「さあ、今日は祝勝会だ。思う存分飲み食いしろ」
お通夜ムードな人類側とは対象的に、深海側は連戦連勝から戦勝ムードであった。
それもこれも、提督の類稀なる優秀な指揮のおかげだ。必要最低限の損傷で、出せる損害の最大値を常に叩き出す指揮をしている。
ジリリ、ジリリと艦娘を押し返した深海棲艦たちは、奪われた海域を取り戻しつつあった。必要分までもう少しといったとこだ。
ちなみに提督が行った作戦は、どれもこれも鬼畜極まりないものだったりする。
例えば、輸送船を一隻だけ艦娘の艦隊へとまずは向かわせる。当然艦娘は反応するが、輸送船一隻ごとき楽勝だと慢心する。そこへ、電信をすり抜ける形で配置された潜水艦が装甲の脆い艦娘へ奇襲をするのだ。
撃沈をしなくても。何なら大破させなくても良い。ただ、奇襲を仕掛けて混乱させれば良い。何故なら、その後に追い打ちの奇襲を行うから。
輸送船型の深海棲艦ワ級は、その気になれば口の中に数機の爆雷撃機を待機させることができる。
提督が仕込ませた機体。それは、超高性能水上機である“晴嵐”を模した物だ。そいつを発進させ、フレンドリーファイアに見せかけた攻撃を仕掛けることで、艦隊の更なる混乱を生ませる。
限界まで艦娘が混乱したら、最後に出てくるのは混乱に乗じて接近した数隻の駆逐艦である。至近距離から旗艦や大型艦に魚雷を叩き込むことで、やむを得ない撤退まで追い込む。
これ以外にも近場の島を利用し、休みを与えない波状攻撃と潜水艦の奇襲を組み合わせて使用したり。予め嵐を発生させた上で、悪天候でも艦載機を扱える加賀率いる空母艦隊で近寄らせる間もなく撤退させたり。
悪魔的な所業をいとも平然に行った結果、提督が出向かなかった海域もかなりの確率で奪取できている。
「二週間ぐらいすれば、焦った上層部が総力戦を仕掛けてくるだろう。そこを潰せば実質俺たちの勝ちだ。手打ちに持ち込めば戦争は終わる」
「ヲッ、提督すごい。こんなにも撃沈なしで勝てたのは久しぶり。味方にして良かった」
「本当に人間は愚かね。あなたみたいな素晴らしい提督を味方にしておけば、もう少しすれば深海棲艦を完全に撃滅していたのに」
「加賀、人は目先の幸せしか考えない。そのためになら、人間は幾らでも残酷な悪魔になれる」
「悪魔は時に死神を生むって学べば良いのだけれど」
「無理だろ。人が人である限りな」
提督に懐いたヲ級。そして実質妻である加賀。その他の深海棲艦に囲まれ、皮肉を吐きながらも談話をする提督は、目の奥が熱くなる感覚を必死に抑えていた。
かつての横須賀鎮守府での光景が、似たような形で存在していたのである。もう二度と戻らないであろう、あの幸せな光景が。提督を囲む者は殆ど別人だし、こんな皮肉めいた会話は行ってなかった。それでも、心を通い合わせた仲間との幸せな会話は、確かに目の前にある。
「……泣いても良いのよ?」
いち早く察した加賀。しかし、提督は彼女の申し出をやんわり断った。
「泣くのは戦いが終わったらだ。死んだあいつらへの弔いを落ち着いて出来るぐらい、静かな海を取り戻せたら。その時は泣こう。目一杯」
「でもっ」
「すまんが席を外す。外の空気を吸いたいのでな」
加賀を振り払うと、提督は席を立って基地の外へと出てしまった。
残された加賀は、提督のために取り分けた料理を見て、密かに涙する。
嫉妬心と独占欲が強い加賀は、提督のために別で料理を作っていた。そのため、提督の前に置かれている料理だけは、やけに家庭的な肉じゃがとなっている。
しかし、料理は一口か二口付けたぐらいの分量しか減っていない。
「死人だもの。味覚も、空腹感も、満腹感も。何も残っていないのね」
通常、細胞を維持する酵素を定期的に打たなければ死人へと逆戻りする深海棲艦の蘇生技術。加賀の隣に座っているヲ級も、何なら加賀自身も例外ではない。
だが、提督だけは違った。最初に処置をされたきり、彼は一度も酵素を打ち込んでいない。にも関わらず、彼は平然と動けている。
怪しく感じた提督に、深海側の科学陣は言った。かつてないほどに、死者を蘇生する酵素が提督に順応しているのだと。
仮初めの命を与えられたはずが、どんな因果の巡り合せか。提督は“完璧な”生ける死者として生まれ変わった。同時に、永遠の命も授かった。当人が全く意図しない形で。
定期的に酵素を打ち込まなければ生きている状態を維持できない、いわゆる通常の個体。彼らは、酵素を打ち込めば打ち込むほど肉体が死んでいくため、少しずつ人間らしさを失うに留まる。同時に心も少しずつ失うため、人間らしい感覚を失ったとしても傷つきはしない。
一方、完全に酵素が順応した提督。彼に関しては、心以外の全てを一気に失ってしまった。味覚も、嗅覚も、痛覚もない。何もない。生前から変わらずあるのは心だけだ。
仲間への優しさ。加賀を愛する気持ち。彼女の手料理を口にしたい欲望。生前とは何ら変わりのない心が提督にはある。それなのに、彼の肉体は“死んでしまっている”のだ。
物を口にしても無味無臭。仮に直接攻撃をされても、軽く触られたぐらいにしか感じない。
そんな現実に耐えられず、提督は外へと飛び出してしまったのである。
「人間は悪魔。あの人の幸せを全て奪った元凶。少しでもあの人が、心穏やかに過ごせる日々をこの手で作れるなら、私は……」
彼女の決意は誰にも聞かれることなく、歓喜に揺れる室内へと吸い込まれていくのだった。
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「今日は潮風が強いな。明日は雨か?」
外に出た提督は潮風を一身に受けながら、荒れた波間と凪いだ星空を眺める。
完璧な生ける死者となった今、提督はエネルギー接種するも必要としない。それが、彼にとっては何よりありがたいことだった。
無味無臭の物を口にしたところで、別のストレスが心を蝕む。大好きな加賀の手料理を、もう口にしても幸せを感じられない事実は耐え難かったが、それでも一握りの幸運は残っていると自身に言い聞かせる。
「灰色の世界で永遠に生きる身体か。人類が目指した不老不死が、こんなにも拷問じみた苦痛だなんてなぁ」
憎む。彼は憎む。自身の全てを奪った人間を。
存在するのが悪魔だけではないと理解しつつも、彼は憎むのを止めはしない。
「エターナルメモリ。お前だけが、俺と永遠に生きてくれる友となるのか」
少しずつ。しかし確実に。提督の人間としての心は、燃える紙のように失われていく。
懐から取り出したハーモニカで演奏して気を紛らわそうと、提督は名も忘れた曲を吹き始めた。
錆びれていく音色は、やがて波の音色と混ざり。星空に溶けていった。
残されたのは心だけ。貴方は耐えられますか?