幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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ほぼ1月ぶりの投稿になりました。

皆さんはGWの予定は決まっていますか?自分は……まったく決まっていません。行き当たりばったりで過ごしていきます。とりあえず息抜きに遠出でもしようかと思います。

皆さんも良い休日を過ごせるといいですね。





迷探偵ユカリン

 

 

 

博霊神社。

 

幻想郷の東に位置する場所。その一室に、複数の人影があった。いや、人影と言う言葉は正しくはないかもしれない。この場にいる人間などほんの数人だ。

 

吸血鬼、レミリア・スカーレット。そのメイド、十六夜咲夜。

 

亡霊姫、西行寺幽々子。その庭師兼剣術指南役、魂魄妖夢。

 

月の頭脳、八意永琳。その弟子、鈴仙・優曇華院・イナバ。

 

軍神、八坂神奈子。神社の巫女、東風谷早苗。

 

命蓮寺の和尚、聖白蓮。寺の修行僧、雲居一輪。

 

妖怪の山に住む天狗、射命丸文。

 

人里の賢者、上白沢慧音。

 

この幻想郷における有力な勢力やコミュニティに属する面々の代表とも言える顔ぶれが博霊神社に集まっていた。そして、それを集めたのは妖怪の賢者にしてこの幻想郷の管理する八雲紫だ。

 

本来ならばそうそう簡単にこれだけの面子は集まらない。にもかかわらず集まることが出来たのは、この賢者が弱り果てながらも頭を下げたからだ。それを見た彼女たちは大いに驚いた。この賢者の疲弊した姿にもそうだが、今それだけの事態がこの幻想郷で起きていると感じ取ったからだ。

 

「……で?いい加減話してもらえない。一体幻想郷で何が起きている?」

 

その中で紅魔館の主、レミリア・スカーレットが紫に尋ねた。

 

「………もう少し、待ってくれるかしら」

 

紫はその場に座り静かに答える。焦れたレミリアは怪訝そうな目で紫を見る。顔には隠しようのない疲労と焦りが見える。呼吸は僅かに荒く、口の端には僅かに血の跡が残っている。よく見ると指先が小さく震えているのが見て取れた。その姿は普段の彼女からは想像もできない。

 

此処にいる全員が内心その姿に驚愕していた。妖夢や早苗などは未だに信じられないのか目を丸くして見ている。

 

「…紫。あなた、大丈夫なの?」

 

旧知の中である幽々子は心配そうに紫に問いかける。親しい彼女からしても今の状態の紫を見るのは初めてのことだ。

 

「……ええ、少し力を使い過ぎただけよ。休めば問題ないわ」

 

紫はそう言うが、その声に力はない。その姿に全員が何も言えずに口を閉じてその場で待っていた。重苦しい空気の中、部屋の襖が開く。そこに、霊夢・魔理沙・いろはの姿があった。

 

「霊夢…あなた、その腕は……」

 

咲夜が霊夢の右腕を見る。その腕は肩から指先まで、肌が見えなくなるほど札が張られていた。

 

「…ああ、これ?別に大したことないわ」

 

そう言いつつも霊夢もまた疲労しているのか魔理沙に肩を借りている。その隣にいるいろはは自ら立っているが首や腕にはひしがきに縛られた跡が痛々しく残っていた。

 

「それよりも―――紫」

 

呼ばれた紫に、その場にいる全員が注目する。

 

「……ええ、それじゃあ、始めましょうか」

 

重々しく、紫が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

私たちがそれに気付いたのは12年前、先代巫女がその任から引く切っ掛けとなった異変の時だった。無縁塚で怨霊たちが多く蠢いているのに気が付いた私は彼女に怨霊を払うよう頼んだ。最初はそれほど危険視はしていなかった。怨霊と言っても彼女の脅威になるほどの物ではなかった。けれど直ぐに後悔する事になったわ。突然無縁塚の下から信じられない程の巨大な怨霊が現れたの。それもただの怨霊ではなく、数えきれない程の怨念を内包した存在が。私と藍は直ぐに駆けつけて彼女と共にその怨霊と戦ったわ。その怨霊は巨大ではあったけれど、鈍かった。あまりにも多くの怨念を内包しているが故にね。分かりやすく言えば魔法で人形を動かすとしましょう。一人の魔法使いが人形に指示をすれば人形はその通りに動く。けれど別の魔法使いが同じ人形に別の指示を出したら?その人形は指示とは全く異なるチグハグな行動をとるでしょうね。この怨霊もそうだった。数多くの怨念は集まり巨大にこそなった。怨霊としての力は大きくなっても、まだその時点ではただそこにあるだけの災厄に過ぎない。もちろん私たちはその怨霊を払おうとした。それだけの巨大な怨霊ともなれば払う事は簡単でないにしろ私たちは時間をかけてそれを払おうとしたわ。……結果から言えば私たちは失敗した。突然その怨霊が明確な意思を持って私たちに襲い掛かってきたの。ソレは明らかな敵意を持っていた。私たちは勘違いしていたの。ソレが意思のない無数の怨霊の集合体だと。けれどソレは私たちに怨嗟の叫びをあげて牙を剥いた。

 

『殺シテやル!コロシてヤルぞ!!八雲紫!八雲藍!博麗の巫女!滅ぼしテやるゾ!!!幻想郷ッッ!!!!!』

 

ソレが何なのか分からない。もともと一つの人格なのか多くの怨念が集まって生まれた物なのか。何故私たちの名を知っていたのか。はっきりしたのはそれが私たちの、いえ幻想郷にとって敵だったという事。不幸中の幸いだったのはソレがまだ不安定だった事。ソレは途切れ途切れに表れては消えそして再び表れては消えていた。ソレが出て来ている間は私たちを狙っていたけれど、消えている時は最初と同じただの怨念の塊だった。ソレが消えている時、巨大な怨霊から小さな怨霊が漏れているのが分かった。そこから私は一つの仮定を立てたわ。恐らくは元々一つの強力な怨霊が多くの怨霊を喰らい大きくなっていった。けれどあまりに多くの怨霊を喰らい過ぎ手に余るほど膨れ上がってしまった。そして大きく膨れ上がり過ぎた事でその意思が膨れ上がった怨念に押されているのだと。私たちはソレが消えた時に少しずつ怨念を払い力を削いでいったわ。ただこれには問題があった。力を削ぐことでソレが徐々に長く現われるようになったの。私は怨霊を弱らせるために大きくこの怨霊を分けた。そうする事で一気に払おうとしたの。けれどそう簡単にいかなかった。分けたはずの怨霊から、その意思が同時に出て来たの。そしてソレはそれぞれが互いに喰らい合い再び一つになった。私たちはまた少しずつ怨霊の力を削いでいくしかなくなったわ。そしてソレが、完全に表に出て来た。

 

『長カッタ……漸くオ前らヲ皆殺シニしテヤレる』

 

私は聞いたわ。あなたは一体何者なのかと。

 

『………言っタとコロろで分からンだろうナ。いヤ、覚エてすライナいだろウ。俺は、俺タチノことナドお前らかラスレバ、取ルニ足らナい有象無象ノ存在ナンダろうかラナ!!!』

 

ソレは私たちにそう言った。そしてまた戦いが始まったわ。私たちも何の策もなく怨霊を弱らせていたわけじゃない。確実にソレを葬るために、気付かれないようにソレが消えている時に少しずつ準備をしていた。そして私たちは力を合わせ一気に怨霊を消し去ろうとした。向こうもただやられるつもりなどなかったでしょう。激しく抵抗してきたわ。そして、ソレは消え去る前に先代巫女に深手を負わせ窮地を脱したの。結局、全てを消し去ることは出来なかった。けれど大きく弱らせ消滅させる一歩手前まで来た。私は先代を藍に任せソレに止めを刺そうとした。

 

 

 

 

 

「けれど、それは失敗した」

 

「どうして?」

 

「…………ソレは自分が追い詰められたことを知ると、自分から分かれて四方に飛び散ったのよ。それも尋常ではない程に分かれて、消えてしまう寸前まで自らを細かくさせてね」

 

「待って紫、そんなことをしたら怨霊自体が消えてしまうわ。仮に其処まで自分を弱らせてしまったのなら少なくとも意思なんて残りはしないはずよ」

 

紫の話に幽々子が疑問の声を上げる。

 

怨霊とは簡単に言えば恨みや憎しみを持った人の霊。それが生きている存在に災いをもたらすからこそ怨霊と言える。だから怨霊の本質はその恨みや憎しみと言った強い念からくる生者へ怨念と言える。怨念が強いほど怨霊は大きな災いをもたらす。

 

だが消える寸前まで自らの念を分けたとするとその怨念自体が小さくなる。怨念が薄まってしまった怨霊などもはや人の霊の残滓に過ぎない。紫たちが戦った怨霊に意思があったとしても薄まった霊の残滓に意思などもはや無いに等しい。残っていたとしても酷くあやふやで不確かなものだ。

 

「そうね、幽々子の言う通りよ。本来ならそこで終り。けれど私はあの怨霊が苦し紛れに自分を分けて消滅するようには思えなかった。だから出来る限り散らばった怨霊を消していく事にしたの。…………そして、私たちはその怨霊が何をしたのか突き止めた」

 

紫は過去を悔いる様に、手を握り締める。

 

「その怨霊は、憑くのよ。いいえ、あれは憑くと言うよりも寄生と言った方がいいのかもしれないわね。それも人間だけではなく、妖怪だろうと妖精だろうと関係なくね」

 

 

 

 

私は怨霊を見つけ次第に払っていった。そんな時、ある妖怪を見つけたわ。その妖怪は酷く凶暴で、正気を失っている様だった。その妖怪は、私に目を向けると叫んだわ。瘴気を噴き出しながら、その口からあの時と全く同じ声で。

 

『ぎ、あ…ヤクモォォォォォォォォォ!!!』

 

その妖怪自体は、問題なく倒せた。だけど私が大きな危機を感じたわ。あの怨霊は、決して消滅なんてしていなかった、それを知ったから。私は怨霊を払うのと並行して、何匹かの妖怪である実験をする事にした。妖怪にあの怨霊を憑かせるとどうなるのかを検証するためにね。そうしてあの怨霊の性質を調べたの。あの怨霊は取りついた妖怪の負の面が強いほど大きく怨念の力が浮き出る様になってくるのよ。憎悪、悲哀、嫉妬、後悔、欲望、恐怖、無念、軽蔑、嫌悪、絶望、それはそう言った負の感情が強ければ強いほど大きく表れるわ。そして、その妖怪にはある力が宿るようになった。

 

 

 

 

「……あの瘴気、ね」

 

霊夢が前の異変での鬼人正邪の使っていた力を思い出す。その言葉に紫は頷いた。

 

「ええ、そうよ。生者を呪う死者の怨念。命を喰らう呪いよ。ただあの力は何も瘴気と言う形を取るわけではないの。その妖怪が持つ力が火ならその火に呪いが宿る。水になら水に宿る。そして、ルーミアの場合は闇に宿った」

 

「それじゃあ、あの時の天邪鬼もなのね……」

 

「ええ。鬼人正邪もまた怨霊に憑かれていたわ。………そして、怨霊が憑いた妖怪が負の感情に飲まれた時、あの時の怨霊の意思が垣間見えた。ほんの僅かだったけれどね。この実験で私はあの時の怨霊の狙いが分かったわ。あの怨霊は何かに取りつく事で蘇ろうとしている事がね」

 

「……信じられないわ。一度バラバラになった怨霊が復活するなんて」

 

紫の言葉に亡霊である幽々子が首を振る。亡霊と怨霊の違いこそあれ同じ霊である幽々子にはその怨霊が取った選択がどれほど危うい賭けか良くわかった。

 

「おいおい一体どういうことなんだ?それってそんなに不思議な事なのか?」

 

あまり良く理解できない魔理沙が妖夢に顔を寄せて尋ねる。

 

「……魔理沙さん、例えば私は半人半霊と言う種族ですよね。だからこそ私はこうやって幽霊と人の両方の面がありますよね」

 

そう言って妖夢は自分と側にいる半霊を指さす。それに魔理沙は頷いた。

 

「じゃあ魔理沙さんは私みたいに自分を二つに分けることが出来ますか?」

 

「いや、私には無理だぜ……」

 

「そうです、魔法で自分と同じ幻を作る事ならパチュリーさんなら簡単にできるかもしれません。けどそれと自分を分けるのとは大きく意味が違います」

 

「その通りよ。分かりやすく言えばあの怨霊は自分の魂をバラバラにして分けたのよ」

 

幽々子が妖夢の言葉を継いで魔理沙に説明する。

 

「そうね、魔理沙あなたはパズルのピースの一欠けらだけでそのパズルに書かれた画がどんなものか分かるかしら?」

 

「ん~、それが大きいならちょっとは分かるかもしれないけど……」

 

「そうね。……でも、それがものすごく細かかったら?」

 

「それは、さすがに無理だぜ。………ちょっと待て、じゃあ何か?その怨霊は自分の魂をパズルみたいにバラバラにしてまた完成させようとしてるってことか?」

 

幽々子の説明に魔理沙もその怨霊が取った選択がどれほど無謀なものか理解する。仮に自分の魂をパズルのように分けてバラバラにしたとしたら、そのピースが一欠けらでも欠けてしまえば自分と言う存在は元には戻らないのだ。

 

「…そんなの無理。紫が細かくなった怨霊を払っているならもう完成なんてしないはず」

 

魔理沙といろはが不可能だと言う。だが紫はそれに首を振って否定した。

 

「確かにピースが欠けてしまえばパズルは完成しないわ。でも足りないならまた増やせばいい。分かれた怨霊は取りついた相手の負の感情から自分のピースを作っていた。だから負の面が強ければ強いほど怨霊は宿主の中で元に戻り呪いの力も強くなっていった。そして、ピースとピースは互に引き寄せ合ってより大きなピースになろうとしていた。私が実験していた妖怪の1匹が僅かに怨霊の意思を垣間見せた時、他の実験体から怨霊の力がその一体に集まったの。そしてその妖怪の呪いは爆発的に大きくなったわ。……更にたちの悪いことが分かったのはその後よ。大きくなった呪いの力を持った妖怪を私は危険と判断して処分しようとした。けれど、その妖怪が死ぬ直前、怨霊の力がまた分かれて飛び散った。」

 

つまり怨霊は細かく分かれ方々に散って行った。そしてソレはそれぞれが何かに取り憑いてはその宿主の負の感情からそれぞれを徐々に成長していく。そして、散った力は徐々に集まり始めより大きく完成していく。たとえ取り憑いた存在が死んだとしても力が無事なら再び分かれてまた最初から徐々に完成していくと言う事だ。

 

「……うぇ、なんだよそれ、切がないぜ」

 

「つまり、怨霊を消滅させるには一つ一つ完全に消していくしかないってことですか?」

 

「……難しいわね。その怨霊は無数に分かれてしまっているんでしょう。一体どれだけの数を消せばいいのかも分からないなんて」

 

「それに、聞けば最初その巨大だった怨霊は八雲紫が気付かない程に存在を隠していたんだろ。またそうなっていない保証なんてない。もしかしたら、気付かない内にこの幻想郷のどこかで巨大化し身を隠しているのかもしれない」

 

集まった各々がその怨霊の危険さと厄介さに危機感を募らせていた。そして、再び紫が口を開いた。

 

「その通りよ。それに私が今話したのは現時点であの怨霊について分かっている事。他は全くの未知数。ほっておくにはあまりに危険が大きすぎた。

 

―――だから私たちは怨霊を完全に消し去るためにある方法を取った」

 

その言葉に、霊夢は大きく目を見開いた。

 

「まさか――」

 

「―――そう、ひしがきよ」

 

 

 

『っ―――――――――』

 

その名に、その場にいる面々の何人かが反応する。

 

「最初、私はひしがきに気をかけていなかった。博麗の巫女の突然の引退に、苦し紛れに人里の人間が祀り上げた存在としてしか認識していなかったわ」

 

「……ちょっと待て。人里が祀り上げた存在だと?ひしがきはお前が幻想郷に連れてきたんじゃないのか!?」

 

紫の言葉に慧音が思わず驚愕の声を上げる。当たり前だろう。人里に長年暮らしている彼女は里の人間とほとんどと知り合いと言って過言ではない。ひしがきが里に祀り上げた存在と言うならつまり……。

 

「違うわ。ひしがきは元々、この幻想郷で生まれた人間よ。勿論人里でね」

 

「なん、だって……」

 

その言葉に慧音は驚愕する。慧音だけではない。いろはもまた大きく驚いていた。

 

「話を続けるわ。私は怨霊を払う完全に方法を模索しながら、新たな巫女も探さなければならなかった。そして私は霊夢を見つけたわ。けれど、まだ幼い霊夢に巫女は務まらなかった。その間、形だけでも他の誰かに博麗の任を受け持ってもらう必要があった。だから私は藍に霊夢が巫女として成長するまでの間、ひしがきを支える役目を命じた。けれど、そこである事に気が付いたのよ」

 

「……ひしがきの力ね」

 

霊夢の言葉に紫はゆっくりと頷いた。

 

「そう、ひしがきの持つ力。以前見た時、ひしがきは自分の結界に呪術もどきを組み合わせて使っていた。けれど藍から報告を受けて見たひしがきの力は、怨霊と同じ生者を喰らう呪いの力だった。しかもひしがきはその力をある程度とは言え引き出し使いこなせていた。にもかかわらず正気を失わずにいたわ」

 

紫は言葉を一端区切る。

 

「……私は怨霊を消し去るために幾つかの方法を考えていた。その中の一つに、怨霊の力を宿した憑代の力を故意に成長させ怨霊を一つに集め消し去るという案があった。けれどこれはあまり現実的ではなかったわ。怨霊の力が強くなるには大きな負の感情が必要になる。けれど宿主が正気を失ってしまっては直ぐに怨霊の力は暴走して憑代は壊れて再び霧散してしまう。気が狂うほどの負の感情、そしてそれに耐えられる強靭な精神力。怨霊がすべて集まる前に万が一にでも力が暴走した時、抑えられるようなもともと力の弱い者。そんな都合のいい存在なんてそうそういないと思っていたから。………けれど、だからこそそんな人間を見つけた時、私はきっと天啓でも得たと思ってしまったのかもしれないわね。いつの間にか、あまりにも視野が狭くなっていた。」

 

「……紫、どうやってひしがきの中の力を大きくさせようとしたの?」

 

霊夢はひしがきの置かれた状況をおかしいと感じていた。まるで、何か意図してひしがきが苦境に追いやられているようだと。それが真実だとしたら、それは全て……。

 

「ひしがきは博麗の任についてから里は徐々に安定してきたわ。そして、霊夢が新たな巫女としてその役目を十分に果たせるようになった頃、私は藍を通じてひしがきにある異変の調査をするようにさせた。私たちはそこからひしがきを追い詰める事を始めたの」

 

「………!!」

 

その言葉に、いろはの顔が驚愕に染まる。ひしがきが追い詰められるきっかけとなった事。それは、里に住んでいたいろはにとっても忘れることが出来ない事件だったからだ。

 

「ひしがきが調査に向かう先に、私は式を封じた呪具を仕掛けたわ。あの怨霊のかけらを込めた式をね。そしてひしがきはその調査に失敗し人里に大きな被害を出した事で人から追われることになった」

 

「……おい、まさかそれって」

 

「里を襲った鬼…あれは私が仕組んだことよ」

 

その言葉に、その場の空気が凍った。

 

「八雲紫っ!!あれは、あの事件は全て貴様がやったことだったのか!!」

 

慧音が声を荒げて紫に掴みかかる。あの事件は、彼女にとっても痛ましい事件だった。あの事件では彼女の生徒や嘗て生徒だった人間も亡くなっていた。彼女にとって、彼らは身内も同然。その原因が、目の前にあると言われて激怒した。

 

「………」

 

いろはもまた紫に射殺さんばかりの殺気を放っていた。いろはは慧音の様に掴みかかる事は無かったとは言え彼女もまたあの事件で家族を失った者の一人だ。もし今、刀を持っていたとしたら、いろはは紫に斬りかかっていたかもしれない。

 

「貴様ッ!一体あの事件でどれだけ人里に住む人々が「慧音、今は下がって」……っ!!霊夢!お前は何とも思わないのか!!」

 

慧音の怒号に、霊夢はただ視線だけで慧音に返す。その視線に、慧音は言葉に詰まった。その視線に、有無を言わせぬ力がこもっていたからだ。

 

「あんたの言いたい事はわかるわ。けど今はそれを紫にぶつける時じゃないわ。責めたいのなら、話が全部終わってからにしなさい。何より、一番に紫を責める権利があるのは、あんたじゃないわ」

 

「……くっ」

 

霊夢の言葉に、慧音は苦々しく顔を歪め身を引いた。霊夢は視線を再び紫に向ける。その視線を受け取り、紫は話を続ける。

 

「……私はそこでいくつか仕掛けをしたわ。一つはひしがきが霊夢と博麗の任を代わる時に、歴代の様な周りの記憶を操作せずに今後も博麗だったことを認識されること。ひしがきがそれまで人里で暮らしてきた記憶を周囲の人間から消す事。そしてもう一つ、私はある仕掛けを幻想郷全体に施したわ」

 

「……何をしたの?」

 

「ある種の精神操作よ。と言っても誰かを意のままに操るようなものではなくて、ある対象に対して負の感情が出やすいように私は境界を操ったの」

 

そう、彼女はそれはまさしくひしがきを苦境に追いやった。幻想郷の住人はそれによってひしがきに対して決して良い感情を持つ事が無くなった。

 

人里の人間はそれまでのひしがきの献身など見向きもされず、ただただ里を守れなかった事を責められ罵倒される。

 

「妖怪からも歩み寄られる事が無いように、精神的に疲弊させることも兼ねてひしがきにはそれほど必要でない妖怪退治もしてもらったわ。人間と妖怪、両者から孤立するようにね。これで一度ひしがきに悪い印象を持った者はひしがきに対して自然と負の感情を向けるようになった」

 

その言葉に聖白蓮の肩がピクリと震えた。彼女は嘗て人間に異端とされ封じられた存在だった。人と妖怪が共に平和に暮らす世界を目指す彼女にとってもその出来事は暗い棘となって心に深く突き刺さっている。彼女と共に暮らす妖怪僧もまた同じだった。だから、無益に妖怪を殺生してきたという博麗の代理を彼女たちは許すことが出来なかった。

 

だが、それは故意に誘発されたものだった。いつの間にか、彼女たちは嘗て自分たちが受けた仕打ちを返すようにひしがきを責めていた。そう仕向けたのは八雲紫。しかし、それを行ってきたのは自分達だ。

 

命蓮寺だけではない。この幻想郷における全ての人も人外も、紫に力によってひしがきに歩み寄らないようにされていた。

 

「……なるほどね。だから誰もひしがきにいい感情を持たなかったの」

 

「ええ。ただ霊夢あなたには効果がなかったけれどね」

 

霊夢の能力はあらゆる物の制約を受ける事が無い。だからこそ先入観もなく操作されることもなくひしがきに接することが出来た。

 

「だからこそあなたに対してだけはひしがきから遠ざかる様に仕向けたかったのだけれど……それは上手くはいかなかったわ。ひしがきはあなたに羨望はしても嫉妬はしなかった」

 

「紫、あんたはひしがきの力がその怨霊の力とは別物だと気付かなかったの?」

 

霊夢の問いに紫は首を横に振る。

 

「……ええ、ひしがきの力は、本来なら人間が持てるようなものではない。あれは怨霊の力と同類の物。だからこそその力を何のリスクも払わずに振るっていたひしがきは怨霊に憑かれているのだと私は考えたの。それにひしがきの力は負の感情が増すごとに大きくなっていった。…何より決定的だったのは、ひしがきはあの怨霊の力を取り込んでいたのよ」

 

「取り込んだ?」

 

「ええ、あの時、式をひしがきが倒した時……式に仕込んだ怨霊の力は確かにひしがきの中に取り込まれていた」

 

紫はあの時確かに見たのだ。ひしがきといろはによって倒された鬼の式に無理矢理妖力を流し込むことで追い詰めたひしがきが、鬼を呪い殺したのを。そして、その時、怨霊の力をも喰らっていたのを。

 

「………今となってはひしがきの力が何なのか、私にも分からない。けれどその時ひしがきの力を私は怨霊の物と同じだと再確認したわ。それからはひしがきを追い詰め負の感情を育て力を大きくしていった。もちろん他に怨霊が取り付いていないかを十分に時間をかけて調査し残り滓がないかを探しながらね。そして、探せる限りの怨霊を払いひしがきを観察した。その時ひしがきを消そうかと思ったけれど、万が一にでも怨霊が残っている可能性を考えひしがきの観察を続けたわ。仮に私たちが見逃した残り滓があったとしたら、大きく成長したはずのひしがきに集まるはずだから。でも、ここで一つ問題が発生したわ。よりにもよってひしがきを救うような存在が現れた」

 

それが、影狼・わかさぎ姫・蛮奇だった。

 

「彼女たちはひしがきの負の感情を取り除いていった。確実に幻想郷から怨霊を取り除きたかった私たちにとって彼女たちの存在は邪魔でしかなかった。とは言え彼女たちとひしがきの関係は深まる一方だった。だから私は計画の最終段階としてひしがきの力を一気に覚醒させ、怨霊の力を完全に葬り去ることにした。……結局、それも失敗に終わってしまったけれどね」

 

「……怨霊の力は、ひしがきではなくルーミアに集まっていた」

 

「それも完成間近の状態でね。迂闊だったわ、まさか博麗の封印の中にかくれていたなんてね」

 

「でもルーミアの封印って母さんが施したのよね。あの怨霊が飛び散る前のはずよ」

 

「……霊夢、あなたは鬼人正邪から怨霊の力が溢れる前に彼女に何をしたか覚えてる?」

 

「何って………!!」

 

「そう、あなたは天邪鬼の力を封じた。にもかかわらずあの力は彼女から這い出てきた。あの怨霊の欠片は、ルーミアの封印を通り抜けて彼女の中で力を蓄えていたのよ。ルーミアの性格からして、彼女の中は怨霊にとって格好の苗床だったでしょうね。時間をかけて自分の魂を修復していった。そして、力のほとんどを取り戻した今、あの怨霊は、再び蘇った。あの時以上の力を手に入れてね」

 

 

 

 

 







ちなみに地霊殿と神霊廟組はと言うと


地底

さとり「非力ですので。他の方に協力してもらえるように声をかけておきますね」

神子「私は人里の治安維持に努めておきます」




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