その首置いてけザフト共 作:みども
ヘルメットのバイザーを貫き眉間に撃ち込まれた銃弾は、その兵士の命を奪った。
ユウにとって、この手に直接かけるザフトはこれが1人目だった。
「…………」
物言わぬ骸とかしたザフトを見下ろしながら、ユウは構えていた銃を無言で下ろす。
敵を討つ、と言えば聞こえはいいがやっていることは殺人以外の何物でもない。
直接手を下し他人を殺したのは、これが初めてだった。
だが、相手がザフトだからなのか。
人の命を奪ったというのに、罪悪感や後悔の類は全く湧き上がってこなかった。
きっと、あの日。
シーゲル・クラインたちの演説を聞いて何かが壊れた時、どれほど嫌いな相手でも殺人は忌避するという倫理観や人として保つべき常識も一緒に壊れてしまったのだろう。
撃ち殺した緑服のザフトのパイロット。
ヘルメットの砕けたバイザーの下を真っ赤に染めて倒れている死体を見て感じたのは、どのような形であれ人を殺してしまったことに対する忌避感と後悔という正常なものとは反対の感情だった。
全く足りない。
こんなものでは、ザフトに対する怒りを鎮めるには1人の命では全く足りない。
もっと、もっともっともっと大量のザフトの首を欲する、荒れ狂う火山のように沸き立つ、人として異常な感情だった。
「……こんなもので、許せるわけがない」
家族を、仲間を、理想郷を奪われた憎しみは、ザフトの首1つでは全く足りない。
イルクーツクにはまだまだザフト守備隊の主力が残っている。
奴らの首をすべて取れば、この怒りも少しは鎮まるのだろうか。
プラント全てを宇宙の塵芥に変えれば、まともな人の感性に戻れるのだろうか。
「……そんなものが、何の役に立つ」
雪が舞い上がる空を見上げ、怒りに飲まれる自分を戒めるようにつぶやく。
違う。我々の目的は理想郷の完成であり、それを破壊し生存の権利すら奪う敵がザフトだ。
ザフトを滅ぼすのは、2度と理想郷を破壊されないようにするためであり、コーディネイターであっても自分たちは同じ地球を故郷とするユーラシアの仲間であることをユーラシア連邦の最高会議に示すことである。
目的を果たすための手段の1つであり、ザフトの殲滅そのものが目的ではない。
履き違えれば、憎悪だけに囚われれば、それこそ下で転がるザフトと同じに成り下がる。
血のバレンタインの報復と称して、地球連合と無関係だったシベリア特区の者たちまで殺戮の標的にしたザフトと同じ。
履き違えてはいけない。
我々が戦う敵はザフトであり、プラントのコーディネイターではない。
美辞麗句の綺麗事を並べ立てて己の殺戮行為を正当化するシーゲル・クラインと同列の殺戮者にだけは、なりたくはない。
ザフトは血のバレンタインを経て、この怒りに完全に飲み込まれてしまったのだろうか。
そう思うと、ザフトの流す血の雨だけが鎮火させることができると先ほどまで思い込んでいた怒りの炎が少し弱くなったように感じた。
憎しみで冷静さを見失ってしまっていたらしい。
ザフトを殺した銃をホルスターにしまう。
「ユウ! 1人仕留めたみたいだな」
そんな時、アルトリア連隊長へMS部隊殲滅の報告をしたミハエルがこちらへやってきた。
ザフトの死体を確認し、そして俺が乗っている
「しかし、本当に恐ろしい方だよ。ククリでほとんど被害なくMSを仕留めて見せるんだからさ。これ、ただククリ乗せただけの氷だぜ?」
ユウが乗っているバクゥ。
その正体は、ただ塗装を施してそう見えるようにしただけの、形と大きさだけは精巧に作られているバクゥの氷の像だった。
これが、MSパイロットを錯乱させてバクゥから出てくる奇行に走らせたバクゥの大群の正体。
ククリを束ねてミサイルポッドに偽装した即席のミサイル砲台を乗せた、バクゥの氷像である。
木々を骨組みとして作られたこの氷像は、所詮その正体はただの氷なので形はバクゥそのものだが一歩も動くことはないし、ミサイルの直撃など受ければ木っ端微塵に吹き飛ぶ。
MS兵器ではないため装甲の残骸などというものも残らず、砕けた後には森を吹き飛ばしたのかと思うような骨組みだった木々の残骸が散らばるだけとなる。
冷静に細かくしっかりと確認すれば、バクゥの紛い物にすぎないことを看破することは素人でもできる子供騙しであった。
しかし、ここは武器を突きつけ合う戦場。そのように悠長な観察に励む暇はない。
加えて今日は雪が舞い上がる強風が吹き、雪煙により視界不良が発生している。
バクゥの氷像が見つかる前に斥候の情報をもとにククリで先制攻撃を仕掛けておいたことで、敵のMSパイロットにMSの装甲に傷を与える敵がいるという認識をさせておくことで悠長に観察させないようにパイロットを心理的に誘導し、バクゥの大群という連合が持っているわけのない部隊に包囲されているという錯覚を見せることにより冷静さを失わせ、バクゥの氷像を本物のバクゥに見せたのである。
ユウたちが戦闘前にトラックで運んできたのが、このバクゥの氷像だった。
表面は雪と氷、中は骨組みとなる木材でできている。
非常に重いのだが、そこは雪すら住居のレンガ代わりに使って寒さをしのいでいた経験を持つシベリア特区で生き残ってきた27機甲連隊の兵士たちである。氷の重みでは崩れることがない巨大なバクゥの雪像を木の骨組みで作ることなど容易いこと。
そしてバクゥの大部隊に包囲されていると思い込ませ冷静さを失わせた敵をククリの飽和攻撃で撃破するというのが、歩兵だけでMS部隊を撃破するというアルトリアの作戦だった。
MS兵器を倒すのではなく、MS兵器に頼り驕るザフトのパイロットを攻める作戦。
それは見事に功を奏し、敵が同士討ちまで始めるという此方の予想を上回る展開を見せ、最後にはザフトのパイロットがバクゥを捨てて脱出するという奇行にまで走らせた。
斥候からの観測をもとにククリをマニュアルで狙う兵士は撃ち終わったらすぐに狐の巣穴に隠れ、バクゥに乗せているククリはオートロックを使い遠隔操作で発射していたこともあり、敵からの被弾を最小限に抑えたMS迎撃部隊の被害は、数名の怪我人だけで死者はいないという歩兵がMS部隊に挑み勝利したとは思えない前代未聞の戦果であった。
「こっちは怪我人が多少出ただけで死者はいないし、連隊長の方も圧勝したってさ。MS4機を始めとしたザフト軍をほぼ被害ゼロで殲滅に成功。対ザフト戦ではありえない戦果みたい。頭脳1つでここまでの戦いができるようになるなんて、すごい人だよ。ユウもそう思わない?」
バクゥの氷像から銀世界の地面に飛び降りたユウに、連隊長への報告の際に聞いたらしい向こうの部隊の結果を聞かせるミハエル。
どちらもザフト軍を相手に圧勝。
今まで勝っても負けても被害はザフトの数倍以上となる地球連合にとって、このイルクーツク攻略の初戦は前例がない圧勝という結果だった。
だが、圧勝したとはいえこれは単なる前哨戦に過ぎない。
この戦いの本命であるイルクーツクには、まだ行動可能なMSが推定10機以上に加えて、ナチュラルを圧倒するコーディネイターの中でも更に数で圧倒する地球連合を相手に戦い抜いてきたザフトの兵士たちが27機甲連隊の約倍の兵数で残っている。
戦力比は未だにザフトの方が圧倒的に上である。
しかし、この前哨戦は初の実戦を迎えた27機甲連隊に大きな変化をもたらす。
連隊長の指揮の下ならば強大な敵であるザフトを相手に自分たちも勝てるのだという大きな自信と団結を与え、そしてザフトとの初めての実戦を経て敵を殺すという兵士の務めとなる現実を突きつけた。
戦争を知らない新兵から、戦場を知った兵士へと。
殺し合いを経験したことがない新兵から、敵を殺すことを知った兵士へと。
そして、この大きな成長を前哨戦で果たした27機甲連隊は、次の本命の戦いに挑むこととなる。
その戦いの合図は、ミハエルの元に走ってきた兵士からの報告によってもたらされた。
「中隊長! 斥候より、イルクーツクから敵部隊が出撃したとの報告が! MSが11機、対地攻撃ヘリ18機、装甲車6台、車両25台、1個大隊規模敵歩兵部隊を確認しています!」
「!?」
「本気だな……」
イルクーツクの守備部隊が大規模な部隊を襲撃させたという報告。
戦車隊殲滅のために出撃させた部隊の壊滅を知ったのか、推定される即時行動可能と思われるほぼ全部隊を投入した大軍をイルクーツクより出撃させてきたという。
MSのみの小隊規模程度なら兎も角、随伴する地上部隊やヘリ部隊もいる11機ものMSからなる敵の大軍をこの子供騙しで迎撃するのはさすがに無理がある。
「連隊長に指示を仰ぐ。ユウ、お前も来てくれ!」
「了解」
連隊長をファンのように称える顔から一転、イルクーツクからの大群出撃の報告に真剣な表情となったミハエルは、アルトリアの指示を仰ぐためにユウを伴って移動を開始した。
第27機甲連隊の戦いは始まったばかりである。
バクゥの氷像……森の木々を利用し、藁や木片などで骨組みを作りその上に氷を貼り雪を重ね、細部を削り形を整えた表面にカラーリングを施すことで氷で作ったバクゥの像。破壊された跡には木片が散らばるので、樹が並ぶ森の中に作った上で破壊させれば残骸は木っ端だけなのでまるで消えたように見えてしまう。今回はその上に大量配備されたククリを使い作ったミサイル砲台を設置することで、ミサイルポッド装備のバクゥに偽装した。
着の身着のままで放り出されてから、最終的に原発まで作り上げてしまった彼等の手にかかれば、氷像を量産するくらい簡単ですとも。