【書籍版二巻発売中】迷宮狂走曲~RPG要素があるエロゲのRPG部分にドはまりしてエロそっちのけでハクスラするタイプの転生者~ 作:宮迫宗一郎
《表》
「うーん……」
今日も今日とてレベリングに勤しんでいた俺だったが、最近はある悩みを抱えていた。それは目の前に鎮座する宝箱についてだ。
「もったいねえ……」
思わず呟きが漏れる。
モンスターが落とす宝箱には、基本的に罠が仕掛けられていると考えていい。まあここはダンジョン上層ということもあって仕掛けられている罠は大したことないものばかりだし、なんなら罠が仕掛けられていないこともある。
だが俺にはそれを判別する手段すらない。なにより、上層といえどごく稀に凶悪な罠が仕掛けられていることだってあるので、不用意に開けるのはいくらなんでもリスクが高すぎる。
なので宝箱は基本放置するしかなく、今の俺が手に入れられるのはモンスターごとに設定されているドロップ品のみだ。
「……開けたい!」
今までずっと我慢してきたが、さすがに限界だった。俺の魂が
いや、予定では【剣士】を
サブクラスを取得すると成長速度が半分になるって話をしたと思うが、それには例外があって、メインかサブのどちらか片方に極めたクラスをセットしている場合、そのクラスには
だからさっさと【剣士】のクラスレベルをMAXにしてしまってから、罠の解除スキル持ちかつ習得スキルに【剣士】とのシナジーがある【狩人】をサブクラスにするつもりだったんだが――
「でももう無理! トレハンしたい!」
あの宝箱を開ける瞬間のドキドキ感! そして中身に一喜一憂する時間! それを俺はこの上なく愛しているんだ!
ダンジョンRPGにおいてアイテムはモンスターが落とす宝箱から入手するのが基本であり、固有ドロップは一部を除いて換金用アイテムか素材系アイテムばかり、店売りしているのは回復アイテムか初心者用の低級装備品のみになっていることが多い。それは【アヘ声】でも同様だ。
ただ、この世界では他の冒険者の存在によって仕入れが充実しており、思わぬ掘り出し物と出会うことがない訳じゃないんだが……1日の大半をダンジョン内で過ごしている都合上、俺が店を覗く頃にはすでに掘り出し物は売り切れになっていることの方が多いんだよな。
それになにより、やっぱこういうのは自分の力で手に入れてこそだろ! 他人のお下がりなんていらねえんだよ!
……でも【剣士】じゃないとレベリング効率が悪いんだよなあああああ! 一度上げた効率を落としたくないから【剣士】は辞められない! でも宝箱は開けたい! そのためにはクラスチェンジする必要ある! ジレンマだ!
「よし……!」
とうとう
俺は【脱出結晶】を地面に叩きつけてダンジョンから脱出すると、【パーティ募集掲示板】の下へと突撃した。
「え、えっと……ごめんね? 防御力に不安がある人をパーティに加えるのはちょっと……*1」
「1人倒れたらそこからパーティが総崩れになるかもしれんだろ……*2」
「……申し訳ございません。オレ――私ではあなたのレベルについていけそうありませんので許してくださいお願いします*3」
「あああああああああ!!!」
さすがに俺もそろそろ新米冒険者は脱却していると周りから判断されているだろうと思ってベテラン冒険者パーティに声をかけまくったが、全員にやんわりと断られてしまった。
あまりにも大勢の冒険者に断られたので、最終的に「新米冒険者に交じるのはやめよう」という誓いを破ってまでパーティを募集するも、それすらも断られる始末。
何がいけなかったんだ!? アピール不足か!? もっと高火力や殲滅力の高さを全面に押し出すべきだったか!?
いや、そうか……さすがにレベリング途中の身でベテラン冒険者に交ざるのは無理があったんだな。かといって新米冒険者と組もうにも「新米同士これから一緒に頑張ろうぜ!」と言える時期は過ぎてしまったらしい。
くそっ! まさか転生した後に「すでに仲良しグループができあがった後くらいの微妙な時期に転校してきてボッチ化してしまった学生」みたいな気分を味わうことになるなんて思いもしなかったぞ!
「か、かくなる上は……!」
奴隷か? 奴隷しかないのか?
いや、でもなあ……確かにこの世界では奴隷が合法的に存在してるから、異世界の仕組みに対して日本人としての感性で文句を言うつもりはないんだが……。さすがに元日本人としては奴隷の存在そのものに拒否感があるぞ。
いや、そりゃあ俺だって二次元の奴隷少女は大好きだぞ? 「最終的にサキュバスみてーになる奴隷少女の頭を1日中撫でて過ごすゲーム」とか好きだったし、「奴隷をつれ回して調教したり着せ替えたりしつつ意思を持つ剣を片手にダンジョン探索するゲーム」とかにもドはまりしたし。
でもそれはあくまで二次元での話だ。ああいうのは二次元だからこそ性癖として受け入れられているのであって、さすがに「現実でも奴隷買いたい!」とか言ってる奴がいたらドン引きだし、「奴隷制度を導入すべきだ!」なんて言い出す奴は非難されて然るべきだ。
というか家族でも恋人でもない女の子と一緒に暮らすのなんてどうすりゃいいのか分からん。いくら奴隷と言えど犬や猫を買うのとは訳が違うんだぞ。ゲームの主人公みたいに上手いことやれる自信が全くないんだが……。
……ん、いや、待てよ? ペット……ペットか。【アヘ声】だから奴隷=女の子! みたいな先入観があったけど、別にわざわざ女の子の奴隷を買う必要なんてないんだよな。
よし、「ほとんどモンスター」みたいな、なんかそういう「(比較的)奴隷として使役しても心が痛まない」感じの奴隷を探してみるか。異種○要素のあるエロゲを元にした世界だし、そういうのもいるんじゃねえかな。まあ奴隷の使役そのものに抵抗感があることは変わらないんだけどさ……。
そう思って奴隷市場に行ってみたまではよかったんだが――
「…………」
うわ……想像以上に酷い場所だな……。
檻に入れられた人々はHP0にされ、ハイライトのない目でぼんやりと虚空を見つめている。中にはボロボロの布の上に無造作に転がされて山積みになっており、まるで粗悪な大量生産品のように叩き売りされている人すらいた。そしてその傍らでは、ゲラゲラ、ニタニタと下品に笑いながら商談する客と商人の姿があった。
こういうのを見せられると、ここは【アヘ声】の世界なんだと改めて実感させられるな……。いや、俺も奴隷を買いにきた時点で同じ穴のムジナなんだけどさ……。それでも気分が悪くなる光景だ。
市場全体の空気は淀んでいるように感じられ、精神的にも、衛生的にも、ここに長くいると悪影響が出そうな気がする。俺はさっさと目的を済ませてこんなところからはおさらばすることにしたのだった――
──────────────────────
《裏》
遠くから黒髪の男が歩いてくるのが見えた時、奴隷商人は「予想よりも遅かったな。だがここに来ることは予測済みだったぞ」と心の中で独りごち、人知れずニヤリと笑った。
商人とは情報が命の職業である。それは奴隷を扱う者とて同じこと。この奴隷商人もまた、今までの顧客、そしてこれから顧客となりそうな人間の情報は全て頭の中に叩き込んであった。
ゆえに、いくら謎多き【黒き狂人】の情報とて、かなりの精度で把握していると自負していた。この奴隷市場を牛耳る商人としてその程度は朝飯前である。
この世界における【狂人】の最初の痕跡は5ヶ月ほど前だ。それより以前の過去は不明。かの男はフラリと冒険者ギルドに現れて冒険者登録をしたのち、しばらくの間は目立った活動がなかったという。
派手に動き始めたのはおよそ3ヶ月前のことだ。尊厳破壊をも恐れぬ地獄の強行軍でわずか1週間と少しでレベル10に到達。その後も狂気的な勢いは止まらず、1階層ずつ順にモンスターを根絶やしにする勢いで虐殺して回っている。そのスピードも驚異的だ。
そして他の新米冒険者たちがダンジョン入口付近でレベル上げしてようやくレベル10に到達し、本格的にダンジョン攻略を始めた頃。【狂人】はすでに中層目前の8階層まで到達していた。
今では【剣士】を極めつつあるなどという眉唾物の噂すらあるが……まさか、ベテラン冒険者が長い時間を掛けてようやく到達できるような頂に、いくら【狂人】といえどそう簡単には辿り着いていないだろう。それはともかく、最新の情報だと8階層のスライムを残虐な方法で殺し回っているらしい。
そこから導き出される、【狂人】の正体とは――
「……復讐者、か」
冒険者になってからすぐに動き出さなかったのは、仇の情報を得るため。尊厳破壊をも恐れぬ強行軍は、すでに「地獄を見た」後であるがゆえに、もはや復讐心以外に何も失うものが残っていないのだろう。
復讐の対象は恐らくモンスター全般……スライムを特に残虐な手段で虐殺しているのは、仇がスライム系のモンスターだからか。
ならば新しく
商人はそのように結論付けていた。
……商人のことを笑ってはいけない。まさか男がモンスターのことを「経験値&金を生む機械」とか「全自動宝箱運搬機」みたいな扱いをしているなど、この世界の人間にとっては想像の埒外なのだ。
「すみません、ダンジョン攻略のために(パーティメンバーとして)奴隷を探しているのですが……」
「ほほう、(捨て駒の肉壁として)ダンジョン攻略のために使役なさるのですね」
見るがいい、あの陰を背負った暗い顔を。やはり私の見立ては間違っていなかった。そう商人は内心でほくそ笑む。
……単に空気が悪くて調子悪そうにしてるだけなのだが、先入観ゆえに商人は気づかない。人間とは、他人から言われたことは鵜呑みにはしないが、自分で導き出した結論には絶対の自信を持つ生き物である。
「では、こちらのゴブリンなどはいかがですかな? 10匹ほど纏めて買っていただければ少し
「いえ、(パーティ人数は最大で6人だし、そもそも今はトレハン要員だけいればいいから)1人でいいんですけど……」
なんと、この男は10匹分の苦痛をたった1匹に背負わせるつもりでいるらしい。
「しかし、それでは(モンスター奴隷は消耗品なので)長持ちしませんが。よろしいので?」
「はい、(奴隷だからって死ぬまで戦わせるつもりはないので)大丈夫です」
しかしモンスターの奴隷を紹介した時の反応を見る限り、こちらの見立ては間違っていないようだ。
「(というか、1人分の装備を整えるためにも金がいるし)当分の間は1人で十分です」
そのうえで、消耗品をわざわざ治療して何度も使い回すことで、延々と地獄の苦しみを味わわせる気でいるようだ。ならば量より質か、と商人は脳内の情報を適宜更新していく。
「そうですね……将来的には俺と同じように(最強の冒険者として)育てるつもりなんですが」
ちょっと変わった表現方法だが、とりあえず「自分が味わってきた地獄を貴様らモンスターにも味わわせてやる!」という気概は伝わってきた。
ここのところ下卑た欲望をぶつけるために異性の奴隷を買い求める客ばかり相手にしてきたので、こんなにも恐ろしい男と相対するのは久しぶりだ……と商人は冷や汗を流す。
なお、全て勘違いである模様。
「では、こちらの奴隷はいかがですか?」
そして今までの情報を統合した結果、商人が男に紹介したのは、「ノーム」というモンスターであった。
男の前世では一般的にノームというと「長いお髭の老人のような風貌をした小人」であるが……そこはエロゲ世界のお約束。檻の中にいたのは、身長10cmほどの子供の姿をしたモンスターであった。少年とも少女とも取れる中性的な顔立ちで、実際に性別は存在せず大地からニョキニョキ生えてくるモンスターである。
商人としては、「復讐対象とおぼしきスライム族の奴隷をそのままお出ししたら男がどんな行動を取るか未知数のため、まずはスライム族と同じ精霊カテゴリのモンスターで様子見」「精霊カテゴリ由来の各種耐性を備えるため意外と頑丈」「一晩ほど地面に埋めておけば怪我が治る」といった理由でのチョイスであった。
「あ、ではこの子でお願いいたします」
なお、見た目こそ完全に元ネタと乖離しているものの、「手先が器用で優れた細工品を作る」という特徴は【アヘ声】でも同じであったため、細かい作業をさせるには丁度いいモンスターでもある。
ついでに言うと、可愛い見た目に惑わされてホイホイ付いていくと容赦なく地面に引きずりこまれて生き埋めにされたあげく、少しずつ身体が腐敗していって
男と商人の思惑は全く別の方向を向いていたように見えて、実は奇跡的に噛み合っていたのだった……。