【書籍版二巻発売中】迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~   作:宮迫宗一郎

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14.「店を倉庫代わりにする」は狂気の発想

《表》

 

「――それで? 早い話、旦那は何に困っておられるんで? 俺は何をすればいいんですかね?」

 

時間は少し遡り、レベリング作業に入る前の話だ。ギルドへ向かう道すがら、俺は頼みごとについて詳しい話をしていた。

 

「ようするに、倉庫が満杯になりそうですので、【商人】を極めて店を開いて欲しいんですよ」

 

「前言撤回。申し訳ないんですが最初から説明してもらえます???」

 

“最初から聞いてもどうせ分からないよ”

 

これはだいぶ前から悩んでいたことなんだが、ギルドから借りている倉庫がすでに物で溢れそうになっているんだよな。いやあ、ついついトレハンが楽しくて……気づいた時にはこんなことに。

 

「うーん、初っ端からブッ込んできますねぇ……」

 

【回復薬】があった分の収納スペースは空いたのだが、今後のことを考えると早いうちに対処しておくべき案件だ。

 

【アへ声】だとギルドの倉庫に大量のアイテムを預けられたんだが、この世界では1人でギルドの倉庫を全て使うことはできない。そりゃあそうだ。他にも倉庫を利用する冒険者がいるからな。

 

しかもゲームだったら装備品とか消耗品といったアイテムの分類は問わず、1つのアイテムにつき99個まで500種類のアイテムを保管できたが……当然ながらこの世界では物理法則を無視した収納は不可能だ。大きなアイテムはその分だけ容赦なく収納スペースを圧迫する。

 

もちろん、RPGのお約束「たくさん物が入る魔法の袋」的なものはこの世界にもある。俺が普段使っている【拡張魔術鞄】もその1つだ。魔術によって中のスペースが拡張されていて見た目以上にたくさんアイテムを入れておける鞄……っていう、名前そのまんまの道具だな。

 

だが、俺が持つアイテムを全部収納しようと思えば【鞄】がいくつ必要になるか分かったもんじゃない。【鞄】はそこそこいい値段がするので、今後もアイテムが増える度に大量の鞄を購入するのは現実的じゃないな。

 

……いや、まあ、使ってないアイテムは売ればいいだけの話なんだが、この世界では店に1度売ってしまったアイテムは基本的に2度と手元に戻ってこないんだよ。

 

一般的なRPGの店とは違い、ダンジョンRPGでは店に売ったアイテムは消滅せずにそのまま店の品揃えに追加されるようになっていることが多い。さらに追加されたアイテムを主人公以外の客が買っていくようなこともないため、いつでも買い戻すことができる。

 

まあゲームによっては売ったアイテムの強化値が消える、みたいな細かいルールがあったりもするが……その話は今はいいだろう。とにかく、ダンジョンRPGでは店を「有料の倉庫」として使えるようになってる、と考えてくれていい。

 

だが、当然ながらこの世界ではそんなことはない。売ったアイテムはそのまま他の冒険者に買われてしまう可能性が高いから、【アへ声】をプレイしていた時のように気軽にアイテムを売り払ったりできないんだよな。

 

【アへ声】では実質的に店の品揃えの充実=アイテムコレクションの充実だったんだが、この世界ではアイテムをコレクションしようと思えば倉庫に預けるしかない。でも肝心の倉庫が狭くてコレクションできないんだよな。

 

そこで、俺が目をつけたのは店舗に設置されているような業務用の【拡張魔術倉庫】だ。【鞄】と同じ魔術が室内全体に掛けられており、【鞄】とは比べ物にならないほどの大容量を誇る倉庫のことだな。

 

一応、ギルドの貸倉庫も同じ仕組みで拡張されてはいるんだが、掛けられている魔術の効力があまり高くないのか容量が少ない。まさか冒険者ギルドともあろうものが工賃をケチったんじゃないだろうな?

 

「そういう訳なので、大型商店に設置されてるような大容量の【拡張魔術倉庫】が欲しいんですよ」

 

突っ込みどころが多すぎる……。てかギルドの貸倉庫ってだいぶ広かったはずなんですけど、それを1人で埋めるような冒険者は旦那くらいのもんですよ」

 

“あ、やっぱりそういうことするのは主だけなんだね。いつもの奇行の範疇かぁ……”

 

そんな感じの説明を、ゲームの話はボカしてアーロンさんに伝えると、アーロンさんは頭痛を堪えるかのように頭を振った。

 

「いやあ、思ったより両手持ち武器と鎧が場所を取るんですよね」

 

「やー、剣とか槍の収集家くらいなら俺の知り合いにもいますがね……さすがに全アイテムをコレクションしてる方にお会いしたのは初めてですよ」

 

うーん、まあ【アへ声】プレイヤーの間でも「トゥルーエンド到達で【アへ声】全クリ」派閥と「最強育成とダンジョン制覇まで達成して全クリ」派閥、「さらにアイテムコンプまで達成してこそ全クリ」派閥に分かれてたからな。やっぱりアイテムコンプまで目指してる人はこの世界でも少ないか。

 

「ただ、【拡張魔術倉庫】の設置には規定があるらしいんですよね」

 

「ま、パッと思いつく限りでも悪用する方法がいくつもありますからねぇ」

 

そう、問題は業務用の【倉庫】を個人で所有するにはいくつか条件があることなんだよな。

 

具体的には「店を経営していること」と、「【商人】のクラスをある程度まで極めた人間であること」、この2つだ。

 

「んー、旦那が求めるような規模の【倉庫】を所有できる【商人】となると……10年くらい修行を積んでようやく到達できるかどうかってレベルですかね」

 

どうやらこの世界だと、モンスターを倒す以外にも修行や勉強などで熟練度が入る場合があるらしい。で、【商人】は他の【商人】に弟子入りするなどして時間を掛けてクラスレベルを上げ、それからようやく自分の店を構え、さらに自力で【商人】としての熟練度を上げていって店を大きくしていく……というのが一般的なようだ。

 

そのため、【商人】のクラスレベルの高さはそのまま「信頼と実績の証」というやつになるみたいだ。だから【商人】のクラスレベルが高い人ほど、【倉庫】含めよりよい設備の設置許可が下りる、という理屈らしい。

 

……いや、ガバガバ規定すぎないか???

 

クラスレベルなんてダンジョンで上げればいい話じゃないか。冒険者を雇ってパワーレベリングする【商人】とか絶対に出てくるだろうから、どう考えても悪用防止にはならない。「若くして大商会の主にまで登り詰めた敏腕【商人】」みたいな奴の中には、金にものを言わせてパワーレベリングした奴がいるに違いない。

 

ネット小説だとこういうのは「主人公すげー!」に使われるような場面だが、そんなに頭がよくない俺でも思いつくようなことは他の人も思いついてるはずだしな。

 

それでも規定が改定されたりしないあたりに、この業界の闇を感じる。利権とか癒着とか、そういうのが絡んでるんだろうなあ……。

 

まあそれはともかく。つまりは、ダンジョンRPGの店と同じ様に使える施設を自分で作ってしまおうというのが俺の計画だ。これに関しては【アへ声】の【マイショップ】という機能から着想を得た。

 

【アへ声】ではサブイベントを消化することで【マイショップ】という機能が解禁され、ダンジョンで手に入れたアイテムを自分で販売することができるようになる。

 

普通に店でアイテムを売ると非常に安い値段で買い叩かれるため、コレクション用のアイテムは普通の店に売ることで品揃えに加え、マジで不要なアイテムは【マイショップ】で金に変える、というのが【アへ声】での定石だな。

 

なのでいずれはサブイベントをこなして店を開くつもりではいたんだが……よく考えたら別にわざわざサブイベントが起きるまで待つ必要なんてないんだよな。商売に詳しい人がいればその人に協力してもらえばいいんだから。

 

「んー、申し訳ないんですけど俺では力になれそうにありませんぜ。仮に実家の伝手を頼ったとして、そういう【商人】の知り合いがいるって話は聞いたことがなくてですね」

 

「いえ、ですからアーロンさんには【商人】を極めていただいて、そのまま店長をやっていただきたいんですよ」

 

「あー……最初に聞いた言葉は空耳じゃなかったかー……。普通こういうのって俺本人じゃなくて実家の力を使わせたりするもんでは? というか、俺に10年もの間【商人】としての修行をやれと???」

 

「いえ、実は画期的なレベリング方法を編み出しまして。5日間ほど付き合っていただければクラスレベルを最大にできるんですよ」

 

「ん、んん???(まさか俺を【商人】みたいな戦う手段を持たないクラスにさせてからダンジョンで事故に見せ掛けて殺すつもりか? だが、それならあそこまでして俺を助けた意味がない。駄目だ、何が目的なのか分からねぇ)」

 

まあそういう反応になるよな。アーロンさんは下層で活躍していた上位の冒険者だ。当然ながら俺よりも冒険者歴は長いだろうし、「そんな方法があればとっくにやってるっつの」と思われても仕方ないだろう。

 

やっぱり他の冒険者に信用してもらうには、まだまだ俺には実績が足りないか。

 

「……いえ、やっぱり今の話は聞かなかったことにしてください。知り合って間もない方にこんな突拍子もない話をするのはおかしいですよね」

 

「(げっ……まさか無理難題ふっかけて俺が断るように仕向けて、借りを返すのを先伸ばしにして後でまとめて負債を回収するつもりか!?)」

 

悩んでたところに商家の関係者が現れたから、これも何かの縁だと思ってダメ元で話を持ちかけてはみたが……そりゃあそうだよな。いきなり「店をやってみませんか?」なんて言われても、普通は詐欺かなにかだと思うに決まってる。

 

くそっ、失敗した。絶対に変な奴だと思われてるぞ……。

 

「とんでもない! やー、まさかこんな奇縁があるなんてな! 実は(あと10年くらいしたら)冒険者を辞めようかと思ってたので、その後はどうしたもんかと思ってたところでしてね!」

 

「えっ? でも、いいんですか?」

 

「わずかな人数・わずかな期間で中層まで到達した実力者の旦那がダンジョンでアイテムを仕入れて、俺が昔取った杵柄ってやつでそれを売り捌く。いいねぇ、悪くない。お互いの長所を活かした理想的な協力関係だと思いますぜ?」

 

うわっ、なにこの人。すっげえいい人じゃん。聖人君子かな???

 

「ま、確かにそんな短期間でクラスレベルを上げる方法なんてのは寡聞にして存じませんがね。()()()()()()()()()俺は旦那に言われた通り店長でも何でもやりますぜ!」

 

“あーあ……「何でもする」なんて言っちゃってさぁ。後悔しても知らないよー?”

 

「ありがとうございます! それじゃあ、5日間だけでいいのでアーロンさんのお知り合いの方にも協力をお願いしたいんですけど――」

 

「ええ、構いませんぜ!(ま、何させるつもりなのかは知らないが、俺の同類(ろくでなしの連中)ならどうなってもいいか。適当に何人か道連れにしよう)」

 

いやあ、まさか協力してくれる人がいるなんてな! 何でも言ってみるもんだな!

 

俺はアーロンさんという心強い協力者を得たことで、足取りも軽くダンジョンへと向かって行ったのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

《裏》

 

「やー、まさか本当だとは思わないじゃん???」

 

「テメェはダンジョン中層で潔く死ぬべきだった」

 

数週間後、アーロンはヘラヘラ笑いながら店のカウンターで伝票の整理をしていた。店内の清掃をしていたチンピラ3人組がアーロンの軽口にブチギレそうになるも、彼の目が死んでいるのを見てギリギリ踏みとどまる。さすがに死体蹴りはやめておいてやろうと思ったからである。

 

「だって【商人】だぜ? 本気でダンジョンに潜ってクラスレベル上げるつもりだったなんて思わないだろ」

 

アーロンの言うとおり、この世界では【商人】のパワーレベリングなど事実上不可能だ。

 

まず、この世界における【商人】は戦う力を一切持たないクラスとされている。なので「お荷物」を抱えてダンジョンを探索しようなんて考える物好きの冒険者など存在しない。

 

仮に【狂人】が考えていたように【商人】が冒険者を雇おうとしても、下位の冒険者はそもそもそんな命懸けの依頼を受けようとは思わないし、上位の冒険者だって「俺の命を最優先で守れ!」みたいな指図をしてくる「お荷物」を抱えて戦うのはごめんである。

 

そんな依頼を受けるような冒険者がいるとしたら、それは【商人】から金をむしり取ってやろうと近づいてきた、【善行値】がマイナスに振り切れている悪人である。

 

なので、そんな悪人と契約した【商人】はダンジョンの奥へと連れていかれてモンスターの前に放り出され、「助けてほしけりゃ全財産を譲渡する契約書にサインしろ」と迫られることだろう。「金を払えばちゃんと契約を履行してくれる」というのは日本人的な発想なのだ。

 

なにより、そもそもの話として命を懸けてまでダンジョンに潜ってレベリングをしようとする【商人】なんているのか? という問題がある。冒険者ですら大なり小なり覚悟を持ってダンジョンに挑んでいるというのに、ほとんど一般人と変わらない【商人】はダンジョンには決して近寄ろうとはしないのである。

 

「おかしいなァ……オレたちに何の関係があったんだろうなァ……!」

 

「完全にテメェの巻き添えじゃねぇかよクソッタレ!」

 

「なんでいつの間にかオレたちまで【商人】極めるって話になってんだよ!」

 

「やー、だって1人は寂しいだろ?」

 

「やっぱりテメェの仕業かよ!!!」

 

ぎゃあぎゃあと騒いでいた野郎ども4人だったが、店の入口が開いた音がしたために反射的に「いらっしゃいませ!」と素敵な笑顔で来訪者を迎えた。【狂人】がギルドに依頼して招いた講師による接客訓練の賜物である。

 

「いよーぅ、ジャマするぜぇ?」

 

「やー、リーダーじゃん。久しぶりだな」

 

やってきたのは1人の青年だった。装備している防具はどれも一級品であり、この青年が上位の冒険者であることを示していた。

 

アーロンは青年に対して気安い態度で接しているものの、目が笑っていない。青年もアーロンを見下したような舐めくさった態度だ。どう考えても友好的な関係ではない。

 

「さすがは商家のお坊ちゃんだなぁ? いやぁ、中層の探索ごときで死にかけたらしいと聞いて心配してたんだが、余計なお世話だったようだなぁ!」

 

「おー、お陰様でな。ぶっちゃけアンタの下にいた頃よりも稼がせてもらってるぜ」

 

皮肉の応酬。2人の会話から分かる通り、青年はアーロンが元いたパーティのリーダーだった。しかしその関係は利害の一致で一緒にいただけというものであり、アーロンが追放されてからはさらに関係が冷え切っている。

 

「で? 下層の探索で忙しいはずのリーダーサマが何のご用で? 冷やかしならさっさと帰りな」

 

「なに、パーティを追放した時に迷惑料として有り金全部いただいただろう? だが、店を構える余裕があるところを見るに、どうやら俺に嘘をついてたみてぇじゃねぇか?」

 

そう言うと、青年はカウンターに足を乗せてアーロンに剣を突きつけた。

 

「さしあたって、この店にあるアイテムを全部いただこうか? もちろん、タダでなぁ!」

 

それを聞いて、アーロンは思わずといった様子で3人組に目を向けた。我関せずと掃除に励んでいた3人もアーロンの方を見て、4人は顔を見あわせると――

 

「「「「わははははは!!!」」」」

 

――爆笑した。

 

「……何がおかしい」

 

声が低くなった青年に、「悪い悪い」とアーロンが軽い口調で謝る。

 

「さて、アンタはいくつか勘違いをしてる。まず1つ。今の俺のクラスが戦う術を持たない【商人】だからってそんな暴挙に出たんだろうが、今の俺に戦う手段がないとは一言も言ってない」

 

「ク、ハハハハハ! こいつぁ傑作だ! 【狩人】の時ですら雑魚だったお前が、【商人】になってから急に強くなったってかぁ? 戦いの才能はなくても笑いの才能はあったみてぇだな!」

 

「ま、騙されたと思って聞いてくれよ。俺もつい最近知ったんだがな、【商人】には【クイックユーズⅢ】ってアクティブスキルがあるんだよ」

 

「はぁ……? なんだ、いきなり」

 

青年の口調に戸惑いが混じる。それを見てますます笑みを深めるアーロン。

 

「この系統のスキルは『一瞬のうちに複数のアイテムを使う』って効果でな。【クイックユーズⅢ】なら5つものアイテムをほぼ同時に使うことができる。さらに、【商人】を極めるとアイテムの効果が1.5倍になるらしくてなぁ」

 

「……それが、なんだってんだよ」

 

「ところで、【爆風の杖】ってアイテムは知ってるか? これは戦闘中に使えば『任意の場所を起点とした半径5メール(※メートル)の範囲内に炎属性のダメージ』の効果があるアイテムだ。そう、【ブラスト】の魔術と同じ効果だよ」

 

「……まさか!?」

 

「そう、そのまさかだぜ!」

 

わざわざ身振り手振りを交えて説明をすることで青年の視線を誘導し、その間にさりげなくカウンターの奥に移動したアーロンは、隠してあった()()を引き抜いて青年に突きつけた。

 

「この杖はMPではなく大気中の魔素を消費して魔術を発動するから、魔術の素養がない奴でも使えるし、使ってもなくならねぇ! 1本で屋敷が建つくらいのシロモノだ! ギルドだって買取り拒否するくらいのオーパーツだぜ!」

 

それは、特注品の器具によって連結された5本の【爆風の杖】だった。無駄に凝った作りであり、クランクハンドルを回せば独特の音を立てながら杖が回転する無駄な機能がついている。【狂人(器具の発注者)】と同郷の人間が見れば、「ガトリングガンだこれーーー!?」と突っ込みを入れることだろう。

 

「て、テメェ……!?」

 

ジャキン、と背後から独特の音が鳴り響く。青年が後ろを振り返れば、チンピラ3人組も全く同じ物を構えていた。

 

「動くなよ。動いたらコイツが火を吹くぜ?」

 

「いくら上位の冒険者でも、【ブラスト】を20発も食らって余裕でいられるかな?」

 

「こいつを使えば、タダじゃ済まねぇぜ――」

 

 

 

 

 

「――お前も! オレたちもな!!!」

 

「…………うん???」

 

いきなり話が変な方向に飛んだため、青年の頭に「?」マークが浮かぶ。彼の疑問に答えるべく、アーロンが口を開いた。

 

「もう1つ、アンタが勘違いしていること。それは、この店のオーナーは俺じゃないってことだ。俺はただの雇われ店長でな。ここ、ハルベルトの旦那の店なんだよ」

 

「ハルベルト……ハルベルト!? まさか、【黒き狂人】か!?」

 

とんでもない名前が出てきたことで青年が「やっべぇ……!」って感じの表情になった。

 

「ま、そういうワケだ。ここにある品物は買い手が見つかるまでは全部ハルベルトの旦那の所有物だ。こんな室内で【ブラスト】の魔術なんて使った日には、俺もアンタも借金まみれだぜ?」

 

もしも【狂人】に借金の1つでもしようものなら、「借金? そんなのいいんですよ。その代わり、ちょっとモンスター退治に付き合って欲しくてですね。いえいえ、モンスターが絶滅するまで戦い続けるだけの簡単なお仕事です。おら、まだHPが残ってんだから戦えるだろ、いいから殺れ」などと言われかねない。

 

借金を踏み倒そうにも、相手は最近「モンスター図鑑の項目を1ページ減らした(ノームを絶滅させた)」と評判の【狂人(ぶっちぎりでイカれた奴)】である。スライムも絶滅させたんじゃないの? と噂されているが、こちらは確認が取れていないので真偽不明である。とにかく、そんな奴とことを構えれば、どうなるか分かったものではない。

 

というか、1本で屋敷が建つくらいのシロモノを20本も用意(トレハン)している時点で何かおかしい。藪をつついたらドラゴンが飛び出してきそうな恐ろしさがあった。【狂人】が高笑いしながら使い捨ての超火力爆弾みたいなので自爆特攻を仕掛けてくる光景を想像し、青年は身体の震えが止まらなくなった。

 

なお、ルカがこれを聞けば「主なら【食いしばり】でちゃっかり自分だけはHP1で生き残るよ」と答える模様。

 

「……そうかぁ……【狂人】に借金漬けにされてコキ使われてる冒険者ってのはお前のことだったのかぁ……なんか……すまんかった……」

 

「……アンタとは今までお互いに迷惑を掛け合ってきたけどよ、全部水に流そうぜ。その方がお互いのためだろ?」

 

「分かった。もう俺はお前に関わらない。お前も俺には関わらない。それでいこう」

 

アーロンは場の雰囲気を利用してちゃっかり今までのことを水に流させつつ、リーダーの青年が【狂人】に遭遇しないよう周囲を警戒しながら退出していくのを見送ったのだった……。


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