あるトレーナーの話   作:撹拌された抹茶

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敵か味方か

 

「○△□?」

「……??…………???」

「○‪✕‬▷▷!」

「!!〜〜〜ッ!」

 

 ポリゴン、ポリゴン2たちがくるくると周りながら少女を取り囲んで、わいわいと話している。聞き取りずらい声に不規則な発声はやっぱり他のポケモンとは違うようで、ポリゴン同士でしか理解できない会話だ。その証拠にダンバルやサンドが彼らに話しかけても、ポリゴンたちの言葉がわからずに首を傾げていた。こちらの言葉はわかるのに、彼らの言葉はこちらには理解できないというのはなんとも不思議な感覚だった。これを不思議と感じるのか、怪奇と感じるのかは人それぞれだろう。人によっては恐怖さえ感じるのだが、まぁ、少女は言わずもがな前者だった。

 

「んふふ、く、擽ったい。で、でも可愛い」

 

 ポリゴンたちはあまり外の匂いを嗅いだことがないのだろう。ポケモンとの交流が多いことも相まって、少女に鼻をくっつけてまで匂いを嗅いでいる。さわさわと触れるポリゴンたちの鼻と思われる部分が擽ったくて、少女は声を震わせながら彼らの挙動に悶絶していた。

 ちらりと横をみるとダンバルとサンドも少女同様に擽られているようで、キャッキャッと喜んでいた。可愛い。もう可愛いしか言うことがない。

 

「幸せそうだね?」

「こ、これは不可抗力……」

 

 にやにやしているリベに抗議の声を上げても、ふーん?と流されるだけ。遺憾の意である。

 しかしまぁ、少し気が緩んでしまっているのは確かだ。今は悶絶しているときでは無い。あぁ、でも可愛い。

 

「可愛いだろ?」

「…とっても。」

「そうでしょうともそうでしょうとも。」

 

 やたらと自慢げに頷くリベに若干引きつつ、今度はじっくりとポリゴンたちを観察する。

 身体の形、大きさ、模様の違い。色艶。

 ポケモンの姿というものは人間と違って個体差が少ないと言われている。特に野生のポケモンは。特に種族の面で弱いと分類されるポケモンたちは、強い敵に立ち向かうために群れで行動することが多いため、個体を特定できるほどの特徴はほぼ無いに等しい。容姿に特徴がある個体は異端として群れを追放されることがあると聞いたことがある。群れの統率を取るためなのか、忌み子として忌避しているのかはわからないが。

 少女のボーマンダでさえもその体躯の異常な大きさを除けば、一般的なボーマンダと見た目の差異はない。

 

 だと言うのに。

 

(こんな、身体の大きさまで同じだなんて)

 

 いくら姿が同じと言えど、身体の大きさまで等しいわけでない。身体の大小も立派な個性だ。その違いでポケモンを見分けるトレーナーやブリーダーたちがいるのだから。

 

 けれどポリゴンたちは違う。

 姿かたち、模様、大きさまで全て同じ。まるでコピペされたかのように等しい姿が、ポリゴンというポケモンが【人に作られた存在】だと言うことをありありと語っているようで少女はゾクリと身震いした。まるで故意に個性を消したと言わんばかりだったから。…いや、もしかしたら本当に()()なのだろう。

 

 目の前のポリゴンは自分をじっと見て来る少女に首を傾げだが、何を勘違いしたのだろう。にらめっこをしていると思ったのか、首をぐるりと回転させて負けじと少女をじっとみた。

 そんな愛らしい姿に少女は吹き出して、ごめんごめんと言いながらポリゴンの顔をわしゃわしゃと撫でた。

 

「兄さ?ポリゴンたちが騒がしいんだけど、何かあっ、た、の…」

 

 ガチャりと少女たちが入ってきた扉とは反対側から部屋に入ってきたイリが、少女の姿を認識するやいなビシりと固まった。それもそうだ、秘密の隠れ家たる自身の家に敵対している相手がいるのだ。無理もない。

 「ど、どう、して」と辛うじて絞り出た声と共にぎぎぎと兄の方を見ると、兄は「めんご☆」と言わんばかりに手を合わせて謝罪のポーズを見せた。ふざけんな。

 

「家、バレちった」

「…………」

 

 軽く、とても軽く重要なことを報告する兄に妹は可哀想な程に頭を抱えた。仕方の無いこととはいえ、少女は若干の申し訳なさを感じてしまう。

 

「バレたのなら…もう…仕方ないです…」

「だよね〜!」

「兄さん後で一発殴らせて下さいね。」

「えっ」

「それで、貴女はここに何を?Zたちの救出ですか?」

 

 間抜けな声を上げる兄をシカトしたイリは少女に向き直って問いかける。もうその時にはいつもの彼女らしくクールな雰囲気で、少女は切り替えの速さに感心した。そういえばリベも切り替えが早かった。そういう兄妹なのだろう、少し羨ましい。

 

「今日は救出というより話しをしに。」

「話し?」

「うん。聞きたくて、あなたたちが今までしてきたこととか…目的、とか」

「…そんなものを聞いてどうすると言うのです?いえ、というより私たちは貴女と話すことなどありません。お帰りください。」

 

 イリは毅然とした態度で切り捨てた。彼女の言う通り、彼女らには少女と話す道理も利益も何も無い。只只自身らの情報を敵に渡すだけだ。そんな馬鹿がいるか。それは少女も理解している。だからと言って引くつもりもない。

 拮抗する彼女らの空気を割いたのは意外にもリベだった。

 

「いーじゃん別に、話くらい。」

「!」

「兄さん!?何をッ」

「まぁまぁ。大丈夫だって。ホントならここがバレた時点で通報するなり、さっさと侵入するなりできたのにそれをしなかった。ま、なによりおネーサンには借りがあるしね?」

 

 にっこりと笑ったリベにイリは怪訝そうな顔をみせたが、すぐにため息を着いた。

 

「もう…仕方の無い人ですね。」

「ありがと。んじゃ、気を取り直して我が家探索にしゅっぱーつ!ほら、イリもおネーサンも早く早く」

 

 謎にはしゃぐリベに呆れつつも、催促されるがまま少女たちは彼の後ろをついて行く。相手が誰なのか分かっているのだろうか、なんて敵ながら心配に思う少女だが、自分の都合がいいように事が運んだのだ。運がいいと思っておこう。そう納得した。

 イリが入ってきた側の扉へ進み果樹園を後にする。どうやら果樹園はポリゴンたちの遊び場兼食料の栽培所だった。「極力外に出たくないしね。自給自足が一番良いの」ということらしい。

 果樹園にいたポリゴンたちは少女らと共に果樹園から出て、リベとイリを囲むように飛び回っている。ダンバルやサンドもポリゴンたちと一緒に飛んだり、お話をしながらポテポテ歩いていた。

 

 果樹園から奥は先程と打って変わって清潔な磁器質のタイルの床が続いており、ところどころに置かれたダンボールが仄かな生活感を出していた。

 廊下を進む度に新たなポリゴンが次から次へと顔を出し、果樹園にはいなかったポリゴンZも表れだした。

 

「って!多すぎじゃないかな?!ポリゴンってこんなにいるものなの…?!今でも20匹以上はいるよね」

「もっといるよ☆」

「そんな軽く言わないで」

 

 シュオウから聞いた通り、各地の研究施設ないし企業随所からポリゴンたちを連れ去ったということなのか。そうでなければ説明がつかないほどの数に少女は目を細めた。

 

 それからリベは驚くほど丁寧に隠れ家の中を説明してくれた。ひとつひとつ扉を開けて回って、ここがリビング、ここがキッチン、ここがお風呂…まるで少女を歓迎しているかのようだった。そして同じように、ポリゴンたちは至るところにその姿を見ることができた。もう驚くまい。

 そうして、ふと気になったことをリベたちに聞いた。

 

「ポリゴンくんたち、ご両親は、いるの?」

 

 親の姿がどこにも見えなかった。姿だけでは無い、居た痕跡さえもどこにもなかった。リビングにあった椅子も、キッチンの食器も、全部ふたり分しかなかった。

 

「親はいませんよ。数年前から」

「!!」

「事故だよ、じーこ。研究員だったんだけどさ、突然の爆発に巻き込まれてね。」

「…身寄りは?」

「いない。遠い親戚がいたみたいだけど、どうせたらい回しにされるし逃げてきた。」

「そっか…ごめんなさい…」

「いいよいいよ!俺たちにとっては別に気することでもないからさ。」

 

 軽く聞いた内容がこんな重く返ってくるとは。無神経に聞いてしまったことに申し訳なさを感じつつ、実際何も気にした素振りを見せないふたりにこれ以上こちらが引きずるのも可笑しいかと、お礼を言って終わった。

 

「そしてそして、こちらが最後の部屋になるんだけど…」

 

 機嫌よく少女を案内していたリベがぴたりと扉の前で歩みを止める。仲良くなったポリゴンとダンバルを抱えた少女は首を傾げた。何故か勿体つけた言い草が気になった。

 

「おネーサンだから大丈夫だとは思うんだけどさ。ちょっとビックリするかもね。」

「?」

 

 何のことかわからず、首を傾げる少女を置いてけぼりにしてリベは扉をガチャりと開けた。

 

 目の前に広がる光景に今度は少女がぴたりと

 固まった。

 

 …あ、ああ。なんてこと。

 

 部屋には無機質な診察台のようなベッドがひとつと、何やら奇天烈なポッドがいくつも並んでいる。そして何より、そこに居たポリゴンたちが、今まで出会ってきた子たちとは全く違った様子だった。腕にいたダンバルは何かを察したかのように少女の腕を離れる。

 

「な、んで。こんな、は、…」

 

 言葉を失った。目の前にいる子たちに。

 

「…兄さん、彼女にあの子たちを見せるのは、」

「んー、ちょーっと過激だったみたいだね。」

 

 ポリゴンたちは、ボロボロだった。

 

 身体に傷があるなんて可愛いもので、一部が凹んでいるものもいれば、そもそも欠損しているものもいる。ポリゴンも、ポリゴン2も、ポリゴンZも、そこに居た子たちは、誰しもが憔悴しきっていた。あの子たち(チラチーノたち)のように。

 

「人間に癌ができるのと似たようなものだよ。いくらコイツらが人間が作ったデータで生まれた存在だからって、何かのアクシデントでエラーが起きることもある。別にコイツらが特別ってわけじゃない。」

 

 頭を鈍器で殴られた感覚だった。ガツンと重くのしかかった衝撃は、少女の思考を止められるには十分だった。

 

「それだけじゃ、ないでしょ」

 

 動かした口が鉛のようだった。

 

「欠損は何があったのかわからない…けど、この子たちの傷、全部外部からの受けたものでしょう。バトルじゃ、こんな傷にならない。」

 

 トレーナーをしていたから、付けられた傷がどのように付けられたものなのか、ある程度わかる。バトルの中で負ったものなのか、何か不注意で負ったものなのか。ポケモンたちのコンディションを保つのには大切なことだし、ホウエン地方に来てからもっとポケモンの知識は増えている。その中にはもちろん、少しの医療の知識だって含まれてる。だから分かる。

 こんなの、絶対にバトルで負う傷じゃない。

 傷の具合を見れば、他者に故意につけられた傷もあれば、まるで初めからそうだったのようなものまである。嫌な想像が容易にできた。よく良く考えればわかることだった。リベたちの行いがなぜ大々的にニュースにならないのか。それはあちら側にとって、ポリゴンの存在が表に出ると都合が悪いということ。

 

「何度も何度も同じところを痛めつけられなければ、こんな傷にならない!!今してる治療だって、最近のものだし…どうして早くポケモンセンターに、ッ!!!!」

 

 ポケモンセンターでの治療を受けないリベたちを非難しようとしたとき、気がついた。受けないのではなく、受けられないことに。

 

「おネーサン、言ってたよね。俺たちが色んなところからポリゴンたちを盗み出してるって。もう気づいてるだろうけど、その通りだよ。俺たちはポリゴンをつくってるところからコイツらを【助け出す】って名目で盗み出してる。親もいないガキふたりが色んなところ忍び込んでこういうことしてるってさ、言わなくてもわかるよね。」

 

 リベの口ぶりから察するに、彼らは生き抜くために人には言えないことも多くしてきたのだろう。シュオウの話で彼らはポリゴンを連れ出す過程で人やポケモンを傷つけることもあったそうだ。その事を鑑みてもろくなことでは無いのは確かだろう。

 それにポリゴンは一般的に知られていない。そんな存在がポケモンセンターに行こうものなら大騒ぎだ。ポケモン強盗だけでなく、他の犯罪でも注目されている彼らがノコノコと行けるはずがない。

 

「俺たちの目的は【全てのポリゴンを幸せにすること】。だから、どんな手を使ってでもポリゴンたちを人の手から助け出す。」

「助け出す…?どんな手を使ってでも…?」

「そう。例えそれが、誰かを殺すことでも厭わないよ。それで俺たちが捕まって死刑になっても本望さ。」

 

 その瞬間少女は目の前が真っ暗になった。わなわなと震える手を握りしめてリベを睨みつけた。

 

「ポリゴンたちを救う…?誰かを殺してでも…?巫山戯るな…!!!」

「巫山戯てなんかないよーん。至って真面目なのに、おネーサンってば酷いなぁ。俺泣いちゃうよ?シクシク…」

「貴方たちは良いだろうさ!自分たちの目的を果たせるなら。でも、貴方たちがそれをすることで後に残される者の気持ちはどうなる?愛するものから引き剥がされ、迎えに来ない人の帰りを待つものの気持ちは!!」

「…おネーサン落ち着いて、ポリゴンたちが怖がってるから。」

 

 怒鳴りはせずとも怒気を全身に纏った少女にポリゴンたちが怯えていた。主人の怒気を察したサンドからも同じものが溢れ、今にもリベを襲いかからんとしている。すかさずイリがポリゴンたちを遠ざけるが、その額には冷や汗が滲んでいるのが見えていた。ダンバルもおろおろし始めている。

 

「おネーサン、サンド引っ込めて。お願い。」

 

 いつになく真面目な声だった。フーッフーッと頭が沸騰しそうだったが、ポリゴンたちを一瞥する。カタカタと震えて、ポリゴンZはその四肢をだらんとさせていた。

 

「…サンド、怒らなくても大丈夫。ごめんね、驚かせて。ポリゴンとダンバルも。」

 

 ぎゅっとサンドとダンバルを抱きしめる。彼女ら特有のひんやりとした体表が怒りで興奮した身体を冷やしてくれるようだった。ありがとう、そう言って再びリベたちに向き直る。

 私は彼らと話しをするためにここに来た。怒りでことをし損じてはいけない。

 そう自分に言い聞かせた。

 

「その子たちが受けたのはポケモン虐待以外の他でもない。警察に言えば必ず検挙される。なのにどうして自ら危険を犯すようなことを。」

「ま、そうね。でもこんな餓鬼ふたりが「あそこがポケモン虐待してたんです!助けてくだい!」って言っても聞いてくれると思う?無理無理。なんでそんなこと知ってるんだってなるし、仮に警察が動いたとしても動いた時にはもう証拠なんて隠滅されてるよ。」

「だから、自分たちの手で救い出した方が早いと?でもポリゴンのデータがある限り、君たちが連れ出したところでまた新しいポリゴンが作られる。イタチごっこになるだけでしょう。」

 

 これ以上不幸なポリゴンが生まれないためには、根元から叩かないと意味が無い。そんなことリベが分かっていないはずがないのに。

 そんな少女を見透かしたかのように彼は笑った。

 

「わかってるよ、データはちゃんと消してる。」

「!…だから、隠れ家(ココ)が必要だったんだ。」

「ええ。兄さんも私も、追われる身になることは覚悟の上ですので。」

 

 少女は部屋の中にいるポリゴンをもう一度見る。

 彼らは初めて見る少女を警戒してリベとイリの後ろに隠れている。彼らにとって、リベたちは安心出来る対象だということだ。

 少女はずっと考えあぐねてた。

 

「ポリゴンくんたちは…敵?それとも、味方?」

 

 彼らのしていることはほぼ犯罪に等しい。ポリゴンたちがいた施設を爆破または放火しているし、人を…何よりそこに居たポケモンたちまで傷つけ危険に晒している。その時点で少女にとって彼らは敵と認識していた。

 しかし、それでも少女の気持ちを揺るがせるのは、他でも無いポリゴンたちの存在。

 彼らがリベたちに心を許している姿を見る度に、彼らを大事に想うリベたちの姿を見る度に、少女は揺らぐのだ。

 

(彼らがポリゴンを盗み出しているのではなく【助け出している】、のであれば、エゴムさんはポリゴンたちを酷い行いをしていたということになる。)

 

 エゴムがポリゴンたちへ虐待をしている証拠は無い。彼はポリゴンたちの奪還をムクゲに依頼したほどだ。彼は悪人では無い。

 

(でも、どうしてエゴムさんの研究施設にポリゴンがいたの?エゴムさんはポリゴンたちに何をしていたの?何をさせていたの?)

 

 ただ何らかの縁でポリゴンたちを保護していた可能性だってある。でもそれならポリゴンたちはそこで不幸な生活は送っていないはず。リベたちが態々危険を犯し、自分たちの不安定な生活の中にポリゴンを放り込んだ意味がわからない。

 

 だから教えて欲しい。君たちが敵なのか味方なのか。

 

 リベはふっと微笑んだ。

 

「敵だよ。それでも俺は今までもこれからも、コイツらのヒーローになりたいんだ。」

 

 

 

 

 

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