・白銀のライネル以後は、ガノンの恩寵を受けたという設定がある(白銀個体の紫色の模様がガノンの影響を受けた証で、その白銀個体が雷を受けて成ったと言われているのが黄金個体)。
という事から、
・始まりの台地のライネルはガノンを信奉していない
と妄想して出来たもの。
ライネルの小説、今まで結構書いてきたけど、これは初めての健全な話になります。
みみすけ氏(twitter: @mikischine)に挿絵を描いて貰いました。
……覚まして……。
…………リンク……目を覚まして…………。
頭に響く、俺を導く声は、顔すら思い浮かばないのに、守らなければいけない気がしてならなかった。
外に出れば、微かに見覚えのあるような景色がリンクを出迎える。
……綺麗だな……。
そう思うも束の間、何も思い出せない、その空虚さがリンクを襲った。
何故、あんな場所で俺は寝ていたのか。何故、俺はこんな場所に居るのか。
辺りを見回せば、すぐに巨大な魔物が目に入った。
半人半馬の肉体を持つその魔物は、人の倍以上の体躯を誇り、人と同等の大きさを誇る大剣を背負っている。その姿はリンクを本能的に強張らせ、思わず背に手を伸ばさせた。
だが、そこには何もない。
俺は……何をしようとしたんだ?
それすらも分からずに、しかし。
よくよくその光景を見てみれば、その隣には人が居た。
「あり得ない……」
飛び出したその言葉。
体のどこかが逃げるべきだと叫んでいる。けれど、その魔物は殺意など微塵も見せていなかった。
腰を降ろして焼いたリンゴを一口でがぶりと頬張るその姿は、隣に座っている人も含めて、どう見ても長閑にしか見えなかった。
ーーリンク……彼等は味方です……。目覚めた貴方を導いてくれるでしょう……。
頭の中に再び声が響く。俺をどこか落ち着かせてくれる声ではあるが。
「……本当なのか?」
言葉が意志とは別に勝手に飛び出してくる。体は未だに強張ったまま。
けれど、選択肢は無かった。続く道以外は、全部崖だったから。
恐る恐る、一歩ずつ歩いていく。
ただただじっと、こちらを見ているその魔物と人は、俺がそこに来るのを長い、永い間待ち侘びているように見えた。
*
*
*
*
デスマウンテンから、赤い光線がハイラル城へと向けられた。
それは、退魔の騎士がまた、神獣に巣食うガノンの怨念を退けた事を意味していた。
これで三つ。
ゾーラの里から、リトの村から、そしてデスマウンテンから。
残るは、ゲルドの神獣のみだった。
「後、一つか」
計三つとなった、然るべき時にガノンを滅さんと照準を合わされるその光線。
始まりの台地からもはっきりと見えるそれ。
そこに立つ半人半馬の魔物は、小さく呟いた。
*
「常に、全ての事柄に疑問を持ちなさい。それが何よりも強くなる一番の近道なんだ」
父はそう言ったのに対し、幼かった頃の私は聞いた。
「何でガノンを信仰しているの?」
その途端、私は父に殴られた。
容赦のない拳で、目玉が飛び出しそうな勢いで。
鬼気迫る顔。まるで操られているかのような、その様相。怯えるばかりの私に、顔を近付けてきて、感情丸出しな声で怒鳴りかかってきた。
何を言っていたのかまでは覚えていない。ただ……、ガノンの事を信仰出来なくなったのはそれがきっかけだった。
*
*
翌日になると、近くの祠から小さな足音が聞こえてきた。
ざっ、ざっ、ざっ、ざっ。
草原を駆けてくるその足音に振り向けば、百年越しに目を覚ました退魔の騎士が駆け寄ってきていた。
彼は、リンクは、半人半馬の魔物、しかもかなりの上位個体である事を示す白髪のライネルに、軽々しく声を掛けた。
『ただいま』
背負われる退魔の剣に手を掛ける事もなく。
それに対し、ライネルも背負っている獣神の大剣に手を掛ける事なく。
「おかえり」
そう、ライネルの言葉で返した。
*
私は白髪まで辿り着いたが、同じ頃に生まれた仲間達よりも優れていたのにも関わらず、白銀にはいつまで経っても成れなかった。
理由はガノンを信仰していないからであるというのは明白にも程があったが、あれから形だけは周りに合わせていた私は、年長者から毎日のように首を傾げられた。
別に良い、と私は思っていた。
ガノンの事となれば、誰しもがその姿を見た事すらないのに、自分達を頂点へと導いてくれる、憎きハイリア人共を皆殺しにしてくれると信じて疑わない。
信じていれば力をくれる存在ではあるが、その代わりにガノンを盲信するようになる、その歪さ。
また、ハイリア人に何をされた訳でもない仲間でさえも、ハイリア人を一方的に憎むその姿。
操られているようにしか見えない、そんな思考に塗り潰されたくはなかったから、それで良かった。
だが、周りからしたらそうはいかないようで。
ある時、ガノンを信仰していないからだと誰かが口に出せば、私が口だけ否定しても疑われていき、あっと言う間に爪弾きにされていく。
寂しくはあったが、気楽にもなったと開き直っていれば、父母ですらも段々と私の事を擁護しなくなっていった。
そんな姿を見て、私は更にガノンという神に疑いを強くしていった。
*
*
『これ、お土産』
リンクから手渡されたのは、赤い粉の入った瓶。
「……これは?」
『ゴロン族の使う調味料』
「ゴロン族ぅ? あの、岩ばっかり食ってる奴等の?」
ライネルは顔を顰めた。
『いやいや、彼等だって肉も魚も食ったりするんだぞ?
それに、ゴロンシティで食ったカレーは美味かったなぁ……』
「カレー?」
『うーん。何て言ったら良いんだろうな。ドロドロしていて、ゴロゴロしていて、それでピリっと辛くて。
それを炊いた米とかっこむと美味いんだ』
「何だそれ」
そう言いながら、その瓶の蓋を開けて、中の粉を少し舐めてみると。強い辛味が舌を襲った。
ただ、その裏側には複雑な香りが隠れていて。
「……岩ばっかり食っていても、舌は確かなようだな」
『だろう?』
自慢気に言うリンクに、お前が誇る事じゃないだろうと呆れ顔をした。
微妙な料理ばっかり作るくせに。
この前なんか、古代兵器のコアなんて入れていたし。
こいつの感性はどうなってんだか。
*
ある時からライネルを含む全ての魔物が更に攻撃的になっていった。
私には全く分からなったのだが、どうやらガノンの復活が近いとの事で、その狂気に皆が支配されているようだった。
至るところで血が流される。何をされた訳でもないのに、皆が皆、ハイリア人達の命を刈り取ろうと躍起になっていた。
返り討ちにされようとも、どれだけの命が失われようとも、自らの身も厭わずに戦いへと赴いていく。
傍から見ていれば気狂いにでもなったのかと思う程であり、そしてその影響は爪弾きにされて各地をぶらぶらとしているだけの私にも表れ始めた。
他に誰も連れずに歩いている内にハイリア人達に見つかれば、こちらが何もしなくとも、今が好機と一斉に襲いかかって来るようになった。
私は他の気狂い共とは違うんだ! と示す暇もなく、抵抗するにも数はとても多く。
逃げるしか出来ない日々が続くに連れて、ひっそりと身を隠すようになったのは、当然の帰結だった。
*
*
「今回のカースガノンとやらはどうだったんだ?」
『暑かった』
「……それ以外は?」
『手出しの出来ないところに陣取って攻撃してくる、卑怯な奴だったよ。
ただ、少なくとも、あんたよりはよっぽど弱かった』
聞けば厄災ガノンが復活した時、神獣で立ち向かおうとした英傑達は、どうにもそれぞれの不利を突かれるような形で、ガノンの配下、所謂カースガノンと呼ばれる存在に倒されたらしい。
水中を自在に泳ぎ、華麗に槍を操るゾーラ族の姫は、その水を凍てつかせるカースガノンに。
空を縦横無尽に飛び回り、爆撃の雨を降らせるリト族の戦士は、風を操るカースガノンに。
そして絶対防御を誇り、ライネルの大剣にも真正面から打ち勝つ程の膂力を誇るゴロン族の長は、同じく強い防御を誇りながらも、攻撃の届かない位置で動き回るカースガノンに。
「記憶は取り戻せたのか?」
『……ある程度は。俺が百年前、どういう人物だったのか、何故そうなったかも、大体は思い出した。
ただ……まだ、ところどころ穴がある。
百年前の俺は、ライネルを複数同時に相手取るなんて無茶もしていたみたいなんだが、そんな俺が何故、倒れたのか? 何故あの場所で眠る事になったのか?
そこ辺りは濃い靄で覆われてしまっている』
ライネルを複数相手取る?
……さらっと爆弾発言を口にしやがって。
そんな私の意図を読んだのか。
『あ、あんたよりはよっぽど弱いよ。白髪の二体だったけど、あんたが話してくれていたように狂気に塗れて、自分の傷さえも顧みずに突っ込んで来るような奴等だったから。
それに、帰り際に、近くに白銀のライネルが出没したから倒してきたんだけど、それもあんたよりはよっぽど弱かった』
「…………そうか」
百年前、完全に記憶を失った状態で目を覚ましたこのリンクという騎士。
この始まりの台地を出る前に、私が鍛えてやったのだが、妖精を十も使う頃には私に一太刀を浴びせていた。
二十も使う頃には、私の顎に的確に矢を当て、怯んだ隙に背中に乗るという芸当すらこなしてみせた。
しっかりとした弓や、その退魔の剣を持った今ならば、私が勝てる可能性はもう十に一つも無いだろう。
『……本当に感謝しているよ、あんたには。
あんたが居なければ、俺は道半ば、きっとどこかで倒れていただろうから』
お世辞抜きの言葉のようではあるが。
「……そうかぁ?」
降りてすぐに同じライネルにでも鉢合わせるなんて事でもなければ、普通に今も冒険していただろうよ、お前は。
*
私が身を隠すようになってから暫く経ったある日。
ハイラル中に響き渡るような激しい地響きと共に、ハイラル城の地下からガノンが復活した。
「……アレが神様だなんて、アレを崇めていただなんて、どういう感性だよ」
地下から滲み出るように復活したそのガノンは、何と形容すれば良いのかすら分からない見た目をしていた。
強いて言ってみるのならば、顔だけが僅かに残る、恨みそのもの、とでも形容出来るだろうか。
魔物達はそれに続くように更に狂気を加速させていった。
最早自らの命すらも顧みず、しかし命を落とせど、ガノンの力によって元通りに再生されていく。
不死身とも言えるその様相は、しかし私にとっては心だけでなく、身も全てガノンに捧げてしまった証左であるようにしか思えなかった。
そんな不死身となった魔物達、そしてガノンに乗っ取られた古代兵器達には、これまで拮抗出来ていたハイリア人達も段々と劣勢へと追い込まれていく。
しかし気付けば、ガノンの活動はハイリア人を滅する前に沈静化していた。
退魔の騎士も、封印の巫女も、死んだのか、生きているのならどこで何をしているのかも不明なまま。
魔物達も、身も心もガノンのものとなっている事は変わらずだが、正気は取り戻していた。
*
*
獣神の大剣と獣神の弓を背から下ろせば、リンクもそれに立てかけるようにマスターソードとハイリアの盾を置いた。
互いに無手。ただ、武器がなければ、その体格差を覆せるものはない。ライネルに対してリンクが出来る事はない。
意志があるというマスターソードも、最初はそんな完全に寛いでしまうリンクに、震えて抗議したものだった。
ただ、百年越しに目を覚まして、多少体の動かし方を思い出してきた頃にスパルタ教育を施された身としては、既に殺す気ならばとっくに殺されていると、リンクはとっくに開き直っていた。
ライネルも思うところはあったものの、こんな桁違いな戦士も休息を必要としているのだと理解すれば、何も言う事はなかった。
神獣を解放するのも三度目。
リンクがここに休息の為に帰ってくると分かっていたライネルは、既に色々と食材を揃えていた。
肉に、野菜に、香草に。
百年という歳月は、何をするにしても長過ぎた。来るべき時に備えて、これまで大剣ばかりを扱っていたこのライネルが、片手剣と槍を記憶を頼りに上達するのにも。
それでもこの台地ばかりでの生活の退屈を紛らわす為に、それぞれの知識や趣味をハイリア王と共有し、そしてその全てを発展させ尽くすのにも。
腰を下ろし、四つ足を伸ばしたライネルの腹に、リンクは体を凭れ掛けた。
「……やっぱり、落ち着くなあ」
そう言って、程なくして眠り始めたリンクは、身じろぎの一つもせずにすっかり熟睡している。
毎回そうだった。
己がガノンを討伐する最後の光である。
その重荷から解放される場所はリンクにとって、ここしか無いようだった。
「…………」
小さく寝息を立てるリンクを傍目に、ライネルは火を起こし、食材の調理に掛かる。
「……これも後、一回なんだろうな」
ほんの少し、寂しさを覚える。
*
時が経てば、ひっそりと暮らすばかりとなった少ないハイリア人と、自由気ままに闊歩する魔物達がハイラルの日常となっていた。
久々に外を歩いてみれば、魔物達にもガノンを信仰していない事はどうにも分かられているようで、ボコブリンからも陰口を叩かれる。
どうせ生き返るんだからと叩き潰せば、赤い月の後には私が叩き潰した事を忘れて、また同じように陰口を言っていた。
死ねば生き返る。ただ、そこに経験の蓄積はない。
不死身だとしても、つまらない生き方だな。
ハイリア人にも、魔物ばかりか、同じライネルにも、私の味方は居ない。私以外に、ガノンを信仰すると言う事に疑問を持つ魔物は、一匹たりとも存在しなかった。
流石に、少しは存在していたのではないかと思いたいが、ガノンの復活前後に魔物達が狂気に染まった際に、同じ魔物か、ハイリア人達に殺されてしまったのだろうとも思う。
私は、白髪のライネルだからこそ、あの狂気から逃れる事が出来たのだ。
そして私は魔物達の中で、たった一匹、ガノンを信奉しない存在となった。
誰とも会話する事もない日常。溜息ばかりを吐くような日々。
それでも、私にとってあの時の衝撃は、魔物達が見せた狂気は、私にとってガノンを信奉しない理由に足り得過ぎていた。
そんなある日。
元の同胞達が私の前に現れた。
*
*
「ほら、起きろ、寝坊助」
日が暮れてくる頃。
焚き火でじっくりと熱を通された串焼きの匂いにも動じず、自らの腹を背に眠り続けるリンクの頭を揺さぶった。
「う、うん……」
そうしても、一度ごろりと寝返りを打つだけ。
垂れた涎が腹へと落ちた。
「……」
その額に軽く指を弾いた。
『っでぇっ!?』
溜まらず跳ね起きたリンクは、そのまま額を抱えてゴロゴロと転がった。
『あっづぅっ!? やめろって言ってるだろ、その起こし方!!』
「腹に涎垂らされたら、流石に腹も立つんだよ、とも何度も言っている」
『お前がもし白銀にでもなったら、もう妖精が出てくるレベルだぞ、この痛みは……』
「なれないから安心しろ」
『それにしてももうちょっと加減して欲しいって事なんだけど』
「加減してなかったら、妖精が出る間もなく首が吹っ飛んでもおかしくないと思うがな。
ほら、無駄口言ってないで、暗くなる前にさっさと飯を食え。食わないと、疲労も取れないぞ」
『タンコブも取って欲しいんだけどな……』
そう額を抑えながらも、のそりと起き上がったリンクは焚き火の前に座り直し、遠慮なく串焼きの一つを手に取り、頬張った。
『お、早速あの香辛料使ったのか』
「美味いだろ」
『うん。俺が作る飯よりも、宿の飯より美味い。
それに、香辛料使ってても……お前の飯はほっとするな、やっぱり』
ただの串焼きではあるが、百年間もの間、追及し続けた串焼きでもある。
そういう自負はあれど、面と向かって言われるとやはり、恥ずかしくなってしまうものだった。
*
「封印の巫女は、我等がガノンを抑えつけている」
「俺達にはそれをどうする事も出来ない」
「退魔の騎士は、生死すら不明なままだ」
「だが、どうにも、封印の巫女は、退魔の騎士が復活する事を信じて疑わないようだ」
「退魔の剣の在処はわかっていても、不思議な力に阻まれて手出しが出来ない」
「退魔の騎士の居場所は、各地を探したが見つかる事はなかった。だが、ここに居るだろうと推測出来る場所は幾つかあった」
「……その一つがここと?」
目の前に聳える、人工的な高い崖。その遥か高くに台地が存在している。
一周回っても、全て崖か滝で侵入が防がれている。
「そうだ。貴様にこの場所の捜索をして貰う」
私を囲むライネル達は、私に唾棄するような目線を隠さない。
そして、そのライネル達の腕には、数多のオクタが抱えられていた。
それを全て使って、私をこの台地の上へと持ち上げるのだろう。そうしたら最期、私はこの台地から出る事は叶わなくなる。
……要するに、体の良い島流しという訳だ。
けれど。
「……分かりました、よ。好きにすれば良いでしょう」
どうせ、私の味方はもう、どこにも居ないのだ。それなら、魔物も居ない台地へと送られる方が気楽に過ごせると言うものだ。
そして私はその日の内に、台地へと足を下ろし、そしてそれらしき祠を見つけてしまった。
*
*
『あー、食った食った。ごちそうさま』
「どういたしまして」
そう言ってまた横になったリンクは、声を掛けなければまたすぐにでも眠りそうな程であった。
あれだけ熟睡していて、また眠れるのは、それ程に疲れていたのか、単にロングスリーパーなのか。
ライネルにとっては、両方な気がしていた。
そんな様子を見ていると、リンクが仰向けになったまま、口を開いた。
「……俺さ、一応、こうやってライネルの言葉も話せるようになったじゃんか」
先程とは違い、ライネルの言葉で語りかけてきた。
「……それが?」
「退魔の剣を持つ俺にも問答無用で襲いかかって来ないようなライネルには、少し声を掛けたりしてみているんだよ」
「話しかけようがかけまいが、結果は大して変わらんだろう」
「だな。ただ……ガノンに疑問を抱くようなライネルも少しは居るみたいだ」
「……本当か? 俄には信じ難いのだが」
過去の、幼少からここに送られるまでの記憶は、そう覆せるものではない。
「一万年もの間力を蓄え続けていたのに、百年もの間、目覚めたばかりの封印の巫女に抑えられているっていう事実がそうさせているみたいでな。
復活して、確かに魔物の時代は訪れている。だが、ガノンはあそこに封じ込まれてから、殆ど何をする事も許されていない。
そんなだから、俺達の敬うガノンとやらは、実はそこまで大した事のない存在なのでは? と思ったりもしているらしい」
「…………」
『ま、少し話そうとも、「退魔の騎士はガノンを幾度となく退けてきたというが……その実力、確かめさせて貰おう」とか、退魔の騎士を屠った名誉を目当てに構えて来るんだけどな』
「……ふぅん」
*
「…………これ、それらしいよな」
このハイラルにおいて祠はどこにもあるものだが、その中でも異質なものがここにあった。
山をくり抜いて造られた洞穴の中。その壁は、ガーディアンと同じ材質のそれで覆われていた。その先にはいかにも何か重大そうなものを隠しているような、分厚い扉があった。
扉と言っても、どうしたら開くのかなど、全く分からない。
触れたり、軽く叩いたりしてみれば、ガーディアンの感触よりもより硬く、厚みを感じられた。
私が大剣を振るっても、砕く事など出来そうにない程の頑丈さ。
そもそもこんな狭い空間では、大剣を振るう事も出来ない。
それに、もしここが本当に退魔の騎士が眠る場所だとしても、私は伝えようなどとは思わない。
私は、ガノンが滅んで欲しいとまで願っているのだから。
外に出れば、一人のハイリア人が遠くの木陰から私を見ているのに気付いた。
その正体を隠すかのようにフードを被っている、老いたハイリア人だ。
私が気付いたのに気付いても、動かない。また、気配を張り巡らせても、他にハイリア人は居そうになかった。
気になって歩いて向かえば、待ち構えるかのようにそのハイリア人は姿を現して、フードを取った。
目の前で、立ち止まる。
そのハイリア人を眺めてみれば、どうしてだろう。並のハイリア人と比にならない覇気を感じる割には、微塵にも生気を感じられなかった。
『……貴様、何を企んでいる』
何を言っているのかは分からないが、その声の迫力も、その気になれば握っている斧で私を打ち倒さんと全力を尽くしてくる事を伺わせた。
「あそこには退魔の騎士が眠っているのか?」
聞いてみれば、こちらの声も通じなかったが、私が他のライネル達と違う事には気付いたようで、斧を握る手から力が抜けた。
『言葉が通じなければ、何も聞けんな』
そう言うと、そのハイリア人はどさりと腰を落とした。
私もそれに続いた。
*
*
段々と勢いを失い始めた焚き火が、ゆらゆらとライネルの肉体を照らしている中。
再び眠ったリンクを傍目に、ライネルは思考に耽っていた。
正直なところ、リンクがガノンを討伐した後に、私がこの始まりの台地から降りる事が出来たとしても、私はもう、同胞達と共に在る事は出来ないと思っていた。
そもそも、同胞達はガノンを自ら信奉していたのか、それとも最初からガノンの狂気に冒されていたのか。
私の存在が、後者を自ずと否定していた。結果的に狂気に冒される事になっていても、最初の選択は各々がするものなのだろう。
だから、私がガノンを討伐するその手助けをしたと分かれば、きっとリンク以上に狙われる存在になる事だろうとも。
「それが、こんな形で……」
ガノンは大した事のない存在だった。
一万年という歳月を掛けて漸く復活したと思いきや、封印の巫女に百年もの間抑え続けられてしまう程度の存在だ。
その事実が、不信を起こし始めている。
「くっ…………だらねえなあ」
この感情は、気を抜けば、この距離でもリンクの鼓膜を突き破ってしまう程の大声で叫びたくなる強さ。
それを必死に抑えながらも、ライネルは続けた。
「本当に……本当に、くだらねえ。くだらねえよ。
なあ、リンク。さっさとそんな奴、ぶっ潰してしまってくれよ」
『……任せておけよ』
小さく聞こえたその声は、起きていてきちんと返事したものなのか、無意識に返したものなのかは、ライネルには分からなかった。
ただ……その小さな体は、今となってはとても頼もしかった。
*
『わたし、ハ、ガノンが、きらイ、だ』
「そレは、どウして、ダ?」
『小さイこロ、なゼ、ガノンを信じルのか、父二、聞イタ。父ハ、わたし、を、なぐっタ。だカら』
「そレだけ、デ?」
『まるデ、あヤつられテ、いる、みたイだっタ、から。ガノンのこトに、なる、ト、みんナ、あヤつられタ、ように、ナル』
私がハイリア人の言葉を使い、老ハイリア人が私達ライネルの言葉を使う。
こんな事、少し前までさえも想像しなかっただろう。
ある程度会話が出来るようになると、私はガノンを信奉していないのかと問われて、私はそう答えた。
それを聞いてから、老ハイリア人は少し悩んでから、瓶の一つを渡してきた。
中には、妖精が入っていた。
「ワシも、お前さンの事を、信用しタいと思ウ。たダ、一つダけ、お前さンが本当二、ガノンの味方でナイのカを、試させテ、貰いたイ。
それハ、ガノンの手下でなけれバ、一度だけ、あらユる傷を、治してしマう。だカら」
『首でも、切っテみロ、と?』
「……そう、ダ」
『ナら、あんタが、まず、やっテミろ』
「それハ、無理だ。ワシはもう、死んでいル」
……は?
「ワシは、後悔なのダ。後悔が、形を為しタ、ただそれダケの、存在なのダ。肉体は、もウ、ハイラル城ノ、ガレキの下に、埋もれテ、骨ダけとなっておル。
ウソだト思うのナら、そノ大剣で、ワシを叩き潰しテ、みるが良イ」
そう言うと、その老ハイリア人は斧を置いて両手を広げた。ほら、やってみろよと。
信じ難いが……私は納得していた。
この老ハイリア人から抱く、覇気はあるが生気はないという感覚と、その後悔が形を為しただけの存在というのは、ぴったしと当てはまっていたからだ。
都合の良い存在だ、と思った。
その気になれば、私の攻撃の全てを受け止めながら、その斧で私が諦めるまで叩き切る事が出来るのだろうから。
「…………」
私は、妖精の入った瓶を眺めた。
同胞達の間で、手応えはあったのに次の瞬間立ち上がってきたハイリア人の事を良く聞いた。その周りには、光る蝶のようなものが舞っていたとも。
その正体がこれか。
「……まあ、博打をするには良い頃か」
私はそう呟いた。
どうせ、このまま生きているだけでは、良い事などもう無いのだ。味方は何一つとして居らず、こうして台地に閉じ込められ、ただ生きるか、死ぬかしか出来なくなったこの私には。
『斧、借りル』
そうして、私は、首にその刃を押し当てた。
「一ツ、聞かせテくレ」
「今更に何だ」
億劫になってライネルの言葉のままに聞いた。
「人を、殺しタ事ハ、あるカ?」
「返り討ちにしたくらいなら。お前達もそうだろう?」
「……そうダ、ナ」
そうして、私は首の血管を一思いに切った。
血は、出なかった。
瓶から飛び出した妖精が、私の周りをくるくると舞っていた。
老ハイリア人は、目を飛び出さんばかりに見開かせていた。
……信じていなかったのか?
*
*
鋭い風切り音で目が覚める。
寝て食べて寝て。リンクはすっかりと精気を取り戻したようで、ライネルよりも早くに起きて、マスターソードを振るっていた。
縦切り、袈裟斬り、突き、薙ぎ払い。
とにかく基本に忠実に、派手な動きは一つもせず。
型に嵌ったそれは実戦的なものではなく、必要な動きを体に染み込ませる為のもの。
最後に正面に構えると、再び最初から。精神統一をするかのように、それを何度も何度も、ひたすらに繰り返している。
そんな動きを見ているといつも、最初に負けた事を思い出す。
目覚めて、リンクが妖精に助けられた回数が二十を超える頃には、既にライネルも手加減などしていなかった。
それぞれ妖精を持っているとはいえ、互いは本気で殺す気になっている。
最初の頃は使っていなかった爆弾矢も今はもう惜しまず使っている。もしかしたら妖精の力ですら治癒出来ないような全力の攻撃を当ててしまうかもしれない、と手加減するような余裕も、もうなかった。
それでも、リンクには攻撃が全くと言って良い程当たらなくなっていた。それどころか、安直な攻撃をしようものなら、弾いて隙を作りに来る事もある始末。
手に持つのが一兵卒が持つような粗製濫造された剣ではなく、もっと鍛え上げられたものならば、もう既に私も妖精を使う事になっているだろうと思う。
だが、ライネルに対しては一撃も食らう事なく倒さなくてはいけない。だからこそ、まだ外に出るには不十分。
そう考えて、その日も朝っぱらから殺し合いをしに大剣を引き抜き、リンクは剣を前に構える。
昨日と変わらないはずの構え。昨日と変わらないはずの目つき。
けれど……その日はどうしてか、身震いが起きていた。
……ああ、今日、リンクは私を完全に追い越すのだろう。
そう確信したのはすぐに事実となり、その日の中にリンクは外へと旅立っていった。
百年の眠りから、まだ三十日も経たない内に、リンクは少なくとも、防具なし、武器も大したものではないという状態で、白髪のライネルをも超える実力を取り戻したのだ。
マスターソードを引き抜くに相応しい、まるでハイリアの女神に愛されたかのような才能の持ち主。
リンクは、正しく退魔の騎士だった。
全く変わらない風切り音。風がなければ、髪の毛の微細な揺れすらも変わらないような程に、体に染み込まれた動作。
日が登るまで幾十と繰り返してから、ふぅ、と息を吐くと、晴れやかな笑顔でこちらを向いて来る。
『おはよう』
「おはよう。もう、行くのか?」
『うん。姫を待たせてはいられないしね』
そう言う顔には、活気はあれど、ハイラルを救う重圧を背負っている重さを隠せてはいなかった。
「……朝飯くらいは食っていけよ」
『うん。お願い』
ライネルはのっそりと立ち上がり、準備に取り掛かろうとした時。
ふと、一陣の風が吹いた。
ざああ、と流れていく風の先には、ハイラル城が見えている。
禍々しい怨念が常に渦巻いてはいるが、それは百年もの間抑え込まれ続けているもの。
だからか、それともリンク自身の自負に因るものか。
『……まあ、何とかなるでしょ』
そう小さく呟くリンクは、少なくとも、その重荷に潰れてまではいなかった。
*
「はは、はははは、はははははははは!」
私は嗤って、笑った。唯一ガノンを信奉していない私が、退魔の騎士の居場所を突き止めるとは!
『何がおかしい?』
「だって、そりゃあおかしいさ! あいつら、私をガノンを信じない背徳者への流刑と称してここに送り込んだのにさ!
なのに、あいつらが実際にやった事は、お膳立てにも程があるじゃないか!
百年もの間眠り続けるだって? そりゃあ体も鈍ってるだろうよ。いきなりこんな私みたいな存在に襲われたら、流石に退魔の騎士と言えどもひとたまりも無いだろうさ。
でも、私がここに来てしまった以上、そんな心配もない。
だって私はガノンの事が嫌いなんだから! ガノンが滅んで欲しいとまで思ってるんだから!
あいつらのやった事は、ガノンを滅する手助けだったんだよ!
笑わずには居られないさ、はは、はははははははは!!」
『ふふ、はは、はははは!』
老ハイリア人も連られて笑った。
「はは、はははは……。
今まで、希望なんてもんとは無縁で生きてきたこの身だけど、やーーーーっと私にもそういうものが巡ってきたんだな。
あー、今からでも百年後が楽しみだな、ふふっ、ふふはははっ」
『百年間、よろしく頼む』
「こちらこそ」
私は差し伸べられた手を握り返した。
*
*
*
*
始まりの台地からパラセールを使って降りれば、ライネルがその上から手を振っていた。
「……半分以上は、あんたのお陰だよ」
今、こうして俺が堂々として居られるのは。
四つの祠を巡り、ハイラル王がその正体と使命を明かした後。
あのライネルは、ほら、と剣と盾、それから妖精の瓶を渡すと、躊躇なく襲い掛かってきた。
手加減した攻撃でも、鉄の盾などは一撃で腕ごと砕かれる。どうにか背後に回り込んだと思えば後ろ足で蹴り飛ばされ、突進で空高く突き上げられもした。
致命傷は、妖精が治してくれる。そう理解して、妖精が尽きればすぐに新しく捕まえて持って来たライネルに、俺は本当に、本ッッッッ当に恐怖した。
幸いにも、百年もの間眠り続けていても覚えていた体の動きが、そんな時間を程なくして終わらせてくれたが。
そうでなければ、あいつの腹を背に寝るなんて事も出来てないだろう。
だが、未だ、俺はあれ以上に恐ろしい経験をしていない。
だから、始まりの台地を降りた後は、他の魔物など恐れるものではなかった。他のライネルに遭遇しようとも、どれも霞んで見えた。ガーディアンでさえも、カースガノンでさえも大したものに見えなかった。
記憶を完全に取り戻したら、きっとそうではなくなるのかもしれないけれど、そんな事は余りないだろうとも思っている。
まあ、だから。
「なるようになる」
俺は、そう信じる。
そして、リンクはシーカーストーンを開いた。
「…………で、最後はゲルドの街か。男は入れないって聞いてるけど、どうしたもんかな……」
独り言を呟きながら、リンクは気軽な足取りで歩き始めた。
リンク:
目覚めて始まりの台地の祠を巡った後に、ライネルにスパルタ教育を受けた。
その甲斐あって、始まりの台地を出る頃には基本敵なしになっているし、自分がハイラルを救う最後の光であるという重圧にも耐えられる位の自信もついている。
記憶を失う前は、堅物で魔物絶対殺すマンだったけど、今はそこまでではない様子。
料理に変なものを入れようとする癖がある。
ライネル:
白髪個体。
ガノンを何故信奉しているかという疑問を父親に聞いたら、既に心がガノンのものに成り果てていた父親にぶん殴られて、そこから不信に陥った。
その後同胞達から離れてひっそりと一匹で暮らすようになっていたが、ある時、島流しとして始まりの台地にオクタを数多に付けられて送られる。
そこで既に亡霊と化していたハイリア王と会い、ガノンの眷属ではない事を身を持って証明した後は、いつか目覚めるリンクの為に準備をするようになる。
メイン武器は大剣だけど、100年の内に槍も片手剣も使いこなせるようになったし、他にも退屈を紛らわす為に色んな事を極めている。
この後の妄想としては、
ヴァ・ナボリスを解放して、鉢合わせた黄金のライネルと戦った後に、リンクが帰って来る。
そして才のある個体が雷を受けたら稀に黄金へと達すると伝わっている、と知ったリンクが、ウルボザの怒りをライネルに当ててみたら白銀を飛び越して黄金になったり。
ガノンの恩寵を受けずに黄金に到達した分、リンクが戦った黄金個体よりも明らかにヤバくて、試しに朽ちたガーディアンに大剣を叩きつけたら豆腐を殴りつけたように真っ二つになったりして、全盛期の実力を完全に取り戻しているリンクも戦いたくねえ、と戦慄するほどになったり。
ハイラル城にリンクが乗り込む時に、共に乗り込み、二の丸で父親と対峙するだとか、厄災ガノンとの最終決戦の時に、ゼルダによって呼び出されて最終的に共にガノンを打ち倒す……的な。
多分書かない。
挿絵をその人に依頼したの、自分の捕捉範囲では唯一、ライネル好きで絵の依頼を受けている人だったから、っていう理由なんだけど。
依頼してから、その人、ライネルを投稿する専用の垢(twitter: @2Lynel)作るくらいには嵌り直してて、毎日が眼福。
ライネルの料理
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生
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丸焼き
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串焼き
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蒸し焼き
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炒め物
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煮込み
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スイーツ