あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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困り事

困り事

 デボンコーポレーションの社長室、豪華な、だが品のあるローテーブルを挟んで4人は対面していた。

 目の前にはにこにこと人好きのする笑みを浮かべるエゴムとその横には彼の娘であるすまし顔のネリア。横をちらりと見るとこれまた機嫌の良いムクゲと目が合った。うん、なんというか、

 

(すっごく居心地が悪い…!)

 

 少女はなんとも気疎い環境に辟易しながら、ぎこちない笑みを返した。

 決して対人との交流が苦手な訳では無い。人を惹きつける様なスキルを持っている訳では無いが、受け答えは難なくできるし、特に意思疎通に困ったことは無かった。…はずだったのだが。社長やその令嬢に囲まれたこの空間が自分の存在を浮き上がらせているからだろうか。

 

「お嬢さん、そんなに緊張しなくても大丈夫。」

 

 緊張を取るようにムクゲが背中を撫でてきた。そんなに自分は分かりやすかったのか。

 

「君はムクゲ社長からお嬢さんと呼ばれているんだね。」

 

 こちらの緊張を取るためなのか、エゴムも優しい口調で世間話をするかのように話しかけてきた。

 

「えぇ、倅とその友人も彼女をそう呼ぶので私も同じように呼んでいるのです。」 

「ほう。それが彼女の愛称なのですね。でしたら私も同じように呼んでも良いかな?」

「へ?あ、はい。お好きなように、呼んでください。」

「本当かい?嬉しいよ、ありがとう。」

 

 ムクゲも穏やかだが、彼以上に朗らか、という言葉が良く似合う笑みだ。声と雰囲気と、表情で敵で無いことを伝えられてしまった。これはしてやられたな。

 ダンバルを抱きしめる腕の力を抜いて、ソファにゆったりと座り直す。

 こちらの警戒が解けたことにエゴムは更ににこりと微笑んでみせた。

 

「それでは本題に入りましょう。

依頼というのも仰々しいやもしれませんが、簡潔に申し上げますとある人物を探して欲しいのです。」

「ある人物…とは?」

 

 スっとテーブルへ一枚の写真が置かれる。それを持ち上げ、ムクゲと共に写真に移された人物を見る。

 そこには1人、森へ走っていく誰かの後ろ姿が移されていた。背格好から少女と同い歳程の男の子だと思われるが、その姿も黒い煙と手ブレに邪魔をされてはっきりとはわからない。

 

「先週、弊社の研究所のひとつが突然の火災に見舞われました。」

「火災…」

 

 ではこの煙は炎によるもの。黒黒と写真の人物さえも飲み込もうとする煙は、その場にいた人たちにとって恐怖以外の何物でもなかっただろう。誰も被害に合わなかっただろうか、ポケモンたちは傷つかなかっただろうか、心配を顔に貼り付けた少女を見てエゴムは微笑んだ。

 

「ありがとう。幸い、研究所の職員もそこに居たポケモンたちも多少の怪我はあったが皆無事だ。…優しい子だね。」

「あ、いえ…」

 

 そんなに顔に出ていただろうか。カッと顔に熱が集まる感覚がわかった。

 

「お父様、早く本題を。」

「あぁ、すまない。

問題は火災が起きたことではなく、火災に乗じて研究所の大切な存在が奪われてしまったのです。」

「と、言いますと?」

「ポリゴン、というポケモンをご存知ですか?」

「ポリゴン…?」

 

 ポリゴンとは。7年もポケモントレーナーをしていたが、そのポケモンの名を聞いたのは初めてだ。いや、最初はレックウザの存在すら知らなかったのだ、自分の知らないポケモンが何匹居ようとおかしくは無い。

 

「ポリゴンの名を知らなくても当然です。彼のポケモンは野生では出現しえないのですから。」

「野生で現れない…?」

「えぇ、ポリゴンというポケモンは人の手によって作られた生命なのです。」

 

 作られた、命。ポケモンが作られる、人の手によって。

 頭を鈍器で殴られたように頭がずんと重くなって目眩がする。完全なるキャパオーバー。頭の生理が追いつかない状態のまま少女は必死に言葉の意味を理解しようとした。

 

(ポケモンが作られるなんて、聞いたことない。)

 

 17年間の中で一番驚いたかもしれない。

 

「ははは、驚いたでしょう。無理は無い、ポリゴンを知っている人なんて一般人では少数、知らなくて当然だよ。」

 

 頭がショートしそう。自分を落ち着かせるためにも、ダンバルを撫でると彼は嬉しそうに手にすり寄ってくる。うーん、可愛い。

 

「その、ポリゴン、というポケモンとこの写真の少年が今回の件に大きく関わっていると…?」

「ご明察だね。」

 

 ご明察と言われても、わざわざポリゴンの名を出されたらそうとしか考えられないだろう。こちらを褒めることで心を許させようという算段だろうか。出会った当初のミクリさんもこんな風だったな、大人って難しい。

 何とも言えない感情を覚えたが、目の前のエゴムは打って変わって肩を落として悲しげな様子を見せ始めたので、思わず少し気を引き締めた。

 

「私の研究所にいたポリゴンたちは、その少年に連れ去られてしまった。」

「!!」

 

 それはつまり、攫われたということ。ポケモンの誘拐。ならば、この少年はポケモンハンターということなのだろうか。いや、ポケモンハンターかどうかなんて今はどうでもいい。

 許せない。ただひとつ、少女の中に宿った怒り。ポケモンを傷つけるやつは万死に値する、それがポケモンを愛する少女の昔から変わらぬ考えだ。

 

「わたくしたちの願いはただひとつ、ポリゴンたちを取り戻すことです。どうか、彼らを救って下さいませ。」

 

 ネリアが髪を揺らしながら頭を下げる。

 少女の答えはもう決まっていた。

 ポケモンを傷つける者がいるのなら、ポリゴンたちを助ける役目を自分に任せてくれるのなら。

 

 

 

「私は、私の全てを掛けて、ポリゴンたちを助け出します。」

 

 写真の中にいる、名前も顔も知らない少年。彼がどんな人間であろうと、彼がポケモンを悲しませる存在であるのなら、私は彼を打ち倒さなければならない。

 

 

「あぁ…よろしく頼むよ。お嬢さん」

 

 

 怒気を孕んだ少女には、憂いを帯びたその目に気づくことができなかった。

 

 

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