることもできぬままに接近を許したディンは胴体部──すなわちパイロットの乗るコクピットを重斬刀により叩き斬られ、一撃の元破壊されてしまった。
「ジ、ジンが何で──!?」
アルトリアの操るジンの奇襲で、ディンを何もできずに失った残りのザフトたちは狼狽する。
その白いジンが敵──すなわち地球連合地上軍であることは明らかだったが、それでもナチュラルにモビルスーツは扱えないという認識にとらわれていたザフトの兵士たちはその事実を認められず、混乱に陥った。
「いまだ、かかれ!」
「ザフトを殲滅しろ!」
「恨みを今こそ晴らす時だ!」
「くたばれザフト!」
「その首よこせ!」
そして、MS兵器に偏重しているザフトは通常戦力となれば地球連合に大きく劣っている。
クマネズミは確かにMS兵器の前には無力だが、しかし戦車も持たない地上部隊相手ならば、場所を問わず走破するその走行能力が十全に発揮される。
バクゥをおびき寄せる轍を作るために後退を続けている部隊を除く、3輌の戦車を筆頭とした雪の中に隠れていた連隊が孤立した上に頼りのMS兵器を失ったザフトの部隊に一斉に襲いかかった。
彼ら27機甲連隊はシベリア特区の極寒と戦い一から自分達の生活圏作ってきた者たちである。
極寒のシベリアとはいえ、イルクーツクの気候は彼らにとって慣れ親しんだものであり、イルクーツクの内部で快適に過ごす日々を送りMS兵器を過信し自分達が戦うことはないだろうと余裕ぶっていたがその頼りのディンを目の前で失って動けなくなったザフト兵士たちとは、雲泥の差があった。
遺伝子操作によりナチュラルに比べ優れた肉体を生まれつき与えられたコーディネイターが、厳しい訓練を経て軍に入り、そして実戦経験を積み上げてきたザフトの兵士たち。
その設立経緯から相当数のコーディネイターが所属するとはいえ、半数以上がナチュラルで構成される上にこのイルクーツクの戦いが初実戦という27機甲連隊の兵士たちよりも本来ならばはるかに強いはずである。
だが、この27機甲連隊は普通の兵士たちではない。
極寒の厳しい自然に放り込まれ、そこから命懸けで自然の猛威と戦い続けたシベリア特区で生き残ってきた者たちである。
生まれつき優れた身体能力を持つコーディネイターといえども、シベリアの猛威に生き残りをかけて戦い続け鍛え抜かれてきた27機甲連隊の兵士たちの肉体はその生まれ持ってのアドバンテージをひっくり返すほどに屈強であり、ナチュラルの兵士ですらザフト兵をねじ伏せる力を獲得していた。
加えて、27機甲連隊を構成する人員はニュートロンジャマーによって完成間近だった理想郷を破壊されたことからザフトに対して激しい憎悪を持つシベリア特区の志願兵たちである。
このイルクーツクの攻略戦は初めての実戦という普通の新兵ならば恐怖で身が竦んで動けなくなる舞台だが、彼らにとっては憎きザフトに積もりに積もった恨みをぶつけられる、ついにこの手で叩き潰せる舞台だった。
初めての実戦に挑むにもかかわらず、27機甲連隊はまるで歴戦の戦場を渡り歩く者達のように恐怖心がどこかに吹き飛んだような恐ろしいほどの戦意を燃え上がらせて、我先にと突撃を敢行した。
「「「その首置いてけザフト共!!」」」
「ひ、ひい──!?」
「ま、待って──ぐえ!?」
「戦車なんかに勝てるわけない──うわぁぁぁ!?」
そんな彼らが、MS兵器さえあれば勝てると慢心しながら出てきたところ敵が操るジンに随伴のディンを一撃で破壊され混乱しまともに動けなくなっているようなザフトに遅れをとることは万に1つもありえなかった。
戦闘はほぼ一瞬で終わり、孤立したザフトの部隊は瞬く間に蹴散らされて殲滅される。
イルクーツクの初戦は、まさにアルトリアの思い描く理想的な各個撃破となった。
初めての戦いで想定通りの勝利を獲得し、その結果にまずは満足と笑みをこぼすアルトリア。
ジンの方も最低限の機動と攻撃でディンを撃破したことで、重突撃機銃は1発の消耗もなく、バッテリーもほとんど使用していない。まだまだ戦闘は可能である。
「まずは1勝、だな。さて、こちらは順調だが──」
そう呟き、バクゥら3機のMS兵器からなるザフト軍が向かった方向に目を向ける。
此方の戦闘が順当に行くのは想定通りだが、向こうの戦いは博打の要素が強い。
アルトリアはユウ達が展開しているバクゥら追撃のMS部隊ももちろん孤立しているこの間に撃破するつもりである。
ただし、彼女は奇策を用いて
圧倒的戦力差を覆すこととなるイルクーツク攻略戦。
27機甲連隊の戦いの真骨頂は、ここからが本番である。
『連隊長、此方ミハエル・クズネツォフ。敵のMS部隊を確認、これより戦闘を開始します』
「ああ、存分に蹴散らしてこい!」
『クズネツォフ了解。任せて下さい、奴ら1機残らずスクラップにしてやりますよ!』
そして、その2つ目の戦場では。
MSを使わず歩兵部隊だけであのバクゥが存在するザフトのMS部隊を迎え撃つ舞台で待ち構えていたユウ達も、後続部隊が壊滅したことを知らずに囮の戦車が残した轍を追いかけてやってきたザフトのMS部隊との戦闘を開始する。
それは、まさに雪に覆われた過酷な大地で生き抜いてきた彼等だからこその戦い方。
ザフトを翻弄する奇策の連続が、白い死神となってMS部隊に牙を剥く。
雪に紛れて身を隠し、接近してくる敵へ奇襲を仕掛ける。
古典的ながら、ニュートロン・ジャマーの影響下にある地球を舞台にした戦場では多分有効でしょう。巨大なMS兵器といえども。
ちなみに27機甲連隊でまともなMS兵器の操縦訓練を受けているのは、この時点だとアルトリア連隊長と予備のパイロット候補10名程度だけです。
ミハエルはその候補の1人なので問題なくジンを操作できるのですが、ユウなどの連隊所属の他のコーディネイターたちは訓練すれば動かせるようにはなりますがまだ操縦できる技術を持っていません。