思い返してみれば、たったの数ヶ月。そう、たったの数ヶ月だった。
訳もわからない混乱の日々を、たったの数ヶ月で終わらせてくれたひとたちがいることをちゃんと覚えていたい。決してそのひとたちの存在が表に出ることはなくとも。世間が知ることを許されなくても。
何もわからないけれど、きっと私たちは護られたのだから。
*
何故いまも生きているのかって、ただ運が良かったからだ。
ハロウィンの渋谷に近づかないことは決めていた。でも、東京からも離れていたのは、ただ地方ロケの仕事が入っていたから。もし東京の自宅にいたとしたら、きっと私も無事じゃ済まなかった。
東京に異形の化け物――呪霊が跋扈し始め、首都機能は完全に麻痺。そうかと思えば全国でそこかしこで黒い壁が出現し、「何か」としか言えないことが起きていた。
それもいつの間にか落ち着き、年が明けた頃には「壁が消えた」と報道があった。壁の内側は目も当てられないような惨状だったらしいけれど、東京以外は今後復興が進められていくらしい。
私がもつ「公式」の記憶は渋谷事変の途中まで。それ以降のことは何も知らない。だからこれは予想でしかないけれど、きっと「終わった」んじゃないかと思う。
相も変わらず傷だらけで、包帯だらけで、――何となく片腕が
ただ、ひとりだったのは――いつの間にか一緒に来てくれるようになっていた真依ちゃんがいない理由は――きっと私の努力が足りなくて飽きてしまったか、真依ちゃんが忙しかったからだ。できたら後者だと思いたいけど、この際前者でも構わない。どうか、どちらかの理由であってほしい。
そんな葛藤を決して顔に出すことなく、いつも通り私は最高にカワイイ笑顔を贈る。
「来てくれてありがとう!」
私に彼らの痛みはわからない。
私に彼らの苦しみはわからない。
彼らに寄り添いたいなんて思い上がりを言えるわけもない。
彼らの物語にとって、今の私はかろうじて名前をもらえただけの端役。前の私なんて、彼らを紙の上の娯楽として消費していただけのオタク。
握手で感じた体温に、安心する資格なんて私にはないのだ。
「……高田ちゃん、」
東堂くんの声は、以前と変わらずーーいや、一段と柔らかい。
でれでれとした表情も同じだけれど、今日は少しだけ、安堵の色が見えるような気がした。
「無事で良かった、」
怪我一つないよ、貴方たちが命をかけて戦ってくれたから。
無茶もしなかったよ、だって私は「アイドル」で貴方の「推し」だから。私に何かあったなんて知らせが貴方の耳に入ったら、きっとノイズになってしまうから。
元気でいることだけが、私にできる唯一のことだってわかっていたから。
「……もちろん無事だよ! 皆のおかげで今日もすっごく元気!」
思わず、ぐっと奥歯を噛みしめた。
泣くな。
泣くな。
泣くな。
それは絶対に許されない。
私はアイドル。
私は「私」の最高の推し。
東堂くんが心の支えにする存在。
絶対に、いつだって最高にカワイイ私でいなきゃ。
だって私、「高田ちゃん」なんだから。
「――高田ちゃんは、強いな」
思いがけない言葉に、噛みしめた口元から力が抜けた。
え、と私としたことが、素の声が零れ出る。
それでも東堂くんは気にした様子もなく笑っていた。
「いつも、どんな状況でも、笑顔を向けてくれる」
「貴方の笑顔に、何度も救われた。俺に力をくれた」
「本当に感謝しかないです。高田ちゃん、」
本心からの言葉なことは声と表情でわかった。
相変わらず東堂くんは。もう、私も笑うしかない。
本当なら、伝えたいことはたくさんある。ありがとうだけじゃ伝えきれない感謝とか、労りとか、自己満足だとわかっていても口にしてしまいたい気持ちはある。
でも、東堂くんが望むのはそんなものじゃない。
わかってるよ、だって私は貴方の理想、貴方の推し。
だからわかっちゃうんだな~この後東堂くんが何を言うかなんて!
「たかたんビームお願いします」
ほら、来た!
任せて、だってこれは私にしかできないこと。
貴方のために、心からの感謝と愛を込めて。
「はぁい、いきまーす!」
※恋愛感情ではない。恋愛感情ではない。恋愛感情ではない。
大事なことなので三回書きました。尊敬と親愛の「だいすき」です。