あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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出会い

 

 花畑にいた。

 ポケモンたちに囲まれながらピクニックをしていた。机を広げて、サンドイッチも作って、匂いに釣られて野生のポケモンたちも集まって。皆んなで遊んだ。皆んなで笑った。

 楽しくて楽しくて、もっと喜んで欲しくて。そう思って振り向いた。でも、そこには何も無かった。

 美しく生い茂っていた花畑も、愛しいポケモンたちも。

 

 『皆んなどこに行ったの?』

 

 不安と恐怖で声が裏返った。しかし、声は遠くへ飛んでいくだけで返事は帰ってこなかった。仲間の声さえも聞こえなくて、声が枯れるまで名前を呼んでも、叫んでも、誰も帰ってきてはくれない。

 

 独りにしないで。ちゃんとするから、戦うから、勝ってみせるから。傍に居て、離れないで。ごめんなさい。ねぇ、返事をしてよ。お願い、お願い。

 

 泣いて泣いて。そして、自分の耳元で誰かが囁いた。

 

『お前のせいだ。お前が、負けたから』

 

 憎しみが込められた、ドスの効いた声。地を這うようなその声が恐ろしくて、身体がガタガタと震え始めた。恐る恐る見上げた先には、光のない恨めしい瞳をした自分に似た女の子。あまりにも恐ろしい形相した女の子は、そのまま首に手を掛けてきて………

 

「ッ?!」

 

 声にもならない声が、喉の奥に絡まって飛び起きる。

 

 心臓が飛び上がったまま、キョロキョロと当たりを見渡すとそこは飛行機の中で、自分が寝落ちてしまったことがわかった。

 何もしていないはずなのに、身体はどっと疲労感に包まれ、じんわりと汗をかいていた。先程の光景が夢であることを理解するのには時間はかからなかった。何度も見た夢だったから。

 

(また、同じ夢…………)

 

 離陸してからCAから貰ったお茶をグビっと飲んで気持ちを落ち着ける。汗が身体にへばりついて気持ち悪い。後で御手洗に行った時にでも身体を拭こう。

 あの夢を見始めて2年が経った。理由はわかっている。でも、きっとどうする事も出来ない。もうとっくに諦めたものだ。だから気にしない、気にしても仕方ない、忘れよう。どさりと背もたれに倒れた。

 

(はぁ、にしてもまんまとナナカマド博士の思惑通りになっちゃったなぁ……)

 

 そう少女は心の中で独りごつ。窓枠に肘を置いて、外を眺める。下には海が拡がっており、水面がキラキラと輝いていた。

 彼処にはどんなポケモンがいるんだろう。目を閉じて、海に生息するポケモンを思い描いた。メノクラゲや、ケイコウオ、オクタンも居るのかな。深海に生息来るポケモンはあまり見た事がないからいつかは見てみたいな。ポケモンのことを考えていると、先程の悪夢のことなんてすぐに忘れられる。飛行機を降りたら直ぐにポケモンたちを出して抱きつこう。

 そんなことを思っているとふと、影が掛かった。視界が暗くなかったことに気がついて、目を開けると上空を飛んでいたムクホークと目が合う。

 

(こんな所にムクホークがいるなんて珍しいな…)

 

 ムクホークは陸地に生息するポケモン。海の上を飛んでいることはあまりない。それにこんなにも飛行機に接近するなんて、普通ではないだろう。何か怪我でもしているのだろうか。慌ててムクホークの全体を見ようと身体を起き上がらせるが、特に怪我をしている様子はなかった。

 

(あ、……大丈夫だ、よかった)

 

 ムクホークは少女を一瞥すると、ふいっと飛行機から離れていってしまう。気まぐれで近づいたのだろか、でもこんなにも近くで空を飛ぶムクホークを見たのは初めてだ。こんな風にムクホークが見れただけでも満足だ。嫌々ナナカマドのお使いを引き受けたかいがあった。

 

 遡ること、それは一週間前のことである。

 

 少女はテンガン山の山頂での出来事の後、数時間かけてやっとの思いで下山し、ポケモンの協力によりナナカマド研究所へ戻ることができた。少女は休む暇もなくナナカマド博士にテンガン山で起きたことを話す。ポケモンたちがテンガン山の山頂に集まっていたこと、そして謎の黒い龍。

 

「ふむ、、なるほど。もしかするとポケモン達はそのポケモンに会うために山頂に集まったのかもしれんな。考えるにその黒いポケモンは伝説と呼ばれしポケモンだろう。」

「伝説の、ポケモン……確かにあのプレッシャーは伝説のポケモンと言われても納得できます。しかし、一匹のポケモンだけにあれだけ多くのポケモンがテンガン山に集まりますか。」

 

 10歳になってから7年間も旅をして、伝説と呼ばれるポケモンには何度か出会ったことがある。とは言ってもそれは片手で数える程度しかないが。確かに彼らは一般のポケモンとは外れたプレッシャーやパワーがあった。しかし、そんな彼らを求めてトレーナーは集まれど、野生のポケモンが集まるのは見たことがない。

 だが、目の前のナナカマドは今回の事変があの黒い龍によるものだと信じて疑わない。博士という存在は常に可能性と真実を追い求めている。だからこそ、不確定なものに対して断言する行為は基本しないはずだ。特にナナカマドという男は厳格で、とても真摯な研究員だ。そんな彼が「そうだ」と断言するのには確固たる理由があるのだろう。

 

 ナナカマドは不審がる少女に対して強く頷いた。

 

「伝説のポケモンはキミが知っているように、普通のポケモンとは違う。その生体も、存在すらも。」

 

 ポケモンはお互いの力を貸しあって生きている。傷ついたポケモンは治癒の力を持つポケモンを頼り、力のないポケモンは力のあるポケモンに頼る。自分たちの出来ないことを補い合うのだ。その中でも伝説のポケモンはたった一匹でとてつもない力を持っている。言わば完成された存在。その存在だけで世界の均衡を保っていると言ってもいい。だからこそ野生のポケモンは伝説のポケモンの力を貸してもらおうとする。また、伝説のポケモンもそれに応える……野生のポケモンたちの中では伝説のポケモンの存在は我々の想像以上の存在なのだろう。

 

「未だポケモンの生態は謎に包まれているからな。」

「そうですか……にしても、あの黒いポケモンはなんと言うポケモンだったんでしょうか、、、。」

「うむ。それなんだがな、思い当たるポケモンが一体いる。」

「!!本当ですか。」

 

 最初は乗り気ではなかったテンガン山の調査だったがあのポケモンを見てから、アレがどういう存在なのか気になっていた。ナナカマドさえも熱くさせる存在。異次元のポケモン。そんな存在の正体を知っているのなら是非教えて欲しい。そう思うと必然と少女は少し身を乗り出してしまいそうになっていた。

 そんな少女にナナカマドはふむと、腕を組み顎を手を当てた。

 

「ああ、だが確信は持てない。よって、キミにその調査を頼む。ホウエン地方へ向かってくれ。」

「……………………………………はい????」

 

 ナナカマドの突拍子もない発言に身体が硬直する。

 いやいやいやいや、おかしいおかしい。何を言い出すのだこの人はと、少女の顔にはそうありありと書かれていた。それに対してもナナカマドは眉ひとつ動かくすこと無く無情に告げる。

 

「この調査を遂行した暁には、キミを彼のポケモン………シンオウ神話における伝説のポケモンの一体、反物質を司るギラティナの極秘調査隊への推薦をしてあげよう。」

 

 君はそのためにこの地方へ戻ってきたんだろう?

 博士はじっと少女を見る。少女は口をもごもごとさせ、口を強く噛み締めると諦めたようにナナカマドに向き直った。

 

「その調査、謹んでお受け致します。」

 

 無情なり。

 

 冒頭へ戻る。

 

 

 そして気づけば飛行機はホウエン地方にたどり着き、少女はひとり空港の中を歩いていた。

 ホウエン地方に来たのはトレーナーになる前に数回来ただけで、その時の記憶も殆ど覚えていない。湿気の強い気候はアローラ地方の熱気とも違っていて、少しワクワクした。

 

 少女は到着口を出て、さらに空港の出入口を目指して歩く。この地方でお世話になる人は出入口で待っていてくれているとの事だ。ナナカマドによると銀髪のスーツを着た男性らしい。曰く人の目をよく惹き付けるからすぐにわかるだろうと。見つけやすいの有難いが、その分目立つということでは無いだろうか。それはそれで好ましくないのだが。

 そういえば写真を貰うのを忘れてしまった。銀髪とスーツだけで見つけられるのだろうか。一抹の不安を抱きながら、とにかく虱潰しでもいいから探し出すしかないと覚悟を決めた時、そう遠くないところから声が響く。

 

「おーい!こっちだよーー!」

 

 出入口付近で誰かが誰かを呼ぶ声がする。非常に大きい声だ。少女は反射的に声のする方へ目を向けた。緑色の髪に派手なノースリーブの服。横腹も出ている。よく見るとかなり整った顔立ちの男性だが、あまり近づきたくない装いの人だ。

 いくら熱帯気候の地方だと行っても、あの格好は幾らなんでも風邪を引くぞ。というか、何だあの申し訳程度の薄いマフラーは。意味あるのか?

 

 少女は目当ての人では無いことを確認すると、そそくさとその場を後にしようと踵を返した。

 

「おーーい!君だよー!ナナカマド博士のお手伝いん!!」

 

 ピタリと足が止まる。

 

(ん??ナナカマド博士のお手伝いさん……??確かに私はナナカマド博士に言われてホウエン地方に来たけど……まさか…………)

 

 少女は一応もう一度確認しようと緑の人へ目を向ける。うん、目当ての人では無いようだ。しかし、緑の人は嬉しそうにこちらを見ている。今度は緑の人だけではなく、その周囲の人にも注意して見ると、その横には銀髪の黒のスーツをきっちり着た男性が立っていた。目当ての人だ。

 

(え、最悪)

 

 顔が引き攣った。帰りたい、何も始まってないけどとても帰りたい。

 てか服足して二で割れよ。スーツもスーツで着込みすぎだろ。今度は熱中症になるぞ。

 

 初手からツッコミどころが多すぎて別の意味で疲れてしまう。しかし、諦めて男性二人の元に向かうしか無いだろう。非常に遺憾の意であるが。

 少女は引き返していた脚を止めて、再度出口に向かって歩き出す他なかった。

 

 全ては調査隊推薦の為に。

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