【書籍版二巻発売中】迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~   作:宮迫宗一郎

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4.「特定の条件下では強い」は狂人の発想

《表》

 

現実基準に性能が変化していた【壱の剣】のおかげで意外にも効率よく経験値を稼げていた俺は、予定よりも早く必要なスキルを習得することができた。これで序盤の稼ぎポイントに行くことができる。

 

目的地はダンジョン上層の8階。ダンジョン上層は10階までであり、ダンジョン中層に近いということで出現するモンスターにも変化が現れる。

 

「【打ち落とし】!」

 

まあこの階層に出てくるモンスターは全て、俺が新しく習得したこの【打ち落とし】というアクティブスキルを使えば面白いくらいにカモれてしまうんだけどな!

 

このスキルは「1ターンの間、自分に対する敵の単体物理攻撃を無効化しつつ反撃する」という効果だ。一見するとチート級のスキルのように思えるが、当然ながらそんな美味い話はない。戦闘バランスが崩壊するほどのぶっ壊れスキルが存在するゲームだったのなら、【アヘ声】は「RPG部分のクオリティが高い」と評価されていない。

 

まず、このスキルは自分のTEC(技量のステータス)が相手のTECを下回っていると自動失敗する。さらに、TECの差が大きいほど成功率が上がる仕様になっているため、相手のTECを大きく上回らないと全然成功しない。

 

しかも苦労して成功率を上げたところで、このスキルは説明文にある通り「自分に対する単体物理攻撃」にしか効果がない。

 

つまりこのスキルで無双するためには「相手のTECを大きく上回り」、「敵の攻撃が自分に集中するようにして」、「敵の範囲攻撃や物理以外の攻撃を封じる」という非常に面倒な手順を踏む必要があるんだよな。

 

特にTECを大きく上回らないといけないのが厳しい。最強育成した冒険者であれば話は別だが、それでもダンジョンを進むにつれて敵の攻撃は多彩になっていくので、【打ち落とし】を活かせる機会はそう多くはない。

 

しかも一部のボスはTECが変態染みた高さに設定されているので、実質無効だったりする。よって、このスキルさえあれば無敵という訳では決してない。

 

だが、それは逆に言えば特定の条件下では無類の強さを発揮するということでもある。具体的には、TECがクソザコナメクジかつ通常攻撃しかしてこないモンスターのみが出現する場所をソロで進む場合とかだな。

 

「【打ち落とし】! 【打ち落とし】! 【打ち落とし】ィ!」

 

そう、つまりはこの階層のことだ。ここのモンスターは「とある厄介な特性」を持つ代わりにTECが0に設定されている。今の俺なら【打ち落とし】は確定成功だ。

 

まあ俺も最初は「現実で成功率100%とかあるわけないだろ!」と思っていたんだが、この世界では「ステータスは絶対」なんだよな。なんでも、「神様を超える生物が生まれてしまわないように、神様が全ての生物の能力を数値化してしまった」とかなんとか……。

 

そんな設定は【アヘ声】には登場しなかったから詳しくは知らないけど、「ステータスは絶対」というのはこの世界においては常識として定着してるし、事実その通りになっているのは確認済みだ。というか、そのおかげで前世では剣なんて握ったこともなかった俺でもこうして戦えてる訳だし。

 

まあ、逆に言えば「敵の攻撃を受けて倒れた奴が仲間の声援を受けて立ち上がる」とか「仲間がやられた怒りで新しい能力に覚醒する」みたいなことは絶対にないってことでもあるんだがな。

 

HPが0になったら蘇生用のアイテムを使うとかしないとずっと床ペロしたままだし、スキルを習得するためにはレベルアップといった特定の条件を満たさないと絶対に不可能だ。

 

「ハハハハハ! 経験値フィーバーだぜ!」

 

それはともかく、レベル上げである。

 

さっきから俺が戦っているモンスター……それは異種○要素があるゲームでは登場率ほぼ100%と言っても過言ではない人気者、「スライム」だ。

 

某国民的RPGによって「最弱のモンスター」のイメージが定着しているスライムだが、ことエロゲ業界においては最強格のモンスターだったりする。

 

戦闘面においては、身体が液体であるがゆえに物理攻撃にはめっぽう強く、身体の形状を自在に変化させて思いもよらない攻撃を仕掛けたり、獲物を体内に取り込んで窒息させたり……と、非常に厄介な特性を持っていることが多い。

 

エロ方面では、液体の身体を特殊な成分に変えて服だけ溶かしたり、形状を触手に変えたり、女の子を体内に取り込んで拘束したりベタベタに汚したり……と、スライム1匹で様々なニーズに応えることが可能な万能っぷりである。

 

こうしたスライムの脅威は【アヘ声】においても存分に発揮されており、スライム族のモンスターは対処法を間違えるとパーティに壊滅的な被害を撒き散らす存在として恐れられつつも、「いつもお世話になっております」とプレイヤーたちから頭を下げられる存在でもあった。

 

まあ俺の目の前にいるこいつらは上層に出てくることから分かる通り下級のスライムなので、さすがにそこまで凶悪な能力は持っていないが……1つだけ、厄介な特性を持っている。それは「物理攻撃を受けると分裂する」という特性だ。

 

何も考えずにプレイしていると、この時点では物理攻撃でスライムを分裂する前に一撃で倒せるほどの火力はなく、「魔術を使うとMPを消費するし、物理で殴った方がよくね?」と【魔術士】をパーティに入れず物理でゴリ押ししてきたプレイヤーたちを絶望の淵に叩き落としてくる。

 

言ってみれば、「ちゃんとバランスよくパーティを編成しないと苦労するよ」と教えてくれる、チュートリアル用のモンスターという訳だ。

 

「いいぞお! もっと増えろ! そして経験値を寄越せ!」

 

まあ、こうして慣れたプレイヤーにはわざと弱い武器を使ったりして攻撃力を調整した【打ち落とし】で無理やり増殖させられて稼ぎに使われてしまうんだけどな!

 

「ハハハハハ……あれ?」

 

なんか、心なしか分裂させる度にスライムが小さくなっていってるような……あっ、死んだ。

 

突然スライムが小刻みに震え始めたかと思うと、バシャリと弾けて水溜まりになってしまった。身体の中に見えていた球体状の「心臓に相当する部位(コア)」も、指1本触れてないはずなのに崩れてしまっており、完全に死んでいる。

 

うーん……想定はしていたが、やはりゲームと同じように全自動レベル上げ(ボタン押しっぱで放置)とはいかないか。まあオートレベリングには他のクラスが習得するパッシブスキル【勝利の美酒】(戦闘終了時にHPを自動で割合回復)とか【血吸蛭】(倒した敵からHPを割合吸収)とかを利用して専用の環境を整える必要があるので、元から定期的に休息を取る必要があったから別に構わないけどさ。

 

「それに、他にもスライムはいっぱいいるしな!」

 

そう言って近くのスライムどもに笑顔を向けると、スライムどもはプルプルと震えて逃げ出した。ちっ、面倒な……こういうところが現実基準になったことの弊害だな。

 

「つっても、嫌でも戦ってもらうんだけどな!」

 

匂い袋(モンスター寄せ)】をブチ撒けたことで、逃げようとしていたスライムが興奮したように押し掛けてくる。よし、これでまた経験値が稼げるな!

 

ちなみに、直接【匂い袋】を自分にブチ撒ける勇気はさすがになかったので、ちょっと離れた地面とか壁にブチ撒けている。そうすれば危なくなってもその場から逃げればオーケーだしな。誤って自分に匂いがついてしまったら、すみやかに【脱出結晶】だ。

 

……【匂い袋】で思い出したが、あの時の少女は大丈夫だろうか。無事を確認しようにも、なんか冒険者を辞めたとかで結局は会えずじまいなんだよな。【アヘ声】だと【冒険者】を辞めたことで稼ぎがなくなってしまい借金からの奴隷堕ちコンボをキメちゃう、なんてことが普通にあったから心配だ。

 

まあ俺は自分から進んでソロ探索してる(ボッチやってる)ので最近は情報が入りにくいんだが、小耳に挟んだ話だとこの世界でも似たような例はあるらしいんだよな。

 

自分が関わった子がそうなってしまったらさすがに心が痛むんだが、それでも冒険者を辞めたあたり、よっぽど怖い目にあったんだろうなあ……。俺も気をつけないと。慢心ダメ、ゼッタイ。

 

俺は念のために早めの撤退を心掛け、適度に休憩を入れたりしながらレベリングに勤しむのだった。

 

 

──────────────────────

 

 

《裏》

 

初心者のクセに大金を稼いでいる奴がいる。そう聞いてやってきたのは、いわゆる「初心者狩り」の2人組だった。しかもグレーゾーンを見極めて犯罪者になるのを回避しているようなタチの悪い連中である。

 

この2人も【黒き狂人(ぶっちぎりでイカれた男)】の噂を聞いてはいたものの、「どうせ新米冒険者(ルーキー)がビギナーズラック連発したことで勘違いしてイキってるだけだろ」とタカをくくっていたのだが――

 

「…………」

 

2人が見たのは、無言でスライムを虐殺して回る男の姿だった。

 

黒い瞳には何の感情も浮かんでおらず、まるで全てを呑み込む闇のよう。しかして逃げようとするスライムには【匂い袋】で戦いを強制して返り討ちにする姿は、淡々と家畜を殺処分する屠殺人を想起させた。

 

さらに男が虐殺しているのはあのスライムだ。毎年、何人もの新米冒険者が行方不明になる原因であり、奇跡的に生還した者も身体の内側から破壊し尽くされていて身も心も二度と元には戻れなかった、という恐ろしいモンスターである。目の前で仲間がスライムに呑み込まれていくのを見てしまい、仲間を見捨てて逃げ帰り、それがトラウマになって冒険者を辞めた……なんてのもありふれた話であった。

 

この2人もスライムによって心を折られたクチであり、もともと所属していたパーティが壊滅してからはダンジョンの奥へと進むことを諦め、初心者狩りに精を出すようになったという経緯があるのだ。

 

「お、おい……やめとこうぜ……」

 

「……そうだな……」

 

そんなスライムが一方的に虐殺される様は、2人にとって衝撃的すぎた。

 

しかもこの世界においてはスライムには感情がないというのが定説であるため、この光景は2人の目には「ゴミでも見るかのような目で見てくる男に対し、スライムが本能的な恐怖を覚えて逃げ出した」という風に映ってしまう。

 

なお、本人はレベリングの途中からさらなる効率を求めて無我の境地になっていただけなのだが、そんなことは2人には分からない。周囲が薄暗いせいで男の顔に影がかかっているのも相まって、端から見ると完全にホラーである。なんなら2人に新たなトラウマを植え付けかねない光景ですらあった。

 

「何が『ビギナーズラック』だよ……ぶっちぎりでイカれた奴じゃねーか……」

 

しかも、スライムの虐殺に使われているのが【打ち落とし】であるという事実も2人を恐怖させた。

 

それはそうだろう。この世界において、【打ち落とし】は何の役にも立たない地雷スキルとして知られている。

 

RPGをよくやる人であれば、何やら強そうな技を覚えたので意気揚々と使ってみれば、全くの役立たずで「は? ふざけんな! 二度と使うかこんなゴミ!」となってしまい、存在を忘れたままゲームをクリアしたような経験はないだろうか?

 

この世界の人間にとって【打ち落とし】はまさにそれだ。「敵の攻撃を無効化する」という説明に踊らされて使ってみれば、何の役にも立たずそのまま苗床エンドを迎えた人間は1人や2人ではない。

 

それでも正確な発動条件を検証した奴くらいいるだろうと思うかもしれないが、男が持つ前世の知識とて「何人もの主人公の犠牲の上(セーブ&ロードの繰り返し)」で成り立っていることを忘れてはならない。

 

ましてや、現実となったこの世界で命を懸けてスキルの効果を検証するような奴がそう何人もいるはずもなく。

 

いたとしても、それは「求道者」と呼ばれるような人種だ。そもそも世捨て人になっていて他人に自分の知識を教えることはないか、もしくは秘伝の技として知識を独占するかのどちらかだろう。なので【打ち落とし】は世間一般ではゴミスキルだという見解が大半なのである。

 

というか、まだダンジョン中層に到達すらしてないような新米冒険者が【打ち落とし】を習得するくらいクラスレベルが高いというのもおかしいし、100歩譲って「そういうこともあるだろう」と認めたとしても、今度は【打ち落とし】を習得するほど高レベルの【剣士】なら他にもっとマシなスキルが使えるようになっているはずだ、という問題にぶち当たる。

 

なので2人にしてみれば、男の行動は「ゴミスキルを使って敵を倒せるレベルにまでなった酔狂な求道者が、わざわざそのゴミスキルを使ってスライムを殺すことで、奴らに屈辱的な死を味わわせている」ようにしか見えず、それが余計に恐怖を掻き立てた。

 

「たぶん……こいつにケンカを売ったら死ぬより酷い目にあわされるぞ……」

 

「……モンスターに負けるのとどっちがマシだろうな……」

 

「笑えない冗談だな……冗談だよな?」

 

結果、男は「初心者狩りに恐れられる初心者(お前のような初心者がいるか)」というさらなるヤバい奴認定と引き換えに被害にあうことはなかったのであった。


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