あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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ボーマンダのお話です。

何故ボーマンダは少女を守るのか。何故ボーマンダは少女の一番頼れる存在でいたかったのか。


ボーマンダはどんなものより少女をあいしているのです。

そんな独白のおはなし。




【番外編】My dear

 

 

【パートナー】

 

恋人や夫婦関係にある相手、協同関係にある存在、相方。私とあの子はポケモンとトレーナー。通称、相棒と呼ばれる関係。

その関わりはポケモンとトレーナーによって百人百様。共に戦うもの、共に競うもの、共に働くもの、共に生きるもの。

 

 

では私たちは?

 

 

パートナーポケモンと呼ばれるものは等しくトレーナーを一番に想っている。私も例外ではない。

 

 

どんな害からも悪意からも守ってあげたい。遠ざけてあげたい。

それが例え神でも、自分自身であったとしても。

 

 

私はあの子の幸せを切に願う。

ただ、願わくば―――。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 ここはホウエン地方の中でも石の採掘で有名な洞窟で、ポケモンの進化に関わる石が多く採掘できるのだとか。休日はまぁまぁな採掘者たちで集まるらしいが、今は平日の黄昏時であり人気が全くなかった。まぁ、こんな時にこんな所にいる人などかなりの暇人か自由な職と言われるポケモントレーナーくらいであろう。

 そんな平日の黄昏になぜ私がこんな所にいるのかと言うと、答えは簡単、私の主人がここの洞窟に来ているからである。そう、短なる付き添いである。

 彼女は主人と呼ばれる柄ではないが、今は主人と呼ぼう。

 私の主人は採掘者。という訳ではなく、主人もある人の付き添い、というよりその人に引っ張られてここにやって来ていた。要するにその人に引っ張られて来た主人の付き添いが私。その人、というのはこのホウエン地方では誰もがその名を知っているホウエンチャンピオンツワブキ・ダイゴで、ホウエン地方きっての石好きだ。

 そのダイゴさんは石掘りの相方として連れてきたココドラと共に一心不乱に壁を掘っており、連れてきた主人のことは殆ど放ったらかし状態。だが、彼の石掘りに連れてこられたのが初めてではない主人は慣れた様子で野生のポケモンの観察に勤しんでいたり、たまに自身からダイゴさんに声をかけて掘り出した石の詳細を聞いたりしていた。主人も主人で好きなように過ごしているため問題は無いようである。では、私はその間どうしているのかと言うと主人やダイゴさんの様子をただ眺めていたり、ダイゴさんの相棒のメタグロスと共に遊んでいたり、主人に着いて野生のポケモンを観察していたりと私も自由に過ごしている。

 私たちがここに来たのは十二時前。早めの昼食を済ませて直ぐ仕事を終えたらしいダイゴさんが突然現れ主人の腕を掴んで連れてきたのでかれこれ六時間以上はここで過ごしていた。日によっては朝から夜まで洞窟にいる時もあるので、今日は短い方だ。

 因みに本日は用事があるということでミクリさんは不在。基本ダイゴさんの採掘にミクリさんは来ないので、本日も逃げたと思われる。寂しいけどね。

 

『ボーマンダ〜〜!』

 

 主人の私を呼ぶ声が聞こえる。閉鎖しきった洞窟では主人の声はよく響き、石掘りに夢中だったダイゴさんも顔を上げて振り返った。

 

「行っておいでボーマンダ、きっと時間も時間だから夕飯の準備だろう。手伝ってあげて。メタグロス、君も」

 

 僕も後で行くよ、とダイゴさんが私に近づき手袋を外して撫でてくれる。それに頷くと私は翼を羽ばたかせ、モンスターボールから音を立てて出てきた彼の相棒であるメタグロスと共に主人の元へ飛んで行った。

 

 

 

「ボーマンダ!メタグロスも来てくれたんだね、ありがとう。」

 

 元いた場所から比較的に近い出口にいた主人は私たちを見ると嬉しそうに近寄り、私の顔を両手で挟むとウリウリと撫でる。豪快ながらも優しい手に喉を鳴らしていると、後ろからメタグロスが主人の腰をグリグリと押しアピールする。そんなメタグロスにも主人はにっこりとすると、彼のトレードマークである金色のバッテンを少し力を込めて撫でた。鋼タイプのポケモンは何をするにも感覚の闘値が高いため少し力を込めてする方が気持ちいいらしい。

 

「今日はキャンプになると思うから夕飯はカレーにしようと思うんだけど、、、何のカレーがいいかな?」

 

 そういいながら主人はガラルで埋めたカレー図鑑を私たちに見せた。私は主人のカレーを全て食べたことがあるので、今回はメタグロスに決めさせてあげようと主人に合図すると主人は笑ってメタグロスに決めていいよと図鑑を差し出した。メタグロスはひと鳴きするとじっくりと図鑑を眺め始め、かなり悩んだのか数十分カレー選びに時間を費やした。選んだのはリッチカレーらしく、彼によるとダイゴさんが疲れていだろうから少しガッツリめでありながら特別なカレーがよかったのと、バックの缶詰が気になったらしい。バックの缶詰はガラル地方で有名なお店が売り出している缶詰で、味付けされた少しリッチなお肉が詰められている。バックの缶詰との対にボブの缶詰があるが、私はそのボブの缶詰の方が好みだ。

 

「リッチカレーだね。味は何がいい?いつもは辛口だから今日は違うのにしようか。」

 

 主人がそういうと私は翼を羽ばたかせて1本の木へ飛んで行き、そこに実っていた木の実を1つ齧りとるとまた主人の傍まで行き木の実を渡した。主人は頭にハテナを浮かべていたが、渡した物を見ると笑って頷いた。

 

「モモンの実!そうだね、今日は甘口カレーにしよう。

それじゃ、メタグロスはモモンの実、タルポの実、マゴの実を取ってきて。ボーマンダはシュカの実、カシブの実、あと少しだけオボンの実をお願いね。」

 

 私たちが返事をすると主人は行ってらっしゃいともう一度頭を撫でてくれる。私たちはそれぞれ木の実を探すために森へ飛んで行った。

 

 

「あれ?メタグロスとボーマンダは?」

「あ、ダイゴさん、おかえりなさい。ボーマンダたちについさっき森に木の実を取りに行ってもらいました。良い石は採れましたか?」

「そっか、入れ違いになってしまったんだね。

うん、沢山取れたよ。後で見せてあげる。夕飯は何かな?」

「甘口のリッチカレーです。メタグロスとボーマンダが選んでくれたんですよ。」

「ふふ、それは楽しみだね。それじゃ、僕は手を洗ってお米でも洗おうかな」

「ありがとうございます、お願いしますね。それでは、私は野菜の下準備を。」

 

 

 遠くから聞こえる主人たちの声に私とメタグロスはお互いを見合って笑い合った。

 

……

 

「ご馳走様でした。」

 

 そう言いながら手を合わせるダイゴさん。目の前のお皿は綺麗に間食されていて、彼の目の前にいる主人はにこにこと嬉しそうだ。

 

「お粗末さまでした。」

 

 カタンと音を立てて主人は立ち上がると、食べ終わったお皿を重ねる。お皿を重ね終わると、私たちの所まで来て私たちのお皿を覗き込む。

 

「みんな完食だね!美味しかった?」

 

 そう尋ねる主人に美味しかったと伝えると主人は良かったと笑って、一番近くにいたポケモンの口の中を見たり毛並みをかき分けて皮膚状態を見たりと少しだけ覚束無い手でポケモンたちの健康チェックを始めた。

 この健康チェックは最近始まった日課で、私たちの異変をすぐに分かるようにと主人がホウエン地方に住むようになってから始めた勉強の成果である。さっき食べた私たちのポケモンフードも主人のお手製だったりする。前までは大味だったり調合ミスで変な味になったりと失敗が多かったが、今は大変美味しい私たち好みの味だ。まぁ、私は主人が作ってくれたものならダークマターだろうと美味しく食べられるけれど。

 

「、、、。うん!みんな元気だね!」

 

 6匹全員の健康チェックが終わって主人がふーっと息を着く。最近新たに手持ちに加わった子がタマゴから孵化したばかりなことから、入念にチェックしたおかげで少し時間が掛かっていた。

 

「お疲れ様、精が出るね。とても良い毛艶だ、ミクリが見れば喜ぶよ。」

 

 近寄ってきたダイゴさんがミミッキュを抱き上げる。ミミッキュは抱いてくれる腕にご機嫌で擦り寄った。

 

「トレーナーだったときより格段にバトルする機会が減ってしまいましたから。この子たちにはかなりストレスをかけてしまっているので、できることは最大限したくて。毛艶に関しては以前より良くなりましたよ。」

「みたいだね。ミクリのスパルタ指導のおかげかな?」

「あはは、、、全くもってその通りですねぇ。」

 

 主人は少し遠い目をして乾いた笑いを浮かべる。

 私たちのこのコンディションは主人の努力で賜物だ。健康チェックはさっきも言った通りホウエン地方に来てから主人が何ヶ月もかけてポケモンの生態を調べ尽くした成果。鈍器のような本を読んだりジムリーダーや四天王の人たちにポケモンのケア方法を教えてもらったりと頭をショートさせながら知識を頭に植え付けていた。

 だが、私たちの毛艶は健康チェックによるものでもあるが、実はそれ以上にミクリさん直伝特性ポロックが関係している。ポロックはホウエン地方で主流のポケモンのお菓子で、シンオウ地方のポフィンとは形や味は違うが概要は似ているものだ。ポロックもポフィンもポケモンの毛艶、コンディションに大きく関わりポケモンコーディネーターとしては切っても切り離せない存在。コンテストマスターであるミクリさんは必然的にポロックマスターでもあると言えるだろう。

 ミクリさんの特性ポロックは唯一無二、他の人が作るポロックとは比にならない。だから本当は門外不出にしたいらしいけど、主人には特別にとミクリさんが一から十まで懇切丁寧に教えてくれた。かなりスパルタだったけど。

 ポフィンやポフレ(カロス地方のポケモン菓子)を作りなれている主人でもあれも違うこれも違うとお姑のように逐一指摘を受け、その端正な顔で「not elegant」と微笑まれたときには潔く撃沈していた。キッチンのカウンターでダイゴさんと見守っていたが、ヒヤヒヤするくらいにはそれはもう鬼指導だった。少し心を折りながらも何とか食らいついて丸一日かけて特性ポロックを習得したときには、主人は泣いて喜んだ。比喩では無い。

 そんなこんなで、私たちのコンディションは主人の努力によって生きている中で最高潮と言っても過言ではないほどに高められている。

 

 それはひとえに主人の私たちへの罪悪感によるものだ。

 主人が言っていた通り、トレーナーを辞めてからポケモンバトルをすることは少なくなった。肩慣らしやポケモンの調整でダイゴさんたちとバトルすることはあっても、一般トレーナーとのバトルは極偶にある程度になってしまった。どれだけポケモンたちだけで模擬戦をしようと限界はある。主人のポケモンたちは基本好戦的な子ばかり。ストレスを心配するのは当然だけろう。だから主人はこうして私たちのケアを怠らない。

 ホウエン地方来てから私たちと触れ合う機会は格段に増えたが、なんだか主人の負担が増えた気がするのは気のせいではないと思う。

 

「おっと」

 

 ぼーっと考え事をしていたとき、視界の端で主人の身体が前のめりになる。慌てて首をあげると、主人にダイゴさんのポケモンのユレイドルやエアームドがのしかかっていた。足元にはダイゴさんの発掘を手伝っていたココドラが抱っこをせがむ姿も見える。

 

(なんだ、ユレイドルたちか。)

 

 私がほっとしていると、主人はココドラを抱き上げて片手でユレイドルたちを撫でた。

 主人の怪力には慣れたものだ、ココドラを片手で抱き上げることにダイゴさんからの反応がない。それともこの前コドラを抱っこしようとしたことを考えると可愛いものだからだろうか。因みにその時はミクリさんが慌てて止めたことで未遂に終わっていた。

 

「ココドラたちがごめんね。もしお嬢さんが良ければ構ってあげて欲しいな。」

 

「良いんですか!!」

 

 わーい!と頭上に文字が見えるほどに嬉しそうにココドラに頬ずりする主人は文字通りポケモンたちにメロメロだ。主人の周りにダイゴさんのポケモンたちが集まってくる。主人のポケモンたちはちっさい子同士で遊んだり、木陰で寝始めたりと好きに過ごし始めた。

 ダイゴさんは自身の分と主人の分のお皿を重ね、ポケモン達のお皿も回収し始めた。ポケモンたちを主人に任せる代わりに片付けをしようとしている。

 ダイゴさんがお皿を持ち上げようとすると、横から黒い手が伸びて半分のお皿を取っていってしまう。

 

「手伝ってくれるのかい?ミミッキュ。」

 

 微笑むダイゴにお皿を取った犯人であるミミッキュがこくこくと頷いて肯定する。

 主人が他の子に取られ、いつも構ってくれるレントラーも今回は不在のためダイゴさんに甘えに行ったミミッキュをダイゴさんはありがとうと言って撫でる。私を含め主人のポケモンは人懐こい子が多いが、ミミッキュは私たちの中でも群を抜いて人懐こい。

 私はのそのそとミミッキュに近づいて目の前で頭を低くする。ミミッキュはお皿を持ったまま飛び上がっておろおろとし始まる。

 この子と私の出会いは少し良くない印象で、最初は近づくことも少なかった。でもこの子も主人のポケモン、同じ仲間。可愛くないわけが無い。それにミミッキュは私を慕ってくれている。邪険にする理由が一切ない。

 今やこの子も一番の末っ子では無くなったが、その気質が直ぐに治る訳ではなく甘えたがる姿がよく見られてとても微笑ましい。

 ミミッキュは顔を少し赤くしながらも私の頭に乗ることに成功する。お皿をぐらつかせもしないことに器用だなと感想を抱く。私は首を上げると一部始終を見ていたダイゴさんはこちらを見てにこにこしながら私たちを洗い場へと導いてくれた。

 

 

……

 

 

「ミミッキュとボーマンダ、お手伝いありがとう。助かったよ。」

 

 戯れながらの片付けは普通の倍ほどの時間を掛けて、終わってからもお礼としてダイゴさんに撫でくりまわしてもらった。今はミミッキュの番でとても御満悦そうだ。私も御満悦だ。

 主人たちのもとに戻るとダイゴさんのポケモンたちは先程よりも毛艶が増していて、特に鋼ポケモンたちは光を反射するほどに輝いている。今から順番が最後になったエアームドを磨いていて、手には鋼ポケモン専用の研磨剤とタオル。

 

「あ、ボーマンダにミミッキュ。ダイゴさんのお手伝いありがとうね。」

 

 こちらに気づいた主人が振り向いた。足元にはブースターがいて、彼は私を見るなり伸びをして仲良のいいボスゴドラの所に歩いていってしまう。

 

「ごめんなさい、勝手にポケモンたちを磨いてしまって」

「いやいいよ、むしろありがとう。この子たちもぴかぴかになって嬉しそうだ。」

 

 まだ途中にも関わらず、磨き終えた一部分は鋼ポケモン特有の白銀色を濃くさせて光沢感を増していた。

 

「それにしてもこの短時間でよくここまで手入れできたね。謎の答えは手に持っているその研磨剤かな?」

 

 ダイゴさんが主人の手の中にある研磨剤を指さした。

 幾ら私たちが片付けに時間を掛けすぎたと言っても一時間程度、その間に巨体な子もいる中で5匹も手入れを終わらせるのは難しい。

 

「そうなんです。これは前にカロス地方のガンピさんに鋼ポケモンの手入れ方法を教えて貰って、その時に紹介して頂いたんです。効果は長くないけど、出かけ先でも手軽に磨けて質も良いってガンピさんが言っていたので直ぐに買ったんですよね。私のところにも鋼ポケモンいますから。

ダイゴさんにも教えてあげたいなと思ってたんです、使ってみませんか?」

 

 差し出された研磨剤とタオルをダイゴさんはありがとうと受け取ってエアームドに近寄る。その目には期待とわくわくが溢れていて、やや頬も色付いていた。

 

 手入れが終わっていたメタグロスが私の横に並ぶ。

上を見上げると空は橙色に染まっていてもうすぐ夜が混じるだろう。

 ポケモンたちが走る音や主人たちが話す声が遠くに聞こえる。穏やかに吹く風に私はそっと目を閉じた。

 

 

……

 

 

 

 燃える木がパチパチと音を立てて火の粉を上げる。

 熱帯地域であるホウエン地方でも季節によっては夜になると肌寒いくなる。小さな焚き火は洞窟の中を照らし程よく温めてくれた。

 

「ボーマンダ、こっちにおいで。」

 

 呼ばれる声に従って焚き火を消さないようにゆっくりと近づく。膝をぽんぽんと叩いて誘われるがままにそこに頭を乗せる。

 頭だけでも重いはずなのに主人は嬉しそうに頭を撫でてくれる。

 

「お手伝いありがとうね。」

 

 焚き火の準備を手伝ったお礼として差し出されたのは辛口のポフィン。昔から変わらないこのポフィンが大好きだ。

 喉を鳴らして主人の膝に擦り寄る。外に出てるのは私とダイゴさんのココドラだけで、今この時だけが主人を独り占めできる。いつもは他のポケモンたちもいるし、そらのはしらに行けば高確率でいるレックウザに主人を取られてしまう。そのせいで何度レックウザと喧嘩したことか。伝説の威厳なんて主人の前には存在しないってか、くそ黒蛇めが。

 このような経緯があるからか、今日のような日は他の子たちは私に主人を独占させてくれる。優しい子たちだ、私は主人にも仲間にも友人にも恵まれている。これ以上の幸せなんてない。、、、と思う。

 

 どん!可愛らしい感触が羽に走る。

 顔を後ろに向けるとココドラが羽に頭突きを仕掛けていて、砂をかいてふすふすと鼻を鳴らしていた。

 

「こら、邪魔しちゃ駄目だろう。」

 

 ダイゴさんがココドラを咎めるが、甘えて来てくれるのは素直に嬉しい。

 主人がどうする?と聞いてきてくれるが、私は膝から頭を上げてココドラの方を向いて意思表示する。行ってらっしゃいと言われてからココドラを頭で転がして焚き火から離れた場所まで案内する。

 

「ココドラがすまないね。」

「いえ、ボーマンダも甘えられて嬉しそうです。」

「そうかい?ならいいんだけど。」

「今磨いてるのは今日取れた石ですか?」

「そうだよ。これはね、」

 

 石を広げるダイゴさんの横に座って、石の話をふんふんと聞き始める。聞く人のことを考えていないマシンガントークはミクリさんやカゲツさんをも辟易させる。彼の話を嬉々として聞くのは主人と彼の石友であるカナズミシティジムリーダーのツツジさんくらいだ。

 主人の祖父は考古学を趣味で研究していて、本業の人を引かせていたほどだ。彼も例に漏れずマシンガントークを繰り広げる人で、聞く人は彼の奥さんと孫の主人くらい。つまり何が言いたいかと言うと、主人マシンガントークに慣れている。

 閉鎖された洞窟内にダイゴさんと主人の声がよく響く。それだけで私たちは安心できて、ココドラなんてひっくり返ってお腹をこちらに向けてはしゃいでいる。頭を埋めて擽ってやるともぞもぞ動きながらキャッキャと笑っていた。

 

 頭で転がしたり羽で放り投げたりと少し激しめに小一時間も遊んでいたら流石に眠たくなったのか、ココドラはよたよたと覚束無い足取りでダイゴさんのもとに帰って行く。ココドラはダイゴさんの横に到着すると丸まって眠り出してしまった。

 ダイゴさんの隣、ココドラとは逆の方では先程まで話していた主人がいつの間にか寝息を立てていた。寝袋も使わず直接地面に寝転んでいるからか少し居ずらそうに身じろいでいる。

 私が近づくとダイゴさんは石を磨く手を止めて眠る主人に気がついてくれた。

 

「あぁ、寝ていたんだね。ボーマンダ、そこのカバンを取ってくれるかな?」

 

 指をさされた主人のカバンを持ってきて渡す。ダイゴさんは勝手知ったるかのように中からブラケットを取り出して、主人に掛けた。自分の着ていた上着を脱いで軽く畳むと、主人の下に敷いて枕にしてくれる。頭が安定したお陰で主人は落ち着いたのか、すやすやと心地いい寝息を立て始めた。

 私は主人の横に身体を寝そべらせて羽を主人の上に被せる。この守るような姿勢はガラル地方のワイルドエリアに引きこもるようになってから定着した眠り方だ。凶暴なポケモンもそこらを彷徨いているワイルドエリアは危険な場所、いつなん時ポケモンたちが襲ってくるとも限らなかった。今はもうそんなことはないとわかっていても、癖づいてしまったものを直すのは難しい。

 そんな私の姿を見てダイゴさんがくすりと笑う。

 

「君たちは本当に仲が良いね。それもそうか、お嬢さんがトレーナーになる前からもう君たちはパートナーだったんだよね。」

 

 ダイゴさんの言う通り私は、主人がトレーナーになる前から主人のポケモンとして傍にいた。

 

「僕とメタグロスは野生で出会ったんだよ。本来ホウエンにダンバルは生息していないんだけどね。ダンバルは賢いポケモンだから、最初は警戒されて仲良くなるまで時間がかかったなぁ、、、。」

 ダイゴさんは懐かしそうに昔を思い出しながら話す。

 ホウエン地方にダンバルが生息していないのなら、メタグロスは他地方から連れてこられたポケモンという事だ。色違いだったこともあって密猟され、ホウエン地方に着いてから逃げ出して末にダイゴさんに出会った。という事だろうか。真偽はわからないが、ダイゴさんとメタグロスの間には深い裏話がありそうだ。機会があれば教えてくれるだろうか。

 

 出会いの物語はポケモンとトレーナーの数だけ無数に存在すると言われている。

 私と主人の出会いはポケモンのタマゴだった。

 

 

 私と主人が出会ったのは、主人が9歳になる誕生日。主人の両親が誕生日のプレゼントとして主人の枕元にひとつのタマゴを置いた。

 目覚めた主人は目に入ったタマゴに文字通り飛び上がった。少し大きなタマゴだったが、主人は抱き上げてリビングに駆け込んだそう。ソファで寛いでいた家族に飛びついて、ばたばたと興奮を訴えていた。そんな主人を微笑ましそうにして、良かったわねとお母さんは撫でてくれたという。

 その後も街中の人たちにタマゴを見せびらかして回って、四六時中タマゴを抱きしめてなかなか離そうとせず困ったとお父さんが当時を思い出しながら教えてくれた。そんな甲斐あってタマゴが孵るのは随分と早かったらしい。

 

 街のそばの花畑でタマゴと遊んでいたときだった。ぱきぱきと音を立てた直後にタマゴは光って、目を開けた先には目をぱちくりとさせたポケモンがいたそうな。

 そう、それが私である。

 私を見た主人は惚け顔のまま固まって動かなくなった。

 イーブイやポッチャマ、スボミー可愛いポケモンなんていっぱいいるのに、生まれたのが到底可愛いとは思われないであろうタツベイ。それも普通より一二回りも大きな。生まれてすぐの私は失望されるのが怖くて、タマゴの殻の中できゅっと丸まった。

 

『タ、タツベイだああああああああああああぁぁぁ』

 

 かなりの時間放心状態だった主人は意識を取り戻してすぐ、殻に隠れる私をタマゴごと持ち上げて飛び切りの笑顔を弾けさせた。花が飛んだかのように華やかで、足元に咲く花がより一層うらうらしさを極めさせた。暖かい日が主人の顔を照らして目の前に花束があるような気持ちになった。 私が精一杯手を伸ばすと主人は手を取って、私自身を抱き締めてくれた。

 生まれた私を街中の人に見せて回って、どこに行っても私を腕に抱いてくれた。どれだけ大人たちが危ないから抱っこを止めさせようとしても嫌だと駄々を捏ねて離そうとせず、散々困らせていたことも覚えている。

 粘り勝ちした主人はハクタイの森や花畑に私を連れ出して、もうそこは私たちの庭へと化していたと思う。

 

 そうして一年の月日が経ち遂にトレーナーとして旅立つ時が来た。育てにくいとされるドラゴンポケモンだけで旅立つのは少し難易度が高くなると、お爺ちゃんの計らいにより初心者用ポケモンを貰うことになった。旧来の友人であるナナカマド博士の研究所があるマサゴタウンまでお爺ちゃんと向かった。

 その道中も私は抱っこしてもらうことが基本で、なんて甘えたがりなタツベイだったことか。

 

 ナナカマド研究所に着けば、研究所内は大慌てで初心者用ポケモンを貰う余裕なんてなかった。何でも、研究のために育てていたイーブイたちが脱走したそうで、そのうちの一匹がなかなか見つからないと言うのだ。

  急かすのも悪いと、私と主人は森に行くことになった。身を隠してビッパやムックルの観察をしたり海に近い下流の川でケイコウオに水をかけられたりと、森の散策は楽しかった。

 森の奥に進むと、そこには大きな巨木が立っていて木の葉が作り出す木漏れ日が雄大さをさらに演出していた。

 あの時、巨木に釘付けになった私たちは幹の隙間に隠れていた存在に気づかずに、警戒心なく近づいてしまった。幹の隙間からこちらを覗いていた存在は、私たちが巨木に近づいた瞬間に襲いかかって来た。

 

『わ!イーブイ!』

 

 私たちを襲ったイーブイは髪を逆立たせて、イカ耳を作りながら威嚇していた。

 

『この子、もしかして研究所の人たちが探してる子かな?』

 

 それならば保護した方がいいだろうと近づくが、イーブイは電光石火で攻撃を仕掛けてくる。興奮しているイーブイを落ち着かせるために私たちは戦う決意を決めて、バトルフィールドに躍り出た。

 初めてのバトルは身体の水分が沸騰しているかのようだった。無我夢中で戦って勝利を収めた時は、大きな達成感に心が弾んだ。その時だ。

 

『やったねタツベイ!!格好良かったよ!!』

 

 勝利の歓喜に私を抱き上げた主人に、私は、これからもこの顔を見るために戦おうと思った。

 傷ついたイーブイをキズぐすりで直してあげると、ここのままにしておく訳にもいかず、主人は私とイーブイを抱っこしたまま研究所へ引き返した。研究所の人たちは主人が件のイーブイを連れて帰ってきたことと、タツベイとイーブイを同時に抱っこしていることにひっくり返ったけど。

 

『ほらイーブイ、お家だよ。』

 

 保護したイーブイを返そうと研究員さんに返そうとしたが、彼はぱちんと伸ばされた手を叩いて拒絶してしまった。

 

『イーブイ?どうしたの?』

『ふむ…そのイーブイは君に懐いたようだな。』

『あ、ナナカマド博士!こんにちは!』

『うむ、こんにちは。タツベイも元気そうだな。』

 

 そう言って私を撫でるナナカマド博士は、横にいるイーブイをじっと見る。

 

『…このイーブイ、君に預けてもいいかね?』

『え…?』

『この子は研究所の職員にもなかなか懐かなくてな。折角懐いているんだ…まぁ、君が良ければ、だがな。』

 

 主人はイーブイと顔を見合わせて、問いかけるようにイーブイに聞いた。

 

『私と一緒に来てくれるの?』

『…ブイッ!』

『!!よろしくね、イーブイ!!』

 

 そう、このイーブイこそがあのブースターなのだ。

 

 あの頃のブースター、もといイーブイはそれはそれは私に負けず劣らずの甘えん坊だった。

 私がコモルーに進化するまでは、毎日交代で抱っこをせがんだ。今思うと主人にはかなり負担を掛けていただろう。それでも主人は嫌な顔なんて全く見せずに、にこにこ笑っていて大切にして貰っていたのだろうと心の中が暖かい。

 

 1人と2匹の旅は驚くほど順調だった。ジム戦、バトルを仕掛けてくるトレーナーにも連戦連勝負け無しの快進撃。自分たちより大きなポケモンだろうと、進化系であろうと主人の笑顔を守るために無我夢中で闘って闘って、そして私はタツベイからコモルーに進化した。

 他のタツベイよりも大きな私はコモルーになっても勿論大きいままで、体重なんて200キロ近かったと思う。流石の主人も200キロ近くは持ち上げられず、泣きべそをかいていた。

 私が抱っこされなくなった時からイーブイも地面を歩くようになって、主人を挟んで2匹で歩いたものだ。抱っこしてもらえばいいものを、私がされていないからと言って頑なに歩いた彼は律儀というか何と言うのか…。

 そんな彼は私が進化したことで自分も進化したいと言い始め、進化系が多いイーブイは何に進化するのか悩むものだ。三日三晩悩み抜いた彼はサンダースになることを決めて、地下大洞窟で雷の石を探し回った。彼は進化するなら主人が掘った石で無いと進化しないと言い出してしまい、そんな時に限って目当てのものはなかなか見つからない。俗に言う物欲センサーというものだろう。

 一週間以上かけて探しても水の石や炎の石、目覚め石や光の石なんかの珍しい石は出てくるのに一向に雷の石だけが出てこなかった。疲労しきった主人は覚束無い足で地下大洞窟を歩き回り、仕舞いには何も無いところで転んでしまった。その拍子にバックから飛び出た炎の石がイーブイに当たってしまって、彼は望みのサンダースではなくブースターに進化してしまった。

 

『ご、ごごごめんなさい!!ど、どうしよう、ああ、どうしよう!!』

 

 泣きながら謝る主人だが、目の前の彼は予想外にも自身のもふもふとしたしっぽや胸元の毛に夢中で大変お気に召した様子を見せた。そんな彼に涙が引っ込んで、かたんと音を立てて崩れた壁には雷の石が突き刺さっていた。なんてタイミングの悪い。

 

 彼がそれでいいなら良いのだろうと私たちは次のバッチを求めてジムの門を叩くと、運悪くそこは水タイプを扱うジム。湿気で鬣が畝ったブースターの絶叫が町中に響いた。

 ブースターが全くモンスターボールから出て来なくなって、私一人でジム攻略は難しいだろうとジムリーダーの助言のもと、新しい子を捕まえることになった。私は一人でも大丈夫だったのだが。

 

『気にしなくていいんだよブースター、綺麗な鬣だもんね。』

『プゥ…』

『んふふ、可愛い。あ、ほら見てあそこにコリンクがいるよ。』

 

 水タイプのジムに丁度いいと目をつけたコリンクに勝負を仕掛けた私たち。ブースターも張り切ってゲットに協力しようと奮闘した。

 

 ところがどっこいこのコリンク、鬼のように強かった。

 まだコモルーとはいえ、こちら2匹は進化系、相手は一度も進化をしていないコリンク。こちらの方が強いはずなのに、攻撃は躱され往なされ、やっとの思いで攻撃が当たっても上手く衝撃を受け流されてなかなかダメージが入らない。なのに相手の攻撃は直撃するし急所に当たるし、訳が分からない。戦っていて怖いと思ったのはあのコリンクが最初で最後だ。今でも彼女には頭が上がらない。

 吐くほどの思いでゲットしたコリンクはそれはもう向かうところ敵無しで、電気タイプの不利な相手であろうと尽くちぎっては投げちぎっては投げだった。いや、もはや彼女の前では不利も有利も無い。

 

 順調にバッチも集め、コトブキシティに戻った時だ。シンオウ地方の中で一番の都会であるコトブキシティには、多くのトレーナーが集まる。新人トレーナーからベテラントレーナー、他地方から来たトレーナーなんかもいる。

 私たちが休憩しようと入ったポケモンセンターには既に多くの人集りができていて、主人と時間がかかりそうだねなんて言って常設のソファに座った。お手製のポフィンを食べながら待っていると、ポケモンセンター内にどよめきが走った。なんだなんだと人混み向こうを見ると、そこには1人のトレーナーと私の最終進化系であるボーマンダ。

 

『ボーマンダだ…』

『かっこいいな!』

『でも、ボーマンダって一度怒るとやばいらしいぞ。』

『え、そうなの?』

『暴れまくってトレーナーにも襲ってくるらしい…』

『えぇ…何それ怖っ。私ボーマンダなんて使えないよ』

『てかそんな危ないヤツをこんなとこで出すなよな』

『何考えるんだろうね』

 

 そんなひそひそ声が聞こえて私は怖くなった。もしボーマンダに進化したら主人の隣を歩けなくなるんじゃないか主人に怖がられてしまうんじゃないか…捨てられてしまうんじゃないかって。

 

『コモルーが進化したらボーマンダになるんだよね…』

 

 心臓が跳ねた。

 

怖い

嫌われたくない

そばにいたい

進化なんてしたくない

 

私は進化を拒んだ。 

でも、結果はやっぱり私の願い通りにはなってくれなかった。

 

 終わりが目前に近づいたジム巡り。シンオウ地方の一番北に位置するキッサキジムは氷ポケモンを使うジムで、私はジムリーダーの最後のポケモンと対峙していた。

 ドラゴンタイプである私に氷ポケモンは相性が悪く、控えのブースターに交代しようと言われていたが、私は頑なに首を縦に振らなかった。

 勝ちたかった。コモルーでも強いと証明したかった。

 それでもやっぱりジムリーダーの相棒であるポケモンは強くて、負けると初めて思った。

 

『私は、コモルーを信じてるよ』

 

 

 

 

 

勝ちたい、

 

勝ちたい、

 

 

 

 

 

勝ちたい!!

 

 

 

 気づくと私は白い光に包まれて、背中には大きな赤い翼が生えていた。

翼は身体を持ち上げて、主人がぽかんとした顔で私を見上げているのが見えた。

 もうそこからは無我夢中で目の前のポケモンを倒すことだけを考えていた。

 

『〜戦闘不能!よって勝者チャレンジャー!』

 

 審判の声に我にかえると、いつもなら勝利の達成感や歓喜が身を包むはずだがそれ以上の恐怖が湧き上がった。

主人の顔が見れない。なんて言われるか分からない。

 

 怖い。そう思ってギュッと目を瞑った私に小さな衝撃が襲った。

 目を開けると私の首に抱きつく主人の姿。

 

『はは…あはははは!!勝った、勝ったよ!!ありがとうコモルー!あ、今はもうボーマンダか…えへへ』

 

 嬉しそうに、幸せそうに笑う。

 感極まったのか、私を抱きあげようとして後ろに倒れる。

 そこに居た全員が悲鳴に似た声を上げるが、目の前の彼女は呑気に笑うだけで危機感なんて微塵も感じていなくて。

 

『あはは、大きくなったね、ボーマンダ。』

 

 するりと撫でる手が暖かい。

 

 ぽろりと何かが頬を伝った気がした。

 

 その後直ぐにブースターと、コリンクから進化を遂げていたルクシオに私の下から引っ張りだされて、ジムリーダーにカンカンに怒られた主人はそれでもけろりと笑って見せた。

 

『あなた、本当にその子たちが好きなのね。』

『はい!だって、わたし…』

 

 そう、そのとき主人は、

 

 あれ?そういえばあの時、あの子は何て言ったんだっけ…。

 

 

 そのことは覚えてないけれど、その日の夜私はブースターと約束ことは覚えている。

 私たちは誓った。この先何があっても主人を守り通こと、私に何かあった時ブースターが代わりに彼女を守ること。

 

 幸せな日々だった。新しい地方に行くたびに新しい仲間たちと旅をして。どの地方でも主人たちと共に勝利を勝ち取って。どこまで行けると思っていた。どこまでも、いつまでも傍にいれると思っていた。

 あの時までは。

 

 

 

 2年前、私たちはカロスリーグに挑戦した。

 今まで尽く勝利を収めていた私たちでも、四天王には歯が立たなかった。どれだけ主人が試行錯誤しても、その先に待つのは敗北。

 

 

『どうして勝てないの?!これじゃ、こんなのじゃ、ボーマンダたちを勝たせてあげられない…!!』

 

 どんどんと追い詰められる彼女を目の前に私たちは何もできなかった。

 

『次こそは、次こそは勝たせてあげるからね。』

 

 いいの、勝利(そんなもの)は二の次でいいの。だからそんな泣きそうな顔をしないで。私たちはただ笑って欲しいの。そのためなら、何だってするから。

 

 でも駄目だった。

 ポケモンハンターの前で倒れる私を見て彼女の心は瓦解した。

 

『ごめんね、ごめんねごめん…ごめん、なさい…』

 

 主人はポケモンバトルができなくなった。責める子なんていないのに、彼女は泣きながら何度も謝り続けた。

 

 それから主人は人を避けるようにガラルのワイルドエリアに籠るようになった。

 ポケモンだけに囲まれる生活は彼女にとって穏やかな日々だっただろう。時折見せる憂いを帯びた目をしていたが、見ないふりをした。

 認めたくなかったのだ。あの子を苦しめているのが私たち(ポケモン)であるという事実を。

 私たちが傍にいれば主人は罪悪感に苛まれることはわかっていた。それでも、彼女から離れるなんてそんな選択ができるはずもなかった。

 彼女をあらゆる害から守ってみせよう。痛いことも、辛いことも、悲しいことも、苦しいことも。

 

だと言うのに。

 

だと言うのに、あの伝説は彼女を簡単に危険に晒した。こちらの気持ちなんて露知らずで、なんと腹立たしいことか。彼女自身が選んだ道と言えど、その縁を結んだのは彼奴だ。身体に消えない傷だって負った。私たちが守りたかった彼女を意図も容易く傷つけた。

 

 許せるはずがなかった。

 

 だって知らないんだ、彼奴は。

 

 あの子が夜、夢の中で【タツベイ】と私を呼ぶことも。

 

 【イーブイ】【コリンク】と呼んで笑うことも。

 

 【ごめんなさい】と泣いていたことも。

 

 知らない。何も知らない。私だけが知っているんだ。お前じゃない、あの子のそばにいたのは私なんだ。

 

私だ

 

私なんだ

 

私があの子の

 

私が

 

私が、

 

 

 

 

傍にいたのに

 

 

いたはずなのに!!

 

 

 

 

 

 

 

守れなかった…

 

 

 

 守れなかった。大切なあの子を、守るべきあの子を。

 私は何のために強くなったのだろう。あの子を守るために、あの子のそばにいるために強くなったのではないのか。

 

 

 あの時、あの子が抱き上げたのが私でなかったのなら、きっと別の人生を歩んでいただろう。ポケモンコーディネーターになっただろうか。将又ポケモンパフォーマー。いや、同じようにポケモントレーナーで今でも旅を続けていたかも。あの子は器用な子だから、ポケモンに強請られれば何だってしてみせてくれる。

 私がパートナーじゃなかったら、あの子はもっと幸せだった。

 こんな姿になったのに、あの子を守ることさえ満足にできない。

 

それなら、私は、タツベイに戻りたい…

 

 

「ボーマンダ」

 

「!!」

 

 伏せていた首を勢いよく起き上がらせて主人の顔を覗き込む。

 その表情は穏やかなものだった。身動ぎをして私に擦り寄る彼女はすやすやと寝起きを立てたままで、ただの寝言だったことを理解するのは早かった。

 

 この子はもう、私を【タツベイ】とは呼ばない。もう大人になってしまったのだ。

 それはいい事なんだろう。でも私は怖い。だって私はあの頃から止まったままだ。

 

 こんな私がこの子の隣にいていいわけが無い。良い訳が、ないんだ。

 

「ボーマンダ」

 

 不意に呼ぶ声に顔を上げる。ダイゴさんと目がぱっちりあって、彼は優しい笑みを私に向けていた。

 

「もう怖がらなくて良い。」

 

 ダイゴさんの暖かな手が頬に触れる。

 私を撫でる主人と似た手つきの手。主人と違うのは少し角張っていて、大きいことくらい。

 

「大丈夫。それは君がいちばんよく知っていると思うよ。」

 

 彼の額が私の頭に乗せられる。

 彼の体温が流れ込んで、心を打ち付けていた荒波が凪いて何だか大きな罪を許して貰えたかのような安心感が襲う。

 許しなんてあるわけが無いのに。

 

 ダイゴさんが暖かくて、自然と瞼が重くなる。

 

「おやすみ、ボーマンダ」

 

 おやすみなさい、そう返事を返そうとするけれど、意識が深いところにどんどんと落ちていって声を出すのも億劫になる。私はその感覚に抗うことを諦めて、眠りについた。

 

 

 

なんだか、酷く懐かしい夢を見た気がする。

 

 

 

………

 

 

「〜〜」

「ーー!」

 

 鳥ポケモンの鳴き声がどこからが聞こえてくる。

 眩しい陽の光に覚醒を促され、目を開けると洞窟内には焚き火の跡だけが残されていて辺りを見渡しても主人とダイゴさんの姿はどこにもなかった。

 どこに行ったのだろうと起き上がると、パサりと上にかけられた何かが落ちた。よく見るとそれは昨日主人の上にかけられていたたブランケットで、彼女が私にかけてくれたんだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 ブランケットを地面に擦らないように咥え上げ、洞窟の出口へ向かう。

 洞窟を出た途端に太陽の日が飛び込んで思わず目を瞑ってしまった。薄らと目を開けながら光に順応するまで待つ。

 

「おはよう、ボーマンダ」

 

 ふわりと頬に当たる何かに目を開けると、正面には柔らかな笑み浮かべる主人。

 私の頬をするりと撫でて、ブランケットを腕にかける。目線を動かすと主人の手にはお皿が抱えられていて、昼食の準備をしている事がわかった。

 

「おはよう。よく眠れたかい?」

 

 ダイゴさんが主人の後ろから現れて、彼の手にも朝食に使われるであろう食材たちが入った籠が抱えられていた。

 よく見ると起きているのはダイゴさんだけじゃないくメタグロスやブースターたちも朝餉の用意に勤しんでいて 、どうやら私が寝坊助だっただけよう。寝転けていた事実に居た堪れない気持ちと、ぼんやりとしている自分への怒りで情緒が乱れる。

 

「〜〜!」

「あ、泣き出しちゃった。ちょっと行ってくるねボーマンダ。」

 

 主人が離れていく。近くにいたボスゴドラに食器を預けて、産まれたばかりの幼いポケモンを抱き上げてあやす。けれど腕の子はなかなか泣き止んではくれなくて、主人は困ったように眉を下げた。

 

 あぁ、やめて。その子にそんな顔をさせないで。

 もうこれ以上……。

 

 いつもなら思わないことが溢れ出てしまう。駆け寄って一緒にあやしてあげれるはずなのに、身体が言うことを聞かない。

 

「お腹が空いているんじゃないかい?ほら、ポロックだよー」

 

 ダイゴさんがポロックを食べさせてやると、幼い子はころっと機嫌を良くさせてくるくると回り出した。

 

「それにしても良く抱っこできるね。その子100キロ近くあるだろう?」

 

 彼の問にあの子は顔をキョトンとさせて、少し考える素振りを見せる。

 

「確かに少しずっしりとはしますが、それでこの子たちが喜ぶなら100キロでも200キロでも抱き上げますよ。」

「ははは、それはやめようね。でも、ポケモンに触れる君はいつも幸せそうな顔をしている。ポケモンが好きだってよく伝わるよ」 

 

 ダイゴさんの言葉にあの子はふにゃりと笑う。

 

「私が初めてポケモンに触ったのは祖母のポケモンだったんです。暖かくて、触れたところからふわふわした感覚が流れて込んできて、とても幸せな気持ちになったんです。」

「それがお嬢さんの始まりだったのかな。」

 

 ふるふるとかぶりを振る。

 

「確かにポケモンを好きになったのはその時です。けど、私がこうなったきっかけはボーマンダなんです。」

 

 あの子の手が私の頬を撫でる。

 

「タマゴから産まれたボーマンダを抱き上げた時、一生懸命私に手を伸ばすこの子に、ポケモンは幸せの形をしているんだって知ったんです。」

 

「この子のためなら何でもしてあげたい。ずっと一緒にいたい。楽しいことも嬉しいことも、悲しいことだってこの子と分け合いたい。」

 

「ボーマンダと出会って、いっぱい色んなことがありました。少し辛いこともあったけど、多くポケモンや人と繋がって、ダイゴさんとミクリさんとも出会えて、沢山の幸せの中で私は生きて来れました。」

 

「一度は嫌になったけど…私は、私自身が好きです。ポケモンが、ボーマンダが大好きな私が好きです。だから…」

 

 あの子は私を見ながら笑った。あの日と同じ、花を照らす太陽のような笑顔で。

 

「『私は何度生まれ変わってもこの子たちを探し出して、友だちになりたいくらい、大好きなの』」

 

「例えボーマンダたちが別の姿になってても、私は必ず見つけに行くよ。」

 

その時、一筋の風が吹いた。

不安も恐怖も憎悪も吹き飛ばすほどの強い風。

風は私を撫ぜて何処かへ消えていく。

 

とくんっと心にぽっかり空いた穴が満たされる。

 

いいの?いいの?と声が聞こえる。

 

隣にいていいの?

 

私がいいと、あなたは言ってくれるの?

 

 

溢れ出す感情が止められない

 

 

「わっ!!!」

 

 勢いのまま、あの子の上にのしかかる。

 さすがに支えきれなかったあの子は後ろに倒れて、私を見上げた。

 

「あはは、大きくなったね、ボーマンダ。」

 

 7年前と変わらないセリフ。

 ずっと変わらない愛情。

 

 私はこの子の愛を知っていた。それでもこの子の心がいつか変わってしまうかもと思うと、私は怖くて怖くて、いっそ忘れてしまえばと考えた。

 

 

 でも、あぁ、そうだね。あなたはそういう子だったね。

 

 あの子の胸に顔を埋めてじゃれつく。

 擽ったそうに笑うあの子になんだなんだとポケモンたちが集まってきた。

 私はその場をそっと離れて、遠くからあの子を見る。

 

「あははは!!みんなおいで!!」

 

 小さい子たちを抱き上げて、大きい子たちとはじゃれあって、誰がどう見てもあの子は幸せそうな顔を見せる。

 

 とんっと背中に重みがかかる。

 後ろを振り向くとブースターとぱちりと目が合った。

 

「ブゥ」

 

 お疲れ様。

 そう聞こえた彼の声に、私はそちらこそと返した。

 

 ポケモンたちに囲まれる主人を横目で見ながら、私たちはダイゴさんに近づく。

 岩に凭れてあの子たちを見るダイゴさんの胸に顔を埋めてぐりぐりと擦り寄る。ブースターは彼の足下で丸まってしまう。

 

「あはは、擽ったいよ。本当にキミたちは可愛なぁ…」

 

 彼の横に控えるメタグロスの逆の方を陣取って、私は空を見上げる。

 

 

私は何があってもあの子のそばにいる。

あの子をどんな害からも悪意からも守ってあげたい。遠ざけてあげたい。

それが例え神でも、自分自身であったとしても。

 

 

 

 

私はあの子の幸せを切に願う。

ただ、願わくばあの子のそばにずっと居れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ボーマンダは少女よ幸せを何より願い、誰もが思うように、彼女はずっとずっと少女の隣にいたいのです。


それは少女も同じ。だって彼女たちは最愛のパートナー。
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