「……ここは?」
生物的には二度と目を覚まさない。そのはずであった提督は、何故か再び視界に景色を捉えた。
生きていることを不思議に思って辺りを見渡す提督。身体は少し重いが、それ以外には特に不調を感じられない。
「……ヲ、起きた?」
即座に立ち上がりながら振り向き、声の主を注視した提督は、その姿を見て目を大きく見開く。
「ヲ級か、お前は」
幾度となく提督率いる連合艦隊を苦しめた悪魔である深海棲艦。その中でも特に目にする回数が多い、正規空母型の深海棲艦であるヲ級が、その場に佇んでいたのだから。
途端、提督の瞳に宿るのは漆黒の殺意。大切な艦娘を何度も傷つけ、時には民間人を殺傷した。その事実から、提督の怒りが一瞬にして噴火する。
だが、怒りのトリガーが引かれる間際。何者かの手が、提督の腕を握った。
「ダメ、あなた」
「お前……!」
かつて感じた温もりは一切ない。代わりに感じるのは冷感。しかし、その声の主を提督はとても良く知っている。
「加賀、なのか?」
「ええ。あなた、まずは少しで良いから彼女の話を聞いてあげて。彼女は敵じゃない」
加賀だった。提督が一番に愛した艦娘が、確かにそこに立っている。
氷のような手によって、文字通り怒りが鎮火した提督は、一旦殺意を収めてヲ級と向き合った。
「ヲッ、ありがとう。それじゃあ説明する」
ヲ級は手にしていた音声録音機器を提督に手渡すと、指定したファイルを開くように指示する。
言われるがままにファイルを開く提督。そこには、一つだけ保存されている音声録音があった。
「再生を。その音声録音を使って説明するから」
流れ出した音声。何となしに、このデータは盗聴したやつなのだと提督は察する。
基本的にはノイズまみれで聞こえにくい音声録音データ。しかし集中して耳を傾けると、誰が何を話しているのかが分かった。
「これ、海軍大将と元帥の会話か?」
「その通り。波止場で秘密の会合をしてたところを、偶然通りかかった私が盗聴した」
盗聴について咎めるのは後回しにして、また集中して耳を傾ける提督。
『いやはや。呆気ないぐらい上手く行きましたな、元帥』
『全くだ。いや、しかし所詮はただの純粋な若造。人を疑る能力の低いあやつを殺すのは簡単だったのかもしれん』
『海軍で一番の正直者かつ愛国者でしたからねぇ。まさか、愛する国の海軍に裏切られるとは思うまい』
『反乱防止目的で、あの鎮守府の艦娘も全て消せと命令したが、それは?』
『ええ、抜かりなく。現在はまた別の艦娘と提督が、何食わぬ顔で運営しています』
裏切られた? 結果も実績も出していて、逆らうことも基本はしなかった自分が?
そんなまさかと思い、その部分だけを何度も何度も再生する提督。しかし、事実は変わらない。
悲痛そうに顔を歪める訳でもないし、うめき声を出しもしない。だが、提督の隣でずっと支えてきた加賀。彼女だけは、提督が深い悲しみに包まれていることを察した。
「裏切られ、そして俺は殺されたのか。更には俺と共に戦い抜いた艦娘も。全部、全部奪われたのか……」
「そう。貴方は国に。そして海軍に切り捨てられた。近くを哨戒していた輸送艦が貴方とそこの艦娘を見つけて、この深海まで連れてきて、更に特殊な処置を行ったから“生きているような”状態で貴方は立っている」
「他の艦娘は?」
「……見つからなかった」
「そうか」
何が悪かったのか。何が理由なのか。それを提督は知らない。
ただ、裏切られて全てを奪われた事実。それだけが、彼の心に重くのしかかる。
もうあの素晴らしい日々を送れはしない。全部失ったのだから。
「特殊な処置というのは?」
「人体蘇生酵素を打ち込んだ。それだけ。深海棲艦を生むための初期工程だけ施した。死体を酵素で動かしてるだけだから、定期的な細胞維持酵素の投与を止めると貴方はただの死体へ逆戻り」
「さしずめゾンビってところか。それか死を超越した存在。NECRO OVERか?」
「死者蘇生を行った後に、深海因子を植え付けることで深海棲艦は完成する。貴方はその一歩手前の立ち位置」
しかし、彼は大人であった。いつまでも悲しみに呑まれはせず、端的に自身の身に起こったことをヲ級から聞き出す。
自分がゾンビのような存在であること。サラッとこれまで判明していなかった「深海棲艦の生まれ方」。この二つを取り敢えず理解したところで、一つの疑問が彼には生まれた。
「何故、俺を深海棲艦にしなかった? それに加賀を、何故そのままの姿で保護してる?」
言外に滲ませたのは「何か目的があるんだろ?」という確信めいた何か。
生前と全く変わらない洞察力に惚れ惚れとする加賀を他所に、ヲ級は感心したような素振りを見せた。
「それでこそ横須賀の大道提督。深海化させずに連れて来た甲斐がある」
「目的は?」
「全て話す。まずはこれを」
一体どこから取り出したのか。そんなツッコミをしたい提督を無視して、ヲ級はまず変わった形状のベルトを手渡す。
派手な赤色で彩られたL字型スロットに目を白黒させる提督。
更にヲ級は、USB型の何かが大量に収められているアタッシュケースを取り出し、提督の前で広げた。
「そのベルトはロストドライバー。そしてこのケースに収められているのはガイアメモリ。ガイアメモリは、この地球が記憶した事象や現象を再現するプログラムが内包している。ロストドライバーは、そんなガイアメモリのプログラムを最大限発揮するためのツール。どちらも人間が開発していた物を、襲撃した際に入手した」
「これをどうしろと」
「受け取って。そして、これを使って戦ってほしい。私たちと共に」
「何だって?」
「深海側の提督になってほしい」
想像が出来ない話ではなかった。殺さずに蘇生させた以上、仲間となって戦うことを要求される可能性は大いにあったので、特段驚きはしない。
それでも、深海側の提督という言葉の響きは何となく禍々しくて。すぐに「分かった」とは流石に言えなかった。
だが一方で、提督はその申し出を断る気になれない。その理由は至極当然の物。
信用してた人に。そして愛していた国に裏切られたのだから。人類に反逆をする選択肢を否定はしなかった。
提督はアタッシュケースに手を伸ばし、一本のガイアメモリを手にして見つめる。
「……このガイアメモリとやらの名は?」
「エターナル。永遠の記憶を内包している」
「ふん、永遠か。良い言葉だな……」
メモリ下部に付いているボタンを提督が押すと、エターナルメモリは力強く吠えるのだった。
「エターナル」
ちなみにメモリはT2仕様です。