ゼロと師   作:シャザ

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5章 休暇を終えて

 ベレトたちが『魅惑の妖精』亭で働いていた夏季休暇から二ヶ月後、アルビオンへの侵攻作戦が発布される事になった。トリステインにとって数十年振りとなる遠征軍の編成は、王軍の士官不足という大問題を浮き彫りにしてしまったのだ。

 政府はその問題を解決するために、貴族学生たちを学徒動員することにしたのである。無論オスマンや一部の教師は反対したが、反対を押し切った形だ。

 

 アンリエッタ直属の女官ということになっているルイズは、侵攻作戦に対し特別な任務が与えられた。平たく言えば虚無の力を戦争に利用するのである。

 しかし、ルイズが手紙で従軍すると実家に伝えたところ、従軍を認めない内容の手紙が返ってきてしまった。彼女がその手紙を無視したところ、姉のエレオノールが魔法学院に突っ込んできたのである。このエレオノールは性格がルイズの三倍きつく、最近婚約者に『もう無理』と婚約解消された気性難なのだ。

 

 エレオノールはルイズをとっ捕まえると怒り散らし、近くで見ていたベレトとシエスタを従者として乗り込ませた。彼女曰く、「あなたみたいな役立たずが戦争に行ったところで無駄死にするだけ、両親にも叱ってもらいます!」とのことであった。要するにルイズは突然帰省することになったのである。

 ベレトはガタガタ揺れる馬車でシエスタと無駄話をして時間を潰していた。

 

「ルイズの姉、かなり性格に難がありそうだな…」

 

「そうですね、でも戦争に行かせたくないって意見は正しいと思うんです。どんなに偉くっても戦場じゃ死ぬときは死んじゃうわけですし…」

 

「……だな。でもだからこそ今を大事にするべきだ。どれだけ辛い選択でも自分の意思を貫くべきだし、それを他者がへし折ることは許されないと思う」

 

「でもミス・ヴァリエールは無鉄砲すぎて止めてくれる人は必須ですよ?あの人誰も止めてくれなくなったら早死にすると思います」

 

「…………」

 

 ぐうの音も出ない正論にベレトの顔は引きつった。

 

 

 魔法学院を出て二日目のお昼に、ラ・ヴァリエール領に到着したベレトたちであったが、なんと屋敷に着くのは夜になるらしいと聞かされた。とんでもなくデカい領地なのは予想がついていたが、まさか到着がここまで遅くなるとはベレトも思っていなかった。

 流石に旅籠で小休止する事になった一行であったが、ルイズたちの乗る馬車が止まると旅籠から出てきた村人たちが群がってきた。

 

「エレオノールさま、ルイズさま!よくぞおいでなさった!」

 

 村人たちは喚きながらぺこぺこと頭を下げ始めた。

 ほんの少し離れた場所でベレトが目を白黒させていると、村人の一人が腰に下げた武器を外そうとしてくる。

 

「長旅でお疲れでしょう、武器をお持ちしますだ」

 

「ちょっと待て、自分は貴族ではないぞ」

 

「そうは言っても、エレオノールさまかルイズさまの御家来さまにはかわるめぇ。どっちにしろ粗相があってはならんでしょう」

 

 そう言われてしまった彼は困ってしまった。厚意を無碍にするわけにはいかないが、『天帝の剣』を渡すわけにもいかない。

 

「すまない、この剣は自分以外が持つと血を吸って殺してしまうんだ。だからこれは自分で持つよ」

 

「ひ、ひえぇっ!おっかねぇもん使ってるだなぁ…」

 

 ベレトがそんなやり取りをしていると、エレオノールが口を開いた。

 

「ここで少し休むわ。お父さまにわたしたちが到着したと知らせなさい」

 

「はい、ただいまー!」

 

 少年が馬でヴァリエール邸に走っていくのを見向きもせず、エレオノールは旅籠の中に入って行った。

 エレオノールとルイズが椅子に座っているのを見て、ベレトはエレオノールに問いかけた。

 

「空いている椅子に座ってもいいだろうか?」

 

 なんの気無しにベレトはそう言ったのだが、エレオノールはとても(重要)嫌そうな顔をする。

 

「…はぁ?平民風情が偉そうに…わたしを貴族と知っての発言かしら!」

 

「いや、相手が貴族でも平民でも訊くぞ。いきなり座る方が失礼だろう?」

 

「……イライラするわね。わたしは!ラ・ヴァリエール家の長女なのよ!?」

 

「知ってるが、それが?それと椅子になんの関係があるんだ?」

 

 ベレトは不思議そうに首を傾げる。エレオノールはキレた。

 

「だーかーら、貴族のわたしたちが平民と一緒に席を囲むなんて言語道断だって話よ!!何処の田舎から来たのこの常識知らず!!」

 

「座っては駄目なら最初からそう言えばいいだろう、貴族がどうの平民がどうのまどろっこしい」

 

「キーッ!!なんて生意気な平民なの、父さまに頼んで打ち首にしてやるぅ!!」

 

 ルイズもシエスタも村人もいきなり始まった舌戦に恐怖した。村人の一人が勇気を出してエレオノールを落ち着かせようとする。

 

「え、エレオノールさま!そんな怒ってはご婚約したばかりのお身体に障りますぞ!どうか落ち着いて…」

 

 エレオノールの血管がブチッと切れる音が聞こえた。

 

「ば、馬鹿!その話題は…」

 

「余計なお世話よおおおおお!!!」

 

「がぅっぱ!!?」

 

 ラ・ヴァリエール家長女の華麗なアッパーカットが憐れな農民の顎に叩き込まれた。ルイズはガクガクと震えながらエレオノールに訊ねる。

 

「お、お姉さま!?いったいバーガンディ伯爵と何があったんですか!?」

 

「婚約は解消よ、か・い・し・ょ・う!!」

 

 エレオノールはルイズの頬を思い切りつねりあげた。

 

「な、なんふぇ!?(な、なんで!?)」

 

「知らないわよ!!『もうムリ、限界、無かったことに』だそうよ!!アカデミーの才女たるわたしに対して何が不満なのかしら!言ってみなさいよちびルイズ!!」

 

「そういうとこだと思います〜!?」

 

 ルイズのキツイところを抽出して長時間煮詰めたような性格の女性と世帯を持つには聖人並みの寛容さが必要だろう。家族に対してもコレなのだから所詮血の繋がってない赤の他人である夫に対して優しくできるわけがないのである。

 エレオノールはフラれた八つ当たりにルイズを説教し始めた。全く非がないのに虐められるルイズを見てベレトは眉間に皺を寄せる。流石に止めようと近づいたベレトだったが、傭兵が止めずとも説教はすぐに中断された。

 旅籠の扉が思いっきり開き、一人の女性が飛び込んできたからである。腰がくびれたドレスを可憐に着こなし、つばの広い帽子の隙間からルイズの髪とよく似た色の桃色がかった金髪がふわりと揺れていた。

 

「まぁ!見慣れない馬車を見かけたものだから寄ってみたら、嬉しいお客だわ!エレオノール姉さま、ルイズ!」

 

「か、カトレア!?」

 

 カトレアと呼ばれた女性は可愛らしい顔にピッタリな優しい笑みを浮かべる。シュンと落ち込んでいたルイズはカトレアの姿を見てぱぁっと顔を明るくした。

 

「ちいねえさま───!!」

 

「ああ、ルイズ!あなたは相変わらず小さくってかわいいわね!ちゃんとご飯食べてる?無理にご飯を抜いてたりしてない?」

 

「だいじょうぶ、三食きっちり食べてます!頑張って早起きもしてます!」

 

「あら、本当に偉いじゃない!」

 

 ルイズはカトレアに思いっきり甘えている。どうやらエレオノールと違ってカトレアとは仲がいいようであった。ルイズより穏やかな顔立ちで大人の雰囲気を漂わせる彼女は、仲睦まじい様子を見ていたベレトに気づき目を丸くした。

 

「……あら?まあ、まあ!」

 

「……??」

 

 無警戒に近づいてくるカトレアにベレトは首をかしげる。ベレトの顔を触りながら彼女は嬉しそうに言った。

 

「うふふ、ルイズったら。こんな素敵な恋人さんを連れてくるだなんて!わたしよりずっと大人になっちゃったわね」

 

「!!!???ち、ちいねえさま何を言ってるのよ!!師(せんせぇ)とはそんな関係じゃなくって…!」

 

「ええっと、カトレアさん。自分はルイズの恋人じゃなくて使い魔だ」

 

「あら、そうなの?ごめんなさいね、わたしあんまりヴァリエール領から出たことがなくってよく間違えるの。あまり気にしないで?」

 

 カトレアはコロコロと笑っている。冗談なのか本気なのかベレトは判断に困った。

 

 

 ルイズたちはカトレアが乗ってきた大きな馬車で屋敷に向かう。エレオノールは平民のベレトやシエスタと同じ馬車に乗ることに難色を示すが、カトレアの「一緒のほうが楽しいじゃない」という説得で折れた。

 ……馬車の中を一言で表すなら、『混沌』であった。猫や犬、トラや熊といった多種多様な動物が自由気ままに馬車でくつろいでいる。ベレトは近くにいる猫を撫でながらつぶやいた。

 

「それにしても…この馬車はすごいな。こんなに動物がいるのに喧嘩一つしないなんて」

 

「ちいねえさまの仁徳あってこそね!ちいねえさまは動物が大好きなのよ」

 

「ここにいるのはわたしが助けたりおともだちになった子たちなの。仲良くしてもらえると嬉しいわ」

 

 トラやら熊がいる時点でもはや動物好きの範疇から外れていないかとベレトは思ったが、口には出さない。そんなカトレアはルイズに楽しそうに言った。

 

「わたしね、最近つぐみを拾ったのよ」

 

「えー!見せて見せて!」

 

 ルイズはカトレアに甘えている。そんな二人を見てエレオノールはため息をついていた。

 

「仲がいいな…。……あれ、そういえばシエスタがさっきから静かだな…」

 

 ベレトは三人から視線を外し、シエスタの座っていた席を見る。

 

「」

 

 シエスタは大きな蛇が顔の前に現れたので気絶していた。正面からならオーク鬼とも戦える彼女だが、いきなり顔面に降ってきた蛇に対してあまりに無力であった。

 

「し、シエスタ!?しっかりするんだ!」

 

 ベレトはシエスタの様子を確認するが、蛇に噛まれたり首を折られたりはしていないようで一安心する。蛇という生き物は気を失った相手に容赦をしないからだ。

 

「ほっ……。……ほら、この子はお前の餌じゃないから離れるんだ」

 

 蛇をしっしっと追い払い、ベレトはシエスタを膝枕で寝かせてあげた。傭兵はふと、馬車の外の風景を眺める。秋の刈り取りが終わった後の藁の塊がいたるところに積まれており、牧歌的な雰囲気が漂っていた。

 

(……そういえば、もう秋か。……さすがにもう戦死扱いだろうな…)

 

 ベレトはフォドラで帰りを待っていたであろう仲間たちのことを思い出し、ほんの少しだけ郷愁にかられた。

 

『……おぬし、少し寝たほうがいいのではないか?なんだか疲れた顔をしておるぞ』

 

「………そうさせてもらおうかな。お休みソティス」

 

『うむ……いい夢を』

 

 そうやって仮眠をしたベレトは、賑やかなガルク=マクを散歩する夢を見た。

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