あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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第一章 少女と黒い龍
プロローグ


 此処はシンオウ地方テンガン山の山頂近く。雪が耐えず吹き荒れる極寒の地に一人の少女がいた。分厚い登山用ウエアを来ているが、それでもテンガン山の吹雪は耐え難い。そんなことはこの地で育った彼女には常識だが、今日は一段と不機嫌な天候だ。

 

「さむ、、、そっちは大丈夫?」

 

 少女が腕の中の赤いもふもふに声をかける。彼は余裕だと言わんばかりに鳴いてみせた。

 

「へへへ、やっぱり?流石だねぇ」

 

 こういう時やはり炎ポケモンは頼りになる。加えて彼は平均よりも少し小さい。彼くらいなら大きかろうと体重的には問題は無いのだが、防寒具の中に入ってもらうためにはジャストなサイズだった。

 

 ところで、なぜ少女が一人(と一匹)でこの険しいテンガン山を登っているのか。それは数時間前に遡ることになる。

 

 太陽が頭の真上で大地を照らした頃、少女は故郷の地を久しぶに踏みしてめていた。懐かしい故郷の匂いに長らく張り詰めていた身体を休めたい気持ちになった。

 雪国と称されるシンオウ地方は冬の季節が長く、夏と呼ばれる温暖な気候は驚く程に短い。しかし、その夏と呼ばれる季節には花々が鮮やかに生い茂る。中でも自身の実家があるハクタイシティは特に草花が多い町だった。夏となれば草花は待っていましたと言わんばかりに咲き誇り、立派な観光名所となる。

 そんな故郷に思いを馳せるが、自分には会わなければならない人がいる。

 ならない、なんて大層な言い回しをしてしまったが許して欲しい。それほどまでに自分にとっては重要なことなのだ。

 

「大丈夫、大丈夫だからね。きっと大丈夫だから───。」

 

 焦っていた。自分を心配げな様子で揺れる、大切な子たちのモンスターボールを見る度に。はやく、はやく、どうにかしなければ。この子たちの幸せのために。

 

 

 久しい故郷を練り歩き、時間をかけてたどり着いた場所は、シンオウの西南に位置するマサゴタウン。シンオウ地方では知らない人はいないポケモンの進化の第一人者、ナナカマド博士の研究所がある。

 此処を訪れることこそが今回の目的なのだ。

 

 勝手知ったるかのように研究所の扉を開け、中にいる研究員へ声をかける。見知った研究員は彼女を快く受け入れ、ナナカマドが待つ所長室へ案内してくれた。

 扉を開けるとナナカマドは数年ぶりに会う少女に驚くことも無く、少女を迎え入れた。

 

「お久しぶりです、ナナカマド博士。」

「久しいな。実に三年ぶりか……元気そうでなによりだ。

ガラル地方に篭っていたと聞いている、向こうはどうだったかな?」

 

 相変わらずキリリとした眉で、鋭い眼光は威厳に満ちている。強面と称される博士は子どもだけでなく、大人まで萎縮させてしまう。祖父が彼と旧友の中であったこともあり、幼い頃から知り合いである少女は彼が優しい人だと理解しているために臆することはない。

 だから彼女はやっと落ち着く場所に来れたと、微笑んだ。

 

「ええ、もっぱらワイルドエリアに。こうしてしっかり人と話したのも久しぶりで。」

「……せめて家族には連絡を取りなさい。」

「……だって連絡取るとなると通信機使わないといけないじゃないですか。」

「機械音痴は健在のようだな。」

 

 面目ないですぅ、なんて頬を描く少女にナナカマドはため息をつく。昔から機械に疎く、幼いころはワンタッチで使えるティーポットすら使えずべそをかいていた程だ。そのためにポケッチすら使うこともせず、スマホロトムさえ最近ようやく買ったと聞いた。全く、いつまでも敬遠していてはいつまで経っても改善は無理だろう。

 

 自身の将来を危惧されていることなど露知らず、少女はナナカマドへ今回の本来の目的を果たすべく話を変える。

 

「ところで博士、例の件なんですけど…」

 

 少々バツの悪そうな顔を浮かべている。

 三年も人と関わらなかった少女が、こうして故郷へ戻りわざわざナナカマドのもとを訪れた理由。

 不安そうに、どこか迷子の子どもの様な顔を一瞬見せた彼女をナナカマドは見逃さなかった。

 

「あぁ、その事なんだが──」【バタン!!!!!】

 

 ナナカマドが何かを言い出した時、所長の扉がけたたましい音ともに開かれた。

 

「大変ですナナカマド博士!!テンガン山が、、!」

 

 見るからに血相をかいた研究員が飛び込んでくる。

 ナナカマドと少女をお互いを見合って、話はまた後ほどと頷いた。

 

 研究員の話によると、テンガン山に暮らすポケモンが一斉に山頂へ目指して移動を始め、自体を聞きつけたキッサキシティのジムリーダーもテンガン山へ入ろうとしたが216番道路のポケモンたちがテンガン山の入口でごった返し人が通れない状態で、更に今日のテンガン山の天候は最悪で調査隊を派遣しようにも出来ないらしい。

 

「ポケモンの大移動はよくある事ですが…」

「ふむ…しかし、こんな悪天候の日とは」

「気になりますね。」

 

 野生の群れの大移動は住居地を帰るために度々起こる。旅をしている中でも見かけたことは何度もあった。しかし、それは決まって天気のいい日に行われる。動きやすさもあるが、何より安全を守るためだ。

 今日のテンガン山は訓練を詰んだ調査隊を送れないほどの悪天候時。そんな日に限って野生ポケモンたちがこぞって山頂へ移動するなど自殺ものだ。このまま放っておくことなどできない。

 

「テンガン山でポケモンの大移動、調査隊を派遣できないとなると。どうするべきか、、、」

 

 ナナカマド含む研究員たちが頭を抱え始める。少女もなんとか対策を考えたいが、素人が何かできるわけでもない。邪魔にならない程度に隅っこでポケモンたちと遊んでおこう。

 

「近くのジムリーダーに協力は求められないのですか?」

「近隣のジムリーダーたちは街の安全を守るために出払っているから、山頂まで様子を見に行く事はできないらしい。」

「そんな……ジムリーダークラスじゃないと今日のテンガン山は登れないわ」

「ジムリーダーほどのトレーナー……!」

 

 一人の研究員がそうボヤくと、ナナカマドはハッと顔を上げる。 目線の先には自身のポケモンと戯れる少女。ナナカマドは少女の側へツカツカと近寄った。

 

「キミ、ガラルから帰ってきたばかりで時間があるだろう。調査に行ってきてはくれないか?」

「……へ??」

 

 予想外の言葉に間抜けな声出る。

 

「いや、いやいやいや無理です!私じゃ力不足です。」

 

 確かにポケモンたちのことは心配だけれども!一般トレーナーの自分には危険すぎると少女は首を大きく振る。だが、ナナカマドは同じように首を振って否定する。

 

「いいや、そんなことは無い。今このシンオウ地方でこの件を解決できるのは君だけだ。協力してくれたのならば、アレの件についても考えてあげよう。」

 

 それは狡いだろうと、少女はバツの悪そうに顔を顰め、ひとつ大きなため息をこぼした。そんな殺生な……

 

「…わかりました。ゴキョウリョクイタシマス。」

 

 無情にも人は自分の欲には勝てないものである。

 

 シンオウ地方に当直して早数時間。早くも日が東に傾き始めている。

 聊かの後悔と共に少女は黙々とテンガン山の山頂へ登っていた。腕の中にいる赤いもふもふの彼はがたがたと震える少女を見かねて出てきてくれたのだ。

 

 テンガン山に入ってからただ山頂を目指して登り続けているが、その間少女は違和感を抱えていた。

 ポケモンがいない。ポケモンがテンガン山にごった返しているという話であったのにポケモン一匹見当たらない。これはおかしい。空を飛んでいくにも視界が悪い吹雪の中は危険すぎるため、自分の足で登るしかない。全くテンガン山の状況が掴めないことに少女は若干の畏れを覚えた。

 

「そろそろ山頂のはずなんだけど、あってるのかな。」

 

 不安を抱きながらその腕のポケモンを抱え直し、足を進める。

 諦めずに登り進めると段々と吹雪の勢いが落ち着き、終いには吹雪が不思議と止んだ。

 開けた先の視界にはそれ以上に続く道は見せない。テンガン山の山頂に辿り着いたのだ。

 

(ああ、ここが山頂か。…長い道のりだった。)

 

 山頂は道のりに反して穏やかな天候で、太陽が近いから暖かい。少女がほっと息をついていると、腕の彼が突然激しく動く。驚いた少女は彼を解放すると、彼は崖の端まで駆けて行った。

 

「ブースターそっちは危ないよ!」

 

 そんな声も彼は聞いてない。追いかけて、じっと下を覗く彼と同じように崖の下を見る。一体何があると言うのだろう。

 

「わぁ!!もうこんなところまで!!」

 

 そこには野生のポケモンたちが所狭しと集まっていた。そして、誰も彼もが空をずっと見上げている。

 なるほど、野生ポケモンたちは既に山頂まで着いていたのか。道理で道中姿が見えなかったわけだ。

 

「そうだ、博士に連絡しなきゃ」

 

 少女はナナカマドに報告せねばと通信機を取り出すが、此処はテンガン山の山頂、電波がいい訳が無い。少女は電波のいい所を探そうと、ブースターに声をかけてからポケモン達に背を向けた。

 

「にしてもどうしてポケモンたちは此処に?一体何があるって───」

 

 その時だった。

 

 ───きりゅりりゅりしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!

 

 テンガン山にかかる雲の底から、大きな影が現れた。

 

「───え?」

 

 凄まじい風を切る音。地響きのようだった。

 

 その音に驚き振り向く。

 

 少女の目に飛び込んだのは、長い大きな体を動かしながら空へかける黒い龍であった。

 見ただけでわかる。なんとも力強い荘厳な姿。圧倒的な強さ、人が手を伸ばしても届かないような存在。数多くの地方を旅した少女でも感じたことの無いプレッシャーだった。

 そんな姿に圧倒された少女は、ヘタリ込みその姿が完全に消えるまでその場で動けずにいた。

 

「今の…ポケ、モン、、、?」

 

 今まであったことの無い存在に出会い、腰を抜かしてしまった少女がテンガン山を下山できたのはそれからまた三時間後だった。

 

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