その首置いてけザフト共 作:みども
士官用の個室に来たアルトリアは、自身はデスクの付属の椅子に座り、ミハエルには備品のパイプ椅子に座るよう指示する。
ミハエルの様子から、アルトリアは彼がゲラートシリーズについて調べ連隊の部下達には明かしていない己の過去を突き止めたことを察していた。
ゲラートシリーズ。
メンデルの遺伝子工学研究者であるケーニヒ・ホーエンハイムと、クローン技術研究者であるエイブラハム・ゲラートによって作られた、ある特別な機能を持ったコーディネイターとそのクローン達を指す総称。
そして、アルトリアの出生に深く関わるものである。
1号クローン──最初の姉妹であるツヴァイとの遭遇が、ミハエルが今まで知らずとも良かったアルトリアの出生を調べることとなったきっかけなのだろう。
「ゲラートシリーズについて、と言ったな。誰から聞いた?」
「ナガトからです」
ミハエルに情報源を尋ねたところ、返答はユウから聞いたとのことだった。
ユウの父親であるクストー・ナガトは、かつてメンデルの研究施設に勤めケーニヒととともにゲラートシリーズの開発に携わった研究者の1人である。
ユウからはその経歴が知られたことから一家諸共シベリア特区への収容を受けることとなり、その過程で命を落としたという話を聞いていた。
アルトリアは連隊に志願した兵士の中にいたユウに、初対面でクストーのことを尋ねたことがある。
その時ユウは自身の父親に関しては、メンデルの研究者でありコーディネイターであることを連邦に知られることとなったことと、特区の生活の中で命を落としたことだけを簡潔に答えた。
クストーがメンデルで何をしていたのか知らない様子だったが、父親から聞いたのかあるいは盗み聞いたのか、少なくとも携わっている研究に関しては知っていたらしい。
ならば、ユウもまた己の正体に見当がついているのだろうとアルトリアは推測する。
ツヴァイと出会い、ゲラートシリーズの名を知り、そのユウから概要を聞いたのだろうミハエルが、アルトリアの正体とゲラートシリーズとの繋がりについて知っている様子だったから。
「あいつも知っていたのか」
「……いえ、おそらくユウは連隊長とゲラートシリーズを結びつけてはいないかと。ツヴァイ・ゲラート……あいつはあのザフトの捕虜の容姿を見ていないので」
「……そうか」
アルトリアの推測は、ミハエルが否定した。
ゲラートシリーズとアルトリアの正体に関して正解に辿り着いたのはミハエルだけらしく、アークエンジェルに拾われていたユウはツヴァイの素顔を見ていないためその可能性に辿り着いていないと、ミハエルが答えた。
「無論、自分からは何も言っていません。連隊長の容姿を見て何も察していないならば、おそらくあいつはゲラートシリーズの容姿を知らないと思われます」
クストーからは息子がいたことは聞いていたが、身内をメンデルに連れて来たことはない。
初対面の時も上官と部下としての応対だけだったことから、アルトリアはミハエルの言葉の通りユウは何も知らないのだろうと判断した。
知らないというならば、情報源のユウについてはこれ以上確認することはない。
改めてアルトリアはミハエルに向き合い、何を聞きたいのか──何を確認したいのかを問う。
「それで、ゲラートシリーズについて私に聞きたいこととは?」
「単刀直入にお尋ねします。連隊長、貴女がメンデルにて行方不明になったというゲラートシリーズのオリジナルの個体である“アインス・ゲラート”ではないですか?」
「…………」
アルトリアに促され、ミハエルはならばと単刀直入に聞きたいことを尋ねる。
そしてミハエルの尋ねてきたことは、予想通りの内容だった。
アインス・ゲラート。
親のように慕っていた研究者達が、グループのリーダーであるケーニヒが、欲に目が眩み悪魔に差し出し、行方不明として処理された、鳥籠の中で飼われていたゲラートシリーズのオリジナルに与えられた個体名称。
ウランバートルでピサロに撃たれ、2度と子供を宿すことができなくなった特別性の臓器。ゲラートシリーズのオリジナル、コーディネイターの母である証となる臓物を最初に宿した個体。
悪魔に縛り付けられた屋敷が燃え落ちたあの日に捨てた、親だと信じて慕っていた男につけられた名前。
そのアインスが、アルトリアなのではないか?
「……そうだ」
ミハエルの問いに、アルトリアは短く肯定の返事をした。
アインス・ゲラート。
それは、アルトリアにとってもう一つの己を示す名前である。
ゲラートシリーズのオリジナルとして識別用に命名された“1”の名称。
同時に彼女たちにとっての生みの親であるケーニヒ・ホーエンハイムから、オリジナルである彼女だけは“アルトリア”という名前を与えられていた。
ミハエルたちと違い、アルトリアはプラントにて生まれ育ったコーディネイターである。
彼女が生まれたのはメンデルの研究機関。
コーディネイターの母たる存在として作られ、繁殖用の母体として遺伝子情報から多くのコピーを作られた。
血のつながった父親であり、コーディネイターの母となる機能を与えたケーニヒから娘として名前を与えられ、コピーであるゲラートシリーズとは異なりオリジナルとしてファミリーネームを名乗ることを許された。
だが、それがなんだ?
ケーニヒ・ホーエンハイムが娘に求めたのは、娘としてではなく母胎としての機能だけだった。
コーディネイターの母? 新人類のイヴ?
くだらない。ゲラートシリーズはそんな崇高なものではない。
母体として優れた機能を得られるよう改良されて生み出された、遺伝子を継承し確実に子供を宿すことができるというだけの、ただの人類繁殖用コーディネイター。
人格も、人生も、信念も、能力も、副次的なもの。
何よりも子供を宿すための器官を求められ、それ以外に価値は与えられない。
それがコーディネイターの未来を担うと謳われた者たちである。
「ゲラートシリーズの概要はナガトから聞いているな?」
「はい。交配相手のコーディネイターの遺伝子を損なうことなく混じることなく純粋な形で受け継ぐ子供を確実に妊娠可能な子宮を持つコーディネイターと」
「そうだ。ナチュラルとの訣別を望むプラントのコーディネイターどもが何より求めていた、改良され完成された己の遺伝子を次世代に継承するための繁殖装置……そのオリジナルとして開発された個体が私だ」
ミハエルはユウからゲラートシリーズの概要を聞いていた。
アルトリアはそのオリジナルとなる個体──全てのゲラートシリーズの元となる、最初にそのコーディネイターが求めた臓器を持って生まれた個体が己であると告げた。
「ウランバートルでピサロを止めた時、私の
「…………」
ナチュラルを見下し、己に与えられた改良された遺伝子にプライドを持ち、そして改良されたゆえに衰退の運命を刻みつけられたコーディネイターたちにとって、ゲラートシリーズは喉から手が出るほど欲しい存在である。
ケーニヒにとってもエイブラハムにとっても、ゲラートシリーズはそのために作った存在だった。
「……連隊長は、経験がおありで?」
「ある。貴様らと会う前にだが……1人、出産した」
アルトリアの言葉から経験があると推測し、恐る恐ると言った様子で尋ねたミハエルに、アルトリアは淡々とした様子で出産経験があることを口にした。
「ゲラートシリーズの意義は、改良された遺伝子を次代に遺すこと。私が最初で最後に宿した子供はナチュラルのものだったがな」
もっとも、恋人と甘い経験の末に宿した愛する人の子供などではない。
自身に選択肢など与えられず、強引にされたことで宿すことになった子供である。
アルトリアはその母胎を望む出資者に買い取られた。
コーディネイターの母となるべくして生まれたにも関わらず、ゲラートシリーズの記念すべき最初の妊娠となるその相手がコーディネイターではなくナチュラルだったというのは皮肉だったが。
コピーを生み出せるようになった時点で、ケーニヒたちにとってオリジナルを手元で運用する必要は無くなった。
オリジナルを造ったのがケーニヒであり、姉妹たちを造ったのがエイブラハムだった。悪魔の元に送られたのがアルトリアだったのは、ケーニヒが自由に取引できる個体がアルトリアだけだったと言う、所有権の問題だった。
崇高な遺伝子を継承した子供を残す──悪魔の願望通り、その能力を劣化することなく受け継いだ、赤子から人生を刻むことができる子供を。
そして悪魔はコピーによって屋敷を焼かれ、悪魔は死に際に燃え落ちる屋敷から悪魔の子を宿したアルトリアを解放した。
屋敷から出たが、頼る先などない。
欧州の地を彷徨い歩いた先で、彼女は親切な老夫婦に拾われ──騙された。
報奨金を欲した老夫婦が通報したことでコーディネイターとして捕まり、シベリア特区に送られた。
「私はメンデルのバイオハザードを経験していない。その前にメンデルの出資者の1人に金で買い取られ、子供を宿し、そしてそいつが殺されたときに逃げ出した。逃げた先がユーラシア連邦だったというだけだ」
深く語る必要はない。
メンデルからなぜユーラシアにきたのか。ほとんどを端折る形で、アルトリアはミハエルにその経緯を語った。
三文で済ませられた、メンデル出身のアルトリアがユーラシアにきた経緯。
ミハエルはその端折られた内容が気になったが、踏み込もうと口を開きかけたところで踏み込むことをよしとしないアルトリアからひと睨みされて引き下がった。
「シベリア特区──コーディネイター隔離政策が施行されて間もないころだった。そんな制度ができたことも知らず歩いて、すぐに追放された」
特区の生活は、ミハエル達も身をもって知っている。
あそこは白い死神が平等の死を運ぶ世界。誰もがただ生き残るために恥も外聞も秩序も人種も倫理もかなぐり捨てた世界だった。
コーディネイターとはいえ妊婦で身寄りのないアルトリアがそんな場所に放り出されればどうなるかなど、想像に難くない。
奪われ、踏みつけられ、犯され……悪魔に縛り付けられた屋敷にいた時とほとんど変わらない迫害の日々に耐えられず、アルトリアは特区から逃げた。
コーディネイターたちの子供を作る道具として生まれながら、道具としての機能を求めるナチュラルに売られ、そのナチュラルの元から逃げ出した。
コーディネイターであることから憎悪を受け、無力なまま再び逃げ出した。
逃げて逃げて逃げ続けて……
逃げ続けて、命を宿した膨らむ腹部のために逃げることすらできなくなった先で、フェルナンドに拾われた。
それが、アルトリアにとっての彼らとの出会いとなった。
母胎でも、慰み者でもない……初めて恋人として求められた相手。
ケーニヒとは違う、本当の意味で庇護してくれる、寄る辺になってくれる存在。
それがアルトリアにとってのフェルナンドだった。
メンデルに残る姉妹たちがどうなったか、アルトリアは知らない。
産み落とした赤子は特区で再会したクストーに頼み、悪魔によって孕まされ生んだ我が子をケーニヒではない人物が預かるよう手配してメンデルへと送った。
残された姉妹たちと、もう自分のような扱いを受けないことを祈って。
「……その後、子供の方とは?」
「会ってない。シベリアの寒さに当てさせないためと言い訳をして、結局はあいつと同じ力を持って生まれた子供を嫌悪したから、産み落とすなり宇宙に飛ばした者がどのツラ下げて母親を名乗れるものか」
子供を捨てた親。コーディネイターの母などというものが聞いて呆れる。
自身を蔑むように嘲笑したアルトリアは、「その後はユーラシア連邦軍に志願して貴様らと会った」と締めくくり、多くを隠しながら自らの過去と正体をミハエルに語り終えた。
「……私は、プラントを──ケーニヒ・ホーエンハイムとエイブラハム・ゲラートを憎んでいる。定められた役目を放棄し、プラントの未来を作るどころか壊すために戦うことを選んだ、魔女の異名に相応しい女だ」
第9艦隊において、理想郷を取り戻すために集った連隊において、ただ1人ユーラシア連邦ではなく敵国であるプラントを出自とする魔女。
それは、コーディネイターの母と望まれ作られ、ナチュラルに売られてナチュラルの子を宿し、コーディネイターとして特区に追放され、子供を捨てると言う親として最低の行いをして、そして生みの親の望みからもっとも遠いコーディネイターの未来を壊すために戦うことを選んだ、まさに魔女の異名に相応しい所業を重ねる女だった。
人の目を避けるように倉庫の一角まできたムウは、そこで立ち止まると床に置かれている適当なケースに座り、ユウにも座るように促す。
それに従いユウも近くにあった台に座りムウと向かい合う形になると、ムウは徐に尋ねた。
「お前さんの親父って、メンデルに勤めていたんだよな」
「はい。主にクローンの開発・研究を行う施設で」
「……なら、アル・ダ・フラガって名前に聞き覚えないか?」
「アル・ダ・フラガ……それは、確か──」
アル・ダ・フラガ。
その名はユウも聞いたことがある。
歴史のある資産家であり、メンデルの研究に対しても資金援助を行っていたいわゆるスポンサーの1人として名前を連ねていたナチュラルである。
そしてフラガというファミリーネーム。
ムウがその名を出したこと、幼少期に写真を見たことがありその顔立ちを知っていたことから、面影のあるムウをみてユウはすぐに血縁者であることを察した。
「ああ、俺の親父だ」
ユウの言葉に、予想した通りだと頷くムウ。
メンデルのスポンサーの1人だった関係から、そのことを砂漠の虎が知っていたとすればミハエルに対してムウならば何かを知っているかもしれないと言い残した理由になるだろう。
結局、ムウの方は何も知らなかった様子だが。
ただし、アル・ダ・フラガは10年以上前にフラガの邸宅にて発生した火事によりすでに死去しているはず。
父クストーの話を盗み聞きしたり、遺品からメンデル時代の研究に関する記録を見つけてユウは父のメンデルで携わった研究に関して知ることとなったが、ユウの調べた限りではアル・ダ・フラガはメンデルにおける研究にスポンサーの1人として関わっていたということくらいしか記録がなかった。
出資していた先もクストーの関わるホーエンハイムのプロジェクトではなかったので、クストーとはほとんど関わりがなかったのだろう。
「メンデルの研究に出資していたスポンサーの1人ということは知っていますが、それ以上は何も。自宅の火事で亡くなったと聞いています」
「親父さんとこのゲラートシリーズとかいうのに関わっていたみたいな話は聞いてないか? もしくは、クローン研究に出資したとか」
「……いえ。メンデルのプロジェクトに関してアル・ダ・フラガが出資していたのはユーレン・ヒビキ教授の推し進めていたプロジェクトであり、ホーエンハイムやゲラートとはほとんど関わりはなかったはずかと」
「ユーレン・ヒビキ……その内容とか、親父さんはこぼしたことなかったか?」
メンデルにて行われていた研究について、第9艦隊が結成されてからユウは個人的に調べたことがある。
父の足跡──というよりも、敵であるザフトについて少しでも情報を得るためにという目的からだったが。
そこでゲラートシリーズについての概要を改めて知ることとなり、スポンサーの中にアル・ダ・フラガの名前を見つけたことから、メンデルで行われる研究のスポンサーにいたことを知っていた。
アル・ダ・フラガが出資していたのは、かつてメンデルにて禁止されていたはずのコーディネイターの産出事業を展開していた企業G.A.R.M. R&Dの研究所が進めていた事業である。
責任者のユーレン・ヒビキ教授は遺伝子工学の中心人物であり、メンデルの噂話にあった最高のコーディネイターである“スーパーコーディネイター”の開発プロジェクトの中心人物と言われていた。
ムウがなぜそのようなことを尋ねてきたのか、その理由をユウは推し量ることができない。
だからといって、探ろうというつもりはない。
ゲラートシリーズからメンデルのプロジェクトの話になり、父親が出資していた事業について、亡き父親の軌跡を探ろうという気持ちが起きたのかもしれないところだろうと推測する。
「アル・ダ・フラガが出資していたのは、ユーレン・ヒビキ教授の進めていたコーディネイターに関する遺伝子研究と聞いています。ただ、自分の知るのはそこまで。ヒビキ教授の研究はメンデルでもかなり機密性の高い案件が多かったらしく、教授の行方不明後は資料もほとんどが残っていないようで、その内容までは分かりません」
「そうか……悪かったな坊主、時間取らせて」
「いえ。父親のことを知りたいと思う気持ちは理解できます。自分も父を亡くして久しいですから」
「……ああ、そうだな」
自分の話では収穫がほとんどなかったためか、落ち込んでいるらしく暗い感情が隠しきれていない繕った笑顔で手間をかけたと礼を告げるムウ。
倉庫を出ると、ムウはシミュレーターでMSの操縦訓練をしてくると言い、ドッグの方へと去っていった。