【書籍版二巻発売中】迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~   作:宮迫宗一郎

3 / 44
3.「HP消費技ブッパ」は狂人の発想

《表》

 

キン……と剣を鞘に納める音が響いた瞬間、俺の周囲を取り囲んでいたモンスターどもが一斉にドサリと倒れた。

 

うーん、やはり【剣士】が習得するスキルは実に格好いい。まあ公式のイメージイラストは「剣士」っていうより「侍」に近かったしな。モーションが格好いいのにも頷ける。

 

ああ、「スキル」というのは、いわゆる「技」とか「魔法」とか「特殊能力」とか、そういうのを全部ひっくるめての総称だ。

 

スキルには「アクティブスキル」と「パッシブスキル」の2種類があり、アクティブスキルはいわゆる必殺技で、パッシブスキルは条件を満たせば自動で発動する特殊能力のことだな。

 

で、さっき俺が使ったのは、【剣士】のクラスレベルを上げることで習得できるアクティブスキルの1つ、【壱の剣】だ。

 

【アヘ声】における効果は「HPを消費して敵1グループに範囲攻撃を仕掛ける」というものだったが、この世界には当然「敵グループ」とか「敵全体」みたいな概念はなく、「自分を中心とした半径○○mの範囲内に攻撃を飛ばす」みたいな効果に置き換わっている。【アヘ声】での「敵1グループ」はこの世界だとだいたい半径5mくらいだろうか?

 

そのお陰で【アヘ声】で使ってた時よりも結構使い勝手がよかったりする。なにせ、このへんのモンスターどもは自分より弱い相手を大勢で囲んでジワジワとなぶり殺しにするのが大好きで、【アヘ声】でもここで回収できるエロシーンの内容はそれに準じていた。

 

なので1人でこの階層を探索していると、モンスターの方からニヤニヤ笑いながら近寄ってきてくれるのだ。しかもこちらに恐怖を与えようとしてか、俺の周囲を取り囲むように、かつ勿体ぶったかのようにゆっくりとした歩みで近寄ってくる。

 

つまり、ほっといてもあっちの方から全ての敵を【壱の剣】の射程内に納められるような位置取りをしてくれるし、わざとゆっくり動いてくれるから攻撃を当てやすいし、おまけに先手も譲ってくれる……という訳だ。おお、なんという親切設計。

 

まあ【壱の剣】を使う度にHPが減るから今までより【回復薬】の消費が増えたし、レベル10になったことで今後は【回復薬】が有料になるうえにHP満タンになるまでに必要な数も増えてしまったんだが……それでも【回復薬】代よりも倒した敵から得られる金の方が多いので今のところ黒字だし、1匹ずつモンスターを狩っていた時よりも効率が段違いで時給が跳ね上がった。

 

「【壱の剣】! 【壱の剣】! 【壱の剣】! そしてたまーに【回復薬】!」

 

いやあ、大量のモンスターどもが一撃で溶けて大量の経験値と金に変わっていく様を見るのは気分爽快だぜ! 思わずテンション上がっちゃうなあ! やっぱりクラスを【剣士】にして正解だった!

 

とはいえ油断は禁物だ。いくら敵の攻撃を確定で5発も耐えられるからって、索敵やHP管理を怠っていてはいざという時に【壱の剣】を発動できなくなるかもしれない。

 

ハクスラに没頭してると忘れそうになるけど、ここは陵辱モノのエロゲを元にした世界だからな。そりゃあ負けたら男だろうが悲惨な末路を辿ることになる。

 

でもまあ、仮に他のゲーム世界に転生してたとしても、どうせ負けたら人生終了なことに変わりはないんだよな。エロゲ世界だからって何が特別って訳でもないから、必要以上に恐れる必要はない。

 

大事なのは「負けたらどうしよう」と怯えて逃げ惑うことではなく、「どうすれば負けないか」を常に考え続けることだ。ようは負けなきゃいいんだからな。

 

だからこそ、俺の持てる全てを駆使して戦い続け、そして勝ち続ける。それだけの話だ。

 

「おおっと」

 

しばらくモンスターどもを狩りまくってると、さすがに最初から殺る気MAXで攻撃を仕掛けてくるようになった。そりゃあモンスターどももゲームのようにAIで動いてる訳じゃないんだから、何度も仲間の首が宙を舞うところを見ていればそうなるか。こういうところがゲームと違って現実世界の面倒なところだ。

 

まあ個人的にはモンスターどもといえど失敗から学ぶ姿勢は嫌いじゃない。かつては俺もそうだった。何度もバッドエンドを迎えては試行錯誤したもんだ。

 

だが死ね

 

まあだから何だって話だけど。同情もなければ容赦もない。俺のやることは変わらず、ギリギリまでモンスターどもを引きつけてから【壱の剣】ブッパだぜ! 経験値と金おいしいです!

 

それに世界設定的にもモンスターは生かしておいても害にしかならないので、遠慮はいらない。目につくモンスターは全て殺すべし。そこに慈悲はない。大人しく(経験と金)を出せ!

 

たまに自分の子供を背中に庇って命乞いしてくるモンスターもいるが、ただの騙し討ちなので可哀想などと思ってはいけない。現にこうして目の前で剣を納めてみせると、即座に親子ともども嫌らしい笑みを浮かべて跳び掛かってくるからな。

 

「残念だったなあ! 居合い斬りだよ!」

 

そして親を盾にして自分だけ生き延びようとした子供にトドメだ。うーん、親を盾にするとか美しい家族愛()だな。

 

……実を言うとこいつら親子ですらないんだけどな。子供らしきモンスターの死骸をよく観察してみると、子供を装った成体であることが分かる。つまり身体がデカイ個体とちっせえ個体が利害の一致で徒党を組んでるだけなんだよな。

 

だからこいつらは遠慮なく殺していい。むしろ害虫を駆除するつもりで無心になって狩るべきだ。変な気を起こすと戦闘すらさせてもらえずに強制イベント発生からの苗床エンドだぞ。そのへんは、さすがは陵辱モノのエロゲ世界と言うべきか……。

 

「ん……?」

 

なんてことを考えていたら、それがフラグになったとでもいうのだろうか。前方で誰かがモンスターに襲われているのが見えた。まあこんなところに1人でいるということは、逃げ遅れた冒険者とかだろうな。

 

なんてこった! ここは同じ冒険者として大量の経験値と金をゲットしなければ(助けに行かなくては)

 

こうして俺は善意半分、打算半分で襲われている人を助けに行くのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

《裏》

 

「ひ、ひぃっ……!」

 

残りHPが半分を切ってしまい、戦意喪失した少女は尻もちをついた。それを見て醜悪な笑みを浮かべるモンスターたちから少しでも離れようと後退るも、とうとう壁際に追い詰められてしまう。

 

「……あ、あぁぁぁ……!」

 

絶望に歪んだ顔も、助けを呼ぼうにも声にならずただ喉から空気が漏れる音も、全てはこの緑色の肌をした小鬼――ゴブリンどもを喜ばせるだけだった。

 

「やめっ……やめてください……っ! お、お願いします……っ!」

 

手にした棍棒の先で頭や肩を小突かれ、少しずつHPが減っていくのを感じ、必死になって許しを請う少女。ゴブリンは1匹1匹は大したことのない低級のモンスターである。そんな下等生物に対して地面に頭を擦りつけて懇願する様は、もはや人間の姿ではない。

 

そう、少女はすでに、ただゴブリンどもを喜ばせるための玩具に成り下がったのだ……。

 

――と、まあ。もしこれが【あの深淵ダンジョンへと誘いざなう声】のプレイ中であれば、そんな感じのモノローグが流れる場面だろう。

 

「【壱の剣】」

 

「は、ぇ……?」

 

突然ゴブリンの首が消失する。ゴトリという音がして、つられて音がした方を見れば――少女は首だけのゴブリンと目が合ってしまった。

 

「【壱の剣】! 【壱の剣】! 【壱の剣】! ハハハハハ! (経験値と金が大量で)楽しいなあ!」

 

「ピィ」

 

次々と量産される首なし死体。自らHPを擦り減らしてゴブリンを虐殺しながら、まるで欲しかった玩具を与えられた子供のように、それはもう楽しそうに笑うぶっちぎりでイカれた男。

 

少女は思わず変な声を上げて四つん這いの状態からカサカサと虫のように動いてその場から逃げた。とにかく何でもいいからその場から離れたい一心での行動である。ぶっちゃけゴブリンに追い詰められていた時よりも俊敏な動きであったが……それも仕方ない。ゴブリンより恐ろしい奴と出会ってしまったらそりゃあそうなる。

 

「おっと、いけねえ。大丈夫でしたか?」

 

しばらく隅の方で頭を抱えて震えていた少女だったが、唐突に暖かい言葉を掛けられ、温度差に風邪を引きそうになりながらも恐る恐る声がする方を見た。

 

「ピェ」

 

少女の目に飛び込んできたのは、無傷なのに【壱の剣】の連続使用によってHPが半壊した男が、(少女を安心させようと)笑顔を浮かべながら、全滅させたゴブリンの死体に剣を突き刺して(死亡確認して)いる光景であった。

 

どれ1つを取っても正気を失いかねない光景を見てしまった少女はついに精神が限界を迎えた。少女の光を失った瞳を見て、男は「よっぽど怖い目にあったんだろうなあ」などと考えていた。間違ってはいないが、色々と間違っている。

 

「まずはこれをどうぞ。回復してください」

 

差し出された【回復薬】を見て、思考回路が停止した少女は「あっ、【回復薬】だぁ……そうだ、回復しなきゃ……」と、言われるがままにHPを回復させていく。

 

「…………はっ!? ひ、ひぃぃぃぃ!?」

 

そしてHPが全快したあたりでようやく我に返り、再び四つん這いで隅っこに逃げていった。男は「たぶん陵辱モノのエロゲ的な展開になりかけたんだろうし、男性に対して過剰な反応になるのも仕方ない。俺が近づくのはやめておこう」などとズレた親切心を発揮し、気にせず話を進めることにしたようだ。

 

「落ち着いてください。このあたりのゴブリンは一掃しました。しばらくは安全です」

 

落ち着けるか! 1番安全じゃなさそうな奴が目の前にいるやろがい! ……などと言えるような性格をしていたのならば、たぶん少女はこんなことにはなっていないだろう。そのことは「モンスターを呼び寄せる効果がある匂い袋」の中身をブチ撒けられた少女の衣服を見れば察するのは容易であった。

 

なお、男は「匂い袋使用中(レベル上げ作業中)に何らかのトラブルがあって死にかけたのかな?」とか思っている模様。「他のパーティメンバーに裏切られて安全に逃げるための囮にされたのでは?」みたいな発想には至らなかったのはアホである。

 

「……ぁ……その……ご自身の回復……」

 

色々な思いが頭の中をグルグルと駆け回り……結局、少女が絞り出した言葉は、まずは男に自分のHPを回復するよう伝えることであった。さすがに目の前でHPが半壊した状態(死にかけ)で話をされたら、少女としても気が気ではないのだ。

 

「ん、ああ、そうですね」

 

それを聞いて、ようやく警戒を解いた様子の男が剣を鞘に納め、【回復薬】で自分のHPを回復し始める。

 

……男が「万が一この子が冒険者を装った犯罪者とかだったら、モンスターどもと一緒にまとめて斬ってしまおう。なあに、この世界ではHP0になっても死ぬほど痛いだけで死にはしないし」などと考えていたことを少女が知らずに済んだのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

「それで……大丈夫ですか?」

 

「な、なんとか……。た、助けていただいてありがとうございました……」

 

黒髪を見て「ひっ、この人ウワサの【黒き狂人】だ……!?」と気づいたものの、今すぐ逃げ出したいのを堪えて引きつった笑顔でお礼を言う少女。助けてもらったことに感謝しているのは嘘ではないが、それ以上に背中を見せた瞬間に自分の首も宙を舞うのではないだろうかという恐怖心の方が強かった。

 

まあ、それはそうだろう。【壱の剣】の性能から察せられる通り、【剣士】というのは「HPを消費(自傷)して強力なスキルを繰り出すクラス」である。

 

なので、この世界において【剣士】のスキルは「必殺技」どころか「奥の手」とか「切り札」に該当する。少なくとも気軽にブッパしていいものではない。

 

ダメージがほとんど0になるまでレベルを上げたり、防御に関するスキルを取得したり、その時点で最高の防具を揃えたりして、防御をガッチガチに固めてからようやく次の階層に進むのが常識なこの世界において、ただでさえ紙装甲の奴が自分からHPを削るのは自殺行為もいいところだ。

 

つまり少女にとって男の行動は「見ず知らずの人間が命を賭けるどころか自分の尊厳までもチップにして助けてくれた」に等しい。「どうして助けてくれたの?」とか「私を助けて何が目的なの?」とか思うより先に「そこまでするか普通!?」とドン引きである。

 

イメージが湧きにくいのなら、たとえば難病にかかってしまって余命はあとわずか、治すには膨大な治療費が必要だと宣告されたところに、初対面の人間が大金を抱えてやってきて

 

「治療費なら俺が出すぜ! まあ時間がなかったから闇金から借りてきたけど、返済のアテはあるから気にすんな!」

 

とか言ってきた場面を想像してみるといいだろう。そりゃあ「ぶっちぎりでイカれてんなこいつ」と思われても仕方がない。

 

「とりあえず今日のところは帰った方がいいですよ。ほら、これ差し上げますから」

 

そして気軽にポンと渡されたのは【脱出結晶】。使い捨てではあるがダンジョンから一瞬で帰還することが可能な、お約束のアイテムである。【アヘ声】においてはダンジョンに潜る際は常に携帯することが推奨されていた。

 

ちなみにこの世界では高級品扱いである。少なくともダンジョンの上層を攻略中の新米冒険者に買えるようなシロモノではない。【壱の剣】ブッパで大金を稼ぐような奴がおかしいのだ。ついでに言うと「回復アイテム99個まとめ買い!」的なことしてるのもおかしい。その金で防具買えよ、という話である。

 

(……よし、逃げよう)

 

見ず知らずの人が治療費を闇金で払ってくれた上に「入院中は収入もなかっただろ? コレやるよ!」と生活費を渡してきたが如き状況に、「後で何を要求されるか分かったものじゃない」とすっかり怯えてしまった少女。

 

【脱出結晶】使用時の光に包まれながら、彼女は「帰ったらすぐに冒険者を引退して夜逃げの準備をしよう」と決意したのだった。

 

なお、命の恩人に対して不誠実だと罪悪感を抱いたものの、すぐに男に対する圧倒的な恐怖心によって押し流されてしまった模様。残当である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。