[[19年前]]
《偉大なる航路 新世界 ワノ国 花の都 〈オロチ城〉》
((その赤子を棄てて来い!))
高く結い上げた紫色の髪を揺らし、およそ衣服と部屋の特徴に似合わない金色の冠を輝かせる男が赤子を抱える女に指を向けた。
その歪んだ笑い顔からはどす黒いとしか言い表し様のない、純然たる悪意と嫌悪が見て取れる。
((しっ……しかしオロチ様!この子は貴方様の…………))
((棄てて来いと言ったらさっさ棄てに行け!))
何とかすがろうとする女に平手打ちを食らわせ、ワノ国将軍【黒炭オロチ】は容赦なく言い放った。
((その赤子が例え俺の子であろうと!端からこの国を継がせるつもりは無ェんだよ!))
何も知らぬまま眠る赤子を胸に、女は嗚咽を堪えつつすすり泣く。目の前に立つ男は復讐に取り憑かれた化け物であり、手に抱く子は知る術もなくして目の前の男が経験した過去を歩もうとしている。
((こいつは生まれた瞬間から“黒炭”の子だ!また国ぐるみで追い回されて人に殺されるよりゃァ餓死させた方が幸せだろ!))
オロチの言葉が鋭い刃となり、ぐさりと音を立てて胸に突き刺さった気がした。自身の行いを思い出したことで反論ができなくなった女に、更に追い打ちをかける。
((それともお前、まさか赤子に情が沸いたのか?))
((いいえっ!決してそのような……))
叫びながら女が顔を上げると、巨大な蛇の頭が涙に濡れた顔を覗き込むように睨み付けていた。頭は八つ、その一つ一つが全く同じ顔を持ち、不気味な怒り顔と低い声で告げる。
((俺は殺せと命じてはいねェ。分かったなら今すぐ棄てて来い……))
腕の中の赤ん坊の顔が濡れている事にも気付かず、ただ恐怖と絶望に身を震わせ涙を流す女。ここでオロチの命に逆らえば殺されるという事実は、彼女に決断までの猶予を与えることはなかった。
((…………))
彼女は歯を食い縛って口惜しい感情をぐっと堪え、内心で赤ん坊に謝りながら、そして大粒の涙を滝のように溢しながら嗚咽混じりの小さな声で答える。
((……はい……))
いつの間に人の姿に戻ったオロチは、満面の笑みを浮かべて高笑いを響かせた。
[[19年後 現在]]
荒波に荒れるワノ国近海に浮かぶ一艘の小舟から、和服姿の青年が天高く聳える崖を見上げていた。紫色の長髪を後頭部で束ね、黒い上着と袴、そして船底まで付くほどの羽織を風に靡かせて一人立つ様は、どこか強気な印象を持たせる。
「もうすぐワノ国…………オレの、魂の故郷…………」
一振りの太刀を腰から提げる青年、その名を【黒炭ヒル子】。
他でもない実の父、黒炭オロチに棄てられた黒炭の血の者。
「…………その汚ねェ首を奪りに戻ってやるから……待ってろよ、糞親父」
彼の静かな復讐の火種は、ワノ国を焼き尽くさんとする豪火へと変わり始めている。