その首置いてけザフト共 作:みども
妖怪達には関わる必要ないので、こいつら捕虜を輸送するカサンドロスと、オーブの欲しがっているG兵器を乗せたアークエンジェルの護衛としてついてきただけですし……
たくさんの機械が囲む、カプセル型のベッドがある、白い壁と大きなガラスで外と隔たれた部屋。
ある日、少女はその部屋のベッドに横たわり、白衣を着た大人たちに囲まれて見下ろされていた。
──うん、今日も体調に問題はなさそうだ。検査はすぐ終わるからね、もう少しだけ我慢してほしい。何か欲しいものはないかな? そうだ、ライプツィヒの友人からうまいバームクーヘンが送られてきたんだよ、姉妹たちと一緒にどうかな“
白衣の大人の1人が、少女の頭を撫でる。
最近娘が生まれたというその人は、家族に会えない時間を埋め合わせるかのように少女を慈しみ、愛し、我が子のように接していた。
──アルトリア。新たな人類の母であり、僕の愛しい娘よ。君はこの宇宙に生きる人類の未来を担う女神。そして、僕の何よりも尊い宝物だ。
疲れた顔が印象的な、白衣の大人の1人が頬を撫でる。
ほとんどの大人たちが少女を“アインス”と呼ぶ中、その人は少女のことを“アルトリア”と呼んでいた。
その日の少女は、検査という毎日この部屋で行われることが終わると、少女をアルトリアと呼ぶ大人に抱かれて別の部屋に移された。
そこは、無機質な白い部屋とは違い、かわいらしいおもちゃなどが置かれている部屋だった。
そこには少女の頭を優しく撫でてくれる最近娘が生まれたという大人と、数人の女性の大人がいた。
──ナガト、僕の娘を頼む。バウムクーヘン、好きになってくれると嬉しい。
──味は保証しますよ、リーダー。子供の世話は長男で慣れてますから。
──ユウくん、と言ったかな。確か7歳になったんだって?
──リーダー、そろそろ……
──分かった。子供達についてはあとでゆっくり話そう。ごめんよ、僕はまだ仕事があるから。いい子にして、君の姉妹たちと遊んで待っていて欲しい。それじゃあ、また今夜。僕の愛しいプリンセス……
少女を下ろしたその人は、目線を合わせるように膝をつくと、別れを惜しむように少女を抱きしめて頰を合わせてから、立ち去っていく。
残された少女は、ナガトと呼ばれたその大人に連れられておもちゃがたくさん置かれた部屋の中央にあるテーブルに連れてこられた。
──はい、アインスちゃん。おじさんのお土産だ。
そのテーブルには、黄色と茶色の縞模様が丸を描くように重なっているものがあった。
以前に、別の大人に貰った“ドーナツ”というものに似ているけど、違う。
──これはねえ、バウムクーヘンって言うんだ。とってもおいしいよ。気に入ってくれると、おじさん嬉しい。
ナガトという大人からもらったそのお菓子の味は、今でも覚えている。
こうして夢に見るたび、少女は自分が新人類の母という道具として生まれたとしても彼らにとても愛されていたいたことを思い出す。
少女には、姉妹たちがいた。
顔も、背丈も、髪色も、声もそっくりな姉妹たち。
ツヴァイ、ドライ、フィーア、フュンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン……
1を意味するアインスの名前で呼ばれる少女と同じように、そっくりな容姿を持つ姉妹達には数字を意味する名前が割り当てられていた。
たいていの大人達にはよく間違えられたけど、少女達をプリンセスと呼び周りの大人たちにリーダーと呼ばれている人と、ナガトという人は、彼女達を決して間違えることはなかった。
──僕が愛しい娘達を間違えるわけがないじゃないか。
──愛だよ、愛。愛さえあれば見分けられる! そう、我が子のように愛を持ってすれば!
ナガトという人と一緒に少女達のお世話をしていた女性が見分けるコツを尋ねた時、2人はそんな抽象的なことを言っていた。
──だがしかし、クローンだぞリーダー。父親のお前ならともかく、同じ遺伝子故に容姿に関しては双子の如く瓜二つの子供達を見分けるのはよほど接する時間の長い人でもなければ難しいぞ。
そこに、もう1人の大人がやってきた。
多くの大人達が白衣の下にネクタイを締めたワイシャツを着ている中、その大人は1人だけパーカーを着ていた。
赤色のパーカーに、目を隠すように着けているサイクロプスサングラスが特徴の男。
少女はその目を見せようとしない男がどうしても苦手で、特に冷たく接してくるわけではないが嫌いだった。
──エイブラハムか。ツェーンとエルフ、ツヴェルフ、ドライツェーンの方は?
──とりあえず基礎は出来上がったところかな。あと82日で培養槽から人工子宮に移す予定。
──分かった。ひとまず今回のクローンは“
──了解。
エイブラハムと呼ばれたその男は、リーダーと呼ばれている大人と言葉を交わしてから、その後ろに隠れる少女の方にサングラス越しの目を向ける。
──オリジナルと会うのは久しぶりだな。トホホ、相変わらず怖がられてるわ私。ドライ達なんか結構懐いてくれてるんだけどなぁ……
──どう見てもその趣味の悪いサングラスが原因だ。
──マジで!? これこそドライにはカッコいいって人気なんですよ!
──容姿は似通っても趣向は異なるようだな。後でドライにも会ってこよう。
少女の姉妹は、容姿は瓜二つでも性格や趣向が異なった。
懐く大人も異なった。
少女はリーダーとナガトが好きで、ツヴァイはお世話をしてくれる女性が、ドライは少女がどうしても好きになれなかったエイブラハムに懐いていた。
姉妹達とともに、愛してくれる大人達に囲まれて過ごす日々。
閉ざされた空間で過ごす毎日だったが、少女にとっては籠の鳥でも幸せな時間だった。
場面は変わる。
背丈が伸び、子供から大人へと向かい成長し始めた頃。
数年前から少女にとってリーダーと呼ばわる大人とともに父親のような存在であったナガトが姿を見せなくなった。
そして、少女は見知らぬ男達に囚われて、知らない場所に閉じ込められた。
外界と遮断され、巨大な籠であるスペースコロニーで育ってきた少女にとっては初めての外となる世界。
そこは、籠ではなく牢獄だった。
突然袋を被せられて捕まり連れてこられた場所は、悪魔が住む屋敷だった。
窓ひとつない部屋に、まるで犬のように大きなベッドの柱に鎖でつながった首輪を嵌められて押し込められた。
そして、金髪の悪魔がやってくる。
──13の小娘とは思えない体だな。
籠の中でも、愛を持って接してくれる人たちに囲まれていた日々は少女にとって幸せだった。
そして、牢獄の中で悪魔に陵辱される日々は少女にとって苦痛だった。
悪魔は何度も部屋に来ては、怯え、もがき、抵抗を試みて、泣き喚き、そして諦めた少女を来るたびに蹂躙した。
男を知らない少女を抵抗できないように鎖で繋ぎ、犯した。
当たり前のように暴力を振るった。
拒み、泣くたびに、平手で叩き、鎖を引っ張り、蹴り付け、首を絞め……
──ラウ、その娘を孕ませろ。私と同じ遺伝子を持ち、私よりもまだ若いはずなのに老いていく役立たずのお前が唯一、フラガの血族のためにできることだ。やれ。
時折、悪魔は2人になることがあった。
助けなど誰も来ない。
1年も経過する頃には、少女の心は折れ、ただ陵辱されるだけの人形と化していた。
──ううっ……!
そんな日々の中、少女は強い吐き気を催した。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!
悪魔たちが何度も吐き出し植え付けられたものが、少女の体の中で動き出すような……
──そうか。ならばお前は用済みだ、この屋敷から消えろ、ラウ。
その日の夜、悪魔の住む屋敷は炎の海の中に沈んだ。
屋敷が燃える中、鎖に繋がれた少女は逃げることもできない。
肺を焼く熱気と煙が部屋を満たす中で、生きる気力も折れていた少女はただ無抵抗にその炎の海に消えることを受け入れていた。
──アルダの、血を……お前のような、役立たずに……消させて、なるものか……!
けど、炎に沈む屋敷の中で、少女に救いの手が差し伸べられた。
腹から血を流し、床を這いずりながら部屋に入ってきたのは、少女をこの牢獄に閉じ込めた悪魔だった。
死にかけの悪魔は、少女を繋いでいた鎖を全て解錠すると、部屋にあった外に直通する隠し通路の扉を開き、そこに少女を押し込めた。
──ハハハ……お前如きに、私の血は……私の、フラガの力は……消させは、しない……行け、逃げるがいい、娘……
なんでお前が助けた?
なんで私をここに閉じ込めたお前が、籠の中で生きる幸せを奪ったお前が、私を助けるんだ!
その疑問をぶつける前に、悪魔は火を纏って落ちてきた柱に潰されて、少女の前でその体を業火の中に沈めた。
生きる気力も無くしていた少女は、目の前で死んだ悪魔を見て、他者の死に直面して、がむしゃらにその死体を飲み込む炎に背を向けて走り出した。
死にたくない……!
死にたくない、死にたくない、死にたくない……!
死の恐怖が、少女を走らせた。
息を切らして軟禁されていた牢獄から、屋敷の地下から脱出を果たした少女は、駆けつけた消防隊員に保護され──
「…………」
ベニグセンにある士官用の個室にて静かに目を開いたアルトリア。
夢は目が覚めれば大抵忘れていくものだが、時折見ることのある過去の記憶を遡るこの夢は起きても頭の中にはっきりと残っている。
かつては見るたびにうなされ、冷や汗と共に飛び起きた、どんな悪夢よりも恐ろしかった記憶。
しかし慣れというのはどんな恐怖も薄めてしまうらしく、今ではこの温かな日々から地獄の日々に突き落とす過去を回想する記憶を見ても、うなされたり飛び起きたりするようなことはない。
ベッドから出たアルトリアは、制服に着替え身支度を整えると、個室を出てベニグセンの甲板に向かった。
クルーゼ隊の占領したG兵器を追撃して地球に降りた日の夜も、この記憶を回想する夢を見た。
おそらくエンデュミオンの鷹と出会ったからだと、その理由を推測する。
「ムウ・ラ・フラガ、か……」
顔立ちにはあの男の面影があったが、もう1人の悪魔とは似ているだけで明らかな別人の顔だった。
あの日々は、彼には関係のないこと。
籠の中で何も知らずに育った小娘は、人間の皮を被った悪魔に対して、怒りや憎悪よりも恐怖を覚えた。
陵辱するたびに、暴力を振るうたびに、そして最後に炎の中で助けに来て潰れて死んでしまった時にも。
少女は悪魔に恐怖し続けたが、憎しみを抱くことはなかった。そんな感情をまだ知らなかった。
潮の香りを乗せた冷たい朝の風が、甲板に立つアルトリアの頬を撫でる。
温暖なオーブの夏といえど、海に囲まれた早朝の空気は涼しい。
「失礼。ホーエンハイム大佐、お聞きしたいことがあります」
朝の風に当たっていたアルトリアに、聞き覚えのある声が彼女をファミリーネームと階級で呼ぶ。
──なるほど、だから記憶を夢に見たのか。
振り向いたアルトリアが呼びかけてきた声の主であるミハエル・クズネツォフの表情を認めた時、彼女は記憶を夢に見た理由を察した。
「何だ、クズネツォフ」
「はっ! 以前お聞きしたゲラートシリーズについて、連隊長にどうしてもお聞きしたいことがありまして。少々、お時間をいただきたい」
用件を尋ねたアルトリアに、ミハエルは以前にもアルトリアに尋ねた“ゲラートシリーズ”というものに関してどうしても聞きたいことがあると言う。
そして、その表情は以前の何も知らなかった様子から変わり、ゲラートシリーズに関して調べてそしてアルトリアが深く関係していることに確信を持ったものとなっていた。
「……ここで話すことではない。ついてこい」
「了解ッ!」
以前にミハエルに尋ねられたときは、貴様が知る必要はないと切り捨てた。
だが、過去の記憶を夢に見たからか。それともミハエルが今回は逃してくれそうにない表情をしていたからか。
アルトリアは今回、ミハエルを追い払うことはせず、彼の知りたがっていることに関して答えるために、部外者に聞かれないように士官用の個室にミハエルを伴って向かった。